城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第52話 地下室での激闘 その3

「嫌ぁッ!!」

 

 〈スィート・ホーム〉に再び送り込まれた操は、涙を流しながら、スタンドの剣を振るっていた。

 

「来るな! 来ないでぇッ!」

 

 自分に迫る、夥しい触手を、ひたすらに斬りまくっている。その触手の先には、彼女にとって、見るのも汚らわしい〈肉の芽〉の殻があった。

 

(あれに触れられたら、また操られる! また利用される! 今度は航希も、他のみんなも斬ることになってしまうかもしれない。それだけは、絶対に嫌だ!!)

 

 荒い息をしている彼女に、〈肉の芽〉の塊から発せられた声が、操の頭に響いた。

 その声の主が、聖也であると、彼女は知っていた。

 

『どうして、そこまで抗うのかなあ? 別に、君を殺すとか、体を傷つけたりするするつもりはないんだよ?』

「……傷つくんだよ! ボクの、心が傷つくんだ!」

『言ってることが分からないな。僕の世界は、君の能力を手に入れることで、もっと大きくなるんだよ。素晴らしいことじゃないか』

「ボクの能力を使って、大勢の人を操るんでしょ!? どれだけの人が、それで人生を狂わされることになるか!」

『人生が狂う? ますます分からない。広がった僕の世界で、みんな幸せになればいい。ママもそう言ってたよ』

「そんなの幸せじゃない! ボクはそんなの嫌だ! そんな世界が広がって、何になるの!?」

 

 聖也は、いったん黙って、それから言葉を続けた。

 

『僕はね。生まれてから、ずっと世界を統べるものだったんだ。他の何者も、僕の世界に入り込んでこないし、汚したり壊したりもしてこない。静かで、清浄な世界だよ』

「……」

『僕の世界を変わったのは、そう、僕がママと呼んでる人が、〈肉の芽〉を僕に渡した時だ。僕を目覚めさせたいとか言ってたけど、あの時は迷惑だと思ったよ。僕は完成された世界で、心静かに暮らしていたのにさ。〈肉の芽〉が僕を支配しようとしてきたけど、僕もそれが切っ掛けでスタンドに目覚めてね。逆に〈肉の芽〉を操れるようになった』

「……」

『ある時、僕は気づいたんだ。〈肉の芽〉を体内に行き渡らせれば、体が動かせるようになるんじゃないかって。元からある骨だの筋肉だの内臓だのが邪魔だから、〈肉の芽〉に食べさせて置き換えていった。ママが、病院に知られるとマズイから、別荘に移してからって言うから、そうするまでにずいぶん待たされたけどね。そして僕は、〈スィート・ドリーム〉として完成した』

 

 話を聞きながら、操は喉元まで込み上げる吐き気をこらえていた。

 

『ああ、話が逸れたね。〈肉の芽〉をくれたその人は、ママっていう存在にひどくこだわってた。何でも、全てを包み込んで、子供? とかいうのを愛してくれるらしいんだ。いつからか、その人は、自分が僕のママで、僕はその人の子供だとか、言うようになった』

「お母さん……?」

『そうとも言うらしいね。実のところ、僕はそんなことはどうでもいいんだ。それより、ママの教えてくれたことの方が、僕には重要だった』

「な……何を教わったの?」

『僕の世界って、とってもちっぽけだって言うじゃないか! 本当は、すごく広くて、数えきれないほどの世界があるって言うんだ。初めて聞かされた時には、怖くなったよ。ママだっていうあの人だって、僕の世界にやってきて、汚したり壊したりするんだよ? 数えきれないほどの世界から、たくさんの人がやってきたら、僕の世界はメチャクチャになってしまうよ。そしたらママが、いい方法があるって言ってきた』

「何を……言ったの?」

 

 操は、怖ろしい何かを予感しながらも、聞かずにはいられなかった。

 

『僕の世界を、広げて大きくすればいい。そう言ったんだ。大きくなった世界の中で、僕のために動き、僕に決して逆らわない。そんな人間を増やせばいいんだって。それには、城南学園? とかを僕のものにして、そこでスタンド使いを集めるのが一番いいってさ。それで僕は、何人かのスタンド使いを手に入れた。彼らの見聞きするものは、僕にも伝わってくる。そしたらさ……』

「そしたら……?」

『楽しいね! こんなに面白いとは思わなかった。君のおかげで、欲しかった神原も手に入れた。彼のスタンドが、学園では最強だというからね。僕は、もっともっとスタンド使いが欲しいんだ。僕は、全てのスタンド使いの王になるんだ。そうすれば、きっと全ての世界を手に入れられる!』

「やめて!! スタンド使いは、あなたのオモチャじゃないッ!!」

 

 操の、魂を振り絞るような叫びは、聖也のため息で返された。

 

『これだけ話しても、分からないみたいだね。もういいや。もう一度、君を僕のものにするだけだ』

 

 それまで動きを止めていた触手が、再び操に迫ろうとしていた。

 操は、思いつめた表情で、その場に座り込んだ。

 

『やっとその気になった? 大事なスタンド使いを、壊したくないしね。特に君の能力は、僕には絶対必要だし』

「〈ファントム・ペイン〉……。『切り離した』全ての人を、元通りにして」

『え?』

「ごめん、航希。ボクはもう、操られるのも、他の人を傷つけるのも耐えられないんだ……」

 

 操のすぐ真横に、〈ファントム・ペイン〉が現れた。手にした刀が、操の目の前にかざされる。

 その刃は、内部的につながったままとなる能力を込めたものではなかった。

 

(助けに来てくれて、嬉しかったよ。ありがとう)

 

 一筋の涙を流しながら、彼女は己のスタンドに、自分の首を切り裂くように命じた。

 

『何しようとしてるの!? やめるんだ!』

 

 慌てた聖也の声も、耳には入らない。

 刀が、首筋に走った。

 バサァッ!

 どこからともなく、飛来したもの大きなものがあった。それは刀身に巻き付き、操の首を刃から守った。

 

「……え?」

 

 操は、巻きつけられたものを見つめた。それは、新聞紙だった。

 そこには、一つの文章が書かれていた。

 

『死に急ぐなかれ、心正しき者よ! 吾輩に任せよ。さすれば道は開かれん。炭三』

 

 それを読みながら操は、〈肉の芽〉に食いつかれ、再び心を奪われていく感覚を味わっていた。

 〈肉の芽〉の檻に閉じ込められていた、黒猫の炭三がその様子を見つめていた。

 

『おやおや。守護者の黒猫だっけ? 止めてくれて助かったよ。彼女は失いたくないからね』

『何を勘違いしているのだ? 愚かな小僧よ』

 

 冷ややかな返答に、聖也は少し苛立った。

 

『無礼な物言いは控えるんだね。僕は王だというのに』

『吾輩が彼女を救ったのは、死ぬ必要がないからだ。たとえ再度、彼女の心を貴様が縛ろうとも、心正しき者たちは、必ず彼女を取り戻す。その時が、貴様の邪悪の芽が枯れ果てる時だ』

『僕から奪うというのかい? そうしたらまた、僕の元に呼び戻すだけだ』

『僕の元、だと? それは、この〈スィート・ホーム〉のことか?』

『もちろん! ここにいれば、僕の世界を侵すものはないからね。〈波紋〉とやらを使うヤツが来ても、結果は同じさ。外のヤツらは、それが分かってないみたいだけどね』

『分かっていないのは貴様だ。そもそも、貴様は〈スィート・ホーム〉にはもういられない』

『? どういうことだ』

 

 炭三は、顎を上げた。

 

『今より吾輩は、〈スィート・ホーム〉を解除する』

 

 その一言に、聖也は絶句した。

 

『そうすれば、キャビネットも失われ、貴様はこの外に出ることになる』

『何言ってるんだ? 君は〈スィート・ホーム〉と一体化してると言ってたじゃないか。それを解除するということは、君も幽霊として留まることはできなくなる、ということじゃないのか!?』

『いかにもその通り……!』

『待て!!』

 

 聖也は叫びながら、〈スィート・ホーム〉が消滅していくのを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

「え、あ!?」

 

 地下室への入口に座り込んでいた明日見は、自分の『切り離されていた』上半身が、前触れもなく元に戻ったことに、驚いていた。

 

(これは……操さんが能力を解除した!? 間違いないわ。すると、遥音さんは!?)

 

『明日見! アンタも、元に戻ったのかい?』

 

 いきなり聞こえてきた、遥音の声に、明日見は思わず、彼女が側までいつの間にかやってきたのかと思って、玄関の方を見た。

 が、遥音は変わらず玄関に立っていた。手には、マイクが握られているらしい。

 

『アタシの能力の一つ、〈ウインド・ヴォイス〉さ。あんまり大声だと、見張りの意味がなくなるかもだからね。治ってるンなら、大きくマル書いておくれよ。この能力は、アタシからの一方通行で、アンタの声は届かないンだ』

 

 明日見は立ち上がって、両手でマルを作って見せた。

 

『そいつは良かった。アタシも、そっちに行った方がいいかい?』

 

 明日見はジェスチャーで、『まだ分からない。そこにいて』と示した。文明たちが勝ったならすぐに上がってくるはずで、そうでないなら、まだ予断を許さない。入口付近の接近戦になるなら、遥音は離れていた方がよいという判断だった。

 

『分かったよ。だけど、いい方向に進んでるのは間違いないだろうね? もし全員無事で帰れたら、乾杯しようぜ? もちろんアルコール抜きでな!』

 

 明日見は、そうあってくれればいいと思いながら、大きくマルを作った。

 

 

 

 

 

 巨大な、触手の集まった球体〈スィート・ドリーム〉と、操。

 それが、地下室に出現した。

 

「キャビネットが……!」

 

 文明が、床に無残に散らばった木片を見て呟いた。

 ふわり、と、黄金の煙のようなものが、木片から立ち昇るのを、その場の全員が見た。

 それは空中で、炭三の姿を取った。

 

『心正しき者たちよ。絶望は、愚か者の結論である』

 

 炭三の言葉が、確かに全員の心に聞こえた。

 

『彼女は、今でこそ心を囚われているが、そなた達ならば、必ず取り戻せる。心正しき者はここに集結し、吾輩の役目は終わった。後は、そなた達に委ねる』

 

 誰も、言葉を発しなかった。

 

『そなた達が〈スィート・ホーム〉に尋ねてくるのが、吾輩にとってはこの上ない楽しみであった。あのような気持ちは、我が友、城之内恵三と共にあった時以来であったぞ。最後になるが、間庭愛理よ』

「は、はい」

『我が子孫たる、スミリンと変わらず仲良くしてやってくれ。あれもまた、そなたと縁で結ばれた者だ』

 

 黄金に輝く炭三の姿は、天上へと消えていった。

 それは、長いゆったりとした時間のように、それを見た者には感じられていたが、あるいはほんの一瞬のことだったのかもしれない。

 未麗は、目をギラつかせながら叫んだ。

 

「聖也が現れたのなら好都合! 全員、下僕になるが……う!?」

 

 〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉の爪が、未麗の体に突きこまれた。未麗の精力が吸い上げられ、神原の溶けた腕が元に戻っていく。

 

「我らの動きを止めて、一斉に〈肉の芽〉を植え付けて形勢逆転、か? そのような、三流アイドルのためにヤッツケで書いたような〈譜面〉を演じてやるつもりはないわ!」

「ぐうぅっ……!」

 

 未麗が、自分の死を直感した瞬間。

 〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉は、未麗から爪を引き抜いた。

 

「滅するまではせぬ。教え子どもの前で、そのような姿は見せられぬからな。もっとも、スタンドはもう使えぬであろうがな!」

「うぐ……」

 

 未麗は、膝から崩れ落ちた。

 

 その時、〈スィート・ドリーム〉から、大人の腕より太い、〈肉の芽〉の束が、神原に放たれた。〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉は、マントで軽々とそれを跳ねのける。

 次々と吐き出される〈肉の芽〉の束を、それぞれが必死で回避していた。

 

「調子に乗ってんじゃねえッ!」

 

 京次が〈波紋〉入りの拳を、〈肉の芽〉の束に叩き込んだ。そこから、〈肉の芽〉の触手の色が変わり、ボロボロになっていく。

 だが、それは根元から千切れ飛んだ。床に振り落され、すぐに崩れていく。

 

『無駄だよ。〈波紋〉を打ち込まれた部分は、切り離せるからね。失っても、すぐに再生できるから問題ないのさ』

「チッ!」

 

 京次は舌打ちした。

 それを聞いた未麗は、息を切らしながら、

 

「さすが、私の子ね! ママは嬉しいわ。このままヤツらを」

 

 言いかけた時。

 攻撃を外した触手の束が、未麗の横面を痛烈に打った。床に、叩きつけられるように倒れ伏す未麗。

 

「せ……聖也!? ママにまで……攻撃が、当たって」

『うるさいな! 今はそれどころじゃないんだよ!』

「え……!?」

『もうママは、スタンドも使えないでしょ!? 役立たずは引っ込んでてよ! 操さえいれば、ママの代わりなんか、いくらでも手に入る!』

 

 その非情な台詞に、未麗は愕然とするだけだった。

 笠間はまだふらつきながらも、

 

「全員、地上に上がるぞ……! このままじゃ、いずれやられる」

「そうはいかねー、ってヤツが一人いるけどな?」

 

 京次が示した先では、歯を食いしばりながら立ち上がっている、航希の姿があった。口に放り込んでいたニンニク漬けのおかげで、どうにか少し力を取り戻していた。体に残っていた、神原に打ち込まれた爪を引き抜く。そこから、鮮血が飛び散った。

 

「俺と航希は残る。あのバケモノと決着つける。アンタは、他のヤツらを連れて上がってくれ。操られると厄介だ。特に先生はな」

「何と? 貴様、あの状態の服部と残ると言うか」

 

 神原が問うた。

 

「ヘッ。タンパク質とカルシウムだけでしか、人体を語れねぇ医者でもないだろ? いいから俺らに任せときなって!」

「先生!!」

 

 大声に振り返ると、そこには文明がいた。まだ京次と航希をつないでいる、残りの布で〈肉の芽〉を弾いて耐えていた。

 

「行きましょう」

「……!」

「あの二人なら、必ず何とかします。先生は日光の当たらない階段にいれば、消滅せずにすむでしょう!?」

 

 神原は、一瞬黙って、口を開いた。

 

「この姿の我を、〈先生〉と呼ぶか。天宮文明」

「あなたは、その姿でも〈先生〉であることを忘れなかった。あなたは、僕たちを今日まで導いてくれた神原先生です」

 

 神原の顔から、邪気が消えていった。効果時間が過ぎ去り、〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉は〈ノスフェラトゥ〉へと変化していった。

 

「ありがとう天宮くん……。どうやら階段で待つ必要もなさそうだ。二人に任せる! 他は全員退避だ」

 

 そう言うと、息も絶え絶えの笠間をマントで守りながら、神原は階段へと向かった。

 

「間庭くんたちは!? 大丈夫か」

「もう先に上がらせてる。愛理とユリじゃ、相手が悪すぎるからな……。お前に介添えされながら、上がることになるとはな。すまん」

「元は、私のやったことだ。……彼らをここまで無事に連れてきてくれて、心から感謝している」

 

 最後に残った文明は、京次に小声で言った。

 

「航希を、頼む」

「おうともさ。アイツに、花を持たせなきゃだぜ」

 

 布で迎撃しながら、後ろ向きに階段を上がっていく文明に、京次は背を向けた。

 

(航希は、いっつも俺を立ててくれた。人のことが先で、自分のことは後回しだ。ニコニコついてくるくせに、俺を頼ったりしてこねー。そんなヤツが、命振り絞って、操を救い出そうとしてやがる。こんな時に、一肌脱いでやらなきゃ、漢がすたるってもんだろ。文明よ、おめぇも同じ気持ちなんだろ? 今の顔つきで分かるぜ……!)

 

「さてと。やるぜ航希ィ!」

「ああ!」

 

 声を振り絞って叫び、多少眉をしかめつつも、ニコッと笑う航希。

 

(満身創痍の上に、ずっと〈波紋〉を受け続けてるってのに、大したヤツだよおめぇは。文明といい、おめぇといい……!)

 

 残った二人は、異形の〈スィート・ドリーム〉に向かい、構えを取った。

 

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