「……そう、ご苦労様」
地下室の中で未麗は、戻ってきた神原と操に声をかけた。
(ジョーカーズ、よくぞここまで来たわね。私の〈スィート・メモリーズ〉の前には、何人いようが無力。多ければ多いほど、最終的には聖也の下僕が増える。いわば、ポーカーと同じ。手持ちの〈産廃〉カードを、戦いを勝ち抜いてきた強力なカードと総入れ替え……。これまで手加減してあげた、甲斐があるというもの)
その身に感じる、〈消滅する時間〉の感覚を味わいながら、未麗は口元を歪ませて微笑んだ。
(そろそろ、あのクズ女も始末しようか。聖也の側に操がいさえすれば、学園の運営に亜貴恵を利用する必要もない。学園の全てが聖也と、私の意のままになるのだから……)
未麗にとって亜貴恵は、『自分と聖也を生んだ女』ではあったが、『母親』では断じてなかった。
未麗の、亜貴恵に関する最も古い記憶は3歳の時。小さいが豪華な部屋の中での出来事だ。その部屋には、妙にグロテスクな石仮面が、奥まったデスクの裏に飾られていた。
「本当にいいのね? 私は、別にあなた自身でも構わないのよ」
その中年女は、宗教団体〈ダーク・ワールド・オーダー〉を設立した、初代クイン・ビーだった。彼女は亜貴恵に話しかけながら、手にしているものを見せびらかしていた。一握り程度の大きさの、パイプ状の入れ物。
「いえ、未麗にお願いします」
そう言うと亜貴恵は、未麗の背後に回り、両肩をがっしりと捕まえた。
「え? ママ、なに?」
「じっとしてなさい。何も怖くないから!」
その有無を言わせない声音の方が、よほど未麗には怖かった。
クイン・ビーは、入れ物の蓋を開けると、手早くそれを未麗の眉間に押し当てた。驚いた未麗は逃げたかったが、亜貴恵が頭を両手で固定して、動けなかった。
入れ物を押し当てられた所に、鋭い痛みが走った。未麗は叫び声をあげたが、クイン・ビーも亜貴恵も、身じろぎもしなかった。
痛みが消え、未麗が動こうとするのを止めると、クイン・ビーはそっと入れ物を持ち上げた。
未麗の眉間には、〈肉の芽〉がしっかりと植え込まれていた。
「……成功ね。気分はどう?」
「……わかんない」
「あれを見て、どう思う?」
クイン・ビーが指さした石仮面を、未麗は仰ぎ見た。
なぜだか、先ほどまでは『気持ち悪い』としか思えなかった石仮面が、『とても尊い』と感じられた。
その事を未麗が口にすると、クイン・ビーは満足そうに、
「よろしい。お嬢さん共々、今後とも我が〈ダーク・ワールド・オーダー〉に尽くしてもらうわ」
「承知しています。これできっと、私の本願も叶いますよね?」
「ああ、男の子が欲しいのよね? 跡継ぎができないと、城之内家があなたの手に入らないものね」
なぜか、そのやり取りを未麗は鮮明に覚えていた。
その一年後、亜貴恵は念願の男の子を妊娠した。亜貴恵は狂喜したが、出産直後に、予想外の事態を迎えて愕然となった。聖也と名付けたその男の子は、生きてはいるものの、全く意識がない状態のままで、目覚めることがなかったのだ。
しかも、未麗と聖也の父である城之内雅史は、それから間もなく、若くして亡くなってしまった。もはや、城之内家の血を引く、他の男の子を産むことができなくなった亜貴恵は、狂ったように聖也を多数の医者に診せたが、誰も目覚めさせることはできなかった。その過程で、生体実験を行っていた、秘密組織ドレスとも関りを持っていた。
未麗のことも放り出して、構うことは全くないといってよかった。たまに連れ出される時は、必ず聖也のいる病院が目的地だった。
未麗はベッドで眠り続けている聖也を見つめながら、『かわいそう』と思っていた。『おめざめしたら、おねえちゃんと、いっしょにあそぼうね』と話しかけたりもした。何度も来ているうち、聖也にいろいろ語り掛けるのが、未麗の楽しみの一つとなっていた。
そんなある日。
外出しようとしている亜貴恵に、積み木遊びをしていた未麗が呼びかけた。
「ねえママ。あそぼうよー。いっつも、おでかけしちゃうし」
亜貴恵は、いつものように無視して玄関に足を進めた。その背中に、未麗がさらに声をかけた。
「ママ! つみきで、ころんじゃうよ」
チラッと足元を見た亜貴恵は、積み木に気が付いた。跨いでいけば済むような代物。
だが、亜貴恵は直感していた。
(あたしは、この積み木を踏んでしまう!)
吸い込まれるように、足の裏が積み木を踏みつけていた。積み木が床を滑り、体勢を崩した亜貴恵は転倒していた。
亜貴恵が自分の来た方向を見ると、座ったままじっと自分を見つめている未麗がいた。
「ほらね? みれいの、いったとおりでしょ? あそぼ?」
「ア、アンタ……アンタがやったの?」
「ちがうよー。このこが、やったの。ほら」
未麗が指さした先には、誰もいなかった。
亜貴恵はカッとして、つかつかと未麗の元に近づき、甲高い音と共に、その頬を張った。
「ちゃんと片付けときなさいよ、危ないじゃない! 何がこの子、よ! 誰もいないじゃないのさ! 全く、気持ち悪いのよアンタは!」
荒々しく足音を立てて出ていく亜貴恵を、未麗は頬を押さえて、涙を流しながら見送った。
「……いるよ。いまもいるよ。ママには、みえないの? 〈すぃーと・めもりーず〉が」
亜貴恵は、病院詣でを繰り返す傍ら、〈ダーク・ワールド・オーダー〉にも変わらず在籍していた。しかし亜貴恵もこの頃には、その正体に気づいていた。神祖とされる吸血鬼が遠い異国にいて、その軍資金を捻出するための手段として運営されていたのだ。
聖也という男の子を生んだものの、その生命を維持し、意識を蘇らせる方法を探るためには、膨大な医療費が必要であった。しかし、城之内家の財産を食い潰しては本末転倒だ。そこで亜貴恵は、表と裏、両方の手段で資金を手に入れることを考えた。
表の手段としては、〈城之内聖也基金〉を設立し、聖也の病状を明かすことによって、人々の同情を誘って寄付金を募る。裏の手段としては、クイン・ビーを葬り去り、〈ダーク・ワールド・オーダー〉を乗っ取り、金儲けのシステムをそっくり自分のものとする。
表の手段はスムーズに事が運んだ。裏の手段のために、教団の他の幹部を少しずつ手懐けていたのだが、やがてそれはクイン・ビーの知るところとなった。
クイン・ビーは、亜貴恵の家に押しかけてきて、未麗も見ている前で面罵し始めた。
「どういうこと!? あなた、私の教団を乗っ取ろうとしているでしょ!?」
「そんなことありません、クイン・ビー。思い違いです!」
「ヌケヌケとよくも、この泥棒猫が……! いいこと、私には神祖様が後ろにいらっしゃるのよ!? アンタなんか、神祖様のエサにしかならない家畜だってことを、思い知らせてあげる! そこの娘に埋め込んだ〈肉の芽〉、私が神祖様にお伝えすれば、いつでもアンタの娘を……え!?」
未麗を引き寄せて、頭部の〈肉の芽〉を見せびらかそうとした、クイン・ビーの動きが、ピタリと止まった。
「アンタ、〈肉の芽〉はどうしたの!? なんで、なくなってるのよ!?」
亜貴恵も見てみると、確かに埋め込まれているはずの〈肉の芽〉が、跡形もなく消えている。今まで病院詣でばかりで、ロクに未麗の面倒を見てこなかったので、気が付かなかったのだ。
未麗は、ポツリと言った。
「せいやに、とってもらった」
「聖也……? 聖也って、アンタの、寝たきりの弟でしょ? そんな子に〈肉の芽〉が取り出せるわけ……うっ!?」
ブルッ! と、クイン・ビーが身を震わせた。
異様な呻き声をあげながら、頭を抱えて、大きくのけ反った。その目から、口から、〈肉の芽〉の触手が飛び出し、腕の皮膚の下に触手が這い回り、体のあちこちが膨れ上がろうとしていた。
「な……!」
「〈にくのめ〉が、あばれてる。ママ、せいやに、とってもらおうよ」
「と、取るったって……聖也は今、病院……」
狼狽えている亜貴恵に、未麗は部屋の隅に置かれていた、大きなスーツケースを示して見せた。
「あれにいれていけば、だいじょうぶだよ。みれいが、おさえておいてあげるから」
「抑えるって言ったって……こ、こんなの触るの嫌よ! 絶対やらないから!」
未麗が、仕方なさそうにため息をついた。
亜貴恵の頭の中に、虫の知らせのようなものが、流れ込んできた。
(あたしは、ケースをクイン・ビーのところまで持って行く。そうしてしまう!)
腰を抜かしていた亜貴恵が、立ち上がった。スーツケースに近づき、クイン・ビーの元へと転がしていく。その間、クイン・ビーの動きは触手も含めて、完全に止まっていた。
スーツケースが側まで来た時、クイン・ビーと触手が、また暴れ始めた。
「ひぃっ!」
「だいじょうぶ。あとは、いれるだけだから」
再び、亜貴恵の頭に、『次に自分がやってしまうこと』が示された。
クイン・ビーの動きが止まり、亜貴恵の体は、本人の意志とは関係なしに動き出した。スーツケースを横倒しにして開け、クイン・ビーの体を無理やり押し込んで、スーツケースを閉じた。
そして、ようやく行動の自由を取り戻した亜貴恵は未麗に尋ねた。
「こ……これって。アンタがやらせてるの?」
コクリと頷く未麗。
もはや亜貴恵は、未麗のことが怖ろしくなっていた。
未麗に言われるまま、スーツケースを車に積み込み、未麗と共に病院へと走らせた。
スーツケースを押していく亜貴恵と未麗は、聖也が眠っている病室まで辿り着いた。早朝ということもあってか、誰にも見とがめられることはなかった。
病室のベッドで眠っている聖也。いつもと、何も変わった様子はない。
「それ、あけて」
未麗に促されるまま、亜貴恵はスーツケースを開けた。中から出てきたクイン・ビーは、もはや人間ではない、体がメチャクチャに変容した、蠢く何かであった。そのあちこちから、触手がはみ出している。
だがその元クイン・ビーは、聖也の手元に、導かれるように近づいていく。
意識のないはずの聖也の手が、すぅっと上がり、クイン・ビーに触れた。
突如、クイン・ビーの体から、触手が大量に飛び出した。一斉に、聖也の手に飛び込んでいき、次々と潜り込んでいく。
すぐに、全く触手が出なくなった。聖也の手が、元通りに下がった。
もはやただの肉塊と化した元クイン・ビーは、床に崩れ落ちた。その時、クイン・ビーが常にはめていた指輪が、床に転がり落ちた。
次の〈ダーク・ワールド・オーダー〉の集会で、亜貴恵は新たなクイン・ビーとなり、教団を掌握した。
神祖から受け取ったと、先代クイン・ビーが自慢していた指輪が、亜貴恵の指にはまっているのを見て、反抗しかけていた一部の幹部も観念した。石仮面のレプリカを顔につけるようになったのもこの時からで、自らの神秘性を高めることと、正体を外部に知られないようにするのが目的だった。亜貴恵は望み通り、表裏ともに金をかき集められるようになった。
未麗のスタンド使いとしての能力を知った亜貴恵は、未麗をに常に傍に置き、教団の一員として活動させるようになった。未麗の〈スィート・メモリーズ〉も、年を経て成長し、能力の一部を分離させることによって、懐中時計を作り出すことができるようになっていた。
教団内にスタンド使いが徐々に増えていき、汚れ仕事を彼らにさせるために、亜貴恵が手渡しで懐中時計を渡していた。亜貴恵自身にはスタンド能力がないことを、極力知られないようにして、彼らを掌握するためだった。
聖也を目覚めさせるために必要だと考えていたし、『母親の助けになっている』『頼りにされている』そのことが、当時の未麗にとっては喜びでもあり、誇りでもあった。
だが、それら全てを粉々に打ち砕く絶望の日は、突然訪れた。
未麗が、城南学園に入学してしばらく経ったある日。
その頃から習っていたバイオリンの練習を終えた後、亜貴恵に用事があることを思い出した。
亜貴恵の執務室のドアを開けようとした時。
「それでは、聖也くんの治療のための研究も進まなくなります! 支援打ち切りはご再考を!」
ビクッ! と身を震わせて、未麗の手が止まった。
未麗も知っている、秘密組織ドレスの研究員の声であった。それに続いて、亜貴恵の気だるそうな声が聞こえた。
「ああ、そんなのもう、どうでもいいのよ。どうせ聖也は、もう十年以上も目覚めないんだもの。今更意識を取り戻しても、跡継ぎとして認められるわけないわ。まあ、聖也基金の寄付がなくなるのも惜しいし、生命維持だけはさせておくけどね。病院にも、意識回復の研究なんかとっくに止めさせてるのよ。どうせ結果出せないしね」
「し、しかし……」
「お義父さまも、跡継ぎは女でも問題ないってお考えみたいだしね。男の子にこだわってた私の独り相撲ってこと」
「ですがあの、未麗様からも熱心に、よろしくと言われておりまして」
「みたいねぇ。あの子、えらく頻繁に病院に通ってるみたいだし。病状も変わり映えしないのに、何が面白いんだか、サッパリ分からないわ。ま、あの子の働きのおかげで、随分と金も手に入ったし。持つべきものは娘よねぇ! 金ばっかり食って、役立たずの息子とは大違いよ」
未麗は耐えきれなくなり、部屋に背を向けた。
立ち去る後ろから、かすかに亜貴恵の声が聞こえていた。
「そういや、フレミングもアンタに渡すことになってたわよね? 研究材料に使うんでしょ? あのバカ犬、吠えるばっかりでロクに芸も覚えないし……」
未麗はそこから、どこをどう歩いたのかも、全く覚えていない。気が付けば、聖也の眠る病院が目の前にあった。
個室に入ると、聖也はいつものように眠っていた。年齢の割には、かなり小さな体つき。
その姿を見て、未麗はいつにも増して、哀れに思えてならなかった。
「ねえ、聖也……。あなたのママは、あなたを見捨てるんだって。……いいえ。違うわ。あんな女、あなたのママじゃない!!」
そう言い切った時、未麗の心の何かが切れ飛んだ。
次々と流れ出る涙を拭おうともせず、未麗は叫んだ。
「心の底まで腐りきった外道!! あんなモノが、あなたの母親のはずがない! 違うのよ。そう、違う……。聖也、私が、あなたのママになるわ。だって、私の方が、あなたの母親にふさわしいもの。あなたを心から愛してあげられるのは、私。この私が、あなたの本当のママよ!!」
『……ママ?』
心に響いてきたその声が、聖也のものであると、未麗は確信できた。
『やっぱり、あなたがママだったんだ。僕はずっと、そうじゃないかって思ってたよ』
「私の声が、聞こえてたのね!? そうよ、私が、あなたのママ……!」
未麗は、心の中で誓っていた。
(聖也には、私ができ得る限りのものを全て与えよう。そう。あの外道から、全てを奪い取ってやる! それも、あいつが一番欲しいものが、手に入る直前で取り上げて、そっくり聖也にプレゼントするの。それが、私の使命……!)
それから未麗は、亜貴恵から下される指令を、冷徹に実行する人間となった。亜貴恵を絶望という奈落の底に叩き落とすその前に、より高みに登らせる。ただそのために。
しかし、予想外の事態が起こった。
神原史門が、〈ダーク・ワールド・オーダー〉に入信してきたのだ。神原は〈神祖の実子〉であると判明し、亜貴恵は渋々ながらもグレート・サンというセラフネームを与えて、特別待遇とした。しかし神原は、亜貴恵に不満を持つ者たちを糾合して、教団内に派閥を作り始めた。
当然亜貴恵は激怒し、教団内のスタンド使いを束ねる未麗に、神原の抹殺を指示した。
しかし。
「申し訳ございません。スタンド使いは、私を除いて全滅しました。3分間で」
実行グループの一人である笠間光博、アーカイブというセラフネームを持つその少年は、やや青ざめた面持ちでそう報告してきた。
「グレート・サンのスタンドは、圧倒的な強さでした。本体であるグレート・サン自身も、どうやら神祖の力を受け継いでいるらしく、手傷を負わせてもわずかな時間で回復します。人間の生命力を吸い取る能力も有するようです。普段の物静かな佇まいは、本性を包み隠すための仮面であるとお考え下さい」
「な……! そ、それでおめおめと逃げ帰ったの!?」
「戦況を報告するべきであると考えましたので。それに私も、勝ち目がないのに無駄死にはしたくありませんし」
「何を言ってるの!? そもそも、アイツを教団に引き込んだのは、アーカイブ、アンタでしょうが! それを」
なおも怒鳴り散らそうとした亜貴恵に、未麗が口を挟んだ。
「報告はご苦労でした。グレート・サンについては、クイン・ビーが熟考して処置を決定します。それからアーカイブ、あなたの処分についても後で通達します」
「承知しております。使命を果たせなかったわけですから。では失礼します」
笠間が平然とした様子で、部屋を出てドアを閉めた途端、亜貴恵が舌打ちをした。
「未麗! このままでいいと思ってるの!?」
「グレート・サンのことですか? 残念ですが、私たちの手に負える相手ではないかと」
「あ、アンタまで」
「アーカイブとて、決して弱くはありません。今回送り出した刺客たちは、アーカイブをはじめ我々の間では指折りの戦闘能力を誇るメンバーです。それが、全く歯が立たなかったとあっては」
「う、ぐ……。では、どうしろって言うのよ?」
「お母様」
未麗は冷めた眼で、仮面姿の亜貴恵を見た。
「この際、教団を神原にくれてやってはどうですか?」
「あ、アンタ! 私をなぶるつもり!?」
「違います。冷静にお考え下さい。今や、お母様の金脈は、教団がなくても成り立つものが多くなっているでしょう?」
「え? ……そうだけど」
「お母様は、城南学園の理事になるお話が出ていますよね。教団内で、クイン・ビーが城之内亜貴恵であることを知っている者は、今となってはほとんどおりません。ですが、もし漏れたりすれば、お母様の地位に障りがありますでしょう?」
「そう、ねえ……」
「お母様が教団を出るにしても、信者たちが騒ぎ立てると面倒です。そこで、神原に信者たちを集めさせて、受け皿とさせるのです。全員が神原についていくとは思えませんが、人数を減らせば、後の処置がやりやすくなります」
「……そうね、そうしましょう! どうせこの教団も、神祖の死滅がバレてから、めっきり人も金も集まらなくなったし、もう用済みってところね。未麗、そのための準備を進めておいてちょうだい」
未麗は頷きながらも、内心で思っていた。
(いずれこの女を陥れるためには、コイツに忠誠を誓っている狂信者どもは邪魔になる。今から奴らを、コイツから引き剥がしておいて損はない。私の手駒にできそうな者だけ密かに飼っておいて、他は全て処分してしまおう……)
その目論見は概ね上手くいったが、唯一の誤算は、アーカイブこと笠間の失踪だった。実のところ、未麗は笠間の力量を買っていて、自分の腹心にするつもりだったのだ。当てが外れた原因は、数年前の間庭信乃一家の、事故に偽装した殺害にあると、未麗は考えていた。
理事長の娘である信乃は人望も厚く、亜貴恵はずいぶん前から彼女を内心で憎み、排除しようと目論んでいた。それを実行したのが、外ならぬ未麗であり、笠間も巻き込む形で行われた。信乃本人と、夫の間庭謙介は死亡したが、娘の愛理と、笠間の二人は生き残った。愛理に再度刺客を送ることを亜貴恵は命じようとしたが、それは未麗が思いとどまらせた。そこまでやれば、たとえ証拠がなくても、世間の噂となって悪影響が出るということで、どうにか説得した。
笠間の教団に対する忠誠心が、明らかに低下したのはその時からであり、それ故に未麗は、持って行き方では、笠間を味方につけられると考えていたのだ。
そして、全てが動き出したのは、亜貴恵と未麗が〈ダーク・ワールド・オーダー〉から離れて8年後。神原と笠間、二人が前後して城南学園に現れた頃からであった。
未麗のこれまでの総決算、そして野望の始まりであった。