玄関では、温室から〈ミッシング・ゲイト〉で移動してきた笠間たち全員が、寄り集まっていた。先ほど玄関の扉に張られていた札は、全員が出てきたのを確認した藤松によって剥がされていた。
「狼男が、いきなり撃ってきたんだけど! 貫通しかけたんだけど!」
ユリは、自分のスタンドにめり込んでいる銃弾に青ざめていた。その銃弾はスタンドの中で、八方に長い棘が飛び出していた。これを人間が食らえば、どういう状態になるか容易に想像ができた。
「やっぱりな。見逃してはくれないか」
「笠間さん、呑気してる場合じゃないって! 狼男がコッチ来る!」
「今開ける!」
〈クリスタル・チャイルド〉が、大鎌で玄関の扉を断ち割った。
「中には入らせん!」
フレミングは、全速力で向かってくる。
その行く先に、立ち塞がっているのは、文明だった。
〈ガーブ・オブ・ロード〉が、両腕を前に構えた。ただし、両腕が組み合わされ、両手首が一つの円盤と化している。その先は、〈ハースニール〉と酷似した、より太い円筒形だった。
「〈黄金の回転〉の応用形! 〈メイルシュトローム〉!!」
両手首の円盤が、回転した。
そこから放たれる、猛烈な突風が直線に放たれ、フレミングを打った。さすがのフレミングも、突撃が一瞬止まった。その横を京次が追い抜くと、文明は回転を止めた。
京次が、フレミングの眼前に回り込む。
「よく分かってるじゃねーか、文明! 心の友、ってやつか?」
「〈ハースニール〉じゃ、君も巻き込むからね。それに、そのフレミングと戦いたいんだろう?」
「どこまで理解してくれてるんだよ。感動で泣きそうだぜ!」
京次はむしろ笑み崩れながら、フレミングに対して構えを取った。
「どうせ、中にも護衛がいるんだろ? そいつらが足を止めてる間に、俺を倒せばいいって話だ」
「これでも気が急いている。あまり遊んではやれんぞ」
「奇遇だな。俺もだよ」
両者は、同時に地面を蹴って、互いに肉薄した。
「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!」
「ノバノバノバノバノバノバノバノバ!」
激しいラッシュの応酬が、両者の間で開始された。
玄関先で、文明はそれを見ていた。
(京次くん、頼んだよ。僕らも、加勢してる余裕ないかもしれない)
文明は、玄関の中に視線を戻した。
内側へと蹴り出された、バラバラになった玄関の扉。それを、虫が食い荒らしていた。
いや、虫をイメージさせると言った方が正確だろうか。元は、直径20センチの円形のロボット掃除機を思わせる代物、それが縦横3個ずつ9個、広い玄関ホールの中央に並べられていた。それが、扉の破片が入り込んだ途端、列をなしてそれに群がり、みるみる小さくしていった。底面で削り取っているらしく、ギャリギャリ……! という音がしている。
それを、酢を飲んだような顔で眺めながら、航希は笠間に話しかけた。
「細かい破片とか木クズは、裏面で吸い込んでるみたいだね」
「らしいな。吸気音も混じって聞こえるからな」
「吸ったヤツって、どうしてるんだろ? 中に納まりきらないよね?」
「俺に聞かれても困る。コイツらを操ってるスタンド使いに聞いてくれ。まず間違いなく、家政婦のトミコの〈クリーンアップ・マスター〉だ」
笠間は、天井を見上げた。
そこには、直径1メートルほどの巨大なロボット掃除機が張り付いていた。ただし、厚みが通常の倍程度あり、手前側の側面にに大きなスリットがあって、蓋がされている。
「あれが、小型のヤツを制御してる親玉か?」
〈クリスタル・チャイルド〉の大鎌を差し出すと、〈刃の螺旋〉をスリット目掛けて打ち込んだ。
が、〈刃の螺旋〉が当たると、ロボット掃除機は弾かれたように、天井を滑って動いた。スリットの蓋は、傷ついた様子すら伺えない。
「衝撃を逃がして、ダメージがいかないようにしてやがるな。別の攻め方しかないな」
笠間が玄関の敷居を一歩踏み超えた時、天井のロボット掃除機から、声が聞こえてきた。
『警告シマス。タダ今、清掃作業中デス。危険デスノデ、清掃えりあカラ退出シテクダサイ』
「天井が結構高いな。高さ5メートルってとこか。〈刃の螺旋〉でないと届かないな」
「兄さん、足元!」
明日見に警告されるまでもなく、笠間は敵の動きを予知していた。小型掃除機が何台も、その足元に押し寄せようとしていた。
笠間は天井への攻撃をいったん断念し、敷居から外へと出る。その手前で、数台の掃除機が右往左往しだした。
「やっぱりな。敷居から先へは出てこない。作業エリアが予め設定されてるんだろう」
そう言いながら、足元の掃除機の一台に、上から鎌の刃を叩きつけた。深々と突き刺さった掃除機は、すぐにボロボロと崩れ出し、やがて跡形もなくなっていった。
「地道にこれを繰り返すしかないか? 面倒だが簡単……」
『〈バグ〉一台ノ機能停止ヲ確認シマシタ。コレヨリ補充シマス』
「え?」
天井からの声に、笠間が見上げると。
大型掃除機のスリットが開き、そこから新たな小型掃除機が排出された。ふわりと床に降り立った掃除機は、すぐに他の物と紛れて、区別がつかなくなった。
「上のヤツを叩かない限り、無限に補充されるってことか!」
『コレヨリ、〈害虫退治もーど〉ニ切リ替エマス。清掃えりあヲ超エル作業実施ノ可能性ガアリマス。えりあ近辺ノ人ハ、オ手持チノせーふてぃ信号ヲおんニシテクダサイ。誤ッテ攻撃ヲ受ケル怖レがアリマス。繰リ返シマス……』
「お手持ちって何だ!? そんなもん持ってるかよ!」
敷居付近にいた、3台の小型掃除機が動きを止めた。
それらが、ほぼ同時に、ふわりと宙に浮き上がった。
「みんな、玄関回りから散れ!!」
笠間の警告に、全員が慌てて散った。
3台の小型掃除機は、敷居の上を超えて外に飛び出してきた。いずれも、笠間を狙うように追いかけてくる。
「こいつ!」
航希が、トンファーを回転させて、そのうちの1台を撃ち据えた。掃除機は、一瞬空中でグラついたものの、壊れる様子がない。それどころか、その1台は、今度は航希を執拗に追い始めた。
「みんな、コイツに攻撃したら、ターゲットが自分に移るみたいだ! 気を付けて!」
言われるまでもなく、有効な攻撃方法を持っている者は、その場には限られていた。攻撃能力がないに等しいユリ、攻撃力に乏しい愛理、対人攻撃しかない遥音。フレミングとの激闘を続けている京次は、まだ決着がつきそうにない。槍の攻撃がまだ通じそうな明日見も、一撃で掃除機を完全に破壊できる自信はなかった。
唯一、〈ハースニール〉が決まれば確実に掃除機を潰せる文明も、
(う……掃除機は、笠間や航希にまとわりつこうとしてるし、狙い撃ちしようにも動きは遅くない! 下手をすれば、こちらの誰かを巻き込んでしまう! ここは、別の手を考えるべきか?)
「天宮!」
掃除機から逃げまどいながら、笠間が叫んだ。
「中の親玉や、小型の掃除機を攻撃はするな! 〈ハースニール〉は威力がありすぎて、建物が崩れかねない!」
「ぐ……」
考えを読まれた文明は、実行を断念した。建物の倒壊は、おそらくは中にいるであろう操を巻き込みかねなかった。
(じゃあ、どうすればいいんだ!? 〈メイルシュトローム〉じゃ、せいぜい足止めだ。掃除機の破壊は期待できない……。第一、小型掃除機をいくら破壊しても、補充されたら意味がない!)
文明が思考の袋小路に陥っている間、一方の明日見は、別のことを考えていた。
(そもそも、この掃除機はどうやってターゲットを認識してるの? 兄さんが攻撃したのは1台だけ。なのに、3台が攻撃を仕掛けた。これは、根本的には自動操縦のスタンドじゃない! スタンド使いが指示を出している。扉を削るパワーからして、遠距離スタンドではあり得ない)
彼女は、扉がなくなった別荘の中を見た。天井の大型掃除機は、外からでは見えない。
(ってことは、大型からも外の状況は目視確認できない! 建物の内外を、同時にスタンド使いが状況を把握するのも、視覚では無理がある。別の方法で、大型と小型は情報をやり取りしている可能性が大きい。目視でないとすると……これは、私の出番かも!)
「文明くん!」
「え、え!?」
「スマホ返し損ねてたよね。今返すから!」
言うなり、明日見は文明のスマホを、放り投げるように押し付けた。それを文明が受け取ると、明日見の姿は、突然消え失せた。
「テレポート!?」
何か考えがあるのか、と文明が思った時。
焦れた笠間が、2台のうちの片方を、鎌の攻撃で両断した。さらに、もう1台も破壊する。
が、航希にまとわりつく1台を破壊に行こうとした時には、別荘から新たに2台の小型掃除機が飛来してきた。別荘内の減った台数は、大型掃除機から補充されたに違いなかった。
(全ての小型掃除機をこちらに向かわせないのは、手薄になった屋内への突入はさせない、ということか!)
内心舌打ちする笠間に、2台横並びで飛んできた掃除機が向かう。〈クリスタル・チャイルド〉を自分の前に出して、一撃で両方破壊するつもりで、横に鎌を振るった。
が。
鎌が当たる直前に、両方とも空中で停止した。鎌が空振りするや、また両方が動き出す。鎌を翻して片方はどうにか破壊したものの、もう片方は鎌の死角に入り込んでしまった。掃除機が底面を笠間に向けて迫ってくる。
ジャリィッ!
ギリギリで掃除機のを食い止めたのは、伸びてきた〈ガーブ・オブ・ロード〉の布だった。掃除機の縁で回転している、鋼鉄のように硬いブラシが、布の表面を擦れる。これを人体が受ければ、皮膚どころか骨まで簡単に削られることは、文明にはすぐに分かった。
掃除機は布を押さえつけるように、笠間に肉薄する。笠間は回避しようとしたが、足元を取られて転倒した。仰向けになった腹部に、掃除機がのしかかろうとした。
「させるか!」
文明は、笠間に掃除機が接する直前に、掃除機の底面にさらに布を送り込んだ。何重にも折りたたんだ布のガードを挟んで、ついに笠間の腹部に掃除機が押し付けられた。
「ぐ……!」
腕に伝わってくる、擦れる痛みを文明は覚え始めていた。長く持ちそうにないことを、実感せずにはいられなかった。
笠間も、鎌で掃除機を破壊しようと考えたが、上から切っ先を打ち込めば、自分の腹まで貫通しかねない。掃除機の横から斬りつければ、布から掃除機がズレて、腹を削られかねない。掃除機をスタンドで持ち上げるのも、押し付けてくる圧力からして無理なのは目に見えていた。
「このッ!」
愛理が、自分にターゲットが移るのを覚悟で、〈スィート・アンサンブル〉の指揮棒を掃除機に突きこんだが、彼女の攻撃力では傷すらロクにつかず、変わらず笠間の腹を擦り削ろうとし続けている。
「もう1台……2台来るよぉッ!!」
ユリが、怯えた声をあげた。玄関から、新たな掃除機が飛来してくる。どちらも明らかに、動けない笠間を狙っていた。
「〈ブラスト・ヴォイス〉!!」
遥音が音撃を放ったが、掃除機は揺るぎすらしない。そのまま、笠間に向かう動きは変わらない。航希が、自身も攻撃から逃げながらも、トンファーで新たに来た掃除機の片方を殴りつけたが、それも効く様子もなく無視された。
〈クリスタル・チャイルド〉の振るった鎌が、次々と掃除機を斬り払う。
(だけど、また掃除機は送り込まれてくる。もっと数を増やされたら、誰か犠牲者が出る!)
愛理が蒼白になる傍らで、文明が呻き声をあげ始めた。その右腕から、出血し始めていた。
「明日見のヤツ、何一人で逃げ出してんのよ! この大変な時に!」
「それは違う……!」
痛みを堪えながらの文明の返事に、ユリは思わずそちらを見た。
「明日見くんは逃げ出す子じゃない。おそらく一人で、敵の本体を倒しに行ったんだ……! それまで僕が、何とか耐えてみせる……ッ!」
そりゃアンタは明日見に惚れてるから、と言いかけたが、文明の必死の表情に、さすがに台詞を飲み込んだ。この状況では、文明の推測が当たっていることを祈るしかなかった。