ーー1度目はまだぼやけているのかと思った。
そういう知識はあったからそうなんだと思った。
ーー2度目は嘘だと思った。
知識に間違いがあるはずない。
自分がいる空間が黒いんだと。
ーー3度目にはすでに意味はなく、彼は素直に認めた。
自分は一生このままだと。
なにも色に変化はおこることはないと。
自分が求めたものは一生手に入らないと。
絶望しかけたそのとき、視界に変化が起こる。
凝らさなければわからないような微妙な変化。
だが、一度認識すれば彼にはそれが当たり前になった。
微かだが「黒色」に濃淡がある。
それも1か所ではなく視界全体にある。
下を向いて自分の体を見る。
それはものの形の輪郭を表していた。
人としてあるべきの皮膚の薄橙。
やや赤みがある手の色。
そんなものは存在しなかったが、自分の体が認識できたことで彼は大いに喜んだ。
”よかった。
僕の体には色がないが、形はあった。”
声帯から音が出る。
笑い声が響き渡る。
液体に触れていると感じられる。
頭を刺激するような臭いがする。
”ああ、僕は生きているーー”
瞬間
ーーーーーキンッッ!
「ガ、ぁッッ!?」
痛い。
頭が痛い。
これが痛いということなのか分からないが、知識から痛いと彼は肯定する。
こらえようがない痛み、、痛い、痛い、痛い。
頭というより、存在そのものが痛みを訴える。
脳みそをすりつぶされていくような。
その場に立っていられずうずくまる。
体がどこかにあたった。
痛い。
でもそんなものに構っていられない。
眼をきつく閉じて床に爪を立てる。
ホルマリンですべって何度も指がから回る。
耐える。
耐える。
ただひたすらに。
「あ、、ぐぅっっ、ああああ!?」
限界なんてとうに超えていて、閉じた瞳から涙がこぼれる。
痛い。
痛い。
痛いよ、どうして?
僕が喜んだから?
生きているって感じたから?
助けて、だれかーーーー
「
ーーー
」
ふと、頭上から声がかかる。
痛みで声が聞こえない。
だが、何かを言われた。
力を振り絞って応答する。
「あぁっ!?」
次は耳元でささやいてくる。
「痛いか、と言っている」
聞こえた。
今度は聞こえた。
夢中で頷く。
何度も。
頷きすぎで擦れて頬が痛いが構わない。
この痛みから助けてくれるなら、何でもいい。
すがれるものになら、今なら何でもすがれる気がした。
「そうか、痛いか。やはり人格を作ったのには無理があったか・・・。
だが想定通りだ。修正などせんよ。いいか、その眼を人前では絶対に開くな?
いいか、忘れるな。お前がするべきことは一つ。
決して、決して、忘れるな。
私が求める最高の存在になれ」
そう言って「誰か」は頭に触れる。
「ぐっっ!」
新たな痛みが生じる。
頭に直接、何かを流し込まれた。
データのようなもの。
情報。
何かを戒めるような感じがした。
痛い。
でも大丈夫だ。
このくらいなら耐えられる。
「眼を開けろ」
わけが分からないまま眼を開ける。
何でもいいから早くこの痛みから解放されたかった。
人の輪郭が見える。
「誰か」をもっとつかもうと眼を凝らす。
すると、いままで見ていた黒色が、黒い線や点が集まっているように見えた。
頭の知識で、アニメなどで出てくるデータの集合体のようだと思った。
「そうだ、それでいい。
そこで私に見える点を衝け。
そしてこの感覚を覚えておけ」
迷わず、手を突き出して点を衝く。
手で衝いても普通はおきないことが起きた。
ーーーずぷり
手が沈む。
肉を触っているという感覚ではない。
もっと別の、自分に似た何かのようなーーー
「よし、、それで、だい、いち、段階だ、」
明らかに先ほどとは違う、呻くような「誰か」の声がする。
視界に入っていた「誰か」の輪郭がぶれ始める。
しだいに色が薄くなる。
濃淡でしか判断できない自分の視界から「誰か」が消えていく。
「忘れるな、、その、かん、かくを・・。
それ、が、モノを、殺す、、という、ことだ」
気づかぬうちに痛みがひいている。
そんなことも気づかずに彼は今の行為に何かを感じていた。
どこか、自分が求めるものと正反対のような。
それでも脳がそれを正しいと認識した。
自分というより何かの意志が尊重されたように感じた。
ーーー殺す
初めて彼が「死」を体験した瞬間だった。