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結梨ちゃんは生存します!!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「あんまり喋らない方がいいよー。舌噛むからね」
「降ろして、くださいぃぃぃぃぃ!!」
神庭女子藝術高校所属のリリィの二人の反応は対称的で、淡い緑髪の少女土岐紅巴は目まぐるしく流れていく景色に大泣きになっていた。
そして、最強のリリィと呼ばれる今叶多は何でもないことのようにのほほんとしていた。
傍目から見たらなんの冗談だと呆然とするだろうが、叶多にとっては
それは彼女のレアスキル『フェイズトランセンデンス』によるもの。
数秒間魔力が無限大となり、マギを大きく消費する連続行動が可能になる。
マギによる身体活性や防御効果も大幅に上昇するため、発動中はほぼ無敵と言ってもいい。
ある程度ダメージを与えた大型ヒュージに一気にとどめを刺したり、雑魚殲滅に向く攻撃的レアスキルだ。
また、無敵時間を活かした緊急回避も可能。
非常に有用で攻撃の要と成り得るのだが、その反面効果終了後の反動が大きいという欠点を持つ。
ディプリーション(枯渇)という状態に陥り、数分間魔力残存量が大幅に下がってしまうと、その後更に数分間は再使用が出来ないのだ。
ディプリーション状態で敵が近くに残っていると非常に危険であるため、他のレアスキル保持者に比べ戦闘死亡率が高い。
その為使用するタイミングには慎重を要し、チームメイトのフォローも必要不可欠。
スキルレベルが上がれば発動時間が伸びていき、ディプリーション時間が短くなるためフェイズトランセンデンスの使い手は鍛練を欠かさない。
とりわけ、叶多は幾重にもかけて特別だろう。
叶多自身飄々とした性格をしているが、才能に胡座をかかずに毎日血の滲むような訓練を続けている。
それにより叶多の『フェイズトランセンデンス』の発動時間は三時間に及び、特殊な技能を得た。
機動特化
耐久特化
攻撃特化
に切り替えることができ、叶多の場合は戦闘時の細かなタイミングやワンモーションの間に切り替えて戦闘している。
今は機動特化に切り替え、電車に追いつくほどのスピードに至っている。
もちろん全力を出せばこの限りではないのだが。
そして、電車に追いつくまでに二時間は走っていたが、何故そうなったのか。
その理由は二時間と少し前まで遡る。
◆◆◆◆
「叶多様、もうすぐ始発の電車が出てしまいますよ! 起きてください!」
神庭女子藝術高校の学生寮新館にて。
まだ日が昇るかどうかという時間に、紅巴は叶多の部屋を訪れていた。
ハネムーン…………もとい、叶多の後輩である一柳梨璃の応援に行きたいと言い出したはいいものの叶多はとても朝に弱い。
いつもは姉の叶星に起こしてもらっていたのだが、今回は別だ。
名目上は百合ヶ丘女学院への留学ということで叶多が強引に話を通し、紅巴もそれに追随する形で同伴することになった。
本来なら叶多はともかく、入学して間もない紅巴が留学など出来るわけもないのだが、叶多の実績はあまりにも大きく学校側も従わざるを得なかった。
紅巴も親愛なる叶多の性格ややり方は理解しているためか、むしろ乗り気でさえある。
──────が、叶多は一向に目を覚ます気配を見せずにいる。
こうなれば強引にでもと紅巴がベッドに近づくと、叶多がうっすらと瞼を開いたのだ。
「叶多様やっと起きて…………きゃっ!!」
ようやく起きたと胸を撫で下ろす紅巴だったが、思わぬ事態に目を白黒させた。
「叶多様……何を!?」
叶多にベッドに引きずり込まれ、あろうことか紅巴を抱き枕に再び寝息をたて始めてしまった。
(どうしましょう。この幸せ…………いいえ、不味い状況に終止符を打たなければ!!)
「…………ちゃん」
「?」
寝言だろうか。
紅巴が耳をそばだてて、叶多の声を聞き取ろうとする。
「お…………ちゃん」
もう少しで全容を確かめられる、そう思い叶多の口元に耳を近づける。
「お姉ちゃん…………大好き……」
姉の叶星と勘違いしているのだろうか。
紅巴の心情的には焼きもちを妬くところだが、そんな感情は遥か彼方に吹き飛んでしまった。
「はーい! お姉ちゃんですよぉ!!」
「むぎゅ」
叶多の愛らしさにすっかり心を射ぬかれてしまった紅巴はデレデレになり、心底愛しそうに抱きしめた。
万力の如く力を込めるものだから、紅巴の胸に叶多の顔は完全に包まれ本人に意識があればご褒美だと言っていたかもしれない。
そうして紅巴も本来の目的など忘れ、叶多のお姉ちゃん(年下)として添い寝をすることに夢中になっており、紅巴が気づいたときには始発の電車がとうに出発していたころであった。
◆◆◆◆
そして、現在に至る。
完全に二人の失態であるのだが、紅巴が自分を責めてしまうものだから不憫に思った叶多はお姫様抱っこで電車に追いつけばいいと即行動に移したのだ。
電車の上に飛び乗り、『フェイズトランセンデンス』を解除する。
胸ポケットからスマホを取り出し、梨璃の番号を呼び出す。
『もしもし?』
「ごきげんよう、梨璃ちゃん。昨日はよく眠れたかな?」
『叶多様!? はい、それはもうぐっすりです! それより、どうしたんですか?』
一柳梨璃。
叶多の大事な後輩の一人であり、甲州撤退戦において避難誘導した少女。
名前がリリィとよくにているということで昔はよくからかわれていたらしいが、本人曰く昔の話だと割りきっているらしい。
そんな後輩に叶多は本題を切り出した。
「いや、大した要件じゃないんだけどね。梨璃ちゃん、ドアの開くボタン押してもらっていいかな?」
『えぇぇ!? 駄目ですよ、電車が動いているときにドアを開けるだなんて!!』
「いいからいいから。先輩の一生のお願い、聞いてもらえないかな?」
『…………分かりました』
梨璃を騙しているようで罪悪感に苛まれる叶多だが、いつまでも天井に乗っているわけにもいかない。
このまま進めば、道中にあるトンネルで盛大な事故を起こしかねないからだ。
プシュという音ともに、紅巴を横抱きにしてドアが開いたと同時に車内に滑り込む。
「うわぁ!! 叶多様何をしていらっしゃるんですか!! というか、どうしてここに!?」
「梨璃、どうした?」
無茶苦茶にも程がある叶多の所業に、腰を抜かしかけた梨璃の背後でピンク髪のおさげの少女が不思議そうな表情で梨璃に問うた。
一柳結梨。
幼くして両親を亡くし、物心がつく前から梨璃とともに過ごしてきた少女だ。
梨璃は完全に結梨に骨抜きにされ、過保護すぎるきらいがあるほどに。
「叶多! もしかして、一緒に百合ヶ丘女学院に行くの?」
「そうだよ~。これからよろしくね、結梨ちゃん」
「私の質問に答えてください叶多様!!」
叶多に頭を撫でられ、気持ち良さそうに頬を緩める結梨と疑問に答えてもらえず頬を膨らませて怒りを表す梨璃。
「むぅ~~。…………叶多様のバカ」
そんな三人のかしましい戯れを見て、やきもちを妬く紅巴。
そうこうしているうちに電車は止まり、リリィとしての彼女たちの日常が始まるのであった。
電車によってボタン式かどうかは別れますが、梨璃が乗った電車はボタン式であるという解釈です。