知りたがりの魔王様   作:grotaka

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それでは記念すべき一話目。どうぞ!


序章

 

 《2008年》

 

 

 冷たい石の空間に、すすり泣く音が響いていた。

 

 半径20メートルはある、薄暗いドーム状の空間。そこには、うずくまり、あるいは横たわっている少女達がいた。ある者は膝を抱えか細い声で泣き、またある者はその場に横たわったままブツブツと何かを呟く。

 

 この空間には、絶望と狂気が渦巻いていた。

 

 ある者は希望を失い、ある者は正気を失う。そこに正の力は無く、ただ冷たい無が少女達を包み込んでいる。

 

 そしてその中に、彼女、万里谷祐理も閉じ込められていた。

 

 つい数時間前に執り行われた、"まつろわぬジークフリート"招来の儀式。最古参の魔王、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンが執り行った、何十人もの若い巫女達を集めまつろわぬ神を招来しようとする儀式。それは七、八割もの巫女達を犠牲に成功し――そして破綻した。

 

 未だ無名の若き魔王、サルバトーレ・ドニの乱入。そして招来された"まつろわぬジークフリート"は彼に倒され、侯爵の目論見は全て白紙に戻されたのだった――。

 

 祐理は、そんな儀式に参加した巫女達の内でほんの一握りしかいない一割――正気を保っていられた一割の一人だった。

 

 だが、正気であったとしても、彼女もまた負の濁流に飲まれていた。

 

 生き残った喜びなどなく、目の前で起きた事への恐怖で意識が染め上げられている。死を免れた安心感などなく、その影に怯えて身動き一つ出来ない。

 

 「ひかり……お父さん……お母さん……お祖母さん、お祖父さん……」

 

 ポツリ、ポツリと家族の名前を呟く。生きる希望の消えかけた、彼女の最後の抵抗だったのかもしれない。

 

「――おい、大丈夫か!? しっかりするんだ!」

 

 不意に声を掛けられ、体を揺さぶられた。意識が引き戻され、そちらに視線が向く。視界に、銀髪のポニーテールの少女が映った。

 

「あ……なたは……」

 

 途切れ途切れに声を絞り出すと、銀髪の少女はホッとした顔になり、すぐに真面目な顔つきに戻って祐理を抱え起こした。

 

「立てるか? 良かった、貴女は無事だったか……」

 

「あの……私より、他の方をお願いします……。私は、大丈夫ですから……」

 

 まだ体に力が入らないし、不安感も消えてはいない。しかし自分が安全な状態である以上、こちらに手を焼かせてしまってはならない。そう思っての発言だった。

 

 だが、銀髪の少女は重々しく首を振った。

 

「意識のある者は皆起こした。貴女で最後だ」

 

「……私で、最後……」

 

「ああ……。他の者達は……」

 

 表情を曇らせ、少女は俯き気味に頷く。それを見て、祐理の心もまた沈む。

 

 

 ――広間の入口が、轟音と共に吹き飛んだのはその時だった。

 

 

『………!?』

 

 祐理を含め、意識の残っていた数人が、叩き起こされたように顔を跳ね上げ、入口の方を見る。

 

「――全く、相変わらず下衆な真似をする爺さんだ。これだけの巫女を集めてわざわざ神の招来をするなんてね……。もっと頭を捻ればもっと楽なやり方なんて腐る程あるというのに、これだから学のない浮浪児風情は困る」

 

 土煙の中から、声が響いた。同時に、風が巻き、土煙が払われる。

 

 ――現れたのは、フード付きの黒コートを纏った、一人の青年だった。

 

 深く被ったフードのせいで、口元以外の顔が良く見えない。だが、薄暗い中に炯々と輝くワインレッドの瞳は、まるで紅玉(ルビー)のようだ。

 

 紅の瞳は広間を見渡し、横たわっている少女達に目を付けた。自然な足取りで彼女達に近寄ると、静かに眺めた後、チッと舌打ちする。

 

「……あの単純思考が」

 

 ここにいない誰かに悪態をつきながら、青年は指をパチンと鳴らす。――直後、祐理達の周囲に横たわっていた少女達が、フッと消え去った。

 

「………、……えっ?」

 

「い、一体何が……」

 

 いきなり何十人もの少女達が目の前から消えた。祐理はその事を理解するのに、およそ三秒を必要とした。側にいる銀髪少女は、動揺も露わに周囲をキョロキョロと見渡している。他の皆も、祐理や銀髪少女と似たようなものだった。

 

 それに気づいたらしく、青年がこちらに紅い視線を向けた。祐理を含んだ全員が身を強張らせるが、彼の方にそれを気にした様子はない。そして何の前置きもなく、青年はこう告げた。

 

「今すぐここから逃げるんだ。安全なルートは確保してある、君達はただまっすぐ進めばいい」

 

 一体何を言っているのか、すぐに理解出来るものはいなかった。皆恐怖と緊張故に思考が停止してしまっていたが為である。

 

 しかし、理解するまでもなく、彼女達の体は動いた。彼女達の意志とは関係無く、何かに操られるように(・・・・・・・・・・)

 

「え、こ、これ……?」

 

「何……体が勝手に、動い、て……?」

 

 困惑し、慌てふためく少女達。祐理も同様に、言う事を聞かない自分の脚に混乱して上半身をよろけさせ、尻餅をついてしまった。

 

 と、

 

「大丈夫かい?」

 

 すぐ隣に、青年が膝を突いて祐理を覗き込んでいた。

 

 思わず短い悲鳴を上げ飛び退く。青年も肩をビクッと跳ねさせ、それからすぐに顔に手を当て嘆息した。

 

「あー……ごめん。驚かせてしまった。如何せん、こういう挙動に慣れ切ってしまってるものだから……」

 

 肩をすくめ、青年は祐理に頭を下げる。会釈程度のものだが、気さくとも取れる態度は張り詰めた祐理の心を解きほぐしてくれた。

 

「立てるかい?」

 

「……はい」

 

 青年が差し出した手を借り、ゆっくりと立ち上がる。男性にしては繊細な指先は、祐理の手が触れるとしっかりと握りしめ、力強く引き上げてくれた。

 

「すまない、実は君達には暗示を掛けさせてもらってたんだ。今の君達はどんなパニックを起こすか解らないからね……まあ、もう解除はしたけれど」

 

 祐理が自分の足で立ったのを見届けると、青年は改めてこの場の全員を見渡した。

 

「今ここにいては危ない。さっきも言ったけど、安全なルートは確保してあるから、君達はただ真っ直ぐ進むだけでいいんだ。外に出ればひとまずは安全だ、だから、さあ、急いで!」

 

 青年が最後に発した語気強い一言で、少女達は我に帰ったように駆け出し、初めに青年が現れた入口を目指す。

 

「皆、落ち着いて行動するんだ!私に続いて――」

 

 少女達の先頭に立ち、皆を率いるのはあの銀髪少女だ。彼女の手にはいつの間にか一振りのサーベルが握られ、指揮を取るように掲げられていた。

 

 しかし、祐理だけは皆に続かずにその場に立ったままだった。

 

「……?どうしたんだ?」

 

 青年が怪訝そうな声で祐理に問いかける。祐理はそれには答えず、青年の手を握ったまま、彼の顔を覗き込んだ。

 

「あの……大丈夫、ですか?手が震えています……」

 

 祐理としては、実感をそのまま言葉にしただけの事だった。だが、青年の反応は違った。

 

「………ッ」

 

 息を詰まらせたような声。紅い瞳が揺れる。青年は、祐理の言葉に明らかに動揺していた。

 

 だが、それは自分が震えていると指摘された事に対するものではないようだった。

 

「……やれやれ……もう100年以上経つっていうのに、まだ僕は未練を残しているなんて、ね……」

 

 しばらくの無言の後、青年は肩の力を抜き、長いため息をついて天を仰いだ。

 

 祐理はまだ心配そうに青年を見つめている。その視線に気づいたのか、青年は視線を祐理に戻し、苦々しげな笑みを浮かべた。

 

「要らぬ心配をかけてごめんよ、お嬢さん。僕は大丈夫だから、早く行きなさい」

 

「あ、あの……」

 

「――おい、何をやってるんだ!?早く行くぞ、急げ!」

 

 不意に横合いから掛かった声に、祐理は慌てて振り向き、それから迷うように青年と出口を見比べる。

 

 そんな彼女の様子に青年は肩をすくめ、その頭にポン、と手を置いた。

 

「……ありがとう。僕は大丈夫だから、もう行くんだ。早く家族に会いたいだろう?」

 

 青年の暖かい声が、祐理の心に希望を蘇らせる。祐理は青年に頷きを返すと、出口まで駆けた。

 

「――さようなら、万里谷のお嬢さん」

 

 ――背後からの声。反射的に、祐理は後ろを振り向く。

 

 しかし、そこには薄暗い闇と静寂が広がっているだけ。黒服の青年の姿は、どこにも見当たらなかった。

 

 

 

  ○  ○  ○

 

 

 

「……行ったみたいだね。これでひとまずは安全、かな」

 

 祐理を含めた少女達が、無事脱出した後。先程の広間の中央に、青年は再び姿を現した。

 

 彼女達には、脱出命令の暗示と同時に別の暗示を掛けておいた。記憶封印――儀式の始まりから、儀式終了後の顛末や自分との邂逅に至るまでの全ての記憶を封印し思い出せないようにするというものだ。彼女達が安全な場所まで退避し、安心を得たと同時に発動するように仕組んである。

 

 何故こんな真似をしたのか。青年からすれば大した理由がある訳でもない。――まして、今の状況ではいちいち考えている暇もない。

 

「久しぶりだね、侯爵。あれから30年は経つっていうのにまだ死んでないとは。死に損ないにも程があるんじゃないのかい」

 

 呼びかけた先、青年の前方に一人の老人が立っていた。

 

 見栄えのいい外套を着た、白髪の老人。色は不健康そうな程白く、その瞳は翠玉(エメラルド)の如く輝いている。

 

 最古参の魔王、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。この館の主にして、先程破綻したばかりの儀式の主催者でもある。

 

「貴様こそ、その姑息な権能と小賢しい知恵のみでよくも生き残れているものだな。彩衛(あやのえ)伊吹」

 

 名を呼ばれた青年――彩衛伊吹は、ニヤリと笑うとフードを上げ、顔を晒した。

 

 鋭い双眸の、十代後半の優男。しかし、その不敵な笑みは何物をも恐れぬという気概に満ち、若々しさを上回って彼を外見通りに見ることを叶わなくしている。

 

「その姑息な権能と小賢しい知恵に何度も煮え湯を飲まされたのはどっちだよ、侯爵」

 

 くつくつと笑う伊吹の表情に、酷薄さが宿る。常人が見れば気を失うかショック死しかねない程の殺気に満ち溢れた、冷たい笑みだ。

 

「何の用だ、彩衛伊吹。今私は機嫌が悪い、黙って失せねば容赦はせんぞ」

 

「この儀式、新入りに邪魔されて失敗に終わったんだろう?全くザマないね、だから単純思考だと言ったのさ。もう少し入念に計画を練っておくべきだったね」

 

 伊吹は侯爵を嘲笑う。心底から軽蔑し、見下しているのが手に取るように理解出来た。

 

「それに、巫女を何人も集めてやるなんてのも、ハッキリ言って非効率だ。数撃ちゃ当たるとでも思ったのかい?これだから馬鹿に長生きして耄碌した素人は困る。そんな単純な事も理解出来ないんだからなあ」

 

「……貴様。そこまで言うからには、死の覚悟は出来ていような?」

 

 無言だった侯爵の殺気が、爆発的に膨れ上がる。瞳の輝きはさらに増して、翠色の恒星の如く煌めく。

 

 それに応じるように、伊吹の殺気も跳ね上がった。彼の右瞳が白色に染まり、侯爵同様に輝き始める。

 

 翠と白。魔王と魔王。この世を滅ぼしかねない二つの存在が、互いの存在を赦さぬと睨み合う。

 

「そろそろ決着を付けようと思っていたんだ。久々に殺してあげるよ、爺さん」

 

「痴れ者が、今まで軽々しく口にした言葉、後悔させてくれるわ!」

 

 侯爵の背後の闇より、灰色の大狼が数十体歩み出る。

 

 伊吹の背後に、十一の人影が忽然と現れる。

 

 人影の統率者は冷たく笑い、狼群の首領は猛々しく吼える。

 

 ――そして、両者共に一歩を歩み出し、超常の闘争が火蓋を切って落とされた。

 

 

 

  ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 ――この世界には、現在七人の神殺しがいる。

 

 カンピオーネ、時に魔王や羅刹の君と呼ばれる彼らは、神を殺めその権能を簒奪した者達。人知を超えた力を振るう、人間にして人間ならざる存在である。

 

 彼らはそのほとんどが、日々を戦いの中で生きている。時に神々と、時に同族と。彼らが相手どるのは、自らと同じく超常の存在のみ。

 

 その中でも、100年以上を生き抜いた古き魔王が四人、この世界には今も生きている。

 

 一人は、"東欧の狼王"と呼ばれ侯爵の位で呼ばれる老王、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。幾多の大神を討ち取った最古参の魔王であり、現在最も恐れられる神殺し。巨狼となって狼群を生み出し、死者の軍勢を従え、嵐を呼ぶ破壊の権化である。

 

 一人は、極東の一大魔教、五嶽聖教の頂点に君臨する王、羅濠教主。あまりに情報が少ないためその性別すら不明である謎多き人物だが、あらゆる武術と方術を極めたとされ、それらを以て神を殺める神域の武人である。

 

 一人は、アレクサンドリアに屋敷を構える麗しき女王、アイーシャ夫人。若々しくたおやかなる美女だが、100年以上の生のほとんどを隠棲して過ごし、ごく一部の魔術師達には"善意ある災厄"などと呼ばれ畏れられる妖しき魔王である。

 

 そして最後の一人が、現世を、アストラル界を、あらゆる世界を流浪する王、彩衛伊吹である。

 

 彼は、神の秘術を操り、森羅万象の全てに身を変じ、分身を創り出す妖しき権能の所有者。古参の魔王のみならず、全ての魔王の中でも特に異質な力の数々を有する人物である。

 

 だが、彼はそれらの権能以上に、古今東西の神秘を求め、数多の智慧を有する魔王として知られ畏れられている。

 

 130年以上前に彼が初めて欧州に現れて以降、彼の名は瞬く間に世界に広まった。

 

 ローマ=カトリックの総本山、バチカンの地下にある宝物庫の強襲。ギリシャにある伝説的な火山・サントリーニ島火山の一時的な噴火。北欧を拠点とし、神祖を首領に戴いた巨大結社《豊穣の黄金》の殲滅。前述したヴォバン侯爵や、かつて東欧に君臨した"鮮血の王"との絶え間なき死闘。まつろわぬ神の眠る神殿を暴き、目覚めた神と争いを巻き起こす事数知れず。その他にも無数の事件を起こし、今尚世界中に混沌と騒乱を巻き起こしている。

 

 これらの事件の数々は、全て彼の叡智を求める性質がもたらしたものなのだ。

 

 ヴォバン侯爵のように、民を虐げ支配するようなやり方は取らない。ただ、その飽くなき知識欲はどうしようもなく周囲を巻き込み、世界を乱す。

 

 

 神殺しの中で誰よりも叡智に溢れ、誰よりも純粋に叡智を求める男。人は彼を、尊敬と畏怖を込めて"求智の王"と呼ぶ。




初回投稿は二話連続投稿です。あとがきはそちらの後書きに投稿しますので、よろしくお願いします。
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