―――かちゃり。
時計の短針は11を回った。
約束の期限までもうすぐ。
寝かされていた私はゆっくりと体を起こす。
作り物の腕は小さく軋んだ。
まるで花のようだとよく言われた。
彼からも、みんなからも。
儚げに見える、と。
白い花弁のような肌に、茎のように簡単に折れてしまいそうな四肢。
それでも私は誰よりも生きることが出来る。
死ぬことが出来ないように作られた。
誰かの死を経験したのは一度だけ、それでもこれからも続いていく。
そう思っていた、彼が来るまで。
一目で処刑人だと分かった。
どこからか仲間の誰かは私に教えてくれたし、私も対峙すると同類だと分かった。
何より、あの男に似ていた。
顔も、声も。
それでも、彼は持っていた。
死ねない体を持ちながら死んでいく心を持った私と対のように。
知らない間に描けていた溝に入っていった。
準備は別に何もしなくても良いだろう。
彼は私の事をすぐに忘れてくれるはずだ。
馬鹿は馬鹿らしく、無様に死にに行こうではないか。
彼を守れるならば、今まで傷付けた償いになるかもしれない。
少しだけそれが嬉しかった。
着物は歩くのに邪魔だったのでそのまま置いていくことにした。
彼に買って貰ったうちのひとつを着て、ホテルを後にする。
見納めだと思うと少しだけ寂しくなった。
歩くコンクリートの感触も覚えておこう。
森への入り口は簡単に辿り着いた。
二度も行けば覚えてしまうものだ。
入口の逆方向には活気にあふれてはいないが、明かりはついた商店街が見える。
その近くには初めて待ち合わせた桜の木。
住宅街にも私の知り合いは山ほど居た。
このまま行っていいのかと悩むが、別にみんなも勝手に忘れるだろう。
知らない、どうせ誰も私を忘れてくれる。
消えてくれる、消してくれる。
彼との思い出も、無意味だった人生も。
歩き始める。
断ち切ったものは重かったけど、軽くなった分いいだろう。
予想以上に時間はかかっている。
急がなければ彼が殺される。
息が荒くなる。
走り出す。
月の光のみに照らされた先には変わらない血の海。
別段何も思わない自分に笑ってしまった。
こうまで狂ったか、やはり私はバケモノだ。
「ふ、ふふ…」
彼は何をしているだろうか。
女を探しているのだろうか、ただただ遊んでいるのだろうか。
ホテルに戻って私が居ないことを知ったら探してはくれるだろうか。
どうだろうか。
知ったことではないが、期待して良いことでは無い。
「何がそんなに可笑しいの?」
前方にはあの女。
私を殺してくれるのだろう。
武器などは持ってはいないが、膨大な存在感からきっとそのはずだ。
殺してくれるのならだれでも良い。
誰じゃ無くて、犬でも、鳥でも、魚でも、虫でも、なんでもいい。
早く私を殺してください。
―――あぁ、でも、出来ればヒガンに殺されたかった
望んではいけないけれど、願ってはいけないけれど。
消せない想い。
好きです。好きです。好きです。
繰り返す三度、重ねて彼への思いを綴る。
愛してはいけないけれど、愛さざるを得ない。
こんなにも好きだから。
「別に何でもありません、早くお願いします」
貴方が欲しい。
命に代えても、貴方が好きだ。
だから私は此処に居る。
貴方のために、私は死のう。
狂っていると思われても良い。
私はとうに狂っている。
狂気の波紋はどこから広がったのか、この心なのか。
作り物の化け物どうしなら、互いに狂っているのなら、度を超えた愛を語りましょう。
二人だけで認められる人でありましょう。
女の手が私に触れる。
その間に様々な言葉を言われた気がする。
罵倒であったのか、世間話だったのか、同情だったのか。
聞えていなかったし、聞く気も無かった。
どれだけの時間が過ぎたか分からないが、その間に彼に愛を誓いすぎた。
もう十分だ、早く殺してください。
ゆっくりとゆっくりと、首にのびていく女の手。
細い指は、肌は私に似ていた。
自分に殺されるのも面白い。
なかなか劇的だろう。
恐怖劇ではありがちな話だ。
開き、掴む。
二度と離さない、私が死ぬまで握り続ける。
地面に組み敷かれ、馬乗りになり骨が軋む音がする。
ありがとう、世界。
もうじき貴方に別れを告げます。
さよなら人生。
生まれ変わったら、何にもなりたくありません。
最後に、やっぱりあなたに愛を。
幸福を、生を、あなたが生きていてよかったと思えるように。
さようなr―――
黒い瞳が見えた。
残念ながら、もうしばらく私は生きることになってしまった。