城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第37話 立向島探検記〈1〉

 ザザーン……。

 寄せては返す波打ち際を目の当たりにして、遥音は扉を背に、しばし呆然と眺めていた。青い空に、いくつか雲が浮かんでいる。海風が、心地よく肌を撫でていた。

 

「何だいここは……。リゾートご招待かぁ? 水着なんざ持ってきてやしないけど」

 

 自分がえらく場違いな所に来てしまったように感じられて、遥音は海に背を向けた。

 そこで初めて、自分が出てきたのが、砂浜に建てられた丸太造りの小屋の入口だと気づいた。ただ、扉だけは、自分が入ったものと全く同じ、普通の屋内用の扉なので、違和感が拭えない。

 ドアノブに手をかけて回してみたが、全く動かない。

 

(ちょ、何だよこれ! 壊れ……っていうか、もしかして戻れないのかよ!)

 

 ようやく遥音は、自分がやらかしたことを実感した。

 しばらく途方に暮れていたが、やがて、パン! と自分の顔を両手を張って気合を入れ直した。

 

(ええい、やっちまったもンは仕方ない! ひとまず、アイツを探し出すとするか!)

 

 砂を踏みしめて歩き出した遥音は、昨夜に家で届いた、ユリとのLINEのやり取りを思い出していた。

 

『あらら、バレちゃった? 笠間さんも口軽いな~』

『どっかの尻が軽いヤツが何言ってる! アタシらの敵と通じてたくせに』

『おー怖。そんなにカッカしないでよ~』

『原因はお前だろうが!』

『まーまー。人間、話し合えば分かり合えるって。じゃあこうしましょ。私、明日とあるおウチにお呼ばれしてるの。そこに入れるようにしてもらうから、〈1〉って番号の部屋に来てよ。待ってるからさ』

 

(何が『とあるおウチ』だよ! 送ってきた住所、思いっきり未麗の家じゃねーか。罠臭いとは思ってたけど、ひとまず扉を開けてみたらこのザマだ)

 

 砂浜を、アテもなく海沿いに歩いていくと、その先に岩山が見えてきた。幾つもの大岩が積み重なり、2,3メートルの高さになっている。その岩山の裾野の一部は、海の中まで続いていた。

 

(あーいう所って、魚とかよく釣れるんだよな、確か。キレイな海だしな……。釣り人とかいねーかな? まず、ここがどこだかも分かンねーし、聞いてみてーけど)

 

 そちらを目指して歩いていると。

 砂浜のすぐ側にある林から、人影が出てくるのが、少し離れた先で見えた。

 

「あー! お前!」

「はぁい。ご機嫌いかがー?」

 

 ニコニコ笑いながら、ユリは遥音に手を振って見せた。タンクトップの上に薄いブルゾンを羽織り、デニムのホットパンツを履いている。

 

「テメーのおかげでご機嫌が悪くなったよッ! まずはこっち来な」

「え~? なんかスッゴク怒ってるみたいだしー。もしかしてムスメが来てる日だったり?」

「違うよッ! ……どうやら、コッチから行ってやらないといけないみたいだね? そこ動くなよ」

 

 ザッ、ザッ、と砂を蹴散らしながら、遥音が足を速めて、ユリの方に向かっていく。

 ユリはくるりと背を向けて、走って逆方向に逃げ出し始めた。

 

「動くなっつってんだろーが!」

 

 遥音は叫びながら、ユリを追いかけ始める。

 ユリは岩山まで来て足を止め、息を切らしながら、遥音が近づくのを見ていた。

 

「ハァ、ハァ……まったく、手間取らせやがって。別に取って食おうってンじゃねーよ。アタシは、ただ話がしたいだけで」

 

 突然。

 波打ち際から、水面を割って何かが飛び出してきた。

 遥音は反応しきれず、その何かが頭にかぶさるようにぶつかってくるのを、腕で遮るのが精一杯だった。水浸しの平たい物体が、重みと共にペタリと腕に張り付いてきた。

 

「ぐぅっ!!」

 

 突き刺さる激痛が、右の太ももに走った。立っていられず、その場にしゃがみこんで、その物体を振り払う。

 

「こ……これはッ!」

 

 言いかけた時、頭上からふわり、と網のようなものが投げかけられ、遥音の全身を包み込んだ。

 痛む太ももを押さえながら、網を外そうとするが、うまくいかない。

 

「何だよこれッ!」

「ああ、それはアカエイっていうんや」

 

 やや低めの若い男の声が、岩山の上から聞こえた。

 坊主頭で小顔の、遥音たちとあまり歳の離れていないであろう青年が、ニコニコ笑いながら岩山をゆっくりと降りてくる。

 

「日本全国どこの海でも、おるねんけどな。尻尾に赤いトゲが一本出てるやろ? それ、毒のトゲ。熱に弱い毒やから、熱めのお湯につけてたら痛みは引くけど。え? お湯持ってるかって? ないんやな~これが」

「その話より! アンタの側にいる、釣り竿持ってるヤツ! それスタンドだろッ!」

「おお、これか。俺の自慢のスタンド、〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉! そのアカエイも、コイツで釣り上げた」

 

 自慢気な青年の傍らで、人間型のスタンドが、右手に釣り竿を握っていた。左手は、遥音を覆っている網の端を束ねてつかんでいる。釣り竿も網も、スタンドの一部らしかった。

 

「この釣り竿の先にあるルアー。これが優れモノ! 少しくらい離れたところからでも、釣りたい魚を寄せることができるねん。食いついてきた魚をコントロールすることもできるから、今みたいに操る使い方もできるっちゅうワケ」

 

 遥音は、地面に横たわったまま、ユリを睨んだ。

 

「ソイツも未麗の一味かよ。ユリ、アンタどういうつもりだ!?」

「ま、協力してあげたってこと。平竹さんには、芸能事務所を紹介してもらったしね。大体ね、実を言うと私、アンタのことがずっと気に入らなかったのよ」

「な……!」

「だってそうでしょ。一緒のバンドにいたって、いっつも注目を浴びるのはアンタ。私は鼻も引っかけてもらえない。何さ、歌が上手いからってイイ気になちゃって。いつかは一泡吹かせてやろうと思ってた!」

「ア、アンタね、これはそんなことで済むような話じゃ」

「あーうっさい! 口閉じて、無様に寝っ転がってなよ」

 

 ユリは足を上げると、グッと遥音の頭を踏んだ。悔しそうに唸る遥音。

 〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉が釣り竿を軽く振った。アカエイの口元から、小魚を模したルアーが外れる。

 

「ユリちゃん、ちょっとその足どけてくれる? ……よいしょっと」

 

 スタンドが網を引っ張り、遥音を転がした。網の端を掻き分けさせて、遥音の手元を青年自身が捉えると、ウエストポーチから釣り糸を取り出した。遥音の両手首を背中に回させて、グルグルと巻いて拘束し、結び目から伸びる糸を、ハサミを取り出してカットする。糸の扱いに慣れている手捌きだった。

 

「お、ええモン見っけ」

 

 遥音から取り上げたスマホを、慎志は一瞥して、大きく腕を振って海へと放り込んだ。

 

「何しやがる! ガッコ入った時に、やっと買ったんだぞ!」

「もう必要ないんちゃう? どの道、お屋敷まで連れていかれるんやし」

 

 それを聞いたユリが、やや上目遣いに慎志に尋ねた。

 

「ね、ねえ。それでコイツ、どうするって話になってるの?」

「それは聖也様がお決めになることや。役に立つなら下僕にするし、そうでなかったら殺すだけや」

「え」

 

 そう短く声を発したユリの足元で、遥音は、

 

(コイツ今、聖也って言ったか!? 未麗じゃねーのか? どっかで聞いたような……クソ、足が痛くって、頭が働かねぇよ……!)

 

「それよりさ。時間もあるやろうし、俺もうちょっと釣りしたいんよ。自分、魚好き? 新鮮な刺身食べたくないか? 俺、この場で捌けるし。包丁もまな板もあるから」

「え、あ、うん! 釣りたてのお魚の刺身!? 食べたい食べたーい! えーと慎志さん、だよね?  釣りだけじゃなくて、料理も上手なんだぁ」

「もちろん。釣り師の当然のたしなみ! 期待しとってなー」

 

 慎志は、やや露出多めのユリから少し視線を逸らしながら、そう答えた。

 網を消して遥音の体を解放し、再び岩山に登りかけると、ユリの方を振り返った。

 

「悪いけど、その女逃げんように見張っといて。足に毒が回っとるから、そうそう動けへんやろけど。俺、あの岩の上から釣るつもりやから、そこから見えることは見えるけど」

「分かった。がんばってね~」

 

 ユリに激励されて、心なしか嬉しそうに、慎志は岩を登っていった。

 岩陰の砂の上に、ユリは見つけたものがあった。

 

「ねえ! ここにある工具箱って、釣り具入ってるの? 開けていい?」

「自分も釣りに興味あるんか? 自慢のルアーとかも入れとるし、良かったら見てええよ」

「ふーん、そうなんだ」

 

 自ら本物の竿を振り、釣りを始めた慎志をチラリと見上げると、ユリは工具箱を開けて、中を覗き込んだ。

 しばらくそうしていたが、やがて工具箱をパタンと閉めると、ユリは遥音の側まで歩いて行った。

 足からまだ血を流している、うつ伏せの格好の遥音を少し眺めると、その背中に、自分の尻を乗せて座り込んだ。体重をかけられて、遥音が呻く。

 

「いいベンチがあるじゃなーい? 座り心地バツグン」

「テメーってヤツは……!」

 

 足の痛みと怒りで、ギリギリと歯ぎしりしている遥音。

 しばらくして、歯ぎしりを止めて、遥音は再び口を開いた。

 

「一体、どういうつもりなん……」

「黙ってろって、言ったでしょ! じっとしてなさいよ」

 

 ユリはジロリと遥音を見下ろすと、すぐに視線を、岩山の上の慎志に向けた。

 それから、しばらくして。

 魚を引っかけたらしき慎志が奮闘し始めるのを見て、ユリは声援を送り始めた。

 ほどなくして、慎志は〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉にタモ網を取り上げさせると、釣り竿を操って手元に引き寄せた魚をすくい上げさせた。銀色に輝く、50センチはあろうかという魚が、慎志の手元まで引き寄せられる。魚の口元をフィッシュグリップで掴み、慎志は高々と差し上げた。

 

「見たかー! スタンドでなくっても、実力で釣り上げたでー!」

「すごいすごい! まだまだいけそう?」

「いや、もう少ししたら、他のヤツが様子見に来るはずやねん。あんまりサボっとるとマズいから、いったん休憩にするわ」

「ふーん、そうなんだ」

 

 ユリは、慎志が岩山を降り始めるのを見ると、いきなりスッと立ち上がった。

 遥音の手首から、糸が束になって外れた。ユリが後ろ手で、工具箱から失敬してきたハサミで切断していたのだ。

 遥音の足の血はすでに止まり、傷口は塞がっていた。ユリは、遥音の背中に座った時からずっと、慎志に気づかれないように、傷口を〈エロティクス〉で治し続けていた。

 跳ね起きた遥音が〈スターリィ・ヴォイス〉をその手に出した。

 が、立ち上がろうとした時、塞がったはずの傷口から痛みが走った。〈エロティクス〉で温めて軽減していたとはいえ、それまでの毒によるダメージはまだ残っていた。遥音は呻き、片膝をついた。

 

「あ! お前ら、何やっとんねん!」

 

 二人の挙動に気づいた慎志が、慌てて岩から飛び降りた。それなりの高さからだったので、着地でよろめき、どうにか体勢を整えようとした時。

 

「〈ブラスト・ヴォイス〉!!」

 

 遥音のシャウトが衝撃波となって、慎志を襲った。

 

「させるかい!」

 

 〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉の左手から繰り出された投網が、慎志を守る盾のように、大きく広がった。衝撃波は網を揺らしたが、ダメージを通すことはできなかった。

 

「ふぃ~。スタンドの攻撃なら、スタンドで防御できるわけや。危ね~!」

 

 遥音の後ろにしっかり回り込んでいたユリが、叫び出した。

 

「ちょっと遥音! アンタ、肝心なところで何もたついてんのよ! 奇襲の意味ないじゃん!」

「るせー! まだ本調子じゃねーンだよッ!」

 

 ジロッ、と、慎志が二人を睨んだ。

 

「どうも、ここで始末せんと、俺が危ないみたいやな。少なくともパンク女には死んでもらうで」

 

 〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉が、短い風切り音と共に、横へと釣り竿を振った。糸の先のルアーが、離れた水面に没した。

 

「一応、魚を寄せといたんが、役に立ちそうや!」

 

 釣り竿が引き寄せられ、穂先が空高く跳ね上げられた。水面から、強く光るルアーが、勢いよく飛び出した。

 ルアーにつられるように、細長い魚が7、8匹ほどまとめて飛び出し、鋭く二人目掛けて飛来していった。

 反射的に、ユリは〈エロティクス〉で自分と遥音をガードした。不定形の半透明のスタンドに、鋭利な槍を思わせる魚の頭部が、次々と突き刺さっていった。中には、〈エロティクス〉のガードをわずかながら貫いた魚もいた。予想を上回る貫通力に、青ざめるユリ。

 

「そのダツは、光るモンに突進する習性があるねん。刺されば、人間くらい簡単に殺せるんやけど、ガードしくさったか。ならもう一丁!」

 

 既に海中に投げ込まれていた釣り糸が、またも引っ張り上げられた。

 急ぎガードするユリ。だが、予想していたダツの突撃が来ない。

 代わりに、20センチ余りの魚が、ルアーを食って飛び出してきた。

 空中を飛んだ魚は、ユリのガード直前で、大きく上に跳ね上がった。普通ならまずありえない動き。

 ガードを飛び越え、斜め横に回り込んで、その魚が遥音の顔目掛けて飛んできた。

 

「猛毒のオニオコゼや! 刺されたら、死ぬかもしれんなぁ!」

 

 デコボコだらけの頭部に、棘や突起がやたらとくっついた、グロテスクな魚が迫るのを見て、さすがの遥音も顔をひきつらせた。手にしていた〈スターリィ・ヴォイス〉のコードが伸びて、オニオコゼに巻き付いて捉えた。

 ニヤリと、慎志が笑った。

 ルアーが、オニオコゼの口元から外れた。ぐるん、と遥音の上半身の周りを巡って、糸を巻き付けた。

 砂地にオニオコゼが落ちると同時に、釣り竿のリールが勢いよく回り始めた。左手で巻かずとも、リールが自動で回っている。

 

「ぐっ!」

 

 糸で巻かれた遥音の上半身が、強く締め付けられる。マイクを持っている腕も一緒に巻き込まれていて、胸元に持ち手を押さえつけられた。もう片手も、やはり巻き込まれていて動かせない。

 

(マイクを口元に持って行けない! これじゃ歌も〈ブラスト・ヴォイス〉も使えない!)

 

 焦る遥音は、さらに引っ張られて、砂浜に横倒しになった。そのまま、砂を蹴散らしながら、遥音の体は結構な速さで引きずられていく。

 

「何やってんのよ、もう!」

 

 ユリが、引きずられる遥音を追いかけ始めた。しかし、砂に足を取られてスピードが出ない。

 

「お前はそこで見物しとけ!」

 

 〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉の左手から、網が投じられた。少し離れたところまで駆け寄ってきたユリの体に覆いかぶさる。網と砂のために、ユリはつんのめって転倒した。

 リールが、淀みなく回転を続ける。〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉は竿を立てて、グッと踏ん張っている。

 遥音は引きずられながらも、マイクのコードを首に巻き付け、何とかマイクを口元に持って行こうとする。だが、砂の上を引きずられている状態では、顔があちこち向き、マイクの向きが安定しない。慎志に向けて攻撃するには、狙いが定まらない。

 自分の方にグングン寄せられてくる遥音を見下ろしながら、慎志は千枚通しをその手に構えた。

 

「神経締めといこか! 暴れる獲物には、これやっとかんとな!」

 

 遥音があと数メートルまで迫った時、慎志は足を踏み出した。自ら近づいて、最後の仕上げにかかるつもりだった。

 その時を、ただ引きずられるだけだった遥音は待ち構えていた。

 〈スターリィ・ヴォイス〉のコードの先端が、砂に潜り込んだ。と見るや、勢いよく跳ね上がり、慎志の顔に砂をブチ撒けた。

 

「!」

 

 手で砂を遮り、どうにか目に入るのを避けたが、虚を突かれて数歩後退した。

 まだ眼前で舞う砂埃を払いのけた時、慎志はギョッとした。

 〈スターリィ・ヴォイス〉のコードは、遥音が進む先の数十センチ先で、まるでワイヤーで形作られたかのような、小さな小さなマイクスタンドと化しており、マイクを支えていた。そのまま遥音が進めば、マイクの位置に口元が届く。

 

「自動巻きの魚釣りのリールなら、同じスピードで巻くよなぁ? タイミング分かりやすいンだよ!」

「リ、リール止めろ! 〈フィッシャーマンズ・ワーフ〉!」

「もう遅い! 〈ブラスト・ヴォイス〉ッ!!」

 

 至近距離からの一撃が、慎志を打った。体全体が麻痺して、崩れ落ちる慎志。

 

(ま、まだスタンドは動く! この女の拘束はまだ解けてへん)

 

 マイクを放り出して伸びてきたコードが、慎志の弛緩した手から、千枚通しを奪い取った。

 慎志の目の前に、千枚通しが突き付けられる。

 

「どうだい!? 神経締めされたくなかったら、スタンドを消しな!」

 

 慎志は、自分が勝負に敗れたことを悟った。

 スタンドが消え、遥音も、後方のユリも戒めが解けた。

 遥音は、近づこうとするユリを手で制して、マイクを自分の手で握る。倒れたままの慎志の耳元で、小声で眠りの歌を歌い始めた。

 

 

 

 

 

「……なんだよ簡単だなコイツ! まだワンコーラス終わってないよ」

 

 安らかに寝息を立てている慎志に背を向けると、遥音はユリの方を振り返った。じっと様子を見守っていたユリが、ビクッと震える。

 ザクザク砂を蹴散らしながら、遥音はユリに詰め寄っていった。動けないユリ。

 その目の前まで歩み寄った遥音は、ユリの頬に平手打ちを放った。甲高い音が、海岸に響いた。

 

「バカ野郎! アタシが気に入らないにしたって、こんな奴らに手ェ貸してどうすんだよ! コイツらが、どれだけ悪どい連中か、アンタ知らなかったんだろ!? アンタだって、ヤバイことにさんざん利用されて、用済みになりゃ使い捨てにされてたかもしれないンだ! そンな目に会いたいワケじゃないだろッ!?」

 

 遥音の怒号を、頬を張られたままの格好で、じっとユリは聞いていた。

 

「……じゃないんだ」

「え?」

「『よくも騙したな』でも、『お前なんか絶交だ』でもないんだ。アンタらしいよね。アンタ、人が良すぎるよ」

 

 言葉の最後は、やや涙声だった。

 

「……ま、しゃーねーだろ。これがアタシだからね。アタシ、結構自分が好きなんだ」

「そうなんだ。私、ホントは自分のこと、嫌い」

「何で、だよ?」

「だってそうでしょ。結局は、アンタに嫉妬してるだけなのは、自分でも分かってるんだもの。そのくせ、男でもなんでも、媚びるだけ媚びて、美味しいトコだけ持って行こうって女だし」

 

 波に紛れた懺悔を、遥音は聞いていたが、口を開いた。

 

「そンな嫌な女が、どうして土壇場でアタシを助けたんだ? 放っておけば良かったじゃないか」

「……まさか、こいつらが殺すまでするなんて、思わなかった。ちょっとアンタに痛い目見せてやれば、スーッとするかと思ってただけだったもの……」

「そンで? ちょっとはスーッとしたのかよ?」

「……全然。もし本当に殺されたら、取り返しがつかないことになるって、本当に怖くなった」

 

 ユリは、か細いため息をついた。

 

「アンタは、世に出ていかなきゃいけないシンガー。それだけの才能があるってことは、私にだって分かってる。ここで死なれたら、私がそれをブチ壊したことになっちゃう。音楽の神様だか何だかに、罰が下されるって。それがとても怖かった……」

「ずいぶん持ち上げられたモンだねぇ。ま、傷も治してもらったことだし。さっきの平手打ちでチャラにしてやってもいい。ただし、一つだけ条件がある。あ、二つか」

「な、何?」

「一つは、悪党どもとは手を切ること。もう一つは、スタンドを悪用しないことだよ」

 

 少しユリは考えると、

 

「スタンドの悪用って、裏を返して言うと、人を幸せにするために使う、って考えでいいのよね?」

「え? あ、まあ、そういうことになるかな」

「それならOK!」

 

 〈エロティクス〉に男を篭絡する効果があることは、伏せておくつもりのユリであった。

 

「じゃ、これで仲直りだ。さあ!」

 

 遥音が差し出した手を、ユリは握ると、途端にニコニコし始めた。

 

「それでアンタこれからどうするんだ? アタシたち、これから航希の許嫁の柳生操を、取り返しに行くんだけど」

「……一緒に行くよぅ。でなきゃ、この島から出られそうにないし」

「どっかに隠れてて、迎えを待つってこともできるんだぜ?」

「それもイヤ! 私、平竹さん……じゃなくて、平竹も裏切った形だし。見つかったら、それこそヤバイでしょ? だったら、アンタたちに手助けした方が、まだ帰れる可能性高そうだし」

「……そうかもな。ならついてきな。回復役が、アタシ一人だけじゃなくなるし」

「その回復役が、たった一人でフラフラしてていいの? 私の勘だと、笠間さん激怒ってるよ」

「あのなー。誰のせいだと思ってるんだよ!」

 

 海を前にして、どこか楽し気に会話する二人の娘。

 そちらへと、近づいていく男の影があった。

 

 


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