餓鬼の一生   作:丸米

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Amazing!!

 ①ワタシの自己紹介

 

 やあやあコンニチハ。

 

 名乗れる名前なんて持ち合わせていないけどワタシと仲良くしてくれ。まあ仲良くしてくれる連中なんていないんだけどね。ワタシはワタシの中にある知性の欠片もない餓鬼に話しているのです。話したところで何も伝わらないことは理解できているがまあどうか容赦してくれ。自身の飼い犬にエンエン泣いて抱き着きながら愚痴を話している悲しい女がニンゲンにもいるそうじゃないか。あんな感じだあんな感じ。

 

 名前とは便利だね。

 あれば取り敢えず自身が何者であるのかという記号が与えられるからね。

 ワタシは名前が欲しいよ。

 だってワタシはニンゲンなのだから。

 

 

 ワタシはどうもニンゲンからすれば呪いに、そして呪いから見ればニンゲンに。それぞれ見えるような存在をしているらしい。

 味方いない。敵しかいない。

 四面楚歌だ。

 くそう。

 

 ワタシには今皮膚と呼ばれるものがない。いや実際にはあるのだろうけど見た目としての話だ。見た目、皮膚の下にある肉がまろびでている見た目をしている。そのくせその肉も貧相と来ている。何処も骨ばっているのに腹だけ妊婦のようにぽっくり出ているのです。顔面は眼窩が今にも飛び出そうで舌は小蛇のように長い。歯もないし口も猪口のように小さい。これを見てニンゲンだと判断してくれるニンゲンには今まで見た事も聞いたことも無い。化物扱いが関の山。

 

 だがこの世の仕組みとして、大抵化物だの物の怪だの妖怪だの幽霊だの言われているものは呪いと呼ばれる生命体かどうかも判別つかぬクソ共でございまして。負の循環、負の累積、負の機構の中で生まれたその存在は、人の負の感情を元手に生まれてきた連中なのですよ。ワタシはその一つとして認識されることが多いのであります。

 

 違うのです。

 ワタシは人間なのです。

 

 呪いは、呪いを認識できる素養──要は呪力という代物を抱えている人間でしか観測できないのですが、ワタシは万人に認識されます。だからワタシはこうして地下に潜みながら逃げ回っているのです。ひどいものですね。呪いよりも生き辛いこの世の中でございますよ。

 

 ちなみにワタシにも呪いが見えます。

 まだかろうじて人間に見えるワタシと異なり、もうどうにでもな~れ~って感じの見た目をしていますね連中は。

 

 

 

 呪いの仕組みというものを御存知ですかね? 

 ほら。生きるのってお辛いじゃないですか。ワタシにも本当に理解できますよ。生きるのってクソですよね~。

 

 生きてるうちってそんなクソな気分に苛まれながら生きていかざるを得ないじゃないですか。ニンゲンですもの。クソな気分になったらむしゃくしゃして人殺したくなるじゃないですか。しょうがないねニンゲンだもの。

 そうやってカッとなって思わず人を殺しちゃうじゃないですか。はい怒りという感情が発生しましたね。

 その後はわわどうしよ~ってなるじゃないですか。はい不安という感情が発生しましたね。

 はやく穴掘って埋めなきゃ! うう~急げ急げ~! はい焦燥という感情が発生しましたね。

 穴掘って死体埋めてニュースにもならずに安心しているけどなんであの時殺しちゃったんだろ....うう~ってなるじゃないですか。はい罪悪感という感情が発生しましたね。殺した自分がのうのうと生きていく事に恥ずかしくなりませんか? 思いますよね。はい恥辱という感情が発生しましたね。はいほかにもまあ色々あるでしょう。

 

 これらまとめて負の感情です。

 この負の感情というのは人間から出ていってこの世界に沈殿していきます。要はうんこですね。負の感情を濾して世界に投げ捨てられたうんこ。そのうんこが凝縮して形になって自立して動くようになる全身うんこ生命体が呪いです。えへへ。うんこから生まれたうんこな命だ~

 

 でもこのうんこはね。普通にニンゲンに害を与えるし最悪ぶっ殺しにかかるんです。だって元々負の感情だもの。うんこに慈愛の心なんか持つわけがないんだ。うんこはうんことしての意思をもって”うんこをこんなにぞんざいにあつかうなんて.....! コロス! ”って排泄先を殺しにかかってくる。ヤバいですねあっはははっは。

 

 まあでもニンゲンとしてもうんこを投げつけられるばかりではいられないので当然呪いの対策もしなきゃなりません。

 でも元々目に見えない負の感情なんてエネルギーから作られている連中でございますので、奴等目に見えません。殴っても蹴っても当たりません。銃をぶっ放そうが放射能浴びせようが爆雷落そうが死にませんし消えません。ほとほとニンゲンという生命体を害するという強烈な意思を感じられる素晴らしき傍迷惑な作りをした生き物ですね。そもそも生物かどうかすら怪しいのですけど。

 

 ではどう対策をするのかと申しますと。同じ負の感情というエネルギーを転換して作り出したうんこをうんこに投げつけるんです。うんこの投げ合いという勝負の土俵に持ち込んでうんこ処理をする。

 負の感情をエネルギーにして、ぶつける。

 このエネルギーを呪力と言って。

 その呪力を独自の形に拵える技術を術式というのです。

 

 そしてワタシにも

 この術式というものがあるのです。

 

 ワタシの術式の名前を誰も教えてくれないので勝手にワタシが名付けました。

 

 ワタシの術式は「餓鬼法術」

 

 これは、ワタシの術式を通して呪いを「食物」に変貌させ、「食物」として「摂食」する術式となります。

 

 本来呪いというものは呪力を通さないと触れられないものです。

 なので──ワタシは自らの呪力を通して呪いを「食物」として摂取できるよう扱えるようにしたわけでございます。

 

 ワタシには。

 何かを噛み砕けるような歯がありません。

 嚥下できる食道も異常な程狭く。

 何より──胃の機能が死んでおります。

 

 要は食べ物が食べられない。

 

 ですが。この術式を通した呪いならば食べることが出来るのです。

 そしてワタシの中には、おおよそ五十六体の「餓鬼」がおります。

 この餓鬼はワタシと同じように呪いを食物として啜り食う醜い風体の者共でございまして。まあ理性の欠片もなく食欲だけで生きているアホンダラでして。そいつを五十六体ほど従えておりまする。

 

 ワタシの術式は彼等に呪いを食わせ、自らの一部とするものでございます。

 

 そして普通の食べ物が食べられぬワタシにとっては、自らの生命維持の為に必ず行使しなければならない術式でもありまする。

 

 その味ときたら。ゲロに付けた雑巾を飲み込むような行為でありまして。生きるにあたってこんなにも辛い行いをしなければならないのかと涙が溢れそうでございました。

 

 しかしこのゲロ雑巾を食えば食う程、ワタシの中において変化が訪れてきます。

 その呪いの性質を抱えることになるのです。

 

 肉ばかり食えば贅肉が増えるように。

 呪いばかり食えば身体もより呪いのように変わっていく。

 

 例えば食べた呪いの呪力を受け継ぎ、その外観や一部の能力をワタシや、ワタシの餓鬼に伝えることが出来ます。そして呪いを食えば食う程、この身体は醜くなっていく。あんまりにもあんまりな術式なのですよへへぇ。ワタシは基本的に怖がりなので食べてきたものは強くて二級相当の呪いばかりです。術式持ちの呪いとか食べてみたいなぁ。その術式までこの身に宿したりできるものなのでしょうか。

 

 ワタシは何度も言うようにまともに何かを食べる器官がありません。

 それ故に──この餓鬼に食べてもらう他ないのです。

 そしてこの餓鬼は呪いしか食いません。

 呪いが栄養になるの? 

 知らないですけどワタシは呪いを食わなければ生きていけません。

 

 つまりワタシはうんこを啜って生きている訳ですね。

 死にたくなってきました。

 でもワタシはまだまだ生きることを諦めない。

 

 ワタシはワタシが人間である事を──ちゃんと思い知りたいのです。

 

 

 

 

 

 

 ②少年院見学会~さようなら餓鬼ちゃん~

 

 ワタシの住処は地下水道です。

 鼻がひん曲がりそうな悪臭漂う場所でございますが、もう慣れました。

 

 とはいえ、基本的に呪いというのは人が集まる場所に生まれるもので。

 地下に籠り切りだとワタシの食事が出来ないんですよね。

 

 なので時にはワタシも地上に出なければなりません。

 

 五十六体あるワタシの餓鬼ちゃんも一体一体は三級程度のカス。こちら側から呪力を流してようやく一体だけ術式の無い準一級クラス程度に強化できる。基本的に彼等を撒き散らして呪力の感知をさせて、餌場を探すのです。

 

 呪い~呪いはありませんか~。地下を辿り餓鬼ちゃんを各所に送りつつ今日もワタシはエサを探していました。

 

 ......恐ろしいものがありました。

 

 そこは少年院でございました。

 

『呪胎』があったのです。

 呪胎とは、要するに。

 呪いの胎児です。

 

 基本的にうんこで出来ている呪いですが、やはり人から生まれてきているものでして。人間の性質に近ければ近い程高位の呪いである事が多いのです。言葉を喋れたりとか、人に近い姿をしていたりとか。

 そして生まれる時に胎児の姿をしている、という事は。それだけ人間に近く、強力な呪いが顕現する証でもあるのです。

 いわゆる。

『特級呪霊』と呼ばれる区分の化物共です。

 

 ワタシは餓鬼ちゃんを三体程地下から送り出し、様子を見る事にしました。餓鬼ちゃんの視界をちょっくら借ります。

 

 そうしたら見える見える。あの特級呪霊の生得領域が。

 

 さようなら餓鬼ちゃん。お前らもう終わりだね。もう出口が見えないじゃない。

 まあでも君たち多分一週間ぐらい呪力を貯めたら復活できるから頑張って死んでこい。

 

 可愛そうに。中にいる受刑者たち皆して死んでいるじゃない。あらあら内臓がまろびでていらっしゃる。

 

 餓鬼君はぷくぷくのお腹を揺らして歩いていく。可愛いなぁ。ごめん全然可愛くない。でもこの異様な雰囲気の中ちゃんと仕事できて偉いねよしよし。死ぬまで是非とも頑張ってくれ

 

 

 あ

 

「──つくづく、忌ま忌ましい小僧だ」

 

 

 え。

 

 

 え? 

 

 

 生得領域内をおっかなびっくり歩いていた餓鬼君の目に映るは。

 

 

 学生服を着込みながらも──その全身に紋様を浮かべた男が。

 

 

 え? 

 え? 

 

 なんかその隣にくねくね身体を動かしている人型っぽいきっしょい呪霊もいます。くねくねする動きもその存在を前に固まり、完全に怯えているじゃないですか。

 

 なにあの男。

 いや、もう見るだけでわかる。その正体なんかもう本当に理解できないけど。もう存在の構造というか。その根底である魂からして格が違う。

 

 呪力量としては、特級という秤から大きく逸脱したものはないけど。

 

 その後。

 そのげにおそろしき人かどうかも(呪霊というにはあまりにも人に寄りすぎている)解らない何者かは幾つかの言葉をそのくねくね特級呪霊に話しかけ──その場から離れようとする。

 

 しかし。

 ここでこのアホ馬鹿くねくね気色悪呪霊君。盛大に判断を間違える。

 

 

 なんと。

 この学生服を着込んだ化物オブ化物オブ化物に──あろうことか攻撃を仕掛けてしまったのです。

 

 あまりにも愚か。

 生まれたての呪霊というやつは自分の命すら惜しくはないというのか。

 

 その後ですが。

 その学生服の何者かがもう悲しいくらいその特級呪霊をボッコボコにしていましてね。倒れた特級呪霊君の顔面を踏みつけると同時に床面が砕けていく様なんて見るだけで笑える。なんなんですかねあの理不尽な暴力。うわぁ四肢が千切れ飛んでる。

 

 現在餓鬼ちゃんは地下水道まで落ちていった両者をこそこそ隠れて見ています。お、もしかしたら餓鬼ちゃん上手くいけばこのまま生き残れそうじゃない? この生得領域も、あの気色悪い呪霊君が死ねば解放されるでしょうし。

 

 しかし流石は特級呪霊。ガワが壊された程度ではくたばりはしません。奴等、呪力さえあれば自らの肉体を再生できるので本当にクソだと思います。

 

 

「──お前も小僧も、呪術の何たるかをまるで解っていないな」

 

 いい機会だ、教えてやろう。

 

 

 本当の、呪術というものを。

 

 

 

 そう言うと。

 彼は両手を立て、人差し指と中指を合わせ──祈るように前に突き出しました。

 

 

 ──生得領域が塗り替えられていく。

 ──黒々とした空間の中で。何かが胎動してくるを感じる。

 

 まさか。

 まさか──。

 

 

 この男。

 呪術の最高到達点である、領域展開まで習得しているのです.....? 

 

「伏魔御廚子」

 

 領域展開なんて代物、当然知識でしか知らない訳ですが。

 え? 何ですか? これ。

 普通結界で仕切って領域って展開するもんでしょ。

 

 仕切る結界すら見当たらないのは、どういう了見なのでしょうか。

 

 開かれた大口が担がれた神輿のようなものが

 頭部のみの骸骨に支えられていて──

 

 

 はい。

 

 

 

 くねくね特級呪霊君はそのまま──縦に分断されます。

 

 

「──三枚におろすつもりだったがな。やはりお前は弱いな」

 

 もう悲しいくらいバラバラになった肉片の一つを手に取って、そう男は言いました。

 

「そうそう。それから、これは貰って行くぞ」

 

 その肉片に手を突っ込み。

 引き出したのは──仰々しくも禍々しい、”指”

 

 見れば解る。

 アレは──特級も特級。この世にあってはならない呪物であると。

 

 

「──そして」

 

 

 で。

 指を回収した彼は

 

 

 こちらを、見た

 

 

「──ああ。逃げたくとも逃げられなかったのか。とはいえ俺から隠れられると思ったのかこの痴れ者が」

 

 彼は。

 餓鬼ちゃんを見ました。

 

 

 いえ。

 

 

 

 餓鬼ちゃんを通した、ワタシの眼を見ていたのでしょうか? 

 

 

 そして。

 餓鬼ちゃんに、指を向けて。跳ね上げて。

 

 

 

 餓鬼ちゃんは、無惨にも斬り裂かれてしまいました。

 

 

 

 あ。

 

 ワタシは思わず。自らの肉体を見ます。

 

 

 

 プツ、と。

 血の斑点みたいなものが自分の脇腹から肩口にかけて生まれ出て。

 そのブツブツが。

 点が線となり、流れ出る傷口として──自分の身体に生れ落ちて。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! ききゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 ああ。

 狭い気道から放たれるワタシの声の気色悪さに、自分自身が鳥肌ものです。

 

 しかし。

 いままでこんな事なかったのに。

 

 餓鬼ちゃんが受けたダメージが──何故かこっちにまで及んでしまった。

 これはどういうことだ。

 

 いや。今はそんな事どうだっていい。

 ひ。ひひ。ワタシは呪いを食い、そして呪いを貯め込んでいるのです。

 受けたダメージは回復しなければいけませんが、ひとまず呪力で傷口を覆う程度はできまするぅ。

 

 いや。

 いやあああああ。

 

 

 なんで? 

 なんでワタシは今──ダメージの回復が出来ないのですか。

 

 

 

 まずいまずい。

 このままでは死ぬ。間違いなく死ぬ。嫌だ。死にたくないよ。死にたくないよぉ。

 

 

 

 流れ出る血をひいひい言いながら必死で手で抑えて。

 ワタシは一先ず──地下内で無様に泣き叫びながら蹲った。

 

 

 

 

 ③ ニンゲンの呪い

 

 

 

 へっへっへ。

 奇跡が起こりましたよ皆さん。

 

 ワタシは生き残った。生き残ったのですよ皆さん! 

 

 

 いやー。ワタシは天才ではなかろうか。あれだけの不幸に出会いながらも、ワタシは何とも素晴らしき発見と共に生き延びることができたのです。

 

 

 要するにですね。

 ワタシはワタシの術式について一つ大いなる勘違いをしていたわけですな。

 

 ワタシの術式から分割されて生まれてくる餓鬼ちゃん。

 言うなればワタシはアレを──式神のようなものと捉えていたのですね。

 

 だって、今までは死んでもこちらに何かペナルティが課せられるわけでもなく。あの餓鬼ちゃんだって呪力さえ溜めれば復活できていたわけですから。

 

 

 ですがね。それは勘違いだった訳ですよ。

 

 ワタシの餓鬼ちゃんは、いわばワタシの魂を切り分けて作った、ワタシの分身のようなものだったのです。

 

 ワタシが餓鬼ちゃんの視界を共有したり、また呪力のライフラインを繋いで呪力を送り込むことが出来るのも。

 呪力によってワタシと餓鬼ちゃんが繋がっているからではなく。

 魂による繋がりがあったからなのですね。

 

 そして。

 餓鬼ちゃんが死んだあと。魂はワタシへと戻る仕組みになっていたようなのですが。

 どうやらあの領域展開まで出来る正体不明の化物は、あの餓鬼ちゃんのなかにある魂を正確に知覚し、それを破壊する形で攻撃を行ったという事でしょう。魂が破壊されれれば、そのダメージは本体たるワタシにフィードバックされ、ダメージが与えられる仕組みとなっているようですね。

 

 はー。やってられねぇにも程がありますね。

 

 その後ワタシは必死になって、死にゆく身体を引き摺って自らの肉体と対話を始めました。

 魂の損壊によるダメージを受けたので、必死に自らの魂を探し出して呪力でカバーしなければなりません。

 

 この経験のおかげですかね。

 ワタシは自らの中にある魂という存在を、少しだけ知覚できるようになりました。

 

 私の中にある魂というのは、一つに集約されているのではなく。

 私本体の魂と、そして餓鬼ちゃん五十五体(一体は魂ごと微塵切りにされてオサラバしました。バイバイさようならまた逢う日まで)分の魂がそれぞれ結びつきながらも存在しているようです。

 

 知覚したその魂に呪力を覆う事で。

 ワタシは何とかあの暴虐に襲われてなお生き残ることが出来たのです。

 ふっふっふ。

 これにてワタシも幾つか自らの術式の解釈も拡がりました。

 死にかけた分に見合うかと言えば正直あんまり見合わないのですが、まあそれでもロクに解らなかったワタシの術式が少しずつ自分に馴染んできているような気がします。

 まあ死にはしなかったですし。あれだけの不幸に見舞われても何だかんだ生き残れたというのは、相対的に非常に運がいいのではないでしょうか。

 人生というのは前向きに生きなければなりませんね。

 これからきっとワタシにも素晴らしき幸運の風が吹き荒ぶのでしょう──。そう思っていたのですが。

 

 

 もう本当にいい加減にしてくれませんかね。

 一難去ってまた一難。更なる不幸の沼底にワタシは叩き落されましたふざけんな。

 

 

 ワタシが住まう地下水道に、厄介極まる何者かが最近入り浸っているんです。えんえん。

 

 偵察に向かわせていた餓鬼ちゃんも何体か死んでします。

 

 ──元ニンゲンの呪霊がうろちょろしているんですよ。ワタシの住処である地下水道内に。

 

 その改造ニンゲンとでもいいましょうか。おおよそ二級程度の力がありまして。そして結構群れて行動するので餓鬼ちゃん集めてどうこうも出来ないのがキッツイ。

 で。

 当然ニンゲンを弄って呪霊化させるなんてこと、術式でも使わないと出来ない訳でして。

 その正体は──またまた発生しやがりました、特級呪霊ちゃんです。もうやだ。

 

 

 おそらく最近発生した呪霊でしょうか。

 ツギハギ状の傷跡が残るニンゲンみたいなそいつは、各所からニンゲンを術式でぐにゃぐにゃさせて地下に連れてきています。ひぇぇ。どういう術式か不明ですが、ロクなもんじゃねぇことが解りますね。というか、ちゃんと呪力が発生している辺り、弄ったニンゲンに呪力を付与して式神化するような感じなんですかね。なんか最近地下水道の入り口辺りにボッコボコに肥大化した呪霊ニンゲンがうーうー言ってるんですけど。なにあれー? アレも人間なのですかねー? 質量的にありえなくないですかね。まあ質量なんか呪力でどうとでもなるでしょうけど。

 

 まあ何にせよ。

 特級呪霊が寝床にしている場所になんかいつまでもいられるわけないじゃないですか! 

 

 ワタシは逃げさせてもらいます! 

 おさらば! 

 

 

 という訳で。

 ワタシは今東京のお空の下、お散歩をしています。

 布を、特に顔面辺りを中心にぐるぐるまきまして。裸足で河原の草原に蹲って

 

 お腹がすきましたわね。

 

 地下の呪霊ちゃんはあの人型特級呪霊がお遊び半分、改造人間の実験半分といった具合で大方祓われちゃいましたし。改造人間は.....やはり元が人間であるという事を鑑みてワタシはどうしようもなく口に付けることが出来ませんでした。もう何というか。理性というより本能が駄目だ、っていうんですよ。

 

 ここが一線だと思うのです。

 ニンゲン食ったら終わりだな、と。

 見た目も生き方もそもそも呪霊を食物として喰らう事そのものも。最早自分がニンゲンであるという証明なんて誰にも出来ないのでしょうけど。それでも──ワタシはワタシの中にこの一線を引かなければ、自分すらも自分が人間であるという確信が覚えられなくなると。そう思ってしまうのです。

 

 それでも。

 ワタシはせめてニンゲンでありたい。

 ワタシは呪いじゃない。

 そう信じていたいのです。

 

 ワタシは地面を俯いてとぼとぼと歩く。

 

 

 

 ──正直。餓鬼から見たあのツギハギ呪霊の姿を見た瞬間。

 ──体の奥底から熱が弾けるような感覚があった。

 ──何故と言えば。呪いの癖に人のように振舞っていて。呪いの癖に楽し気で。呪いの癖に、ワタシなんかよりもずっとニンゲンらしくて。

 ──その存在そのものの邪悪さを内包しているのに、なんであんなにもニンゲンのように振舞えるのか。

 

 

 ワタシには何も理解できなかった。

 かの呪霊とワタシとを分け隔てる差は何なのだろうか。

 解らない。解らない故に折り合いが取れない。

 

 

 とぼとぼ歩いていると。

 蠅頭が眼前に飛んできました。下の下の下の呪霊です。吹けば飛ぶようなチンカス呪霊。

 

 

 よかった。

 丁度腹が減っていたのです。

 

 ワタシはそれを捕まえ、餓鬼に食べさせた。

 相変わらずまずい。まずいが行使しなければいけない。このゲロ雑巾の味こそが、ワタシがワタシとしてここに在る為の行為なのだから。

 

 

 はあ。

 住処かから追い出されたけど──今度はどこに住めばいいのやら。

 

 

 

 

 .....................................................................

 

 

 

 

「.....伊地知さん!」

「はい....」

「見ました!?」

「はい。見ちゃいました....」

 

 

 その頃。

 

 スーツを着た眼鏡の男性と、学生服を着た短髪の少年が通路側から──布を全身ぐるぐるに巻いた何者かの様子を見ていた。

 その何者かは、蠅頭を手に取ると──術式を使い、それを自らの術式で以て仕留めたのであった。

 その術式は──下級の式神のようなものに食わせるという方法で。

 

 

 そして。

 その蠅頭は──彼等が持ってきたものであった。

 

 

「.....どうしよう?」

「いえ。蠅頭そのものが祓われたのは特段問題ないのですが.....。高専が把握していない呪術師がいることそのものが、由々しき事態です」

 

 

 伊地知潔高。

 並びに、虎杖悠仁。

 

 彼等は──とある事件の調査中であった。

 

 非術師の一般人がその肉体を歪められ死亡する事件に始まり。

 呪術により人間が改造され、呪霊化する事件もまた多発。

 

 その事件の内が一つ。

 映画館において三人の学生が頭部を歪められ死亡した事件が起こった際に──同じ映画館の同じシアターにいた少年、吉野順平の捜査の途中であった。

 

 吉野順平は殺害された三人と同じ高校に通っている人間で、事件の関係者であった。

 まずは彼がそもそも呪術師であるのかどうかを調査すべく──危険度の低い蠅頭を彼にけしかけ、確かめようとしていたのだが。

 

 解放された蠅頭は別の方向に向かい──あの布をぐるぐる巻きした人間へと一直線に向かい、そのまま食われたという始末であった。

 

 

「.....取り敢えず、話聞きにいこーぜ」

「いえ。あの者が呪詛師である可能性もあります。まずは七海さんに連絡を──」

「あ...」

 

 

 そして。

 その布切れを纏った人間はこちらをくるり振り返ると、──立ち止まった。

 

 布切れから垣間見えたその眼は、人間のものではなかった。

 充血し、眼窩から浮き出たようにぎょろついた眼が──虎杖悠仁を視界に映した。

 

 

 

 その瞬間。

 

 

「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 叫び声を上げながら──そのままその場を去っていった。

 

「あ! 待て待て! 何で逃げるのよ!」

「ちょ、ちょっと待って虎杖君! 虎杖く──ん!」

 

 

 悲鳴を上げながら逃げていくその人間を。

 虎杖悠仁は追いかけていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ...................................................................

 

 

 

 

 え。

 ええ。

 何故? 

 

 

 あの姿。

 忘れるはずもない。

 

 ワタシの姿を餓鬼越しに見据えて、ワタシを殺さんと一撃を放ったあの男ではありませんか! 

 

 

 何故にこんなところでのほほ~んといやがっているのですか! 

 

 

 

 ああ、もしかしてあの蠅頭。あの男の所有物だったのでしょうか。確かに何かから逃げるようだったのは覚えています。

 

 いやいや。もう何が何だかわからない。

 どういうことですか。

 

 

「おーい! そこの人待って──!」

 

 

 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ! 

 何故か知らないけど追いかけてくるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! 

 

 

 今度こそワタシを仕留めるつもりですか! こそこそ隠れて観戦してたのは本当に申し訳ないですからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 

 

 

「別に取って食ったりしないから!」

 

 この前取って食うどころか魂を潰して殺そうとしていたじゃありませんかああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 

 しかも何ですかあの身体能力! 逃げるワタシの背中を多分バイクよりも早くこちらに迫ってきているんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ! 

 

 いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 

 

 

 

 ワタシの金切り声。

 布切れを風にたなびかせて走る様は。

 

 きっとホームレス狩りに追い回されている風にでも見えているのでしょうか──。

 

 

 

 誰か。

 助けて頂戴。

 

 

 

 

 

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