型月設定のお伽噺   作:linda

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行間、その三

ーーー六年ほどたった。

 

彼を思い研究を続けた。

彼だけを思って己を磨いた。

 

会いたかった。

でも、待ち続けた。

あの人が待ってて、と言ったから。

 

辛かったけど、乗り越えた後の幸せにすがった。

 

 

 

手紙だけで連絡を取り合った。

決して速いペースではなかったが、月に二、三回。

 

近況や、考え、思いつく限り書きあった。

魔術的な指導も書いてもらった。

 

それにより、私は一つの魔術を作り出した。

人間が使うには少し危険だが、彼の作るホムンクルスに使うなら、と。

 

これで少しは近づけたと思った。

 

私は幸せを感じながら、待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなころ。

彼の手紙が途絶えた。

一月来なかったこともあった。

 

だが、もう半年だ。

研究が行き詰っているのかもしれない。

 

私は返事を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

返事が来ず、一年がたった。

 

これは、もう何かが起きたに違いない。

 

まだまだ体はみずみずしかったのだが、彼はもう高齢であった。

魔術で体を無理矢理動かして、若さを保っているが彼はもう限界だった。

 

そんな彼に恋をした私も、どうかと思うが。

 

 

 

簡単な準備をして、彼のいるヨーロッパへと飛んだ。

 

半日ほどかけて、近くの空港に着く。

タクシーを拾い、近隣の町に向かう。

 

ここまででおよそ二十時間ほど。

 

そこから歩き、森へと入る。

四時間という、はじめから換算して丸一日をかけて彼の家に着く。

 

 

 

 

月の光が薄く照らし、世界とは切り離されたような空間。

遠くからは動物の鳴き声しか聞こえてこない。

 

ただの一軒家。

屋根は壊れ、ところどころ腐った柱。

まるで廃墟。

 

せっかく当たるスポットライトをかき消すように、それはこの場に溶け込んでいた。

 

それが逆にこの空間を異質と思わせた。

 

 

長年過ごした私がここまで言う、"それ"に彼は住んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

触るだけで少し軋む戸に手をかけて、そのまま開ける。

 

「先生ー、どこですかー?」

 

最愛の人に向けて声を放つ。

 

 

 

 

 

 

けれども、答えは帰ってこない。

 

ーーー嫌な予感がした。

冷汗が全身から溢れ出て、動機が早くなる。

 

 

「先生、入りますよ!」

 

断りを入れて、中に入る。

荷物が邪魔で、放り投げた。

 

軋む床、腐って変色している。

 

 

 

 

 

入って右手、リビングを見る。

よく彼とコーヒーを飲んで談笑した。

いない。

 

その奥、キッチン。

私が料理を作っていた。

いない。

 

入口に戻り、階段を駆け上がる。

 

奥の部屋、彼の寝室。

出ていく最後の日に一度だけ入れてもらえた。

いない。

 

その手前、私が使っていた部屋。

夜中は彼のことを思って、よく寝られなかった。

いない。

 

 

 

 

嫌な可能性を考えたくなくて、一番望みが高いところを後回しにした。

 

きっと、ここなら彼が驚いた顔を見せてくれる。

どうしたんだ、と直ぐに笑いながら声をかけてくれるはず。

 

 

一階、階段の横の奥。

 

彼の書斎。

よく、勝手に本を読んで怒られた。

いない。

 

一つの本棚だけ、少し曲がっている。

 

その、四つ目の本棚を動かして後ろの階段を降りる。

埃はあまりなく、最近出入った様子。

 

 

 

 

 

 

こつん、こつん。

一歩一歩、階段を下りていく。

 

 

 

響く靴の音。

全身に、響き渡る心臓の音。

 

噛み合わない音に気分が悪くなる。

足が、全身が、やめろと警告する。

 

螺旋のような階段をようやく抜けて、工房に入る。

 

 

 

もう、他のところを探している余裕はなかった。

足がもつれ、転ぶ。

這うような姿勢で"そこ"を目指した。

 

顎が閉まらず唾液が垂れる。

歯ががちがちとうるさい。

 

急いで、急いで。

遅い、早く、早く、早く早く!!!

 

 

 

 

 

三部屋ほど抜けた先、ドアがある。

震える、手と指でそれを掴もうとするがうまくできない。

 

両手でようやく回せ、開いた部屋に倒れる。

 

 

培養液が入った、大きな容器。

様々な作業に使われる多種の機材。

 

ここでホムンクルスが作られる。

 

作業中のものはなく、あたりを見渡すと、彼がいた。

仰向けに大の字になって寝ているようだ。

 

 

「先生!!!!」

 

ぼろぼろと既に決壊していた涙を汚く垂らしながら立ち上がる。

彼のもとに走る。

 

転んだ。

転んだ。

転んだ。

 

三度、倒れた時点で走るのを止め歩く。

一歩一歩踏みしめるように。

 

 

嬉しい、嬉しい、嬉しい嬉しい。

生きていてくれた。

喜びを噛みしめながら歩く。

 

 

 

 

 

 

あと、五歩。

先生、わたし凄い魔術思いついたんです。

きっと先生の役に立ちますよ。

 

 

四歩。

家事はあんまり変わってないです。

よく私のことを馬鹿にしましたよね。

 

 

三歩。

工房、ちっとも変ってないんですね。

私が出ていった時と同じまま。

掃除、されてるんですか?

 

 

二歩。

私はずっと先生を思ってきました。

先生はどうなんですか?

 

 

一歩。

浮気とかはしてないですか?

するわけないですよね、だって先生ですもの。

ちゃんとーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

零歩。

ーーーちゃんと私のこと思ってくれてましたか?

 

 

 

 

 

 

座り込み、彼の顔を見る。

 

綺麗な顔。

世の女性ほとんどが振り向く、そんな顔。

 

可愛らしい顔で目を閉じている。

あの日もこうやって寝てましたね。

 

 

 

「先生、ただいま」

 

 

待てと言った言葉を忘れて先生は怒るだろうか。

それとも喜んでくれるだろうか。

 

どっちでもいいや。

 

今は貴方の感触に包まれたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーそうやって、私は"冷たくなった"彼の体を抱きしめた。

 

 




魔術工房は、魔術師の研究室みたいなものです。
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