一人称を貫き通すのは難しいネ。
好きの反対は無関心。
くそくらえ。
好意の反対は悪意だ。そんなの当たり前じゃないか。
アイツらが無関心だった頃、どれだけ幸せだったか。悪意という関心すらもありがたがって喜ばなければいけない程人というのは繋がりに飢えているのか。ふざけるな。
そんな言葉を言った奴は。
悪意を以て煙草を額に押し付けられた事はあるのだろうか? 全身に痣が出来るほどに袋にされた事は? ゴキブリの死骸を口に突っ込まれた事は?
自分では抵抗する事も出来ない程の悪意を前にしても、無関心よりも悪意を尊ぶか。
──生き様に一貫性なんて必要ない。
その声を思い出す。
そうだ。
感情なんてものは、魂の代謝でしかない。
何かを「尊ぶ」必要なんてないんだ。
無関心という理想に捉われて、自分がその理想に殉じて、あの連中を憎むことを放棄する必要なんてない。
だから。
あの連中が──あんな風に死んだことに対して浮かんだ感情に、理想から外れてしまったと自己嫌悪を覚える必要もない。
「吉野ぉ。何処行ってたんだ?」
外を出歩き。家に帰ると。
玄関前に──太った男が一人。
「駄目じゃないか学校サボって」
外村先生、と思わず口に出す。
何でこんな所に──見たくもない人間の顔があるんだ。
「聞いたか? 佐山、西村、本田。亡くなったって?」
知っているよ。
「──オマエ、仲良かったよなぁ」
え。
え?
「は?」
今この男は。何を言った?
「友達のいないお前の事、ずっと気にやっていただろ。なのに葬式も来ないで....。ほら、先生もついていってあげるから、線香の一つでも──」
そういえば。
教師って、学校卒業して学校に就職するから。
およそ社会というものを知らずに、教師になるんだよな。
「何をぶつぶつ言っているんだ?」
だから。
貴方みたいなでっかい子供が──出来るんでしょうね。
指を立て、自らのこめかみの横に持って行く。
今吹き上がった感情に嘘は吐かなくてもいい。
殺したいんだったら。
殺したっていい。
教えられたとおりにすればいい。
眼前のこいつを──殺....
──学校。行きたくないんだったら行かなくてもいいよ。
「.....」
──学校なんて小さい水槽に過ぎないんだから。あんまり重く考えんなって。
殺せ、ば.....。
.....。
※
「.....」
虎杖悠仁が正体不明の呪術師を追っている間。
伊地知は虎杖を諦め、吉野順平の監視へ戻っていた。
──今、確かに呪力と、術式の発動の瞬間が見えた。
吉野順平。
今確かに彼は──術式を発動しようとしていた。
「.....これは」
本人そのものの力はともかく。術式だけで判断するならば二級もありうるレベルだ。
──蠅頭をけしかけ、判断したかったのは。監視対象である吉野順平が二級術師のラインに立っているかどうか。
現在虎杖が二級相当の力量を持っている事から、彼と同等の力を持っているかどうかで対処が異なっていた。
仮に。
吉野順平が二級相当の力を持っていると判断した場合。今回共に捜査を行っている一級術師の七海健人と合流した後に身柄を拘束する手はずとなっている。
「ならば七海さんに連絡を取らねば....」
電話をするが。
七海には繋がらなかった。
「....まだ戦闘中か。あ、というか」
伊地知潔高は、自らの上司に言明されていた。
単独行動、絶対禁止。
「.....怒られるやつだ」
涙目で、そう伊地知は呟いた。
※
「.....本当にゴメンナサイ」
一方。
虎杖悠仁は──正体不明の呪術師の話を聞いていた。
あまりにも怯えるその呪術師によれば。
彼は普通の食べ物が食べられず、その代わり呪いを食物とできる生まれ故に。
自らの分身(のようなもの)を操り呪霊を食いまわっていたのだが。
その果てに──あの少年院に迷い込み、そして圧倒的な力を持つ術師に殺されかけたという。
ああ、と虎杖は納得した。
それは、怯えるはずだ。
「俺は.....アイツの残した特級呪物を飲み込んじまって。アイツをこの身体に入れてしまったんだ」
「特級呪物って.....?」
「──宿儺の指だ」
その言葉を聞いた瞬間。
呪術師は──小さな口を精一杯開けて、ぎょろついた眼を更に見開いていた。
「えっと.....宿儺って両面宿儺の事だよね? クソ呪霊のクソ最盛期の時にクソの王として君臨していた化物オブ化物オブ化物のアレですよね? え? アレから切り分けられた指を飲み込んだって事? は? 何で生きているんです? 人間なんですか?」
「人間だよ!」
呪術師はぎょろついた眼で虎杖を見据えながら、
「なんでそんなことしたの?」
と問いかけた。
虎杖は──真っすぐにその眼を見据えて、言った。
「そうしないと──友達が死んでたから」
その答えを聞くと。
呪術師は少しだけぎょろついた眼を俯かせ、そうですかと呟いた。
虎杖悠仁は他者の外面よりもその内面の美点に着眼する。
その彼が、眼前の呪術師から感じ取ったのは──必死に人であろうとする在り方であった。
呪いを食物にする事でしか生きる事も出来ず、その外見故に社会で居場所を見つける事も出来ず、──それでも必死になって自身を人間としての一線を引いている。
「.....アナタ達の蠅頭を食べちゃったのは謝ります。ですがワタシは呪詛師ではないのです。今まで人を殺めた事も呪ったことも無い。ただ呪いを拾い食いしているだけの浮浪者です。どうか、高専に連絡を入れるのはやめていただけませんか?」
これまでの人生の中。
呪詛師と勘違いされたり、もしくは呪霊が見える一般人に呪いだと騒がれることで、高専の呪術師に追い回された経験があるとの事で。
出来る限り人との接触を断つために地下水路に潜っていたという。
「....ああ」
だからこそ。
虎杖悠仁は苦し気に、そう頷いた。
その苦しげな表情は、高専所属ではない呪術師を逃がす事で後々自身が叱責される事を恐れた故ではない。
単純に──眼前の呪術師の状況を変える為に何も出来ない自分の無力さが故。
「.....イタドリ君は優しいのですね」
そして呪術師は──何故にこんな人間が呪術師をやっているのかを疑問に思った。
いや。
こんな人間だからこそというが正しいか。
誰かの正しくない死を否定せざるをえないから、特級呪物を飲み込んでまで戦う力を得たのだ。
「ワタシはその映画館で起こした事件の犯人を知っています。その情報と引き換えにワタシを見逃してくれませんか?」
※
「.....」
白のスーツを血に染めた、メガネの男が一人。
トイレの洗面台で傷口を抑えながら──電話をかける。
「はいごめんなさい」
携帯の着信口に表示された「伊地知潔高」の文字をタップし、耳に当てると、開口一番そんな音声が流れてきた。
疑問に思いつつも、──七海健人は用件を伝える。
「呪霊との戦闘で傷を負いました。位置情報を送りますのでピックアップをお願いします」
「え....! 七海さん、大丈夫ですか!?」
「大した傷ではありません。一度高専に戻り、家入さんの治療を受けます」
傷は大したことは無い、という情報を与えられ冷静になったのか。
伊地知は言葉を続ける。
「吉野順平の件ですが──彼は二級術師レベルの術式を持っていると、判断しました」
「.....そうですか」
伊地知は、ある程度の状況を伝えた。
吉野順平の自宅の前で待機していた男──恐らくは、吉野が通っている高校の教員であろう。彼との会話の中、術式を発動させようとして収めた瞬間があったこと。その際に見かけた呪力と、術式から──二級レベルの力がある可能性がある、と。
「どうしましょうか?」
「この一連の事件に関しては、もう犯人は解っています。呪術が使えようが使えまいがこの事件の犯人が吉野順平ではないのは明らかです。──が」
七海健人。
彼もまた、虎杖・伊地知と共に一連の殺人事件を追っている一人であり──つい先ほどその犯人と戦闘を行ったところであった。
ツギハギ面の、人型特級呪霊。
彼は風体や立ち振る舞いも完全に人間と同様であり、コミュニケーションも取ることが出来た。
「犯人である呪霊は人語を介してのコミュニケーション能力も有していた。──その呪霊と関わりがある可能性も否定できません」
可能性は限りなく低い。
だがそれでも、一応は調査をしなければいけない。
「力づくで高専まで連れていきますか?」
「力づくで連行する事は、むしろより情報を隠そうとする方向に向かいかねません。──話を聞いている限り、術式を得てから然程の時間は経っていないでしょう。人を殺せる性格であるとも思えない」
教員と会話して、恐らくは何かしら怒りの琴線に触れる部分があったのだろう。
その時に得た力を振るおうとしたが、収めた。
仮にあの事件を引き起こしたのが吉野順平であるならば──この行動は取らないはずだ。
殺すだけのイカレ具合か覚悟があるのならば迷いなく殺すだろうし、人通りがあるリスクを鑑みて殺さなかったとしたら術式の解放そのものを行わないはずだから。
「明日。治療を終えた後に私と虎杖君で吉野順平と接触します。──では、ひとまず私のピックアップをお願いします」
「はい。それでは虎杖君と合流した後にそちらに向かいます」
....虎杖と合流した後に?
「.....虎杖君はそちらにいないのですか?」
沈黙が通話口から響いてきた。
※
結局。
昨日は──母に助けられ、外村を追い払うことが出来た。
──うちの息子はアンタには会いたくないし、もう学校にも行っていない。つまり無関係なの。アンタを我が家に上げる義理は無いの。さっさと帰って頂戴。
思う。
母に助けられて──やっぱり情けない、と。
自分の言葉を幾ら並べて帰ってくれと言っても伝わらなかったのに。
母の言葉と圧力の前には、すごすごと帰らせることが出来たという事実の前で。
.....僕は、力を得た所で、結局。
何の為に得たのだろう。
折角力を得たのに。結局の所母に助けられてしまって。
またあの男が来るんじゃないだろうか──。
そう思うと、無性にここにいてはいけない気がして。
今日もまた、あてどなく外へと歩いていく。
「失礼。君が吉野順平君ですか?」
歩いていると。
眼鏡の男がそう声をかけてきた。
男は七三分けの髪型をしていて、白のスーツと斑点模様のネクタイを締めた──昨日の外村とは真逆の、いかにも社会人然とした男だった。
「えっと....はい」
「私の名前は七海健人と申します。少々お聞きしたい事がございますので、お話に付き合っていただいて構いませんか」
彼は腰を曲げ一礼し、そう尋ねる。
声は平坦で、態度はとても丁寧だ。だが、丁寧であっても柔らかくはない。毅然とした硬質さも持ち合わせている──そんな印象の男であった。
思わず、吉野順平はたじろいだ。
今まであった事のある大人とは違う。大人としての力も、威厳も、作っているのではなく内側に込めている。その様子に、どうしようもなく自身の中の子供な部分が気圧されてしまうようで。
「ちょっとナナミン! 普通に圧力あるから! なんでニコリとも笑わないのよ!」
そして。
その背後から──学生服を着込んだ少年が現れる。
「あ...」
──うずまきのボタンをしている学生に会ったら、仲良くするといい。彼等は呪術師なんだ」
自分の呪術の才能を開花させた男が、そう言っていた。
今、眼前に。
その特徴と合致する少年が現れていた。
「虎杖君。別にこれは見合いの席ではありません。ただの自己紹介に笑顔を必要とする理由はありません」
「だー! だから暗いんだってナナミン! ──ごめん! 本当にちょっとだけ話を聞きたいだけなんだ! 本当に、ちょーっとだけ。だから面貸して?」
こうして。
吉野順平は──虎杖悠仁と、七海健人と出会った。
ここが。
吉野順平にとっての――運命の分かれ道。
原作との相違点。
初日に虎杖と順平が出会わなかった事で、後日虎杖+七海とで順平と関わる事となります。