下ろされた刀は、俺の左腕を根元から奪っていった。
噴水とは言えなくても夥しい量の血が身体から抜けていく。
抜ける血を知覚しながらも、直ぐにやって来る激痛に備えた。
「ぐ、う、、あ、がああああああああああ」
内部的な痛みとはまた違った方向からの痛み。
意識が飛びそうでも、元に戻される。
耐えることしか許してくれない。
強靭過ぎる生命力のせいか、まだ生きたいと思っているのか。
余計な思考が根こそぎ左に持っていかれる。
「う、ふふ、はははは、
血を浴びたシランは二重の音を吐き散らしながら、胸ぐらをつかんで俺を投げ飛ばす。
そこに在る筈の腕が、地面に落ちたまま引き離される。
二回・三回とバウンドして下半身から肉片をまき散らしながら進むと、悲鳴が聞こえる。
「っ・・・ヒガンっ!!」
うめき声をあげながら、見上げると愛しい彼女。
初めの場所に戻り、醜態を晒す。
内部の見える肩を無視して、彼女は両肩をゆする。
食い込んだ指で、さらなる激痛が引き起こされる。
下半身は既に千切れきっており、腰から下は無くなっている。
もって十数分だろう。
いかに強靭に作られた俺も、ベースは人間。
これほどの怪我をどうすることも俺には出来ない。
初歩的な回復魔術は仕えたが、これほどの呪詛に染まったものを解呪することは簡単には出来ないしさせてはくれないだろう。
シランの地を踏む音にびくりとしながら、傍らの少女は俺の前に出る。
両手を広げて、涙を流して、全身震えている。
「お、ねがい、します・・・」
ぴたりとやんだ草を踏む音。
代わりに息を呑む音。
「ひが、ヒガンだけ、は、助けて下さいっ!」
私はどうなっても良い、と続ける。
朦朧とする意識で、それもいいかなと思うことは無かった。
「彼は、勝手に来た、だけなんです、だからっ」
「わたしは、きちんと、きた、ではありませんか!?」
何か言わなければいけないのに、喉は鳴らない。
血が絡みついて動かないし、咳をする力も沸いては来ない。
「私は、死にに来ました。貴方に言われた通り、一人で、誰にも言わず。怖くて、怖くて何度も、逃げ出したくなって、それでもヒガンが、ヒガンっ!!」
「彼が、好きなんです。好きで、好きで・・・、それしか考えられないっ!!
あの人が好きだったなら、分かるでしょうっ!?」
悲痛に訴えるも、女は笑みを崩す。
代わりに浮かぶのは鬼のような怒り。
表せない。
俺はこれまででこれほど怒り狂う顔を見たことが無い。
これほどまで盲信的な存在を知りはしない。
「私から、あの人を奪っておいて・・・、面白いことを言うのね。あの人が死んだのは貴方たちのせい。私を狂わせたのも貴方たち。
「全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部!!!!!」
「ねえ、教えてヨシノさん。愛する人を失うってどういうもの?」
―――魂が結合する痛みを知ってる?
―――死ねないってどんな気持ち?
ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ
溢れ返る声、声、声。
あはは、と笑う声。
痛い、と泣く声。
嬉しい、と喜ぶ声。
終わらせてくれ、と苦しむ声。
「そうだ、やっぱりお前は殺さない。絶対に殺さない。泣いて、叫んでも、聴いてやらない。そうだ、そうしよう。不死性が消えてもお前は簡単には死なない。だから腕と足を切断してお揃いにしてやるよ。汚ならしく豚のように這いつくばって
さぁ、さぁ、と囃す声が聞こえる。
きひひ、と意識を持っていかれる。
「あ、あぁ、そんな、うそ、ごめんなさい、」
さぁ、とヨシノの腕を掴む。
俺の身体は動かない。
スローモーションのようにヨシノの腕が動き始める。
ゆらりゆらり、弧をなして彼女に迫る。
これを見過ごすと、ヨシノの綺麗な腕は無くなる。
俺と同じように消えてなくなる。
お揃いだ、お揃いだろう、と妖しい瞳は告げてくる。
ふざけるな、と喋る喉すら機能しない。
身体は疲れてはいないのに、なにもしてはくれない。
痛さはもう慣れたのに、動かない。
彼女が解体されるのを待つだけ。
許すか、それを。
許されるか、それは。
どうしようもない、身体は動かないし、動いたとしても魔眼が無ければ不死性が備わっている彼女にはどうすることも無い。
それどころか身体は死に向かっていく。
どうせこのまま死ぬだけの人生だ、それで良いだろう。
どうしようも出来ないなら足掻いたって仕様が無い。
ここに隕石が降ってくるわけでも無いし、そうだとしても彼女は死なないだろう。
死なず、強く、賢く、現状で彼女は知っている限り最強だ。
俺は何も出来はしない。
「―――、―――!」
あぁ、悲鳴が聞こえる。
美しい、君は叫び声でも綺麗なんだね。
生にあふれた声だ。
君は地獄に行くときに何に縋るんだい?
「ヒーー!!」
それでも聞き取れない。
君の声を聞いて僕は死にたいんだ。
聞かせてくれ、君は何を叫ぶ。
疲れ切ったように抜けていく力。
涙を一筋垂らして彼女は呟く。
「・・・愛しているわ、ヒガン」
あぁ、なんだやっぱり君は俺しか眼中にないのか。
なんだ、狂人じゃないか、絶望の間際に、好きだなんて。
狂っている、イカれている、どこまで俺が好きなんだよ。
本当に狂っている。
こんな言葉だけで何かをしようという気になれるのは俺くらいだ。
愛しているって?
ふざけるな、覚悟なんて根こそぎ砕け散った。
俺も愛してる。
言えないまま死ぬわけにはいかない。
男だろう、覚悟しろよ。
身体が死に染まる。
どうしようもなく溢れる死が視える。
それでも、怖いものではない。
俺の起源はもともと同種だ。
俺自身が死で、死は俺自身。
世界に死は満ちている。
見過ごせない程に在ったのは、俺自身が最初から知っていたことだ。
鉱石にも、木にも、肉にも、心にも、魂にも、俺自身にも。
今すぐ、こいつを殺したい。
邪魔なんだよ、消えてなくなれ、お前はあの時死んでおくべきだった。
あいつが消える時に死んでおくべきだった。
お前を愛してくれる人間はこの世にはもういない。
俺の同情はあいつのもの。
だからあいつの意識が在る時に―――
「お前は、死んでおくべきだったッッ!!!!!!!!」
だから、今から使うのは、命に使うべきものでは無い。
生きてきた証を奪う。
絶対的で、強制的な死。
―――体が、邪魔だな
全て理解した。
通常の魔眼とは明らかにかけ離れた、線と点。
俺は初めから、魔眼なんか持ってはいなかった。
持っていたのは、俺自身が死であるということ。
死なんか理解しちゃいない。
俺は生きるように死ぬんだ。
残った右腕を振りあげ、ナイフを一気に心臓に突き差し、回転させる。
迷いも何も無い。
ヨシノにこの想いを伝えること。
お前を殺したいと思っていること。
ありがとう、今まで俺なんかのために付き合ってくれて。
何度も酷使し、傷付けた。
お前のおかげで、俺は歩けたし、恋も出来たし、ヨシノと触れ合えた。
息も吸えたし、生きたいって初めて思えた。
お前が今まで俺を死にしないでくれていた。
ありがとう。
肉体から、魂が抜け出る。
かろうじて残った精神で、伝わる筈の無い言葉を紡ぐ。
「終わりだ、
封印されていた死が、本来の形に戻る。
元々、死であった俺に身体は、余計な歪を作るだけだった。
余計な生を排除する為に、俺自身で、俺を殺した。
そうして、
「ぁ、な、なんなんだ、何なんだよッッ!!!!」
俺を防ごうと様々を行うシランだが、止まりはしない。
そもそも、見ているものが違う。
無駄だ、存在する時点で、
体に、手を伸ばす。
手と呼べるのかは分からない。
俺は生物では無いから。
人では無いから。
触れれば、終わる。
そして、概念として俺に触れられない物は存在しない。
―――教えてやる、これが死というものだ
シランの花言葉は「あなたを忘れない」
君が、あいつを忘れられればこんな結末は無かったのかもしれない。
君が、こんな人間とあいつに思われなかったらもっと全うに死ねたのかもしれない。
それでも、あいつは忘れていなかったよ。
死んでも、君が好きだった。
君もそうなんだろ。
まともに合えたら君のような人は好きだったかもしれない。
いつかまた、彼と巡り合って幸せになって欲しい。
―――愛しているよ、紫蘭
きみに「変わらぬ愛」を