終始涙を流さずにはいられない!
ヘルヴォルはいいぞぉ
叶多と紅巴は食堂で朝食を済ませ、校舎内を歩いていた。
二人の制服は百合ヶ丘女学院のものになっており、第三者の目から見ればまず間違いなく百合ヶ丘のリリィだと思うだろう。
紅巴にとっても憧れでもあった百合ヶ丘の制服、涎を垂らさんばかりに見つめていた紅巴に叶多は苦笑しつつ着替えを手伝ってあげた。
時々自分の素肌に触れる叶多の手がくすぐったく身じろぎしてしまう紅巴だったが、あっという間に着替えが終わっていた。
叶多自身も約二年ぶりに袖を通すことに嬉しいような、申し訳ないような複雑な感情を抱いていたがそれをおくびにも出すことはないまま着替えを終えていた。
食事中に紅巴が周囲のリリィ達に対して目を輝かせていたのを嗜めていたというのは、叶多をよく知るものが見れば嘘だと断じるだろう。
なにせ昔の叶多は食事中も落ち着きがなく、夢結にお小言をくらうのがある種の名物となっていたくらいだ。
「あの、叶多様…………」
「ん~? あ、わかったわかった。行ってきな~」
「し、失礼します!!」
妙にもじもじしている様子の紅巴が何を言わんとしているか、即座に理解した叶多はすぐそこの共用の化粧室を指差した。
顔をトマトのように真っ赤に染め、ペコリとお辞儀をしてから化粧室へと駆け込む紅巴。
微笑ましい光景に叶多が頬を緩めていると、梨璃がやってくるのを感じた。
僅かに響く足音から梨璃だと判断したのだが、叶多の予想通りであった。
「叶多様! ごきげんよう」
「ごきげんよう梨璃ちゃん。百合ヶ丘には慣れ…………るわけないよね~。まだ二日目だし」
「そうなんです。何だか自分がここにいていいのかなって、不安になっちゃいそうで…………」
「ふふっ。梨璃ちゃんはもう立派なリリィなんだから、胸を張っていいんだよ? そんなことより、用は済ませなくてもいいの?」
「あ、そうでした! ごきげんよう叶多様!」
化粧室に入っていく梨璃を見送った後、なかなか出てこない紅巴を案じて叶多も化粧室へ。
空いた個室に入ると、便器の上に登って隣の個室を確認する。
中では紅巴が頭部を床に押しつけるようにして、個室の外を覗き込んでいた。
照れ屋の紅巴のことだから誰かが来たから恥ずかしくなって出られないとか、その辺だろうと思いながらもせっかくだからと用を済ませる。
紅巴も一緒に連れ出すべきかと思案していると、見知った声が外で梨璃に話しかけているのを叶多の耳は捉えていた。
「あら、おはよう梨璃さん」
「あ、どうも…………じゃなくて、ごきげんよう?」
どこか穏やかで気品のある声のようにも思えるが、艶かしいこの声音の主の正体に叶多はすぐに辿り着いた。
(あーちゃん? 梨璃ちゃんすっごく活躍してたし、あーちゃんの好きそうな娘だもんね~)
自らの妹ぶんである遠藤亜羅椰の登場は充分予測できることだったし、もし自分も百合ヶ丘に在籍していれば亜羅椰と二人で梨璃を襲っていたであろうことは容易に想像できる。
「ごきげんよう、ね…………そんなありきたりなのじゃなくて、本質的な挨拶をしない?」
「ほ、本質的?」
(あ、ヤバい。これ、梨璃ちゃん襲われる五秒前だ)
再び便器の上に登り、紅巴の様子を確認するも会話の様子から妄想が一気に膨らんだのだろう。
良い笑顔で気絶している紅巴を放置し、梨璃達の方を見れば洗面台と亜羅椰で梨璃を挟み込むようにして密着され、妖艶な仕草で「顎クイ」をもう既にされていた。
正直に言えば梨璃が拒否しなければ亜羅椰を止めるつもりはなかったが、そもそもとして自分が襲われそうになっていることが分かっていないような顔をしていた。
知らぬまま初めてを奪われてはたまらないだろうと不憫に思い、介入するつもりで身を乗り出そうとする叶多。
だが、それよりも先に化粧室に乱入するものが現れた。
「ちょっとそこ!!
初対面の時から梨璃に惚れていた様子の楓のこと、想い人への危機察知能力は凄まじいらしい。
感心するとともに安堵を覚えた叶多は、扉の隙間から事の成り行きを見守る方針に変更することにした。
「誰だか知らないけれど、邪魔しないでもらえるかしら?」
「いいえ! 意地でも邪魔をさせてもらいますわ! 私の運命のお相手を汚そうとするのは辞めてくださいます!?」
「ほほう? その運命のお相手とやらは、それほどでもないみたいだけど?」
「梨璃さんも少しは抵抗しなさい!!」
(リリィって皆こうなのかな?)
困惑顔の梨璃に、叶多は心の中でひたすらに土下座を繰り返していた。
(梨璃ちゃんごめんねぇ~。私が原因でこんなことになるなんて思わなかったんだよぉ~)
「もし梨璃さんが本物のお相手と言うなら、きちんと縛りつけておかないと…………食っちまいますわよぉ」
「ご心配なく。梨璃さんと私はそんなヤワな関係では…………あら? 梨璃さん?」
忽然と梨璃の姿は消え、そのことに全員気づくことはなかった。
(…………おぉ。やっぱり、才能あるよ。あの娘)
幸い叶多の個室からは洗面台と入り口を同時に視認でき、梨璃からも目を離さなかったために気配を消して化粧室を逃げ出す瞬間を観察できた。
梨璃の才能を無駄にすることは先輩リリィとしても出来るわけもないのだが、件の梨璃は夢結に憧れている。
(…………今の夢結ちゃんには任せておけない)
約二年ぶりに顔を合わせ、すぐに叶多は夢結が例の戦いのことを引き摺っていることを察知した。
夢結に誰かを教えることはできない。
(何か手を打たないと。私の後輩を、傷つけられないように…………)
ふと、叶多は結梨のことが脳裏を過った。
(そういえば、結梨ちゃんって誰に憧れてるんだろう?)
何度か梨璃達の勉強に付き合う傍ら、結梨に誰に憧れているのかを幾度も聞いた。
その度結梨に「教えな~い!」と言われ、結局は分からずじまいだった。
そして叶多は化粧室から誰もいなくなったのを確認、お姫様抱っこで紅巴をお持ち帰り…………ではなく、クラス表が貼り出されている場所へと向かった。
◆◆◆◆
「わたし、叶多様が百合ヶ丘にいた頃からずっと憧れていて…………御台場女子にいらっしゃった時もずっと一緒で。叶多様が神庭女子に転校して、わたしも追いかけて…………。叶多様を近くで見ていたかっただけなのに、今は同じレギオンにいられるなんて…………ッ! わたし…………わたし、感激で…………うっ、うぅぅ…………ッ」
「あぅ…………わ、わかります…………ッ。わたしも有名なリリィを至近距離で見たくて、頑張って激戦区である百合ヶ丘に入りましたから…………うぅぅッ!」
「ふ、二水さん…………!」
「紅巴さん…………ッ! 紅巴さんのこと、魂の同士──『ソウル・フレンド』とお呼びしていいですかっ?」
「はい、喜んで…………ッ! では、さっそく第1回、ソウル・フレンドの会を開催しましょう! 時間の許す限り、リリィについて、深く、深~く語りましょう!」
「はい!」
「ですよね~」
一目見たときからなんとなく感じ取っていた、紅巴と同族の匂いがすることを…………。
ここまで意気投合するとはさすがに予想外だったが、紅巴に友達が増えることは喜ばしいのも事実だ。
「叶多~~!!」
「おぅ…………朝から元気だねぇ~結梨ちゃんは」
会話の途中で二水と一緒にいた結梨を発見し、結梨の方から飛びついてきた。
「あのねちょっと聞きたいんだけど…………」
「何?」
「梨璃ちゃんが何処に行ったか、聞いてたりする?」
「梨璃は夢結にお礼を言いに行くって言ってた!」
(やっぱり…………)
夢結のことだ、冷たくあしらうか無視をするかのどっちかだとは思うがどっちにしろまともに取り合ってはくれないだろう。
「叶多?」
叶多が苦虫を噛み潰したような表情で思案している間に、梨璃が合流。
梨璃と楓と二水、そして結梨と紅巴が同じクラスになっていることに全員が喜んだ。
一同は話の流れで足湯に行くことになったらしく、気を落ち着かせるために叶多も同行するのであった。
ラスバレの似た者同士が百合ヶ丘で『ソウル・フレンド』に…………!
次回は叶多様の初戦闘です…………!!