城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第33話 決戦を前に 前編

 ガララ、と、神原は軽音楽部室の扉を開けた。

 憔悴しきった様子で、部室の椅子に座り込んでいる航希に、他のメンバーが相対している様子を見て、神原は眉根を寄せた。

 

「……〈スィート・ホーム〉に入らないのかね?」

「先生! キャビネットが見当たらないんです。先生もご存じないんですか?」

「いや、知らない」

 

 文明に返事しながら、神原は不吉なものを感じていた。

 

「……誰かが、持ち出したということかね?」

「少なくとも、ここにいる誰も、そんなことはしていないそうです」

「どういうことだろうか……。しかも、柳生操くんも、行方が分からないというではないか」

 

 航希が、力なく頷いた。

 

「昨日、剣道部の練習が終わってから、帰る途中で他の部員と別れて。それから、誰も見た人間がいないんです……。操のお母さんも、捜索願出すかどうか、考え始めてるって言ってます」

「当然だろうな。丸一日、家にも学校にも連絡すらしないというのではな。それまでに、何か変わったことはなかったのかね? 昨日に限らず、それ以前にも」

「……オレには、分かんないです。部員もクラスメートも、特にいつもと変わりなかったって」

 

 それを聞きながら文明は、先日聞かされた寺での一件を、打ち明けるべきか迷った。

 

(……こうなったら、仕方ないか? スタンド絡みのトラブルに巻き込まれてるなら、ジョーカーズのみんなの協力が必要かもしれない)

 

「あの、みんなにも聞いてほし……」

「ブンちゃん!」

 

 航希が遮った。可能な限り、操がスタンド使いであることを、明かしたくなかったのだ。

 だがその様子に、神原は違和感を感じた。

 

「服部くん、今は天宮くんが話そうとしているところだ。君らしくないぞ」

「……すいません」

「天宮くん、続きを聞こう。どんな些細なことでも構わない。何かのヒントになるかもしれん」

 

 促されて、文明が口を開きかけた時。

 

「ちょっと待ちな!」

 

 遥音が、スマホを見たままで制止してきた。

 

「愛理から緊急LINEだ! 負傷してるから、アタシに治してくれって!」

「何と!?」

 

 神原も血相を変えた。

 

「彼女は、ここまで来られるのか? 迎えに行く必要がありそうなのか?」

「部室まで行くって言ってるけど……」

 

 その時、明日見が何かに気づいたように、小さく叫びをあげた。

 

「どうしたの、明日見くん?」

「え、ううん、あの、大丈夫かなって……」

 

 文明にはそう返事したものの、明日見の内心では、嫌な予感を打ち消しきれなかった。

 

(兄さんは今日、学園に来るって言っていた! その日に、愛理さんからの緊急LINE……)

 

 全員が、ジリジリしながら待っていると。

 外の様子を見ていた遥音が、

 

「あ、来たよ! え? あの子、誰だかに肩貸してるンだけど、負傷はアッチかよ?」

 

 明日見はそれを聞いて、矢も楯もたまらず、外に飛び出した。

 近づいてくる二人を見て、明日見は自分の予感が的中してしまったことを知った。

 

「兄さん!!」

「え!?」

「先生! 文明くん! 愛理さんと代わって」

 

 皆まで聞かずに、神原が外に出ると、愛理に駆け寄っていった。ぐったりとしている笠間の肩を担ぎ上げると、

 

「天宮くん、君も来てくれ! これは火傷だ、かなり酷い!」

 

 ハッと気づいて、文明も駆け寄った。愛理と代わり、神原と共に、笠間を部室まで運んでいく。

 中へ入って、床に横たえられた笠間だったが、よろよろと上半身を起こすと、背中を壁に付けて座り込んだ。息も絶え絶えなのが、傍から見ても明らかだった。

 明日見はそれを見て、

 

(すぐにでも、治さないとまずい! だけど、兄さんはジョーカーズのみんなに敵視されてる。治療してもらえるかどうか……)

 

 躊躇っている間に、扉を閉めた愛理が、遥音に向き直っていた。

 

「遥音さん。LINEで曖昧な書き方をしたのは、お詫びします。笠間さんを治してください」

「治す、ったって。コイツって、噂の笠間だろ? さんざんアタシたちに仕掛けてきたヤツだってのに」

「そこを曲げてお願いします! あなたしか、今は頼れる人がいないんです」

「え、いや……」

 

 珍しく、遥音が迷っている顔をして、他の面々を見まわしていた。

 その目の前で。

 愛理は、床に跪いて、頭を下げていた。

 

「お願いします。お願いします。お願いします。お願いしま……」

「もうやめな!!」

 

 遥音が、大声で怒鳴った。

 愛理は黙ったが、頭は下げたままだった。

 

「アンタ」

 

 遥音が、ボソリと言った。

 

「なんで、ソイツのために、そこまでするんだよ?」

 

 愛理は少し黙っていたが、やがて、意を決したように口を開いた。

 

「笠間さんは、あたしの……初恋の人、なんです」

「え」

 

 思ってもみなかった返答に、明日見を除く全員が、絶句していた。

 笠間自身は、虚ろな目で、切れ切れの息をしている。

 

「笠間さんは、あたしを庇ったあげくに、こんな目にあったんです。死なせたくないんです。お願いです、治してくだ……」

「だから、やめなって言ってンだよ!!」

 

 遥音は、憮然としながら〈スターリィ・ヴォイス〉をその手に出現させた。

 何かを感じ取ったように、遥音は文明を見た。

 

「止めンなよ。気に入らないのは分かるけどさ」

「あ、ああ……」

 

 曖昧な返事しか、文明はできなかった。

 続いて遥音は、へたりこんでいる笠間を睨みつけた。

 

「治す前に、一言言っておく! アンタ、女にここまでさせたんだからね。愛理の気持ちを踏みにじるような真似をするなら、アタシは絶対に許さないよ!!」

「……好きにしろ」

 

 投げやりな調子で、笠間は言葉を返した。

 

「好きにしろって、アンタ……!」

「俺のことが気に入らないなら……殺すなりなんなり、好きにすればいい。そうされたところで、仕方のないことを……俺はやってきた。本来なら……彼女の前に、現れる資格なんざないんだ」

「……」

「だが……今はまだ死ねん。愛理が、安心して、生きていけるようになるまでは……」

「もう喋ンな!! ったく……この二人は揃いも揃って……」

 

 遥音は鼻を短くすすると、大きく息を吸い込み、そして歌い始めた。いつにも増して、感情を込めた歌声が、部室の中に鳴り響いていった。

 笠間は、自分の体から、急速に苦痛が和らいでいくのを感じ取っていた。手足の火傷も、小さなところは淡雪のように消えていき、大きなものも皮膚がみるみる再生されていき、端から元の肌に戻っていく。

 気分が徐々に平静に戻っていく中、自分をじっと睨んでいる文明の視線が、気になってきた。

 

「おい。何か言いたそうだな?」

「……あなたが、自分の身を投げ出して愛理くんを守ろうとしてるのは、僕にも分かる。僕らに対してだけじゃなく、今まであなたがやってきたことについては、あなた自身が振り返るべきことだから、僕からはどうこう言わない」

「……それで?」

「愛理くんのためにも、約束してもらいたい。もう、スタンドを悪用するのはやめにしてほしい」

「フン……人の妹に、チョッカイかけといてお説教か」

「明日見くんのためでもある! 彼女にも辛い思いを」

 

 肩を後ろから叩かれ、文明がそちらを見ると、当の明日見がそっと指で横を示してきた。

 その先で、遥音が『今は余計な話すンな!』という表情で歌い続けている。

 仕方なく、二人とも黙って、歌に聞き入ることにした。

 フルコーラス歌い終わり、遥音が息をついた。

 

「ふぅ~。まだ完全じゃないだろうけど、かなりマシにはなっただろ? ただし、体力的なダメージは、充分な休息がないと回復しないだろうから、今日は無理はやめときな」

「ああ……世話になった」

 

 立ち上がろうとする笠間を、神原が手で制した。

 

「落ち着いたところで、こちらとしても聞きたいことがある。笠間、そもそも今日の一件は、どういう経緯で起こったのだ? 間庭くんが通りがかる前のことだ」

 

 笠間は少し黙ったが、小さくため息をついた。

 

「亜貴恵の娘である未麗の秘書に、平竹という野郎がいる。この前、夫婦者のスタンド使いに、明日見たちが襲われただろう? あれは平竹の指金だ」

「貴様は関係ないと?」

「当然だ。ヤツらのターゲットは、明日見だからな」

 

 そう言われると、明日見には思い当たる節があった。

 

「未麗は、平竹より俺を買ってるみたいなんだが、それがヤツには気に入らないのさ。それにヤツは、俺とお前が裏でつるんでると踏んでいる。だから明日見を人質に取って、俺を言いなりにさせる。それでお前もやりにくくなるって考えだったんだ」

「それが失敗したと。だが、それと今日の件は関係あるのか?」

「妹を人質にされかけたことを知った俺は激怒して、当然報復に動くと思い込んだのさ。その点は平竹の想像通りなんだがな。俺はヤツの弱みを幾つか握ってる。経費の使い込みとか、盗んだ骨董品の売りさばきとか。未麗にブチまけられる前に、息のかかったスタンド使いに俺を始末させようとした。そういう経緯だ」

 

 神原は、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「話を聞く限りでは、いたずらに策謀を弄ぶだけで、後先考えない男のようだな?」

「まさにその通り。無能な働き者の典型だ」

「なるほど、説明は理解できた。それで、今後貴様は、どうするつもりなのだ? それが肝心だ」

 

 笠間は、黙って神原を見据えている。

 

「今の話によると、貴様はその平竹とやらと、完全に敵対関係になってしまっているな。私が思うに、おそらく未麗も貴様を心の底から信用してはいまい。貴様の妹の明日見くんは、我らジョーカーズの一員であるしな。第一、ここで我らから治療を受けた以上、言い逃れは効かんぞ」

「……それで?」

「そろそろ、腹を決めたらどうなのだ? 未麗と手切れして、我らの側につけ」

「先生!?」

 

 文明が、割って入った。

 

「本気ですか!? 一切手を引けというならまだしも、この男を仲間にするつもりなんですか」

「文明くん、まずは先生の考えを聞いてからにして。曲がりなりにも私の兄のことだし」

 

 明日見が宥めにかかるが、文明は首を横に振った。

 

「明日見くん。僕は君のことが好きだけど、それとこれとは話が別だよ。僕らもこれまで、命のかかった戦いもしたし、むしろこれからもっと厳しい戦いになるんじゃないか、僕はそんな気がするんだ。だからこそ、京次くんを修行に送り出したんじゃないか?」

「それは、私も同じ意見よ。だからこそ……」

「だからこそ、僕は信頼できる人間を仲間にしたい。これまでの経緯を考えれば、無条件で信頼しろと言われても無理だよ。僕の言ってることはおかしいかな?」

 

 明日見が言いよどんでいると。

 

「やれやれだな。ちょっと勝ったからって調子に乗るガキは、これだから困るんだ」

「何だって!?」

 

 口を挟んできた笠間に、文明は噛みつきそうな表情で返した。

 

「俺に言わせれば、お前は戦いってものが何も分かっちゃいない。これはな、命も運命もチップに変えての〈ギャンブル〉なんだ。自分のも他人のもゴッチャ混ぜにしての、な。勝てば全てが手に入り、負ければ全て失う。勝たなきゃ、理想も大義もゴミ箱行き、さ。つまりだな」

 

 笠間は、ギッと文明を睨み返した。

 

「まずは勝つことが、何よりも優先されるんだよ! 俺はそのためなら、やれることは全てやる。お前はママゴトみたいな勝負しかしてきてないから、フワフワした綿菓子みてーな理想論を振りかざして、得意でいられるんだ」

「なっ……偉そうに、今度はそっちが説教するのか!? そうして勝つことしか頭になくって、振り向いたら倒した相手の亡骸だらけか。まるで死神だ!」

「おお、汚らわしい死神で大いに結構! 目の前で、大切な人が死んでいくのを見るより、よっぽどマシってもんだ!!」

 

 その、血を吐くような怒号に、文明は次の言葉を失った。

 

「笠間さん」

 

 愛理に声をかけられ、笠間はそちらを見た。

 

「確認させてください。あたしが乗り越えなければならない真の相手は、城之内未麗さん。ですか?」

 

 笠間はじっと愛理を見つめていたが、やがて、大きく頷いた。

 

「未麗さんは、あたしを人質だと言っていたそうですね。誰に対しての人質で、何が目的なのですか?」

「……君のご養父であり、校長でもある間庭数馬さんだ。未麗は数馬さんを理事長にするべく工作した。君を人質として数馬さんを操り、学園の実権を握るために」

「あたしを、捕らえて監禁するという意味でしょうか?」

「違う。この学園に君が在籍しているうちは、いつでも手を下せるという脅しだ。スタンドを使えば、いくらでも揉み消せるということだ」

「学園の実権を握って、未麗さんは何をやろうとしているのですか? 単純に、学園内での権力や資産を手に入れたいだけなのですか?」

「亜貴恵なら、それで良かったんだろうな。だが未麗は……それだけではないような気がする」

「と言いますと?」

 

 少し考えて、笠間は言った。

 

「未麗は、スタンド使いを生み出せる〈矢〉を持っている」

 

 それを聞いて、神原の目の光が強くなった。しかし、あえて口は挟まない。

 

「適性のある人間に〈矢〉を打ち込み、スタンド使いを増やしているが、どうやら特定の能力を有する者が必要らしい。なかなか目当ての能力者が出てこないようだがな」

「そうですか。学園の実権を握るだけなら、そんな能力者は必要ありませんものね」

「目的が何で、どんな能力を必要としているのか、実のところは分からない。だがな、愛理」

 

 笠間は、唇を引き結んだ。

 

「君は、未麗と決着をつけると言ったが、とても危険なことだぞ。あれは怖ろしい女だ。母親の亜貴恵に対する憎悪は、傍から見ても凄まじかった。目的のためなら、何でもアリという点では俺以上だ。能力者を増やしていると先ほど言ったが、自分にとって残念な能力しかないスタンド使いを、未麗が何と呼んでいたと思う? 〈産廃〉だとさ」

「……人格すら認めていない、ということなのですね?」

「そういうことだ。というよりむしろ、俺が思うに……もはやヤツは、人間をやめたつもりなのかもしれない」

 

 愛理は、黙りこんだ。

 

「今からでも考え直せ。在学中は普通の学生として過ごして、卒業したら学園に一切関りを持たなければいい。その間は、間庭校長や俺が、何としても君を守り抜く。卒業後は間庭校長が理事長から降りれば、もう人質としては使えないから、未麗は君への興味をなくすだろう。その後は、君なら幾らでも素晴らしい人生を送れる……」

「そうですか」

 

 愛理は続けた。

 

「そしてこの学園は、笠間さんが言うところの、人間をやめた未麗さんの私物になり果てるのですね」

「それは……」

「私の母である間庭信乃は、この城南学園が、大好きだと言っていました」

 

 説得の言葉を続けようとしていた笠間の口が、止まった。

 

「母は、亡くなるまで学園寮の寮母をしていました。笠間さんも、寮生としてそこにいました」

「ああ……」

 

 ひどく辛そうな表情を浮かべる笠間を見て文明は、この男にこんな顔ができたのかと見入っていた。

 

「城南学園が悪い方に変貌する様なんて、母が見ていたらどれだけ悲しむか。学園をお創りになったひいお爺様も、理事長であるお爺様も。そしてあたしも……この学校が好きです。背を向けたくはありません。だからと言って、お父様に対する人質にされて、ただ重荷になるのも耐えられません。ならば、あたしの行くべき道は、たった一つです」

 

 愛理は、やや青白くなった顔を上げた。

 

「未麗さんと戦います。あたしは……大して強くもないスタンドを持つだけの小娘に過ぎません。だけどやります。たった一人しかいなくっても。確実に負けて殺されると分かっていても……」

 

 膝元に置いた手が、ガタガタと震えだしていた。彼女の脳裏には先ほどの、自分の指が、自分自身の目を潰そうと迫る映像が映し出されていた。

 震える右手を、左手が抑えていた。その左手も震えていた。

 

「それでも……人生の肝心要のところで逃げ出したと、後悔しながら生き長らえるよりはマシです。あたし、まだ16歳ですよ!? これからの一生、惨めな思いをし続けながら、残りの長い人生を送れと言うんですか!?」

「……分かった」

 

 笠間が愛理に寄って行くと、ポン、と肩を叩いた。

 

「俺も一緒にやるよ。何となく、そうなるんじゃないかって思ってたよ。実はね」

「笠間さん……!」

 

 目からこぼれそうになった涙を、愛理は手の甲で拭いた。

 神原が、小さく頷いた。

 

「私も一緒しよう。君たちも……そのつもりのようだな? 明日見くん、須藤くん。天宮くんはどうだね?」

「……行かない選択肢なんか、僕の中にはありません。僕にもこんなことになった責任がありますし。納得できないことも正直ありますが、もう仕方ないです」

「君らしい返事だ。それから……」

 

 部屋中を、神原は見回し始めた。

 

「……服部くんはどうした? 姿がないようだが」

「アイツなら、歌の途中で出ていったよ。後はよろしく、ってね。操をもう一度、探しに行ったんだろ」

「ああ! これは失態。柳生くんのことを失念していた」

 

 神原だけでなく、実は文明もそれは同様だった。

 

「先生。さっきの話の続きですけど。実は……」

 


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