ザザーン……。
寄せては返す波打ち際を目の当たりにして、遥音は扉を背に、しばし呆然と眺めていた。青い空に、いくつか雲が浮かんでいる。海風が、心地よく肌を撫でていた。
「何だいここは……。リゾートご招待かぁ? 水着なんざ持ってきてやしないけど」
自分がえらく場違いな所に来てしまったように感じられて、遥音は海に背を向けた。
そこで初めて、自分が出てきたのが、砂浜に建てられた丸太造りの小屋の入口だと気づいた。ただ、扉だけは、自分が入ったものと全く同じ、普通の屋内用の扉なので、違和感が拭えない。
ドアノブに手をかけて回してみたが、全く動かない。
(ちょ、何だよこれ! 壊れ……っていうか、もしかして戻れないのかよ!)
ようやく遥音は、自分がやらかしたことを実感した。
しばらく途方に暮れていたが、やがて、パン! と自分の顔を両手を張って気合を入れ直した。
(ええい、やっちまったもンは仕方ない! ひとまず、アイツを探し出すとするか!)
砂を踏みしめて歩き出した遥音は、昨夜に家で届いた、ユリとのLINEのやり取りを思い出していた。
『あらら、バレちゃった? 笠間さんも口軽いな~』
『どっかの尻が軽いヤツが何言ってる! アタシらの敵と通じてたくせに』
『おー怖。そんなにカッカしないでよ~』
『原因はお前だろうが!』
『まーまー。人間、話し合えば分かり合えるって。じゃあこうしましょ。私、明日とあるおウチにお呼ばれしてるの。そこに入れるようにしてもらうから、〈1〉って番号の部屋に来てよ。待ってるからさ』
(何が『とあるおウチ』だよ! 送ってきた住所、思いっきり未麗の家じゃねーか。罠臭いとは思ってたけど、ひとまず扉を開けてみたらこのザマだ)
砂浜を、アテもなく海沿いに歩いていくと、その先に岩山が見えてきた。幾つもの大岩が積み重なり、2,3メートルの高さになっている。その岩山の裾野の一部は、海の中まで続いていた。
(あーいう所って、魚とかよく釣れるんだよな、確か。キレイな海だしな……。釣り人とかいねーかな? まず、ここがどこだかも分かンねーし、聞いてみてーけど)
そちらを目指して歩いていると。
砂浜のすぐ側にある林から、人影が出てくるのが、少し離れた先で見えた。
「あー! お前!」
「はぁい。ご機嫌いかがー?」
ニコニコ笑いながら、ユリは遥音に手を振って見せた。タンクトップの上に薄いブルゾンを羽織り、デニムのホットパンツを履いている。
「テメーのおかげでご機嫌が悪くなったよッ! まずはこっち来な」
「え~? なんかスッゴク怒ってるみたいだしー。もしかしてムスメが来てる日だったり?」
「違うよッ! ……どうやら、コッチから行ってやらないといけないみたいだね? そこ動くなよ」
ザッ、ザッ、と砂を蹴散らしながら、遥音が足を速めて、ユリの方に向かっていく。
ユリはくるりと背を向けて、走って逆方向に逃げ出し始めた。
「動くなっつってんだろーが!」
遥音は叫びながら、ユリを追いかけ始める。
ユリは岩山まで来て足を止め、息を切らしながら、遥音が近づくのを見ていた。
「ハァ、ハァ……まったく、手間取らせやがって。別に取って食おうってンじゃねーよ。アタシは、ただ話がしたいだけで」
突然。
波打ち際から、水面を割って何かが飛び出してきた。
遥音は反応しきれず、その何かが頭にかぶさるようにぶつかってくるのを、腕で遮るのが精一杯だった。水浸しの平たい物体が、重みと共にペタリと腕に張り付いてきた。
「ぐぅっ!!」
突き刺さる激痛が、右の太ももに走った。立っていられず、その場にしゃがみこんで、その物体を振り払う。
「こ……これはッ!」
言いかけた時、頭上からふわり、と網のようなものが投げかけられ、遥音の全身を包み込んだ。
痛む太ももを押さえながら、網を外そうとするが、うまくいかない。
「何だよこれッ!」
「ああ、それはアカエイっていうんや」
やや低めの若い男の声が、岩山の上から聞こえた。
坊主頭で小顔の、遥音たちとあまり歳の離れていないであろう青年が、ニコニコ笑いながら岩山をゆっくりと降りてくる。
「日本全国どこの海でも、おるねんけどな。尻尾に赤いトゲが一本出てるやろ? それ、毒のトゲ。熱に弱い毒やから、熱めのお湯につけてたら痛みは引くけど。え? お湯持ってるかって? ないんやな~これが」
「その話より! アンタの側にいる、釣り竿持ってるヤツ! それスタンドだろッ!」
「おお、これか。俺の自慢のスタンド、〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉! そのアカエイも、コイツで釣り上げた」
自慢気な青年の傍らで、人間型のスタンドが、右手に釣り竿を握っていた。左手は、遥音を覆っている網の端を束ねてつかんでいる。釣り竿も網も、スタンドの一部らしかった。
「この釣り竿の先にあるルアー。これが優れモノ! 少しくらい離れたところからでも、釣りたい魚を寄せることができるねん。食いついてきた魚をコントロールすることもできるから、今みたいに操る使い方もできるっちゅうワケ」
遥音は、地面に横たわったまま、ユリを睨んだ。
「ソイツも未麗の一味かよ。ユリ、アンタどういうつもりだ!?」
「ま、協力してあげたってこと。平竹さんには、芸能事務所を紹介してもらったしね。大体ね、実を言うと私、アンタのことがずっと気に入らなかったのよ」
「な……!」
「だってそうでしょ。一緒のバンドにいたって、いっつも注目を浴びるのはアンタ。私は鼻も引っかけてもらえない。何さ、歌が上手いからってイイ気になちゃって。いつかは一泡吹かせてやろうと思ってた!」
「ア、アンタね、これはそんなことで済むような話じゃ」
「あーうっさい! 口閉じて、無様に寝っ転がってなよ」
ユリは足を上げると、グッと遥音の頭を踏んだ。悔しそうに唸る遥音。
〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉が釣り竿を軽く振った。アカエイの口元から、小魚を模したルアーが外れる。
「ユリちゃん、ちょっとその足どけてくれる? ……よいしょっと」
スタンドが網を引っ張り、遥音を転がした。網の端を掻き分けさせて、遥音の手元を青年自身が捉えると、ウエストポーチから釣り糸を取り出した。遥音の両手首を背中に回させて、グルグルと巻いて拘束し、結び目から伸びる糸を、ハサミを取り出してカットする。糸の扱いに慣れている手捌きだった。
「お、ええモン見っけ」
遥音から取り上げたスマホを、慎志は一瞥して、大きく腕を振って海へと放り込んだ。
「何しやがる! ガッコ入った時に、やっと買ったんだぞ!」
「もう必要ないんちゃう? どの道、お屋敷まで連れていかれるんやし」
それを聞いたユリが、やや上目遣いに慎志に尋ねた。
「ね、ねえ。それでコイツ、どうするって話になってるの?」
「それは聖也様がお決めになることや。役に立つなら下僕にするし、そうでなかったら殺すだけや」
「え」
そう短く声を発したユリの足元で、遥音は、
(コイツ今、聖也って言ったか!? 未麗じゃねーのか? どっかで聞いたような……クソ、足が痛くって、頭が働かねぇよ……!)
「それよりさ。時間もあるやろうし、俺もうちょっと釣りしたいんよ。自分、魚好き? 新鮮な刺身食べたくないか? 俺、この場で捌けるし。包丁もまな板もあるから」
「え、あ、うん! 釣りたてのお魚の刺身!? 食べたい食べたーい! えーと慎志さん、だよね? 釣りだけじゃなくて、料理も上手なんだぁ」
「もちろん。釣り師の当然のたしなみ! 期待しとってなー」
慎志は、やや露出多めのユリから少し視線を逸らしながら、そう答えた。
網を消して遥音の体を解放し、再び岩山に登りかけると、ユリの方を振り返った。
「悪いけど、その女逃げんように見張っといて。足に毒が回っとるから、そうそう動けへんやろけど。俺、あの岩の上から釣るつもりやから、そこから見えることは見えるけど」
「分かった。がんばってね~」
ユリに激励されて、心なしか嬉しそうに、慎志は岩を登っていった。
岩陰の砂の上に、ユリは見つけたものがあった。
「ねえ! ここにある工具箱って、釣り具入ってるの? 開けていい?」
「自分も釣りに興味あるんか? 自慢のルアーとかも入れとるし、良かったら見てええよ」
「ふーん、そうなんだ」
自ら本物の竿を振り、釣りを始めた慎志をチラリと見上げると、ユリは工具箱を開けて、中を覗き込んだ。
しばらくそうしていたが、やがて工具箱をパタンと閉めると、ユリは遥音の側まで歩いて行った。
足からまだ血を流している、うつ伏せの格好の遥音を少し眺めると、その背中に、自分の尻を乗せて座り込んだ。体重をかけられて、遥音が呻く。
「いいベンチがあるじゃなーい? 座り心地バツグン」
「テメーってヤツは……!」
足の痛みと怒りで、ギリギリと歯ぎしりしている遥音。
しばらくして、歯ぎしりを止めて、遥音は再び口を開いた。
「一体、どういうつもりなん……」
「黙ってろって、言ったでしょ! じっとしてなさいよ」
ユリはジロリと遥音を見下ろすと、すぐに視線を、岩山の上の慎志に向けた。
それから、しばらくして。
魚を引っかけたらしき慎志が奮闘し始めるのを見て、ユリは声援を送り始めた。
ほどなくして、慎志は〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉にタモ網を取り上げさせると、釣り竿を操って手元に引き寄せた魚をすくい上げさせた。銀色に輝く、50センチはあろうかという魚が、慎志の手元まで引き寄せられる。魚の口元をフィッシュグリップで掴み、慎志は高々と差し上げた。
「見たかー! スタンドでなくっても、実力で釣り上げたでー!」
「すごいすごい! まだまだいけそう?」
「いや、もう少ししたら、他のヤツが様子見に来るはずやねん。あんまりサボっとるとマズいから、いったん休憩にするわ」
「ふーん、そうなんだ」
ユリは、慎志が岩山を降り始めるのを見ると、いきなりスッと立ち上がった。
遥音の手首から、糸が束になって外れた。ユリが後ろ手で、工具箱から失敬してきたハサミで切断していたのだ。
遥音の足の血はすでに止まり、傷口は塞がっていた。ユリは、遥音の背中に座った時からずっと、慎志に気づかれないように、傷口を〈エロティクス〉で治し続けていた。
跳ね起きた遥音が〈スターリィ・ヴォイス〉をその手に出した。
が、立ち上がろうとした時、塞がったはずの傷口から痛みが走った。〈エロティクス〉で温めて軽減していたとはいえ、それまでの毒によるダメージはまだ残っていた。遥音は呻き、片膝をついた。
「あ! お前ら、何やっとんねん!」
二人の挙動に気づいた慎志が、慌てて岩から飛び降りた。それなりの高さからだったので、着地でよろめき、どうにか体勢を整えようとした時。
「〈ブラスト・ヴォイス〉!!」
遥音のシャウトが衝撃波となって、慎志を襲った。
「させるかい!」
〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉の左手から繰り出された投網が、慎志を守る盾のように、大きく広がった。衝撃波は網を揺らしたが、ダメージを通すことはできなかった。
「ふぃ~。スタンドの攻撃なら、スタンドで防御できるわけや。危ね~!」
遥音の後ろにしっかり回り込んでいたユリが、叫び出した。
「ちょっと遥音! アンタ、肝心なところで何もたついてんのよ! 奇襲の意味ないじゃん!」
「るせー! まだ本調子じゃねーンだよッ!」
ジロッ、と、慎志が二人を睨んだ。
「どうも、ここで始末せんと、俺が危ないみたいやな。少なくともパンク女には死んでもらうで」
〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉が、短い風切り音と共に、横へと釣り竿を振った。糸の先のルアーが、離れた水面に没した。
「一応、魚を寄せといたんが、役に立ちそうや!」
釣り竿が引き寄せられ、穂先が空高く跳ね上げられた。水面から、強く光るルアーが、勢いよく飛び出した。
ルアーにつられるように、細長い魚が7、8匹ほどまとめて飛び出し、鋭く二人目掛けて飛来していった。
反射的に、ユリは〈エロティクス〉で自分と遥音をガードした。不定形の半透明のスタンドに、鋭利な槍を思わせる魚の頭部が、次々と突き刺さっていった。中には、〈エロティクス〉のガードをわずかながら貫いた魚もいた。予想を上回る貫通力に、青ざめるユリ。
「そのダツは、光るモンに突進する習性があるねん。刺されば、人間くらい簡単に殺せるんやけど、ガードしくさったか。ならもう一丁!」
既に海中に投げ込まれていた釣り糸が、またも引っ張り上げられた。
急ぎガードするユリ。だが、予想していたダツの突撃が来ない。
代わりに、20センチ余りの魚が、ルアーを食って飛び出してきた。
空中を飛んだ魚は、ユリのガード直前で、大きく上に跳ね上がった。普通ならまずありえない動き。
ガードを飛び越え、斜め横に回り込んで、その魚が遥音の顔目掛けて飛んできた。
「猛毒のオニオコゼや! 刺されたら、死ぬかもしれんなぁ!」
デコボコだらけの頭部に、棘や突起がやたらとくっついた、グロテスクな魚が迫るのを見て、さすがの遥音も顔をひきつらせた。手にしていた〈スターリィ・ヴォイス〉のコードが伸びて、オニオコゼに巻き付いて捉えた。
ニヤリと、慎志が笑った。
ルアーが、オニオコゼの口元から外れた。ぐるん、と遥音の上半身の周りを巡って、糸を巻き付けた。
砂地にオニオコゼが落ちると同時に、釣り竿のリールが勢いよく回り始めた。左手で巻かずとも、リールが自動で回っている。
「ぐっ!」
糸で巻かれた遥音の上半身が、強く締め付けられる。マイクを持っている腕も一緒に巻き込まれていて、胸元に持ち手を押さえつけられた。もう片手も、やはり巻き込まれていて動かせない。
(マイクを口元に持って行けない! これじゃ歌も〈ブラスト・ヴォイス〉も使えない!)
焦る遥音は、さらに引っ張られて、砂浜に横倒しになった。そのまま、砂を蹴散らしながら、遥音の体は結構な速さで引きずられていく。
「何やってんのよ、もう!」
ユリが、引きずられる遥音を追いかけ始めた。しかし、砂に足を取られてスピードが出ない。
「お前はそこで見物しとけ!」
〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉の左手から、網が投じられた。少し離れたところまで駆け寄ってきたユリの体に覆いかぶさる。網と砂のために、ユリはつんのめって転倒した。
リールが、淀みなく回転を続ける。〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉は竿を立てて、グッと踏ん張っている。
遥音は引きずられながらも、マイクのコードを首に巻き付け、何とかマイクを口元に持って行こうとする。だが、砂の上を引きずられている状態では、顔があちこち向き、マイクの向きが安定しない。慎志に向けて攻撃するには、狙いが定まらない。
自分の方にグングン寄せられてくる遥音を見下ろしながら、慎志は千枚通しをその手に構えた。
「神経締めといこか! 暴れる獲物には、これやっとかんとな!」
遥音があと数メートルまで迫った時、慎志は足を踏み出した。自ら近づいて、最後の仕上げにかかるつもりだった。
その時を、ただ引きずられるだけだった遥音は待ち構えていた。
〈スターリィ・ヴォイス〉のコードの先端が、砂に潜り込んだ。と見るや、勢いよく跳ね上がり、慎志の顔に砂をブチ撒けた。
「!」
手で砂を遮り、どうにか目に入るのを避けたが、虚を突かれて数歩後退した。
まだ眼前で舞う砂埃を払いのけた時、慎志はギョッとした。
〈スターリィ・ヴォイス〉のコードは、遥音が進む先の数十センチ先で、まるでワイヤーで形作られたかのような、小さな小さなマイクスタンドと化しており、マイクを支えていた。そのまま遥音が進めば、マイクの位置に口元が届く。
「自動巻きの魚釣りのリールなら、同じスピードで巻くよなぁ? タイミング分かりやすいンだよ!」
「リ、リール止めろ! 〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉!」
「もう遅い! 〈ブラスト・ヴォイス〉ッ!!」
至近距離からの一撃が、慎志を打った。体全体が麻痺して、崩れ落ちる慎志。
(ま、まだスタンドは動く! この女の拘束はまだ解けてへん)
マイクを放り出して伸びてきたコードが、慎志の弛緩した手から、千枚通しを奪い取った。
慎志の目の前に、千枚通しが突き付けられる。
「どうだい!? 神経締めされたくなかったら、スタンドを消しな!」
慎志は、自分が勝負に敗れたことを悟った。
スタンドが消え、遥音も、後方のユリも戒めが解けた。
遥音は、近づこうとするユリを手で制して、マイクを自分の手で握る。倒れたままの慎志の耳元で、小声で眠りの歌を歌い始めた。
「……なんだよ簡単だなコイツ! まだワンコーラス終わってないよ」
安らかに寝息を立てている慎志に背を向けると、遥音はユリの方を振り返った。じっと様子を見守っていたユリが、ビクッと震える。
ザクザク砂を蹴散らしながら、遥音はユリに詰め寄っていった。動けないユリ。
その目の前まで歩み寄った遥音は、ユリの頬に平手打ちを放った。甲高い音が、海岸に響いた。
「バカ野郎! アタシが気に入らないにしたって、こんな奴らに手ェ貸してどうすんだよ! コイツらが、どれだけ悪どい連中か、アンタ知らなかったんだろ!? アンタだって、ヤバイことにさんざん利用されて、用済みになりゃ使い捨てにされてたかもしれないンだ! そンな目に会いたいワケじゃないだろッ!?」
遥音の怒号を、頬を張られたままの格好で、じっとユリは聞いていた。
「……じゃないんだ」
「え?」
「『よくも騙したな』でも、『お前なんか絶交だ』でもないんだ。アンタらしいよね。アンタ、人が良すぎるよ」
言葉の最後は、やや涙声だった。
「……ま、しゃーねーだろ。これがアタシだからね。アタシ、結構自分が好きなんだ」
「そうなんだ。私、ホントは自分のこと、嫌い」
「何で、だよ?」
「だってそうでしょ。結局は、アンタに嫉妬してるだけなのは、自分でも分かってるんだもの。そのくせ、男でもなんでも、媚びるだけ媚びて、美味しいトコだけ持って行こうって女だし」
波に紛れた懺悔を、遥音は聞いていたが、口を開いた。
「そンな嫌な女が、どうして土壇場でアタシを助けたんだ? 放っておけば良かったじゃないか」
「……まさか、こいつらが殺すまでするなんて、思わなかった。ちょっとアンタに痛い目見せてやれば、スーッとするかと思ってただけだったもの……」
「そンで? ちょっとはスーッとしたのかよ?」
「……全然。もし本当に殺されたら、取り返しがつかないことになるって、本当に怖くなった」
ユリは、か細いため息をついた。
「アンタは、世に出ていかなきゃいけないシンガー。それだけの才能があるってことは、私にだって分かってる。ここで死なれたら、私がそれをブチ壊したことになっちゃう。音楽の神様だか何だかに、罰が下されるって。それがとても怖かった……」
「ずいぶん持ち上げられたモンだねぇ。ま、傷も治してもらったことだし。さっきの平手打ちでチャラにしてやってもいい。ただし、一つだけ条件がある。あ、二つか」
「な、何?」
「一つは、悪党どもとは手を切ること。もう一つは、スタンドを悪用しないことだよ」
少しユリは考えると、
「スタンドの悪用って、裏を返して言うと、人を幸せにするために使う、って考えでいいのよね?」
「え? あ、まあ、そういうことになるかな」
「それならOK!」
〈エロティクス〉に男を篭絡する効果があることは、伏せておくつもりのユリであった。
「じゃ、これで仲直りだ。さあ!」
遥音が差し出した手を、ユリは握ると、途端にニコニコし始めた。
「それでアンタこれからどうするんだ? アタシたち、これから航希の許嫁の柳生操を、取り返しに行くんだけど」
「……一緒に行くよぅ。でなきゃ、この島から出られそうにないし」
「どっかに隠れてて、迎えを待つってこともできるんだぜ?」
「それもイヤ! 私、平竹さん……じゃなくて、平竹も裏切った形だし。見つかったら、それこそヤバイでしょ? だったら、アンタたちに手助けした方が、まだ帰れる可能性高そうだし」
「……そうかもな。ならついてきな。回復役が、アタシ一人だけじゃなくなるし」
「その回復役が、たった一人でフラフラしてていいの? 私の勘だと、笠間さん激怒ってるよ」
「あのなー。誰のせいだと思ってるんだよ!」
海を前にして、どこか楽し気に会話する二人の娘。
そちらへと、近づいていく男の影があった。