城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第39話 立向島探検記〈2〉 後編

 イバラの〈イングリッシュ・ガーデン〉は、残った茎に囲まれて橋の下にいた。橋の上はかなりの痛手を被っていたが、スタンドそのものはさすがに危機を感じて、真空刃が出る前に橋の下に逃れていたのだ。

 

(あ……あのクソガキがぁ〜。ツタの兄弟だけやのうて、俺もズイブンな目ぇ見させてくれおってからに! そやけど、ノンビリ構えてられとんのも今のうちだけやでぇ〜。ククク……)

 

 文明は、橋の手前で、先ほどの技を再現しようと、必死で円盤を回転させていた。

 

「こ……これだけ回してるのに。風すらほとんど出ないんだけど」

『全然ダメだな』

 

 アッサリと、ワムウは言い放った。

 

『円筒の形状も荒すぎるが、それは副次的なものにすぎん。むしろ問題は、回転がデタラメなことだ。お前は、正しい回転を行っていない。力任せに回したところで、疲れるだけだ』

「そんなこと言われても。正しい回転って何?」

『先ほどの回転で、感覚は分かったはずだ。今の回転では、それを全く再現できていないのは、お前も承知だろう』

 

 図星だった。

 

『これを見るがいい。〈黄金長方形〉と呼ばれるものだ。縦横の比率は、およそ16対9』

 

 ワムウの姿が消え、文明の眼前に、一つの長方形が現れた。

 長方形の中に一本の線が引かれ、正方形と小さい長方形ができた。その小さい長方形が、正方形とさらに小さい長方形に分けられる。それを繰り返し、やがて正方形の中心を次々とつなぐ曲線が引かれ、渦巻となった。

 

『この渦巻こそ〈黄金の回転〉だ。この回転を正確に行うことだ。そうすれば、先ほどの技はおろか、やがては〈無限〉に至ることも叶うだろう』

「そんなこと言われても……! いや、これを見ながら練習すれば」

 

 だが、黄金長方形は消え去り、ワムウが再び現れた。

 

「待って! 消されたら困る」

『今のは、単なる原理の説明にすぎん。先ほどの長方形を見たところで意味はない。とにかく、やってみせることだ』

 

 何で意味がないんだ、と文明が言い返そうとした時。

 突如、足元の地面が膨れ上がった。バランスを崩して点灯しそうになる文明。

 間髪入れずに、地面が今度は下に崩れた。いや、そこから目前にある橋のたもとまで崩れ、橋も壊れて丸太の束となって、谷に落ちていく。

 ワムウとのやりとりに完全に気を取られていた文明は、なす術なく崩落に巻き込まれた。

 

「ぐう……」

 

 落下が止まった文明は、体を確認した。あちこち打ち身はあるものの、大きなダメージは感じられない。

 だが、足を動かそうとしたものの、動かない。

 右足の脛の下半分が、落ちてきた土に埋まっていた。必死でもがくが、全く抜ける気配がない。

 甲高い嘲笑が、頭上から聞こえた。崖の上の、橋のたもとの削れた土から生えたイバラの声だった。

 

「どアホウ! 橋向こうにおったら、攻撃でけへんって誰が言うた? オドレがおった場所な、真下に根っ子を猛烈な速さで伸ばしていったんや。根っ子をしこたま増やせば、いずれ地面が耐えきれんようになる。そこで根っ子を一気に引っ張れば、こうなるっちゅうワケや!」

「く……」

「植物や思うて、ナメくさったんが運のツキや! イテもうたる!」

 

 ぬっ、とカラスノエンドウのサヤが、崖の上から突き出てきた。

 サヤが弾け、巨大な種が散弾のように打ち出される。

 

「くっ!」

 

 文明は、布を前に振りかざして、それらをどうにか防いだ。

 

『それでは稽古にならん。風で防いでみせろ』

「この状況で!?」

『だからこそ、だ』

 

 文明は唸りながらも、スタンドの腕を円筒状に変化させた。

 またもサヤが崖の上に現れる。今にも発射されそうだ。

 

『〈黄金の回転〉だ。忘れるな』

 

 せめて見本があれば、と思うものの、頼んでも見せてはもらえないのは分かっていた。

 

(あの長方形を、強くイメージして……!)

 

 腕の回転が、始まった。

 今度は、風が起こり始めた。カラスノエンドウの茎が震え、サヤが揺れる。打ち出された種は、文明のいる崖下のあちこちにバラけて、土や石を穿った。中には、砕ける石もあった。

 

『先ほどよりはマシだな。だが』

「分かってる! さっきの回転と違う! こんなんじゃないんだッ!」

 

 グギギギ……!

 イバラの〈イングリッシュ・ガーデン〉が、声を漏らしていた。

 

「ビ……ビックリさせおってからに。せやけど、調子コクんもここまでや! もう、整ったからなぁ!」

 

 ゴポッ! と音を立てて、文明の右足が勝手に地面から吐き出された。その足は、根っこがビッシリ絡みついていた。

 

「な……!」

「ケケケ! ほなパスさせてもらおうかいな。ツタはもう一体あるからなぁ~!」

 

 崖の側面に、風で押し付けられていたように見えたツタが、右足へと這いずっていった。文明は逃げようとしたが、絡んだ根っこで動かせない。

 ぐるん、とツタが足に巻き付き、代わりに根っこが一斉に足から剥がれた。

 

「ほれいけ!」

 

 ツタが、文明の足を上へと釣り上げていく。文明は逆さになりながら、宙ぶらりんにされようとしていた。

 

「わわっ……!」

『どうした? 〈黄金の回転〉を再現せねば、殺されるだけだぞ』

「だったら、さっきの長方形を見せてくれよ! あれを見れればまだ」

『見ても無駄だと言ったはずだ。いいか? 俺は、自力で〈黄金長方形〉に辿り着いたのだ。これが、俺の教えられる最後のことだ。……お前も俺も、この地上、そして自然の中から育まれたのだ。アレコレ考える必要などない。自然に対して、敬意を払え』

 

 上空高く、逆さのままで完全に釣り上げられて、文明はその言葉を聞いていた。

 巨大なハエトリソウが、地上で捕食葉を開けていた。いや、徐々にそれは文明に迫ってきていた。

 最早、一刻の猶予もないことは、火を見るより明らかだった。

 

「考える余裕なんかあるもんか! 何だよ、自然に敬意とかって……!」

 

 その時。

 文明の体に張り付いていた、一枚の木の葉。それが、ハラリと剥がれた。

 ひら、ひら、と、文明の目の前に舞い落ちる。

 それを目の当たりにした時、文明の頭に、閃光が走った。

 

「……!?」

 

 思わず、その葉を手に取っていた。

 文明には、見えた。その葉の縁を囲んだ、長方形。それは、紛れもなくあの、〈黄金長方形〉だった。

 我知らず、周囲を見回していた。

 空を舞う鳥。葉の生い茂った木。崖下の、川の水で削れて丸くなった岩。

 それら全てが、今の文明には、〈黄金長方形〉を形作って見えた。

 

(自然に敬意を払え……とはこういうことか! なぜ、見本が必要ないのか、今なら分かる。自然の中に、無数の〈本物〉が存在するからだ!!)

 

 〈ガーブ・オブ・ロード〉が、両腕を正面に突き出した。その先が、円筒状になる。

 

『その正確な造形ッ! ギリギリで掴めたようだな。いや、ギリギリまで追い詰められたからこそか』

 

 ワムウが、賞賛の言葉を漏らした。

 回転が始まった。狙うは、ハエトリソウの捕食葉。それすらも、今の文明には、〈黄金長方形〉を形作って見えていた。

 

「悪あがきを! おとなしゅう食われてまえ!」

 

 ツタの〈イングリッシュ・ガーデン〉が焦りを隠せず、ハエトリソウの真上に逆さ吊りの文明の体を差し出した。

 

「これで終了や!」

 

 ツタの蔓が、力を緩めた。文明の体が、捕虫葉へと落ちていく。

 だが、文明に恐れはなかった。確信をもって、風を真下に叩きつけていく。

 

「グエッ!」

 

 ハエトリソウの捕虫葉が風圧に負け、普段とは逆に、バコッ! と下向きに折り畳まれた。

 

「……ギャァァァァァッ!!」

 

 次の瞬間、捕虫葉はズタズタに切り刻まれた。いや、葉も、茎も。根元までもが抉られた。ハエトリソウの〈イングリッシュ・ガーデン〉は、バラバラになって四散した。

 文明の体は、風の反動で上に跳ね上がった。スタンドの腕が、ツタの〈イングリッシュ・ガーデン〉へと向けられた。

 

「タッ、タンマ……!」

 

 ツタの懇願に対する返答は、暴風であった。容赦ない真空刃が、蔓もろとも切り裂いていった。

 束縛から解き放たれ、風をスタンドの両腕で操りつつ、地面に着地する文明。

 

「ヒ……ヒィッ!」

 

 イバラの〈イングリッシュ・ガーデン〉は、先ほどまでの態度はどこへやら、崖のなるべく下へと潜り込んでいく。

 文明は、そちらをチラリと見たが、背を向けて先へ進んで行こうとした。

 

「ま……まだ俺が残っとるわい! おのれ兄弟たちの仇ィッ!!」

 

 カラスノエンドウが、種入りのサヤを2房振りかざして、思い切り茎を伸ばすと、文明に叩きつけていった。

 攻撃を、辛くも避ける文明。サヤを叩き込まれた木の枝が、大きな音と共にヘシ折られた。

 逃がすまいと、連続でサヤが打ち込まれる。文明は、後退を余儀なくされた。

 

「しつこいぞ。今は、お前らに構ってる場合じゃないんだ」

「ぬかせ! そこまで下がってくれたら充分じゃい! イバラの兄弟、いったれいッ!」

「う……うおおおーッ!」

 

 いささかヤケクソ気味に、イバラが目一杯に伸びて、文明の両腕に絡みついた。棘が、制服の袖に食い込む。

 

「もろたッ! ドタマかち割っちゃるわぁーッ!!」

 

 文明は、怯みもせずに、自分を撲殺しようと接近するサヤを見据えた。スタンドの両腕が、差し上げられる。

 その時。

 文明の頭上から、何かが鋭く飛来した。

 それが、サヤを直撃。グシャッ! と潰れたサヤから、幾つもの種が飛び散った。

 

「な、何や!?」

 

 驚く〈イングリッシュ・ガーデン〉と、文明の間に、赤銅色の人型をしたものが降り立った。

 それは、文明の方を振り返って、ニヤリと笑った。

 

「油断大敵だぜ? と言いてーところだが、邪魔しちまったかな?」

「京次くん……!」

「おうとも。〈ブロンズ・マーベリック〉、パワーアップして帰ってきたぜ!」

 

 言われてみると、京次が着込んでいたのは、見知っていた〈ブロンズ・マーベリック〉とは明らかに違っていた。かつては、文明をして『特撮ヒーローの怪人』と呼ばわっていた、ゴテゴテした格好だった。それが今や、見事な流線を基調とした、無駄のないフォルム。そして際立って変わっていたのは、後頭部に縦にくっついている、短い髷のような意匠。大きな筆先のような先端が、印象的だった。

 

「こうなったら、オドレも道連れじゃ!」

 

 イバラがさらに伸びて、京次の両腕にも絡みつく。

 京次は、馬鹿馬鹿しそうに顔をしかめた。

 

「こんなチャチイ代物で、俺を封じたつもりか? ま、昔の俺ならちょっとばかり困ったけどな」

「強がんな! 兄弟、いてもうたれや!」

 

 残ったもう一つのサヤが、振り上げられた。

 京次は、微動だにしない。

 いや、一か所だけが動いた。後頭部の髷が急速に伸び、まるで別の生き物のようにうねった。

 

死髪舞剣(ダンス・マカブヘアー)……!」

 

 その先端が、サヤに打ち込まれた。木をも叩き折るサヤが、一撃で粉砕された。

 動きは止まらず、京次と文明を縛っていたイバラの蔓を、次々と斬り飛ばしていった。

 体の自由を取り戻し、京次がカラスノエンドウに対して、普通の足取りで歩を進める。

 

「ま、待てよコラ……」

「邪魔ァッ!!」

 

 赤銅色の拳が、〈イングリッシュ・ガーデン〉の顔面に叩き込まれた。めり込んで潰れた顔面が、後方に跳ね飛ばされる。

 と、カラスノエンドウの茎全体が、異様に蠢き始めた。

 

「な、な、何やこれ……うがぁぁぁぁッ!!」

 

 茎のあちこちから、細い蔓が飛び出してくる。それが、カラスノエンドウそのものを縛り上げ、茎のあちこちをヘシ折っていく。

 ついに、茎は用を為さなくなり、グシャッと巨大な植物は地面に倒れこんだ。もはや、顔面はピクリとも動かなかった。

 

「〈波紋〉を流し込んだ。植物のてめぇには、良く効くみてーだな。ああ、もう一匹いたなぁそういや」

「ヒィィィーッ!!」

 

 イバラの〈イングリッシュ・ガーデン〉が、茎を伝って、再び崖下へと逃げ出そうとした。

 が、その途中で、動きが止まる。

 ガクッ、と、〈イングリッシュ・ガーデン〉が顔面を上にして転がる。その眉間らしきところには、槍の穂先が突き立っていた。

 

「ハァ、ハァ……。京次くん、速すぎ……! 待ってって、言ったでしょ?」

「おせーんだよ。全く、あれだけ人のこと急かしといてソレかよ。あぁ、それだけ文明のことが心配だったってことか? 航希からのLINE見たぜ?」

「もう!」

 

 照れ隠しなのか、プイとそっぽを向きながら、明日見が近づいてきていた。

 

「そういえば、二人ともどうやってこの島に?」

「それがね。文明くんが扉をくぐってすぐに、京次くんからLINEがあって。状況を説明して、あの家に駆けつけてもらったんだけど。それを待ってる間に、扉の模様と数字が、また浮かび上がってきたの! もしかしたら、時間が経つとまたくぐれる設定になってたのかもしれない」

「そうなのか。よくは分からないけど、それは良かった」

「ところで。神原先生はどうしたの?」

 

 明日見の問いに、文明は目を伏せた。

 

「……先生は、さっきのハエトリソウに連れていかれた。森の奥に」

「え!?」

「僕を逃がすために、自分が捕まって……! あの人は、僕が自分を信用しきれていないって分かってた。それなのに……!」

 

 今にも泣きだしそうな表情の文明の額に、京次が指を伸ばした。

 パチッ……!

 軽い〈波紋〉の衝撃に、文明は思わずのけ反った。

 

「少しは分かったか? あの人の心根がよ」

「ああ……僕は、本当に馬鹿だった。身に染みてる」

「だからって、ここでメソメソしてて意味あんのかよ? 聞けや。先生は、ヤツらに拉致されちまった。それは、今更変えようがねー。だったらよ、そういう状況ってやつををスタートとして、どうするか決めりゃいいんだよ! 後悔も反省も後回しだ。まずは、俺らがやれることやるまでだ。そうだろ?」

「ああ……!」

 

 文明の目に、再び力が宿り始めた。

 

「君の言うとおりだ。やっぱり、君が来てくれて良かった……」

「おいおい、まだ早いだろが! もっと活躍した後で言ってくれや。それじゃ行くぜ!」

「だけど京次くん」

 

 明日見が、軽く睨みながら言った。

 

「ここからは、用心して進みましょ。特に、一人で突っ走るのはやめてね」

「ハイハイ、分かった分かった」

 

 そして三人は、島の中央へと伸びているらしき山道を進み始めた。先頭は、接近する者があれば〈振動〉で探知できる京次。続いて明日見、最後尾は文明である。

 それほど進んでもいないところで、京次が足を止めた。

 その眼前に、巨大なハエトリソウの、捕虫葉だけが茎から切り離されて転がっていた。葉は大きく開かれており、中にはハンカチが一枚残っているだけであった。

 

「このハンカチ……、確か神原先生がポケットから出してたやつだ」

 

 文明が、そう口にした。

 

「するとアレか? 先生が、自力で脱出したってわけかよ?」

「じゃないと思う。それなら先生は、文明くんの所まで戻るか、それができないにしても、この辺りで待ってるはずよ。どこかにいそうな感じ?」

「それはねぇな。それっぽい気配が感じられねぇ」

「すると、先生は敵の元に拉致されてる、ってことが考えられるわね」

 

 三人は顔を見合わせたが、先へ進む以外の妙案があるわけでもない。

 誰が言い出すでもなく、三人はまた動きだした。

 

「……修行は、成功したみたいだね。やっぱり行ってもらって良かった」

 

 文明が、スタンドを出したままの京次の背中に向かってそう言った。

 

「何て言うか、見違えたよ。新しい技も、身に着けたみたいだし」

「ああ。初代〈ジョジョ〉が戦った好敵手、黒騎士ブラフォードの技だ。師匠から聞かされたが、誇りある武人だったそうだ。素晴らしい勝負だった、と言い伝えられてる。俺も、そんな戦いがしてみてーんだ」

「え、初代〈ジョジョ〉!? 〈波紋〉の戦士だったの!?」」

「ああ。師匠は、初代の孫にあたる、二代目〈ジョジョ〉の相弟子に当たるらしい。この二代目も、初代に劣らない、素晴らしい戦いをやってきたそうだ。特に、ワムウ、という〈柱の男〉との戦いが」

「ワムウ!?」

 

 文明の大声に、他の二人が驚いて振り向いた。

 

「な、何だよ一体!?」

「僕は……ワムウ、と名乗る人から、今さっき技を受け継いた……」

「技って……もしかしてさっきのか!? あれが〈神砂嵐〉なのか!?」

 

 興奮して詰め寄る京次に、文明はたじろぎながら、

 

「いや、ワムウが言うには、全然威力は足りないから、〈神砂嵐〉とは言えないって。あの、弱すぎるとか言われても、僕にはあれが精一杯……」

「強すぎるだろ、充分ッ!! 勢い余って、地面まで抉れてたぞ!」

 

 明日見も、大きく頷く。

 

「文明くんなら分かってるだろうけど、あれは人間相手に使っちゃいけないと思う。私たちも、遠目で見てたけど、なかなかのショッキング映像だったよ?」

「僕もそう思う」

「それよりもだな! どうしておめぇが、ワムウに技を教えてもらえるんだよ! まずそれを説明しろ!」

 

 なおも詰め寄る京次。

 

「……これ!」

 

 文明が差し出した剣の鍔を、京次はまじまじと見た。

 

「ワムウの骨の一部を、鍔に仕立てたものらしい。これに、ワムウの魂の欠片が宿ってる」

「ちょっと貸してくれ! 頼む!」

 

 拝み倒しかねない様子に、文明は鍔を手渡した。

 京次が鍔を手に取ると、その眼前に、ワムウの姿が現れた。

 

『……む? お前は、〈波紋〉の戦士か。すると、お前がそこの者が語っていた友か』

「どんな話を聞かされたのかは知らねーけどよ。俺は、あなたと〈ジョジョ〉との戦いのことを聞かされた。俺が、心のどこかで追い求めてた、理想の戦いの在り様だった……」

『時代は流れども、理解する者はいるものだな。お前も、己の信じるもののために戦う心を持っているのが分かる。お前の友も、それは同じだ。だからこそ、俺はその者に、最も愛着のある技を託したのだ』

「そうだったのか。心から礼を言うぜ。ワムウ……」

『俺はもう眠る。その前に、二人の良き戦士と巡り会えた。健闘を、心より祈っているぞ……』

 

 ワムウの姿が、掻き消えていく。

 京次は、手の中の鍔を両方の掌に乗せ、深々と礼をした。心底よりの、尊敬と感謝が込められていることが、文明にも理解できた。

 

「……ところでよ」

 

 姿勢を正して、京次は文明に言った。

 

「技の名前はどうするつもりだ? 〈神砂嵐〉は、お前も使う気はなさそうだな?」

「もちろんだ。僕の分際で使うのは、ワムウに対して失礼だ」

 

 文明は、一つ深呼吸をした。

 

「〈ハースニール〉。そう決めた」

「ダイヤモンドの騎士が、手にしていた聖剣の名前ね。いいんじゃない?」

 

 明日見が、微笑んでそう言った。

 

 


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