餓鬼の一生   作:丸米

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 無為転変。

 それは魂に触れ、魂を変容させる術式。

 

 魂は、肉体とリンクしている。

 人間は魂を知覚できないが故に、実感することはできないが。確かに魂というものは存在する。それは知覚さえしてしまえば、生理機能と何ら変わらない。臓器のように自己稼働し、代謝が働き、感情を分泌させる。それ以上でもそれ以下でもない。何ら特別なものではない。

 

 しかし。本来知覚できないものを知覚し、その自らだけが知覚できる代物に触れる事で──その肉体まで操るのが特級呪霊、真人の術式。

 

 術式の発動条件は、他者の魂を対象とする場合は原形の掌で以て相手に触れる事。

 そして。

 己の肉体に対しては何ら付随する条件なく、魂の形を変えることが出来る。

 

 

 故に。

 自らの肉体に対するダメージは、真人の呪力そのものが尽きない限りほぼ通らない。

 

 肉体へのダメージは、無為転変の術式により修復可能であり。そもそも攻撃の時点で肉体を変形しておけばダメージそのもの発生しない。

 

 真人へダメージを与える方法。

 それは──肉体ではなく、魂に直接届く攻撃を放つ事。

 

 されど。魂を知覚できない人間にとって、それは不可能に近い。

 

 しかし。

 真人の眼前に存在するこの痩せた醜い人間もどきは。

 己が魂を分裂させ、餓鬼を操る術式を持っている。

 

 無意識に──真人の魂の在処を、捉えている。

 

 

 

「成程ね」

 

 確かに。認めよう。

 眼前の相手は、──こちらの命に手をかけることが出来る手段を持っている。

 

「なら、こうしよう」

 

 おえ、と喉奥から何かを吐き出す。

 それは流動する形をした肉の塊であり、それが地面に落とされる。

 

 同時。

 吐き出された肉の塊は、爆ぜるようにその質量を肥大化させ、人の輪郭を持った呪いとして顕現する。

 それらは何事か、喉奥から言葉にならぬ言葉を潰れた声帯から吐き出して。──眼前の存在に襲い掛かる。

 

 

「人間なんかに拘っているお前に──こいつ等が殺せるのかい?」

 

 無為転変により魂の原型を捻じ曲げられ、呪いとして改造された人間。

 人間だ。

 

 不幸で。悲劇で。ただ呪いという災害に巻き込まれた、日々を生きてきたであろう人間。

 

 真人は見る。

 その魂を。魂の揺らぎを。揺らぎから排出される代謝物(感情)を。

 

「ごめんなさい」

 

 揺らいだ。

 代謝を感じた。

 

 

 しかしそれは、悲痛を感じた故の躊躇いではなく。

 躊躇を消し去る為に生み出された、──憤怒。

 

 

「アナタ達のイノチを、頂きます」

 

 

 餓鬼を取り込み、肥大化した左腕。

 それでもって改造人間を掴む。

 そして──その掌に存在する唇より、それを含み、貪った。

 

「──人間の癖に、人間を食べるのか!」

「──こうなってしまったからには、彼等はニンゲンではない! お前が、お前がそうさせたのだ! 特級呪霊!」

「随分身勝手な言いぐさじゃないか! 魂が人間だから自分は人間だと言っていたくせに──魂は人間のままなアレを人間扱いしないなんてさ」

 

 ぺらっぺら。

 真人から放たれる言葉の全てに、一貫した信念や理想。そう言った代物は存在しない。

 ただただ。眼前の人間の魂を揺さぶり、醜い感情を引き出すために行われる言葉選び。それだけだ。

 

 

 しかし。

 ──揺らがない。

 

「罪ならばワタシが勝手に背負う。お前ごときの言葉一つで──ワタシの罪が定義されてたまるものか。ワタシへの罰はいつかどこかで下される。されどワタシの罪は、ワタシのみが定義する。──くたばれ、呪いめ」

 

 

 改造人間を食うと。

 その左腕は──更にその肉を肥大化させていく。

 

 ──成程。大体こいつの術式の全容が解ってきた。

 

 魂を分けた餓鬼の生成。生成した餓鬼を用いて呪いを摂食し、己の血肉とする。

 餓鬼は魂を分けている性質上、恐らくその魂を破壊すれば、その分のダメージは本体にフィードバックされる。肉体のみの損壊ならば魂を戻し再生成を行えばいいだけだろうが、魂の破壊まで行くともう治しようがない。

 そして。餓鬼の魂を本体に戻す事で、己の肉体と一体化させる事も可能なのだろう。

 

 宿儺の指を飲み込ませ肥大化させた餓鬼を、一旦己の中に戻し、左腕に付着。分割した魂を己の肉体に還元する事も出来るようだ。

 

 

 ──下手に改造人間を使えば、あの術式で食われてむしろ相手に文字通りの餌を与える事になる。

 

 ならば。

 改造人間の使い方は、あくまで相手の動きの制限と陽動。

 

 また新たに生成した改造人間は、赤子が二足歩行している程度の小さな個体。

 それを四体ほど散らして左右から挟み込む。

 

 餓鬼の使い手は肥大化した左腕を横薙ぎに振るい、改造人間を弾き飛ばす。

 

 横薙いだ腕の下を潜り込み──本体へと肉薄する。

 

 原型の両腕に触れられれば一発アウト。それが理解出来ているからか、餓鬼の使い手は腕に触れられぬよう、足先に餓鬼の肉を集め肥大化させ、それを一気に収縮させる勢いで以てバックステップ。

 ──この餓鬼の術式。結構な応用性がある。

 恐らくは宿儺の指を取り込んだことで、本体に内包されている呪力量が跳ね上がったのだろう。

 魂の分割。再結合。それに伴う、肉体と餓鬼の操作。

 

 

 だが。

 

「がはぁ......!」

 

 背後に飛んだその隙に。真人の両腕が変形し、刃物へと変貌する。

 それは餓鬼の使い手が飛び去るよりも速いスピードで、脇腹と右肩に飛来し、貫く。

 

 無為転変により己の肉体の部位を変形し、更に強度を上げる。あたかも両腕が武器となったかのよう。

 

 

 肉体に穴が開き血が噴き出る。

 しかし──その傷は、瞬時に塞がる。

 

「──成程ね。そういえば肉体は呪いでできているんだったな」

 

 餓鬼使いの肉体は、呪力で構成されている。

 それ故、ダメージの回復に高度な反転術式を用いる必要はない。呪力を流し込み肉体を再構成させるだけでいい。

 

 

 ──さっさと仕留めるには、奴自身の魂を破壊する必要がある訳か

 

 餓鬼使いは肥大化した左腕を切り離し、一体化させていた餓鬼を解放。

 餓鬼は先程のような、肥大化した形はしておらず、元の小型の醜い姿に戻っている。

 

 

 ──宿儺の指は? 

 

 

 

 そう疑問が走った瞬間。

 真人の背後から、異形が襲い掛かる。

 

 

 まるで蛆のように、大量の指が集合した腕もどき。指の一つ一つが呪力で硬質化した代物──真人の肉体へ背中側から襲い来る。

 

 

「肉体へのダメージがないと言っても。足止めくらいは出来るみたいですね」

 

 ──飲み込んだ宿儺の指を、手持ちの餓鬼にそれぞれ送り込むことが出来るのか。

 

 餓鬼に飲み込ませ、そして飲み込ませた餓鬼と本体と一体化。その後別の餓鬼へ宿儺の指を転送。魂とリンクし本体から餓鬼へ。餓鬼から本体へと繋ぐ回路を通じて──宿儺の指を別個体の餓鬼へと送り込む。

 

 

 貫く餓鬼の肉に掌を添わせようとする。だが──それよりも早く、本体の右拳が真人の顔面へと叩きつけられる。

 

 

 魂へと届く、確かな一撃。その感触を味わい、背後へと吹き飛ばされながら──真人は笑っていた。

 

 

 

 強くなっている。

 

 恐らくは宿儺の指を飲み込んで、あの術師そのものの呪力が増えた事もその要因であろうが。

 先程──真人が作成した改造人間を食ったことも関係しているであろう。

 

 

 あの改造人間の性質を、今あの術師は引き継いでいる。

 

 呪力による、肉体強度の操作及び肉体の変形。あの改造人間に施した真人の術式作用を、食し、取り入れ、己が代物としている。

 

 

 ──こいつの術式の本質は、呪いを食い、その性質を取り入れる事。

 

 今まで、この術師は下級呪霊のみを食し生きてきたためその性質があまり反映される事がなかったが。

 恐らく──高位の呪霊を食えば、術式ごとその性質を受け継ぐことが可能なのかもしれない。

 

 

「──ここで殺しておきたいけど」

 

 自らの魂にダメージを与えたこの不届き者を惨たらしく殺したい気持ちはあるが。

 流石にこれ以上暴れてしまえば、高専の術師に位置を知られてしまう。

 

「──楽しかったよ~。じゃあねぇ~」

 

 

 別段位置を知られる分には構わないが。本来的な目的はこの術師ではなく、虎杖の方だ。

 今は、ここにかかりきる場面ではない。

 

 

 真人は己の肉体を小型化し、さらに魚に自らの肉体を変形させ──下水の中に飛び込む。

 

 

「逃がすか!」

 

 宿儺の指を宿した餓鬼の腕が、下水道を叩きつける。

 されど真人はそれをひらり避けると──そのまま流れ去っていく。

 

 

「.....」

 

 沈黙のまま、残された餓鬼使いはただ下水の流れる方向を見つめ続けていた。

 

 

 

 逃げられたその後。

 改造人間の群れが、地下から大量に現れた。

 

「.....」

 

 

 

 逃げようと思えば逃げられるだろう。

 そして同時に──倒そうと思えば倒せるだろう。

 

 今のワタシには、宿儺の指がある。

 

 

「恐らく──この改造人間は、ワタシをここに留めておくためにいるのでしょう」

 

 あの呪霊は、何かをするつもりだ。

 その前準備として、吉野順平の母親を殺した。

 指で呼び寄せた呪霊で殺せなかったら、わざわざ仲間を呼び出してまで殺した位だ。何かしらの理由があって、殺さなければならない理由があったのだ。

 

 

 それがどういう意図を持ったものなのか。それは解らない。

 解らないが故に──足止めが狙いであろうとも、その狙いに乗っかるしかない。

 

 

「──ワタシは、ここで改造人間と戦わせていただきましょう」

 

 恐らく。

 この地下の改造人間を無視すれば、派遣されるのは高専の誰かでしょう。

 虎杖君自身が来る可能性もある。

 

 ならば──その前に。ワタシがこの地下の改造人間を一掃する。

 その分だけ。あの呪霊がやろうとしている事に対してのリソースを高専側が割くことが出来る。

 

 

「ワタシは──ニンゲンです。そして、アナタ達も、また」

 

 彼等はニンゲンなのでしょうか。

 ずっと頭をもたげる疑問です。

 

「これが救済となるかどうか。ワタシには判別できません。そしてアナタ達をワタシは食べることになります」

 

 もう、妥協しない。

 ワタシはワタシが引いた一線を越えてしまった。

 

 

 それでも。

 それでもワタシは──ワタシが人間であると、思える。

 

 

 たとえ。呪いに改造されてしまった元人間を、己が意思で喰らおうとも。

 

 

「アナタ達の意思を。つまりは巡り巡る呪いを。ワタシは必ずや受け入れます。アナタ達の魂の叫びを、必ずや」

 

 肉を纏い。餓鬼を引き連れ。

 ワタシは眼前から這い出る改造人間を見据える。

 

 

「必ずや──あの呪いを祓う。アナタ達を喰らったワタシが、ありったけの呪いを籠めて」

 

 

 ああ。

 魂はニンゲン

 身体は呪い。

 

 同じだ。

 同じではないか。

 

 

 それでもワタシは彼等を喰う。なぜなら彼等は呪いだから。

 

 己が意思を呪いに捻じ曲げられた、呪いだから。

 

 

 殺してやる。

 

 ──憎い。

 

 

 何故。

 呪いが、人の外面を被ってこの世に存在しているのだ。

 何故呪いの如き存在に、ニンゲンが弄ばれなければならないのか。

 

 ワタシは。ワタシは。何の故あって──かような醜い姿であらねばならない。

 

 

「ワタシは──ワタシの呪いの為に、アナタ達のイノチを頂きます」

 

 そのイノチを糧に。

 ワタシのイノチを繋ぐ。

 

 そしてワタシはニンゲンとして──ありったけの呪いを繋いでいきましょう。

 

 

「──猪野君」

「はいはい。どうしましたか、七海サン」

 

 高専施設内。

 七海健人と──猪野君、と呼ばれた黒のニット帽を身に付けた青年が何事かを話し合っている。

 

「現在”窓”から報告が上がった呪霊の反応ですが──急激にその数を減らし、最終的には全滅したとの報告もまた先程上がりました」

「ほうほう」

「件の特級呪霊が改造人間を引っ込めているか──それともその呪霊を狩っている何者かがいるのか。いずれにせよ、確認だけはしておかないといけませんが──まだ敵の呪霊本体が姿を現していません」

「──成程。言いたい事が解ってきましたよ七海サン」

「話が早くて助かります。──今回は、猪野君一人で現場の確認をしていただけると助かります」

「──了解!」

「何が起きたかの確認だけで結構です。改造人間を倒した術師、もしくは呪霊の深追いはしなくて結構です。もしも現場に改造人間の残りがいれば、祓っておいてください」

 

 これは、七海健人の経験から来る勘のようなもの。

 恐らくこれは、あの呪霊が何らかの計画を行うための囮のようなものであろうと。

 

 何者かによってその囮が壊滅されたとなれば、それはそれで確認を行わなければならないが──あくまで自分の仕事は、あの改造人間を生み出している呪霊の排除。

 そして。──あの本丸の呪霊が何かしらの策を講じているのならば、備えておかねばならない。

 

 そして。

 

 報告が上がる。

 

 

 

 ──吉野順平が通っていた、里桜高校。

 その敷地一帯に──帳が降ろされた、と。

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