城南学園スタンド部、その名もジョーカーズ!   作:デスフロイ

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第4話 神原の真の姿

 神原は、職員室の扉を開けた。

 誰もいない。朝日だけが、窓から差し込んでくる。

 

「おはようございます」

 

 もちろん返事など返ってこないが、スーツ姿の神原は気にせず中へと入っていく。

 大事に使っている、グレンロイヤルの鞄を自分の机に置くと、椅子を引いて腰かけた。

 

(土曜日の電話番も、悪いことだけではない。誰にも邪魔されず、溜まっていた仕事を片付けることができる)

 

 自分用のパソコンを開いて電源を入れて起動させている間に、給湯室に行きお湯を沸かす。

 沸騰したてのお湯でポットを温めた後にアールグレイの茶葉を入れ、蓋をして蒸らす。その間にカップもお湯で温めて準備する。

 

「このひと手間がよいのだよ。心を豊かにしてくれる……」

 

 誰も聞いていないのにそう宣いつつ、ポットとカップを盆に乗せて、職員室に戻る。

 空いた席に盆を置くと、起動が完了したパソコンで仕事を始める。

 ややあって、ポットから注いだアールグレイを口に運ぼうとした時。

 卓上の電話が鳴り始めた。

 

「誰にも邪魔されず、とはいかんか」

 

 苦笑しつつ、電話をとる。

 

「はい。こちら城南学園、神原です」

『あ、どーもすいません。コピックスの戸田と申します。今日、コピー機の修理にお伺いする予定なんですが』

「そうですか。御足労をおかけします」

 

 ちら、と神原は壁の予定表を見る。今日の日付のところに、確かに『コピー機修理 コピックスさん 十時』とある。

 

『十時に伺うお約束だったんですが、もしご都合がよければ、少し早いんですが九時半頃でもよろしいでしょうか?』

「結構ですよ。早い方が、こちらも都合がよろしい」

『ありがとうございます。それでは九時半ということで』

 

 通話を終えると、神原は改めてカップの中身を口にする。

 

「英国式のミルクティもいいのだが、日本の水ならストレートティも悪くない……」

 

 独り言ちて、再び仕事を進めていく。

 しばらくして、扉が開いた。まだ若い男が、作業着姿で顔を出してきた。

 

「失礼しまーす。コピックスの戸田です」

「お待ちしておりました。あそこのコピー機です。どうも、カラーコピーの色がうまく出ないとのことで」

「はい、伺ってます。それじゃ、早速」

 

 職員室の中へと、手にした紙袋の中身を確認しつつ進んでいく。

 そして、神原の真後ろまで来た時。

 ビリッ!

 紙袋の底が破れ、中身が勢いよく飛び出した。

 

「どうしました!?」

「すっ、すいません! カラーコピーの色見本が」

 

 慌てて、色とりどりの細長い紙を搔き集める、戸田と名乗った作業員。

 

「手伝いましょう」

「申し訳ないです!」

 

 床に散らばった紙を、二人で手分けして集めていく。

 

「足元、失礼します!」

 

 そう言いつつ、戸田は神原の靴に、茶色の紙を当てがった。

 その先端が、ペタリと張り付いた瞬間。

 戸田の目が、狡猾な光を帯びた。その手が紙を引っ張ると、先端だけが千切れて、神原の靴に残る。

 

「どーもありがとうございました。それじゃ、もう少し準備にかかりますので」

「いえいえ。よろしくお願いします」

 

 いったん部屋を出た戸田が、工具箱を手に戻ってきた。

 神原の背後を通過する時、その手元から、先ほどと同じ色の茶色の紙切れが、はらりと床のタイルに落ちた。

 次の瞬間、タイルが紙切れと同じ茶色に染まった。いつの間にか、先ほど紙切れを張り付けられた神原の靴も、同じ色に染まっていた。

 戸田は、工具箱を持ったままで、机を挟んで神原の正面に回り込んだ。

 その場で深々と一礼する戸田。

 

「それでは、準備が完了しましたので、作業に移らせていただきます」

「はい? 先ほども申しましたが、コピー機はあちらですよ」

「いえいえ、もうコピー機など、どうでもいいわけでして」

「!?」

 

 戸田の空いていたはずの手に、〈スィート・メモリーズ〉が握られていた。

 スイッチが押され、〈消滅する時間〉が開始される。神原が顔色を変えた。

 

「てめーをブチのめす作業に、かかるって言ってんだよっ! このクソイケメンが!!」

 

 戸田が、手に持っていた工具箱を、神原に投げつけてきた。

 が。

 神原の眼前に、突如、漆黒の手が現れた。爪だけが、真っ赤に染まっている。

 その手が、工具箱を跳ねのけた。蓋が開き、中身の工具が床に飛び散る。

 

「貴様! 敵のスタンド使い……!」

 

 椅子を引き、神原は立ち上がろうとした。

 しかし。

 茶色に染められた靴が、同じ色に染められたタイルを踏んだ瞬間。

 靴とタイルが、ぴたりとくっついた。足の自由が利かず、たたらを踏む神原。

 転倒すまいとよろけた神原は、動かない靴をとっさに脱ぎ、背後の棚に寄り掛かった。

 

「バーカ! その棚に、寄り掛かってほしかったんだよ」

「何!?」

 

 棚から離れようとする神原。

 しかし、今度はスーツの背中と腕が、棚に張り付いていた。身動きがとれない神原。

 

「これは!?」

「気づいたか」

「もちろんだ。我が愛用するリチャード・ジェームズの紺は、こんなペンキ紛いの貧相な色ではない。棚も、同じ色に染められているな」

「どこまでも、スカした野郎だな。この俺の〈ファンシー・ドローイング〉が選んだ色に、ケチつけやがって」

「読めた。同じ色に染めた物同士は、張り付くというわけか」

「ククク……張り付くってのは、ちょっと違うなぁ? 一体化するんだよ! 子供の塗り絵で、線を越えて塗ったくると、線が見えなくなって、区別がつかなくなったりするだろ? それと同じで、一度くっついたら、一体化して、もう二度と離れなくなるのさ。そのままのカッコで、あの世に行きな!」

 

 戸田のすぐ傍に、筋肉を色とりどりに塗り分けた大男の姿をしたスタンドが出現した。戸田は机に乗り上げると、その上をズカズカと歩いて神原に迫る。

 

「近距離パワー型というわけか!」

 

 神原の着ていた、リチャード・ジェームズの背広が、全体的に膨れ上がった。

 ビリリッ!

 軽い音を立てて、背広が引き裂ける。

 自由になった神原の背中に、羽が生えていた。その場で、ふわりと浮き上がる神原。

 いや。

 神原の背中に、スタンドが現れていた。銀髪に青白い顔。黒い全身。やはり黒い手には、真っ赤な爪。その肩から広がるマントが変形し、翼と化していた。

 

「これが、我がスタンド〈ノスフェラトゥ〉。 下品なセンスしか持ち合わせぬ輩に、見せるのは本意ではないがな」

 

 すぅっ、と、横に移動し、机のないところまで移動する。

 

「体のどこかが、床とかに触れてると、またくっつけられると思ってるだろ? だから宙を浮いてるってわけだ」

 

 〈ファンシー・ドローイング〉の黄色い腕が、そばにあった白い花瓶を裏拳で殴った。

 けたたましい音を立てて、陶器製の花瓶が砕け散る。

 黄色に染まった大きな破片を〈ファンシー・ドローイング〉が拾うと、黄色くなった他の破片と、掻き回すように混ぜる。すると、破片が次々とくっついていく。

 その破片の塊が、宙を浮く神原に勢いよく投げつけられた。

 

「色を消すこともできるんだぜ!」

 

 破片の黄色が、元の白磁の色に戻った。

 同時に、くっついていた破片がバラバラになり、神原の全身を襲う。とても全てをガードしきれない。

 その中の一つが、神原の目に食い込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 目だけではなく、破片が突き刺さったところから、赤い血が飛び散る。

 

「ククッ! 色男に磨きが」

 

 皆まで戸田が言う前に、〈ノスフェラトゥ〉が反撃に出た。

 真っ赤な爪が急激に伸びると、戸田に向かう。

 〈ファンシー・ドローイング〉が、傍にあった机を盾にした。爪が弾かれて、戸田まで届かない。

 その隙に、神原が逃げ出した。

 宙を浮いたまま扉を開けると、隣の会議室に飛び込んでいく。

 

「チッ! 隣に行ったってムダだぜ!」

 

 舌打ちをすると、戸田が扉を潜って追う。

 会議室の中は、カーテンが閉められ、朝方というのに暗がりだった。廊下側にまでカーテンが引かれている。

 宙にいた神原の〈ノスフェラトゥ〉の爪が、またも伸びた。その先には、戸田。

 十本の爪が、戸田に突き刺さろうとした時。

 ぬめぬめとした、不定形の透明なスタンドが現れた。爪先が、スタンドに包み込まれて止まる。

 

(不用意に、相手を追ったりするから! 面倒かけるよね)

 

 廊下で、カーテンの隙間から中を伺っていたのは、ユリであった。遥音の弱みを教えてやると言われて、協力する気になったのだ。

 

(私の〈エロティクス〉で、神原先生を篭絡してもいいかもね。神原先生って文句なしのイケメンだし……え!?)

 

 ユリは、今まで味わったこともない異様な感覚に襲われた。

 全身の力が、吸われていくように失われていく。

 

(な……何よこれ!? か、神原先生の!?)

 

「……爪をスタンドで食い止めたのは失敗だったな。〈エナジー・ドレイン〉が行いやすくなる」

 

 廊下でへたりこむユリと呼応するかのように、〈エロティクス〉が苦し気に蠢く。

 

「何だか知らねーが、動かないならこっちのモンだ!」

 

 〈ファンシー・ドローイング〉が、棚に置かれていたプロジェクターを拾い上げると、神原に投げつけた。

 神原はスタンドの爪を〈エロティクス〉から引き抜き、その腕でプロジェクターを勢いよく跳ね飛ばした。壁に当たり、転がるプロジェクター。

 爪から解放された〈エロティクス〉を、息絶え絶えのユリはすぐに消した。これ以上戦いに参加することなど、体力的にも精神的にも不可能だった。

 漆黒の手先が戸田に向けられ、またも爪先が伸びた。

 とっさに机を差し上げてガードする〈ファンシー・ドローイング〉。

 しかし。

 机を、爪先が軽々と貫いた。一本の爪が、戸田の肩を掠める。

 

「何だと!? さ、さっきより強くなってないか!?」

「そうだ……。〈エナジー・ドレイン〉によって、他者の精力を吸えば、我がスタンドは強化される。この〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉にな!」

 

 宙に浮いているスタンドが、姿を変えていた。先ほどまでは、神原に似て細身であったものが、筋肉の総量が明らかに増加している。体のあちこちに、今まではなかった、牙のような装飾が増えていた。

 

「そして……私自身も!」

 

 床に降り立つ全身から立ち上る、禍々しい瘴気。

 戸田は、確かにそれを、宙に浮く神原から感じ取り、恐怖していた。

 

「う……うあぁぁーっ!!」

 

 〈ファンシー・ドローイング〉の太い腕が、木製の机を破壊する。

 金具付きの破片を、神原の横面に叩きつけようとした。

 

「フ……何たる貧弱ゥ!」

 

 神原の片手が、剛腕の振るった机の破片を、あたかも添えただけのように止めてしまっていた。

 〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉が、〈ファンシー・ドローイング〉にふわりと接近。次の瞬間、猛烈な回し蹴りが放たれた。

 グシャリ! とスタンドの腕がヘシ折れ、戸田自身も横に吹っ飛ばされ、壁に激突した。パワー型のはずの〈ファンシー・ドローイング〉の腕のガードが、全く役に立たない。

 

「WRYYYYY……OOOO!!」

 

 神原の喉から、普段は決して発せられることのない、狂気じみた叫びが上がっていた。

 花瓶の破片で負ったはずの傷は、全てなくなっていた。抉られた目も、何もなかったかのように、煌々と光っていた。

 

(化け物だ!! 何てこった! とんでもないヤツに喧嘩売っちまった! に……逃げないと!)

 

 戸田は、冷静さを失っていた。

 開いている扉ではなく、閉まっていたカーテンを開け、窓を破って脱出を図ろうとした。

 その時、開いたカーテンの隙間から、外の光が室内に差し込んだ。

 一筋の光が、神原の左腕に差し込む。

 

「グアァァァ!!」

 

 光に当たった左腕が、砂のようにサラサラと崩れ、消滅していく。

 戸田は気づかない。逃げようと、必死でカーテンを掻き回し、窓を自分の拳で大きく叩き割った。

 その半身が、窓の外に出た瞬間。

 〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉の爪が、戸田の背後から何本も突きこまれた。

 

「スタンドは太陽の影響を受けん! 〈エナジー・ドレイン〉ッ!!」

 

 絶望に歪んだ戸田の形相が、急激に萎れ、やがて全身が崩れて砂と化していった。

 神原は、それを眺めつつ、深い息を吐いた。

 それから数秒後。

 宙に浮かぶスタンドが、元の〈ノスフェラトゥ〉に戻った。

 神原の目つきも理性的なものになり、砂となったはずの手が元に戻っていく。すでに治っていた傷は、そのままである。

 〈ノスフェラトゥ・メティシエ〉に変貌する時間は、3分間。それが終了したのだ。

 

 

 

 

 

(こ……今度は、私が……殺される……)

 

 廊下を、必死で這って逃げようとしているユリ。

 萎えた手足は、なかなか動かない。

 床を這う彼女の目の前に、歩み寄る男の姿が現れた。作業着姿で、腕に〈入校許可証〉と書かれた腕輪をしている。

 

「ア……アンタ! よくもあんなヤツに私を」

「声を出すな。死にたいのか?」

 

 口元に指を立てる男に、ユリは口をつぐんだ。

 男はしゃがみこむと、ユリを背負い、そして立ち上がった。

 

「医務室に連れて行ってやる。休めば体力も回復するさ」

 

 ぐったりと、なすがままのユリを背負って廊下を歩きながら、男は考えた。

 

(やっぱりこいつごときのスタンドでは、神原を操るのはダメだったか。まあいい、どうせ大した期待はしていない。あのザコは死んでも構わんが、この娘は困る。まだ使い道があるからな)

 

 男の口元が、笑う。

 

(あと、ガキのくせにムネはでかい。無駄に死なすのも、人類の損失というもんだ)

 

 背中の感触を楽しみながら、男は医務室に向かった。

 

 

 

 

 

 椅子に腰かけた神原は、ため息をつきながら、滅茶苦茶に物が四散した職員室を眺めていた。

 

(よりによって、職員室で襲撃せずともよいものを。机だの花瓶だの、ずいぶん壊しまくってくれたものだ。警察も呼ばざるを得ないし、これで今日はもう仕事にならん)

 

 ちらりと見た棚は、元の木目調に戻っている。

 

(ヤツが死んだことで、色が抜けたのが唯一の救いだな。ただの乱入した暴漢の仕業で押し通せそうだ。だが、スーツまで破らされる羽目になるとは……今朝のテレビの占いが最悪だったのも頷ける)

 

 その時、ガラリと扉が開いた。

 思わず身構える神原。

 

「失礼しまーす。コピックスですが、コピー機の修理に……って、何ですかこれ!?」

「いや……まあ……いろいろありましてね。コピー機は無事なようなので、修理を頼みます」

「他にもいろいろ修理が必要なんじゃないですか? そっちはウチじゃ無理ですが」

 

 そう言いつつ、入ってきた作業服姿の男は、残骸に蹴つまづいて、手にしていた紙袋を落とした。

 中から飛び出した、色とりどりの紙。

 

「! ……それは?」

「あっ、すいません! カラーコピーの色見本でして」

 

 慌てて拾い集める様子を、神原は椅子に座ったまま眺める。

 

「申し訳ないが、私は手伝えない。今……そういう気分じゃないのでね」

「え? いや全然。こちらでやりますんでお構いなく。そうですよね、こんな状態じゃ、それどころじゃありませんよねー」

 

 そう言われて、神原は再びため息をついた。

 

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