どうかこのお話で読者の皆様にご満足頂きたく…………
「うぅ…………めっちゃしんどい…………」
銀髪の少女今叶多の顔色は蒼白になり、素人目から見ても体調が悪いのは明白。
フェイズトランセンデンスをもある程度出力を抑えていたとはいえ、約二時間も発動しっぱなしだったのだ。
むしろこの程度で済んだほうが幸運だろう。
叶多以外のリリィであればまず間違いなく命があったかどうかも疑わしく、そもそもとしてフェイズトランセンデンスを数時間単位で発動できるほうがおかしい。
無論、叶多自身も単独ではフェイズトランセンデンスの長時間使用はしない。
今は彼女の後輩に体重を預けつつ、手を繋ぐことで負のマギを中和してもらっている。
『マギ交感』
他人の錬成したマギを体外から入れ、体の中の負のマギを中和して消す治療法。
初めて叶多が紅巴の前で同様の無茶をしたときは見ていて危うかったものの、何度注意されても聞く耳を持たない叶多に紅巴もすっかり慣れてしまっている。
「叶多様は無茶をしすぎなんです。わたしだけじゃありません、グラン・エプレの皆さんにも普段からどれだけ心配かけていると思っているのですか」
「ごめんねぇ。でも、私が頑張れるのは紅巴ちゃんがいてくれるからなんだよ。いつもありがとね」
「叶多様はズルいです…………」
屈託のない笑みを向けられ、心臓がドクンと跳ねるのを感じた紅巴。
治療行為だと割りきっていたはずが、羞恥心やら多幸感で思考が埋め尽くされる。
梨璃達がいなければ間違いなく暴走していた自分を抑え込み、数歩先にいる二人に追いつくように若干歩くスピードを早める。
もちろん叶多に無理をさせない範囲内で、だ。
梨璃と結梨以外の新入生は寮に入っているらしく、二人も早足で向かう。
もう大丈夫だからと叶多が紅巴から離れ、寂しさを覚えるも止めることはしない。
叶多の顔色はすっかり元通りになっており、嘘をついていないのは紅巴は分かっていたからだ。
百合ヶ丘女学院前に到着した一行が横断歩道を渡ろうとした直前、見るからに高級そうな車が目の前に停車した。
「うわぁ!」
梨璃が咄嗟に足を引っ込めなければ轢かれていたかもしれない、そう思うぐらいにはギリギリのタイミング。
ドアが開くとウェーブがかった髪の少女が姿を見せ、優雅な雰囲気を纏いながら降りてきた。
楓・J・ヌーベル。
フランス人と日本人のハーフ。
実力は自他ともに認められるほど優秀であり、それと同時に
フランス随一のチャーム製造メーカー『グランギニョル』の総帥令嬢でもある。
「ドアぐらい自分で開けます。今日からは自分の面倒は自分で見なければならないのですから」
梨璃達に気づいたらしく…………いや、正確には梨璃だけしか視界に入っていないようだった。
(何……? このキラキラした瞳。サクランボのような唇! かわいい! 可愛すぎるわ!! 女の子の可憐さ全て集めたような方がいまここに──────!!)
「あの、大丈夫ですか…………?」
ぷるぷると震え出した楓を心配してか、声をかける梨璃。
(声までも可愛い!)
「
楓は梨璃の手をガシッと掴むと自己紹介を始め、梨璃の名前を問うた。
「え、えっと……私は一柳梨璃です!」
「いい名前ね、リリィの梨璃さん。ごきげんよう」
「ごきげん……よう?」
「一目見たときから、あなたに運命を感じましてよ?」
「…………う、運命!?」
「きっと私たちは赤い糸で結ばれているのですわ!! ささ、ともにまいりましょう!!」
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
「…………」
(あっという間に梨璃ちゃんが連れていかれちゃった…………)
表情や呼吸、梨璃に対する反応等から完全に
そういえば紅巴がリリィ同士のゴシップ的なものが好きだった、そう思い紅巴の方を流し見る叶多。
「はぁぁっ! たまりませ~ん!」
「ですよね~」
「楓さん! 梨璃さん! お待ちくださ~い!!」
置いてきぼりにされた叶多はポツンと突っ立っているのみで、結梨は可愛らしく小首を傾げていた。
「叶多。みんな急いでどうした?」
「あ~。結梨ちゃんには少し早いから、そのうち教えてあげるね」
まさか色恋沙汰やそれらの話が大好きな少女達のアレコレ、などと梨璃に何重にも輪にかけて純粋な結梨に教えたくはないというのが叶多の心情だ。
「…………行こっか」
「うん!」
◆◆◆◆
叶多と結梨が百合ヶ丘女学院に入り、楓らと合流。
二人の生徒を中心に野次馬の生徒達が集まっている。
遠藤亜羅椰。
初等科で百合ヶ丘に入学した歴代でも屈指のフェイズトランセンデンス使いで、好みの女性に躊躇なく手を出すことから、学院側からは問題児扱いされている。
もう一人は白井夢結。
圧倒的な戦闘力を保持し、最前線でヒュージと戦い戦果を挙げてきた実力者。
「中等部以来お久しぶりです、夢結様」
「何かご用ですか? 遠藤さん」
「亜羅椰と呼んで頂けませんか? そして入学のお祝いに、CHARMを交えて頂きたいんです」
「亜羅椰のやつ、夢結様になにやってるのよ!」
「喧嘩売ってるんだよ? いっちゃん」
「止めます? 天葉様」
「私は興味あるかなぁ~」
「じゃあ、見てますか」
それを見ていた三人は亜羅椰と所属を同じくする一年生の田中壱、江川樟美。
そして、二年生の天野天葉。
三人ともレギオン『アールヴヘイム』の精鋭リリィである。
「お退きなさい。時間の無駄よ」
「なら、その気になってもらいます」
夢結は興味はないと言わんばかりに冷たく突き放すが、亜羅椰はどこ吹く風。
亜羅椰がCHARMに触れると、リングに刻まれた文字が回転しながら起動した。
CHARMの宝石が輝き、アックスのような形に変化した。
「手加減はしないわよ」
「あら怖~い。ゾクゾクしちゃう」
「ふーん。もっと怖~い人がもっとゾクゾクさせてあげよっか?」
「!?」
「あ、あなたは…………叶多お姉様!?」
「やっほー、あーちゃん元気してた?」
夢結と亜羅椰の間に割り込み、意地の悪い笑みを浮かべる人物がいた。
そう、他ならぬ叶多である。
叶多は百合ヶ丘女学院に度々足を運んではヒュージの殲滅、リリィの育成に手を貸していた。
本来であれば母校である神庭女子藝術高校の後輩に教えるべきだろうが、叶多は百合ヶ丘女学院のリリィとも親交が深い。
百合ヶ丘女学院のものならほとんどが知っていることだが、中等部三年生までは叶多は百合ヶ丘女学院の生徒であったのだ。
同じレアスキルということで実践経験も多い叶多に、亜羅椰も師事していた。
いわゆる師弟関係というやつだ。
亜羅椰ももちろん叶多を尊敬し、シュッツエンゲルになることを望んでいた。
もっとも、叶多が高等部に上がる前に転校してしまったためにそれは叶わなくなったが。
しかし、それはそれ。
ずっと慕っていた相手と再会できたこと、それは亜羅椰を昂らせるには充分すぎた。
叶多もまた、全力をぶつけても壊れない弟子を前に昂っていた。
似た者師弟として一時期有名になっていたのだが、それはまた別の話。
「ああ、叶多お姉様。またお会いできる日が来るだなんて…………わたし、嬉しいですわ……」
「私もだよあーちゃん。久し振りに全力を振るえるんだから…………!?」
自身のCHARMに手をかける直前、梨璃によって阻まれていた。
(嘘…………この娘、私に気づかれずに間合いに…………!?)
先ほど梨璃と友達になった二川二水も、その光景に眼を剥いた。
「あ、あれ!? 梨璃さん、いつの間に!? うぐ!」
「中々すばしっこいやつじゃな!」
「じゃな?」
「じゃが、一歩間違えれば斬られかねんぞ」
叶多が聞けば、私が後輩を斬るわけないじゃん!! と否定していただろう。
(ミリアム・ヒルデガルド・Ⅴ・グロピウス!?)
「リリィ同士でいけませんよ!!」
「大丈夫、最悪骨折で済ませるから!!」
「全然大丈夫じゃないです!!」
「ちょっと、あなた邪魔しないでくれます!?」
「いいわ。面倒だから、三人まとめていらっしゃい」
「私まで!?」
「私はあーちゃん(叶多お姉様)と…………」
『ゴーン!』
「「「!?」」」
リリィ同士の混戦が始まろうとしていたとき、百合ヶ丘女学院の鐘が鳴り響いた。
「何をなさっているんですか!? あなた達!!」
百合ヶ丘女学院三年生の出江史房が下品でない程度に声を荒げ、生徒たちを嗜める。
「遊んでいる場合ではありません。先ほど、校内の研究施設から二体の生体標本のヒュージが逃走したとの報告がありました。出撃可能な皆さんには捕獲に協力していただきます」
「分かりました」
報告を受け、単独で向かおうとする夢結を史房が止める。
「待ちなさい、夢結さん。単独行動は禁じます」
「なぜです?」
「このヒュージには、周囲の環境に擬態するとの情報があります。必ずペアで行動してください。そうね…………あなた、夢結さんと一緒に行きなさい」
「私ですの!?」
ちゃっかり梨璃を回収に来ていた楓を指名する。
「必要ありません。足手まといです」
「あなたには、足手まといが必要でしょう?」
「叶多お姉様────!! わたしと勝負を────ッ!!」
「はいはい。行くよ、亜羅椰」
亜羅椰の方は壱に引っ張られていたが、叶多はスルーした。
「久しぶりですね、叶多さん」
「…………史房様」
「理事長代行がお呼びです。来なさい」
梨璃が背後で夢結に同行を志願しているなか、紅巴を伴って叶多は理事長室へと向かった。
楓と梨璃の出会いは漫画の方から出しました。
紅巴ちゃんが喜ぶので。
叶多の過去が少しだけ明かされましたね。
これからどうなるやら()