笠間たちは、小屋の一つに身を潜めていた。藤松があらかじめ用意していた場所で、比較的別荘に近いところにある。
航希が床に座り込んで、印を結んでいた。〈サイレント・ゲイル〉ミニマムモードを別荘まで送り込んで、偵察をしていたのだ。他の面々は、それを車座になって取り囲んでいる。その中には、先ほどまで笠間に小言や嫌味をブチ込まれていた、遥音とユリの姿もあった。
航希が目を開けるやいなや、笠間は問いかけた。
「どうだった?」
「別荘の柵越しに、グルリと見てきたよ。危険だから、柵の中までは入らなかったけど」
「というと、見るからに危険だったってことか」
「そりゃね。だって、人の身長の何倍もある馬鹿デカイ植物が、ウネウネ蠢いてるんだもんな。なっがいツルしたゴーヤとか、巨大な種入りのサヤとか、明らかに侵入者を殺しにかかってるみたいな」
それを聞いて、藤松は頭を抱えた。
「ワイのカミさんの、修子のスタンドや……。〈イングリッシュ・ガーデン〉は、植物と一緒に植えて育てると、その植物を強化できるねん。夕方に植えたら、翌朝日の出には発芽。昼までには大きく育ちよる。普段は一日に2、3体やけど、調子が良かったら10体とか一度に育てることができる。強化した分、寿命も短くて、3日ももてばええくらいやけど」
「戦闘能力は?」
「強化の仕方にもよるけど、殺傷能力高めにもできる。普段は、薬草の効果を上げるとか、美味い実をたくさんつけるとか、そういう使い方なんやけど。実のところ、修子のスタンドが一番、ウチの家族の中では強力や。それからな」
藤松は、笠間たち5人を見回した。
「本体の修子を倒せば、とか考えるやろうけど。〈イングリッシュ・ガーデン〉は遠隔自動操縦型のスタンドや。植物に取り付いた一体一体のスタンドに自我があって、自分の判断で動く。修子が側におれば、アイツの命令は一応聞きよるけど」
「言いたいことは分かった。アンタの奥さんを倒しても、そいつらは勝手に行動するから、あんまり意味がないって言いたいんだろう?」
「そうやねん。さらに言うけど、カミさんに手を出したら、もうワイはあんたらに協力せぇへんで。慎志と沙羅にとっても、大事な母親や。何と言うても、アイツも〈肉の芽〉に操られてるだけやし」
「……心に留めておく」
笠間の返答に、藤松は頷いて、
「別荘には、ワイもついていく。修子を正気に戻すんは、ワイが何とかやってみる」
「……うまくいく成算があるのか? 危険なのは分かってるだろう」
「正直、手立てが思いついとるわけやない。せやけど、ワイがやらんかったら、アイツの亭主として立つ瀬がないわいな。隙を狙って仕掛けるまでや」
「アンタを庇ってる余裕は、俺たちにもないと思ってくれ。こっちも必死なんだ」
「分かっとる。こちらも、修子のことで手一杯や。アイツを回収したら、ワイは撤収する。後始末は任せるで」
そう言いつつも、藤松は先ほど、慎志に耳打ちしておいた言葉を思い返していた。
(ワイと修子が日没までに戻らんかったら、ゲートを用意してあるから、沙羅を連れてこの島を脱出せいと伝えてある。頼んだで、慎志。最後に沙羅を守ってやれるんは、お前しかおらんのや……)
一行は、小屋を出て進行を始めた。
道は、やや広くなっていたため、2人ずつ横並びで隊列を組んだ。航希と笠間が先頭、ユリと愛理、遥音と藤松の順で進んで行く。
笠間が、航希に尋ねた。
「この先で、二股に道が別れてるんだな? 神原たちが無事なら、そこに来るはずだそうだが」
「うん。確かに、他の道と合流してた。その先までは行ってないけど」
「まずはそれでいい。そこまで無事に着いたら、予定通り神原たちの方へ向かう。上手く合流できれば、全員で連れ立って別荘に行けるからな。それで、ここから別荘までは、何もなかったんだな?」
「オレが通った時には、待ち伏せも仕掛けもなさそうだった。ここから別荘までは、そんなに離れてない」
「単に見逃されただけかもしれん。ミニマムモードは小さすぎるしな。全員、警戒は怠るなよ」
言われるまでもなく、敵の本拠地が近づいているという緊張感が、全員を満たしていた。
が、それでも結果としては、足りなかった。
異変に気付いたのは、鋭敏な五感を持つ、航希だけだった。
耳が、微かに捉えた違和感。
「みんな、来るぞ! 左からだッ!!」
航希が身構えようとした時には、すでにそれは、森の中ではありえない猛烈な速度で迫っていた。
(ジェットコースター!?)
そう認識した時には、航希は本能的に身を翻し、地面に転がっていた。
遊園地で見かけるようなジェットコースターが、進行方向に線路を作りながら、森の木がまるで幻であるかのようにすり抜けて、轟音と共に突っ込んできた。間一髪で航希はどうにか避けていた。
航希が慌てて身を起こすと、ジェットコースターはそのまま、森を走り去っていく。改めて見ると、その車体が走り抜ける周囲だけが、まるでトンネルのように空洞となっていた。走り去った後には、線路も残っておらず、空洞も消滅して木々が元に戻り、去っていく車体が見えなくなっていく。
ハッと気づいた航希は、周囲を見回して、他の者たちの姿を探した。
(誰もいない……!? あの様子だと、オレ以外全員跳ね飛ばされてるはず。だ、だけど……考えたくはないけど、跳ねられたならそこらに転がってるはずの身体が、誰の分もない。どうなってるんだ?)
航希はどうするべきか少し考えたが、すぐにスケートボードを出して、山道を疾走し始めた。
(ジェットコースターの後を追いたいところだけど、道から外れればボードでの移動はさすがに無理だ。とにかく、先に進んでみよう。希望的観測だけど、もしオレの勘が間違っていなかったら……)
航希の直感は、当たっていた。
笠間たち5人は、ジェットコースターに跳ねられたと思った瞬間に、いつの間にか座席に座らされていた。横に2人掛けの座席に、先ほどの隊列通りの配置。ガッチリと安全バーらしきもので体が固定されていて、身動きが取れない。
木々の間を高速で抜けていく車体の中で、半ば呆然と、5人は振動に揺らされていた。
『本日ハ、〈ドドドン・パッ〉ニヨウコソ! すりる満点、えきさいてぃんぐ・ましーんヲ、ドーゾオ楽シミクダサイ』
最後尾の座席で、木彫りの簡素なピノキオ人形を思わせる、スタンドらしき代物が、角型のマイク片手に喋るのが聞こえてきた。
「楽しめるわけねーだろッ! フザけンな! 止めろよコラ!!」
「え~! 私、ジェットコースター超大好きなんだけど~!」
遥音とユリの大声が、轟音に紛れてかろうじて聞こえる。
『乗客ノ皆様ノ安全確保ノタメ、途中停止ハデキマセン。停車スルマデ、れっつ・えんじょい!』
「エンジョイできねーつーンだよッ! どこで停車する……え?」
〈ドドドン・パッ〉の車体が、急にゆっくりとなってきた。だが、周囲は多少森が開けてはいるものの、何もない。
車体が、じわ、じわと坂道をあがるように、高度を上げて行く。しかも、どんどん傾斜がきつくなっていく。
「おいまさか……」
笠間は、嫌な予感がした。
坂を登り切ったかのように、車体が水平になっていった。怖ろしくゆっくりと進む。
車体の先端が、徐々に下を向き始めた。
そして、全員の視界が、完全に下に向けられた。車体は斜め下というより、真下に近い方向まで傾いており、そこで完全に動きが止まった。その先には線路がないため、下が丸見えだ。
「笠間さん……。この高さで下に叩きつけられたら、あたしたち……」
「これはジェットコースターだ。乗客の安全がどうとか、さっき言っていた」
愛理の怯えた声に、笠間は返答したが、
(叩きつけられるどころか、単純に落とされただけでも、充分死ねる高さだ! スタンドをここで解除されたら一巻の終わりだ。この中に、対処できそうなヤツはいない。やられた、のか……?)
笠間が、半ば絶望しかけた時。
ジェットコースターが、急角度かつ高速で見えない坂を下り始めた。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
愛理の悲鳴、ユリの歓喜の声が響き渡る。
地面スレスレで坂を下り切った車体は、水平に車体を戻して、なおも進む。右に左に揺さぶられ、時に縦ループを繰り返し、乗客を飽きさせまいという動きを惜しまない。
縦ループの時、笠間は眼下のやや離れたところにある、別荘の全景を垣間見た。洋館の前にはかなり広い庭があり、裏手から少し離れたところは崖となっており、海が広がっている。別荘から見れば、絶好のオーシャンビューであるはずだった。
(服部の言うとおり、化け物植物がウヨウヨだ。人らしきものも1人……いや2人いる。別荘の裏側は、建物の際までびっしりと竹林になってるな。ありえない密度で、人が横にすり抜けるのも難しいと言ってたが。間違いなく〈イングリッシュ・ガーデン〉の仕業だ。裏からの侵入はさせないということか)
水平になった車体の速度が、下がりつつあった。その先には、別荘の庭に通じる正門が見えていた。
正門に近づいていく途中で笠間は、何度も感じたことのある感覚に、唐突に襲われた。
(これは……〈消滅する時間〉だ! だが、なぜだ? 俺たちは全員スタンド使いだし、未麗の護衛どもも、間違いなくそうだろう。スタンド使いでない人間の時間だけが、1時間消滅する能力を、このタイミングで使う理由がどこにある? 敵味方、どちらにも意味がないはずなのに……)
他の面々も、緩やかに進んで行くジェットコースターの中で、同じことを不思議がっていた。
そして、ジェットコースターは、正門の前で完全に停止した。
安全バーが上がり、身体の自由を取り戻した笠間たちに、ピノキオもどきのアナウンスが入った。
『ゴ乗車、マコトニ有難ウゴザイマシタ。マタノ……』
「みんな飛び降りろ!! 息止めてだ! 〈エアー・サプライ〉の格好の的だッ!!」
笠間の叫びに、ハッと我に返った一同は、大慌てで〈ドドドン・パッ〉から飛び降りた。車体は、再び走り去っていき、すぐに消え失せた。
その様子を、正門から少し離れたところにある、透明なガラス板に囲まれた温室の中で、舌打ちしていたのは平竹だった。
「シット! 笠間までいるとは! 裏切ったか」
平竹の作戦では、予期せず〈ドドドン・パッ〉に乗せられて、解放されても訳が分からず呆然としている者たちを、自分の能力で一人一人無力化するはずだったのだ。降りた者たちが先への侵入を試みても、護衛代わりの〈イングリッシュ・ガーデン〉の集団で足止めできる。庭から逃げた者がいても、〈ドドドン・パッ〉の軌道上に入れば、また正門に戻される。
平竹の能力を知っている笠間がいて、先読みされることさえなければ、充分に有効な作戦のはずだった。
「そう仕向けたのは、アンタの所業だろう? ここからの不意打ちも見破られるし」
「シャラップ! まだここを見破られたわけではない」
傍らで〈フィッシュ・ダイヴ〉を出していたのは、元は城南学園の教師だった、榮倉だった。それに言い返しつつも、平竹は内心でさらに舌打ちしていた。
(あの〈ドドドン・パッ〉が、もっとフレキシビリティなスタンドならば。あれはピュアにジェットコースターをエンジョイする遠隔自動操縦型のスタンドで、一度コースを設定するとチェンジできないし、客が乗っていると解除できない。攻撃力もナッシングだし、せいぜい人間のトランスポートにしか使えない。まあ、おかげでモースト・インポータント・ミッションはイージー・クリアできたが……)
「おい笠間がこっちに来るぞ!」
言われるまでもなく、温室目掛けて駆けてくる笠間の姿は見えていた。
が、近くに植わっているタネツケバナのサヤが弾け、種が幾つも、笠間の行く先の土に叩きつけられた。忌々しそうに、後退する笠間。他の4人も、巨大植物の蔓や種飛ばしを警戒して、あまり動けない。
「完全にこの隠れ場所を見切ってるじゃないか! そりゃ、アンタが隠れて入口辺りを狙うなら、ここしかないからな! 僕が目隠ししてる意味ないぞ」
「大きな声を出すな! ヤツも確証があるとは」
言い終わる前に、背後でガラスの割れる音が聞こえてきた。
ギョっとして振り返ると、温室のガラス板を割ったところから、トンファーを手にした航希が入ろうとしていた。
「横からだと丸見えだよ? 柵の側にしつらえた温室だし」
「榮倉、私を守りなさい! レッツ・ゴー!」
「勝手なことばっかり言うなよ、平竹さん!」
その名前に、航希の顔色がザッと変わった。
「……平竹だって? その名前、聞いてるぞ。操を拉致ったってのはお前か」
「服部! 久しぶりだが、お前が僕に勝てるとでも」
「アンタは引っ込んでろよッ!!」
航希のトンファーは、榮倉の〈フィッシュ・ダイヴ〉のガラスの剣をあっさり叩き折った。
一方で笠間は、正門前で適当に身動きしながら、中央にある噴水から、こちらに歩み寄ってくる狼男のフレミングを見据えて、〈インディゴ・チャルド〉の大鎌を構えていた。
(ここで出してくるか。別荘の中だと踏んでたが。となると、別の切り札が中にあるということか?)
「アタシがやるよッ! 〈ブラスト・ヴォイス〉ッ!!」
笠間の背後から顔を覗かせた遥音が、フレミングに音撃を叩き込んだ。
一瞬、フレミングは身を震わせたが、何事もなかったように、また足を進ませていく。
「こんなヤワい攻撃で、俺が止められると思うのか? ナメられたものだ」
「やっぱり効かないか。狼野郎!」
遥音が顔をしかめる。
温室の扉が急に開かれ、中から平竹と、ボコボコにされた榮倉が、転がるように飛びだしてきた。
それを見かけたユリは、
(榮倉のヤツじゃん! 平竹についてたんだ。私を恨んでるだろうし、見つからなくってラッキ~)
温室の中からさらに、航希がトンファーを手に出てくる。
「毒ガスでも何でも出して来いよ。オレのトンファーは、5秒の間に10発は軽くブチ込めるからな……!」
いつになく、殺気にあふれる航希の声。
航希と笠間に挟まれる位置で、〈エアー・サプライ〉は出したもののオロオロしている平竹と、そもそも戦闘不能に陥っている榮倉。
側に生えていたゴーヤの蔓が伸びてきて、二人を捉えようとしてきた。
平竹は慌てて、榮倉の体をゴーヤへと押し付ける。榮倉の足に蔓が巻き付き、空中高く引き上げていった。
航希にも蔓が伸びてきたが、そちらにロクに目もくれずに、トンファーだけが鋭く回転。短い音と共に蔓の先端が千切れ飛び、それから蔓は航希には伸びようとしなかった。タネツケバナの種も飛ぶが、やはりトンファーに弾かれる。
平竹は、スタスタ迫ってくる航希に、顔を引きつらせた。
「チャンスやるよ。お互い、せーの、で打ち合おうか」
座った眼で見据える航希に、慌ててスタンドを向かわせる。
「〈エ〉……」
「せぇのッ!」
早口の合図と共に、トンファーの突きが、スタンドの顔面に食い込んだ。先に動いたはずの〈エアー・サプライ〉の拳は、全く間に合わなかった。のけぞって倒れそうになる平竹。
「臨兵闘者、皆陣列在前! 臨兵闘者! 皆陣列在前ッ!!」
目にも止まらぬトンファーの連打が、身構えきれない〈エアー・サプライ〉の全身をメッタ打ちにした。
叩き伏せられた平竹の身体が、笠間の足元まで転がってきた。
笠間はそれをチラリと見下ろし、大鎌の柄を、平竹の鳩尾に叩き込んだ。蛙が潰れるような声を立てて、平竹は卒倒した。
「こんな雑魚にもう構うな! ヤツの方が」
笠間が言い終わる前に、フレミングが至近距離からダッシュを仕掛けてきた。