「あーくそー。やっぱりダメかー……」
京次は、いささか肩を落としていた。
「そりゃそうだろう? 君と喧嘩する理由がない。ましてや、絶対命がけになるし」
先の戦いで、目の前で大岩を打ち砕かれた様を思い出すと、文明としてはとても簡単にやりあう気はしない。第一、不安定な姿勢からの一撃で折られた鼻の骨は、まだ痛んでいる。
「いやそりゃまあ……うーん……一方的にブン殴っても意味ねぇし……何とかならねぇかな……」
「いい加減に諦めてくれよ。それより、綾瀬先輩をあのまんまにしておいていいの?」
「何だよ、そんなにあのクズ先輩が心配か? 死なねぇ程度にしてやったって言ってるだろ?」
「いや、それもだけど。その……あの人が学校とか警察に訴えれば、君、マズいんじゃないの?」
「あぁ、そのことか。それは心配いらねぇよ。まだ〈消滅する時間〉の最中だからな」
「〈消滅する時間〉?」
「ほれ、野郎が〈スィート・メモリーズ〉を作動させてたろ。あの懐中時計だ」
文明も、綾瀬が戦いの前に時計を取り出して、操作していたのを思い出した。
「あれもスタンドだ。野郎自身のスタンドじゃねぇのは確実だけどな。あの〈スィート・メモリーズ〉は、スタンド使いだけが活動できる時間を、一時間作れるみてぇなんだよな。スタンド使いが関わった物事以外は、一時間後に時間が巻き戻って、元通りになる。スタンド使いが関わった物事は、それ以外の人間にとっちゃ、〈消滅した時間〉が終わった時の結果だけが、瞬時に現れるんだ」
「……えーと……正直言って、何が何やら……」
「ま、俺も理解できるまで、時間かかったけどな。とにかく、〈消滅する時間〉が終わるまでに、さっさと移動してアリバイ作っときゃ、訴えられても、野郎のデタラメ、で済ませられるってわけだ」
「うーん……」
あまり釈然とはしなかったが、文明も正直、訴えられたいわけではない。
「おめぇには、話しておくか。俺たちは、〈スィート・メモリーズ〉を操ってるスタンド使いを探ってる」
「探ってる? どういうこと?」
「あの〈スィート・メモリーズ〉、悪用すりゃ、どんな犯罪でもやりたい放題だろうが。〈消滅する時間〉の間は、電子機器での録音・録画もできねぇんだ。そんな代物を、あんなクズ野郎に使わせてるんだぞ? 放っておいたら、メチャクチャなことになるぞ」
「……止めるため? それとも……使うため?」
探るような目つきになっている文明に、京次はムッとした表情を見せた。
「誰があんなモン使うか! 俺の性に合わねぇ」
「そうは言うけど、君だってその〈消滅する時間〉を利用してる」
「相手が勝手に、スタンドを使ってるってだけのこった。相手に使われりゃ、こっちも状況を利用するだけのこと。俺がアレを使うのは……何か嫌だ。うまく言えねぇけど……汚らわしいんだよ。あのスタンドは!」
「そう、か」
文明は、一つ息をついた。
「何となくだけど、そういう能力を欲しがるのは、君の柄じゃないと思った。疑って悪かった」
そう言われた京次が、今度は文明を見返してくる。
「……航希と、同じようなこと言うんだな。お前ら、幼馴染なんだって?」
「ああ。幼稚園時代から、ずっと一緒だった。だから、隙を見ては僕のこと『ブンちゃん』って呼ぶんだよ。恥ずかしいんだけど、さ」
「アイツにも、戦うの断られたんだよなぁ。おめぇとタイプは違うけど、いい戦いができそうだってのに」
「まさか能力込みで殴ったりしないよね? 能力もない航希じゃ、さすがに死にかねない」
「……え!?」
京次が、素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと待て。……お前、物心ついた頃にはスタンドを使えたって、言ってなかったか!?」
「言ったよ。幼稚園の頃からだから。もっとも、人前ではまず使わなかったけど」
「どうしてだ?」
「え、いや……、何となく、これは人前で使っていい能力じゃない、って思ってて……」
「もしかして……おめぇ、航希がスタンド使いだってこと、知らないんじゃないだろうな?」
一瞬、表情が固まる文明。
「えー!! ま、まさか!」
「アイツも、幼稚園ですでに使えてたとか言ってたぞ。本当に、おめぇら幼馴染か!?」
完全に思考が停止している様子の文明に、京次は半ば呆れている。
「まぁ、それは後回しにしよう。ほれ、着いたぜ」
京次が指し示したのは、通称〈ウナギの寝床〉と呼ばれる、部活動で与えられる部室が連なっている建物だった。その中の〈軽音楽部〉へと進む京次に、文明はついていく。
ガラリ、と、京次は扉を開けた。
「よぉ、遥音。詰めててくれたか」
「仕方ないでしょ。〈消滅する時間〉が始まったとあっちゃ、さ。怪我人が出た時、アタシがいなきゃ困るでしょうが」
「感謝してるさ。早速、コイツをちっと治してやってほしいんだけどよ」
ジロリ、と自分を見据えてくる、ベリーショートの少女を、文明も知っていた。
「風紀委員の天宮じゃないか。巻き込まれたのかい?」
「まあ、ね。君が、治してくれるのかい?」
「説明がメンドくさいから、黙って座ってな。どうせ、時間が経てば忘れちまうンだし」
「忘れないんだよなぁ。それが」
ニヤニヤ笑う京次に、遥音は目を瞬かせ、そして大きく見開いた。
「え…えー! 天宮、アンタ、スタンド使いなのかい!?」
「さっき、俺と組んで一人倒してきた。鼻が折れてる。名誉の負傷ってヤツさ」
「……味方、ってことでいいンだね? アタシらの仲間になるンだね?」
「いや、それはまだキチンと話を聞いてから」
「天宮! 話をややこしくすんな! とにかく、ここは治してやってくれ」
「……ちっ。仕方ないね」
椅子から立ち上がると、遥音は金色に輝くマイクを取り出した。
「コイツがアタシのスタンド〈スターリィ・ヴォイス〉。コイツを通して歌うと、癒しの効果がある。ま、それだけじゃないけどね」
その時、ガラリ、とまた扉が開かれた。
「須藤くん。自分のスタンドについて、必要以上に喋るのは控えたまえ。能力を知られることは、とりもなおさず、自分の弱点を知られることに等しいのだから」
「
入ってきた、まだ若い教師に文明は驚いた。英国人の血が入っているとかで、非の打ち所がないイケメンであり、紳士的な物腰も手伝って、女生徒から熱狂的な支持を受けている。
「悪く思わないでくれたまえ、天宮くん。君の普段からの行状からして、人間的に信頼はしているつもりだが、それも事によりけりだ。我々〈スタンド探偵団〉は、なるべく情報を漏らしたくないのだよ。理解してもらいたい」
「どうでもいいけど、ネーミングセンスのダサさが泣かせるよね。センセ」
遥音が、うんざりしたように肩を竦める。
「〈スタンド探偵団〉……?」
「さっき、ちょっと話したろ。〈スィート・メモリーズ〉を探ってんだよ。ま、他にもスタンド絡みの揉め事を解決したり、とかな」
京次がそう捕捉した。
「すると……先生も、スタンド使いなんですか?」
「その通りだ。だが、私のスタンドについて、この場で明かす必要は感じない」
「ですけど、先生」
文明は、今感じた違和感を口にした。
「先生は、入ってくるなり、僕がスタンド使いであることを知っているような言い方をしましたよね? ずっと聞いていたんですか? それとも、先生のスタンドの能力なんですか?」
「ああ……聞こえたのは、扉を開ける直前の、須藤くんの台詞くらいさ。だがね、これくらいのこと、スタンドなど使わずとも分かる」
神原は、静かに微笑んだ。
「簡単な推理だよ。須藤くんは、普段は患者に対して、能力の説明などしない。どうせこの能力について理解できないから、と言ってね。しかし、君に対して説明している。ということは、君がスタンド使いである可能性が高い。武原くんもここにいるということは、彼がここに連れてきたのだろう? 須藤くんは、ここに詰めて動いていないだろうからね。すなわち、〈スィート・メモリーズ〉を使用した敵との戦闘があり、君は負傷した。少なくとも、敵側のスタンド使いではないと、武原くんが判断した。そういうことになる」
さすがに探偵団を名乗るだけはあるな、と内心で文明は舌を巻いていた。入ってくる時の一瞬だけで、状況をこれだけ読み取って対応するのは、そうそうできることではない。
「どうやら、鼻を痛めているようだね。須藤くん、君は早速、治療を始めてくれたまえ」
「了解」
遥音は、〈スターリィ・ヴォイス〉のスイッチをいじった。すると、曲のイントロがマイクから流れてくる。
そして、遥音は歌い始めた。
ゆったりとした、優しく伸びやかな歌声。さすがに評判になるだけの歌唱力だな、と文明は思いつつ、その歌に聞き惚れていた。
「さて、天宮くん。君は、〈矢〉に射抜かれてスタンドを使えるようになったのかね?」
「いいえ。幼稚園の頃から使えました。もっとも、人前ではまず使いませんでしたけど。そうだ! その〈矢〉とかについても、聞きたいんですけど。僕、実のところ、スタンドって言葉を知ったのもついさっきなんで」
「……君の他にも、ここにいる者以外に、スタンド使いを知っているかね?」
「いえ、知りません」
「おいおい、航希もいるだろ。忘れてんな?」
京次が口を挟んだ。
「あっ! そうか……でも、僕、それも今聞かされたばっかりで。その……まだ信じきれないくらいなんですけど」
しばらく、神原は顎に手を当てて、考え込んでいた。
ふと、遥音が歌唱をやめた。
「ワンコーラス終了! 天宮、もう治ったンじゃない?」
「え? ……あれ? 本当だ! 骨が折れてたはずなのに……」
「あのくらいなら、ワンコーラスで充分。他の傷とかも、軽いモンなら治ってるはずだよ」
神原は、目を丸くして体をまさぐっている文明に対して続けた。
「私の言う〈矢〉は特別なものでね。結論を言うと、スタンド使いを生み出すことができる。〈矢〉に貫かれた者は、高熱に冒されて死ぬか、さもなければ生き残り、スタンド能力を手に入れるのだ。武原くんも、須藤くんも、つい最近〈矢〉に貫かれた」
思わず、二人の顔をしげしげと眺めてしまう文明。
「我々〈スタンド探偵団〉の目的は、〈矢〉と〈スィート・メモリーズ〉、この二つを操る者を見つけ出し、悪用することをやめさせることだ。天宮くん、君もこの学園の平穏を望む者であるはずだ。志があるならば、我々の仲間に加わってもらえないだろうか?」
「……」
考え込む文明。それを、じっと神原は黙って待っていた。
やがて、文明が顔を上げたその時。
ピルルル!
文明を除く、全員のスマホから共通の音が鳴った。
「LINE?」
「俺たちのグループトークだ。ってことは」
「航希からだよ! SOSのスタンプだ」
一同の間に、一斉に緊迫した雰囲気が立ち込める。文明も、聞かずとも状況を理解できた。
「航希を助けに行く!」
「待ちたまえ、武原くん!」
いつになく厳格に、神原が制止した。
「君はここに残りたまえ。まだ〈消滅する時間〉の効果時間は切れていない。君はすでに一戦している。アリバイをきちんと作っておかなければ、補導されかねんぞ」
「だけどよ!」
「ここは、須藤くんに任せたまえ。天宮くん、協力してはくれないか?」
文明は、京次の懇願するような眼差しを見た。
「言われるまでもありません! 行ってきます」
「頼んだぜ、天宮!」
京次の声を背中に受け、文明と遥音は飛び出していった。
「GPSだと、この辺りだよ!」
遥音が、スマホの地図アプリで、校内のマップを拡大させつつ凝視している。
「ち、位置情報がブレやがる! この建物の右か、左か」
「二手に分かれよう。須藤さんは、右! 僕は左だ」
「了解!」
二人は、反発しあう磁石のように、弾かれたように別れて駆け出した。
文明は、校舎の裏側を進んでいく。その先に、池が見えてきた。
池のほとりで、誰かがオモチャの水鉄砲を持って、撃ちまくっている。標的となっている先は、建物に隠れてよく見えない。
「ん!? 何見てやがる!」
水鉄砲の学生が、振り向きざまに文明に水鉄砲を撃った。
立ち木の裏に逃げ込む文明。その立ち木に、水鉄砲の一撃が命中した。
途端に、白煙をあげる立ち木。
「強酸!?」
うまくない、と文明は内心呻いた。〈ガープ・オブ・ロード〉自体は強酸でも焼かれることはないが、布を伸ばせばガードに隙間ができやすくなる。自分という本体に引っかかれば、ただでは済まないのは容易に想像がついた。
「木の裏に隠れたのは失敗だな! これならどうだよ!」
水鉄砲が、木の上の木の葉に乱射された。葉が次々と白煙をあげ、強酸の水滴が、バラ、バラと文明に降り注ぐ。
「避けきれない!」
文明が青ざめた時であった。
何かが、目にも止まらぬスピードで文明に迫った。
反応しきれない文明の腕が捉えられ、超高速で引っ張られる。
水滴が地面に達して、白煙を盛大に上げていくのを、文明は離れたところから目にした。
「大丈夫!? ブンちゃん!」
その時初めて、文明は自分を助けてくれたのが、航希であることに気づいた。
「おいおい、人助けしてる場合かよ? お荷物抱えてちゃ、この水原様の〈アシッド・ブラッド・チェリー〉には勝てねーぜ!」
にやにや笑うそのスタンド使いは、三年の校章をつけていた。
航希が、水鉄砲から文明を庇うように背を向けた。
その左腕には、80センチほどのスケートボードが張り付いていた。それを盾のようにかざしつつ、水原と対峙している。
「ブンちゃん。逃げてくれ」
普段の陽気な声とは比べ物にならない、悲痛な声音で航希は訴えかけてきた。
「ブンちゃんには、何が起こってるか分からないと思う。だけどオレ、ブンちゃんに顔向けできないようなことはしてないから! 俺がやられても、ブンちゃんだけはやらせない。だから……逃げて!」
「るせーな! 貴様らのくせー友情ゴッコは、鬱陶しいんだよ!」
水原が、水鉄砲を撃ちこんできた。それを、航希は左腕のスケートボードで防ぐ。
「自慢のスピードも、動きがとれねーってか! ほれほれ、連射連射連射!」
さらに次々と、しかも照準をずらして撃ち込まれる。
かわしきれずに、一発が航希の足に当たりそうになった。
「〈ガーブ・オブ・ロード〉!」
その一撃を、布がガードして弾いた。布はそのまま伸びて、水原の腕に絡みつく。
「これは……スタンド!?」
航希と、水原が、同時に叫んだ。
もがく水原を引っ張りながら、文明は言った。
「航希。この人、何をやっていた?」
「え……? 自分を振った女子に、あの水鉄砲で意趣返ししようとしててさ……」
「そういうことか。だったら、逃げるわけにはいかないな」
「え!?」
「この先輩は、スタンドを悪用しようとしている。見過ごしてはおけない。そして僕は、君を信じてる。幼稚園からの付き合いじゃないか……!」
そして文明は、声を張って言った。
「あの頃みたいに、一緒にやろう。コーちゃん!」
「ブンちゃん……」
航希の目に、うっすらとにじむものがあった。
「下級生どもが、ナメてんじゃねー!」
水原が、猛然と駆け出した。一気に距離を詰め、筒先を文明たちに向けてくる。
文明は、足をきちんと拘束し損なっていたのを、一瞬後悔した。
「得物が水鉄砲なのに、前進!?」
「発射モードの切り替えもできるのさ! シャワーモードなら、距離は短いが、隙なくバラまける!」
そう言った時には、すでに引き金が引かれていた。ふわり、と、強酸のシャワーが二人の頭上に降り注ぐ。
「遅い!」
航希が、またも文明の腕を捕まえて引っ張った。
シャワーが地面に白煙をあげた時には、二人はまたも離れた場所。
「それが、君の」
「ああ。名付けて〈サイレント・ゲイル〉」
航希が両足を乗せている、スケードボード状のスタンドを、文明は見やった。
「ボードに足乗っけてたら、ガードできねーだろ!」
無理やり体を捻り、方向を定めて水鉄砲を直進モードで撃つ。
が、強酸は二人が避けた空間を、一直線に撃ちぬいただけ。
文明はすでに、〈ガーブ・オブ・ロード〉を三階の手すりに飛ばしていた。それをたぐるように、一気に体を浮き上がらせて、三階の窓から校舎内に入り込む。
「この野郎っ!」
「〈ガーブ・オブ・ロード〉は、まだあなたを拘束している。その姿勢じゃ、自由に照準はつけられないはず!」
水原は、いったん文明を狙うのを諦めた。うかつに三階まで水鉄砲を撃てば、自分にも強酸が降り注ぎかねない。
「まずは、ボード野郎を」
その時、水原は異様な殺気を前方に感じた。
とっさにシャワーモードに切り替えて前方に撃ち、身を横に翻す。考えてではなく、本能的な行動だった。
次の瞬間、自分のすぐ脇を、何かが通り抜けた。
それは、少し離れたところで停止し、水原を振り向いた。
「ち……!」
制服から、幾筋かの白煙をあげつつ、首筋をさする航希。
「……読めたぜ! てめえのスタンド、高速移動の時にゃ急激な方向転換ができねーな!? 避けた俺に攻撃を仕掛けるどころか、シャワーも避けられずに、突き抜けるしかなかったんだからな!」
「ピンポーン……」
苦笑いする航希。
「そうと分かれば、当てようもあるってもん……うわっと!」
三階から引っ張られ、よろめく水原。
「航希と一対一なら、マグレで当てられるかもしれないな。だけど、僕が捕まえてるのに、そうできると思うか!?」
「うぐっ……」
呻いたその時、またも殺気。航希が迫る姿が、やけに鮮明に見えた。
水原は、さっきと同様に、シャワーを前に噴射、横に飛びのいた。
「何度も同じ手をくうか!」
航希は、高速移動をあえて遅めにしていた。狙いは、行く先の手元に差し出されていた〈ガーブ・オブ・ロード〉の布の先端。
それを航希が掴んだ瞬間、文明は一気に引っ張った。
方向を変え、横滑りする航希。その先には送電用のポール。
布は、ポールのところで折り返すように伸ばされていた。航希はポールを片手で掴むと、くるり、と進行方向を真逆に変えた。
そのまま〈ガーブ・オブ・ロード〉に導かれるように、水原の左横から急接近。
「!?」
航希は〈サイレント・ゲイル〉の前面を浮かせ、同時にジャンプ。
振り向かせる暇もなく、ボードの底面が水原を跳ね飛ばした。
校舎の壁に叩きつけられる水原。
間髪入れず、航希はボードを足下から腕に切り替えた。ボードが縦に二つに割れ、両腕に装着されている。手元でボードが回転を始め、トンファーの動きとなった。
冷たい無表情。眼前の相手を、撃滅せねば終わらぬ殺気。
それは、水原を脅えさせるに充分だった。
「ひ……!」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
早口で一文字唱えるごとに、回転するトンファーの一撃が、水原に食い込んでいく。水鉄砲が、粉々に砕かれていく。
「臨・兵・闘・者! 皆・陣・列・在……前ッ!!」
激しいトドメの一撃が顔面を捉え、ガラスを突き破って校舎内に、水原の残骸が飛び込んでいった。女生徒たちの悲鳴が上がる。
だが。
次の瞬間、文明、航希、そして気絶している水原を除いた、全ての人間の動きが止まる。そして、まるで動画の逆再生を超高速で見ているかのように、それぞれが元の位置に戻っていく。
(ヤバい! 〈消滅する時間〉の効果範囲が切れたんだ)
航希は、慌てて〈サイレント・ゲイル〉に飛び乗ると、両手で印を組んで見せた。『拙者はこれでドロンします』のポーズだ。
文明が、了解して頷いた。三階にいれば、文明が疑われることはまずない。
〈サイレント・ゲイル〉が疾走を始め、校舎から結構離れた頃、背後から大きな声が聞こえてきた。
「うわーっ!! 何だよこのブッ壊れた窓! 誰か来てくれー!!」
遥音だな、と航希はくすっと笑った。遅ればせながら現場に着いたものの、〈消滅する時間〉が切れたために、第一発見者を装うことに決め込んだらしい。
航希はそのまま、なるべく人のいないルートを選んで、先へ進む。
(ブンちゃんが、スタンド使い……!)
その事実は、航希の胸を震わせるほどの歓喜を呼び起こした。
(オレは、ブンちゃんの前では、今まで一度もスタンドを使わなかった。もし知られたら、ブンちゃんはオレから離れていく、そう思い込んでいた。それがとても怖かった……)
しかし、その文明は、自分を信じると言った。あの頃のように、一緒にやろう、と。
(ブンちゃん! オレはね、ブンちゃんと京ヤンが組んだら、何かができるんじゃないかって思ってるんだよ。だって……どっちも、オレが見込んだ男たち!)
航希は、自分たちの帰る場所、軽音楽部の部室を目指していった。