ーーー六年ほどたった。
彼を思い研究を続けた。
彼だけを思って己を磨いた。
会いたかった。
でも、待ち続けた。
あの人が待ってて、と言ったから。
辛かったけど、乗り越えた後の幸せにすがった。
手紙だけで連絡を取り合った。
決して速いペースではなかったが、月に二、三回。
近況や、考え、思いつく限り書きあった。
魔術的な指導も書いてもらった。
それにより、私は一つの魔術を作り出した。
人間が使うには少し危険だが、彼の作るホムンクルスに使うなら、と。
これで少しは近づけたと思った。
私は幸せを感じながら、待ち続けた。
そんなころ。
彼の手紙が途絶えた。
一月来なかったこともあった。
だが、もう半年だ。
研究が行き詰っているのかもしれない。
私は返事を待った。
返事が来ず、一年がたった。
これは、もう何かが起きたに違いない。
まだまだ体はみずみずしかったのだが、彼はもう高齢であった。
魔術で体を無理矢理動かして、若さを保っているが彼はもう限界だった。
そんな彼に恋をした私も、どうかと思うが。
簡単な準備をして、彼のいるヨーロッパへと飛んだ。
半日ほどかけて、近くの空港に着く。
タクシーを拾い、近隣の町に向かう。
ここまででおよそ二十時間ほど。
そこから歩き、森へと入る。
四時間という、はじめから換算して丸一日をかけて彼の家に着く。
月の光が薄く照らし、世界とは切り離されたような空間。
遠くからは動物の鳴き声しか聞こえてこない。
ただの一軒家。
屋根は壊れ、ところどころ腐った柱。
まるで廃墟。
せっかく当たるスポットライトをかき消すように、それはこの場に溶け込んでいた。
それが逆にこの空間を異質と思わせた。
長年過ごした私がここまで言う、"それ"に彼は住んでいた。
触るだけで少し軋む戸に手をかけて、そのまま開ける。
「先生ー、どこですかー?」
最愛の人に向けて声を放つ。
けれども、答えは帰ってこない。
ーーー嫌な予感がした。
冷汗が全身から溢れ出て、動機が早くなる。
「先生、入りますよ!」
断りを入れて、中に入る。
荷物が邪魔で、放り投げた。
軋む床、腐って変色している。
入って右手、リビングを見る。
よく彼とコーヒーを飲んで談笑した。
いない。
その奥、キッチン。
私が料理を作っていた。
いない。
入口に戻り、階段を駆け上がる。
奥の部屋、彼の寝室。
出ていく最後の日に一度だけ入れてもらえた。
いない。
その手前、私が使っていた部屋。
夜中は彼のことを思って、よく寝られなかった。
いない。
嫌な可能性を考えたくなくて、一番望みが高いところを後回しにした。
きっと、ここなら彼が驚いた顔を見せてくれる。
どうしたんだ、と直ぐに笑いながら声をかけてくれるはず。
一階、階段の横の奥。
彼の書斎。
よく、勝手に本を読んで怒られた。
いない。
一つの本棚だけ、少し曲がっている。
その、四つ目の本棚を動かして後ろの階段を降りる。
埃はあまりなく、最近出入った様子。
こつん、こつん。
一歩一歩、階段を下りていく。
響く靴の音。
全身に、響き渡る心臓の音。
噛み合わない音に気分が悪くなる。
足が、全身が、やめろと警告する。
螺旋のような階段をようやく抜けて、工房に入る。
もう、他のところを探している余裕はなかった。
足がもつれ、転ぶ。
這うような姿勢で"そこ"を目指した。
顎が閉まらず唾液が垂れる。
歯ががちがちとうるさい。
急いで、急いで。
遅い、早く、早く、早く早く!!!
三部屋ほど抜けた先、ドアがある。
震える、手と指でそれを掴もうとするがうまくできない。
両手でようやく回せ、開いた部屋に倒れる。
培養液が入った、大きな容器。
様々な作業に使われる多種の機材。
ここでホムンクルスが作られる。
作業中のものはなく、あたりを見渡すと、彼がいた。
仰向けに大の字になって寝ているようだ。
「先生!!!!」
ぼろぼろと既に決壊していた涙を汚く垂らしながら立ち上がる。
彼のもとに走る。
転んだ。
転んだ。
転んだ。
三度、倒れた時点で走るのを止め歩く。
一歩一歩踏みしめるように。
嬉しい、嬉しい、嬉しい嬉しい。
生きていてくれた。
喜びを噛みしめながら歩く。
あと、五歩。
先生、わたし凄い魔術思いついたんです。
きっと先生の役に立ちますよ。
四歩。
家事はあんまり変わってないです。
よく私のことを馬鹿にしましたよね。
三歩。
工房、ちっとも変ってないんですね。
私が出ていった時と同じまま。
掃除、されてるんですか?
二歩。
私はずっと先生を思ってきました。
先生はどうなんですか?
一歩。
浮気とかはしてないですか?
するわけないですよね、だって先生ですもの。
ちゃんとーーーー
零歩。
ーーーちゃんと私のこと思ってくれてましたか?
座り込み、彼の顔を見る。
綺麗な顔。
世の女性ほとんどが振り向く、そんな顔。
可愛らしい顔で目を閉じている。
あの日もこうやって寝てましたね。
「先生、ただいま」
待てと言った言葉を忘れて先生は怒るだろうか。
それとも喜んでくれるだろうか。
どっちでもいいや。
今は貴方の感触に包まれたい。
ーーーーーそうやって、私は"冷たくなった"彼の体を抱きしめた。
魔術工房は、魔術師の研究室みたいなものです。