結、その一
「あ、はは、あっひゃ。私が消える。消え、きひひひヒヒヒヒヒ、やっと」
シランが消えていく。肉体にも、精神にも、魂にも働きかける絶対の死。
それはつまり彼女の痕跡をこの世に残すことが出来ないということ。
分かっていたが、これはこの世のものに使うべき力じゃなかった。
あいつにも、あいつらにも、俺はまっとうな終わりを与えてやれなかった。
この眼で捉えて、なぞるように重みを知らないまま無慈悲に執行した。
物質への、生命への、侮辱。きっと無念だっただろう。
よくも知らない奴に簡単に殺されて。
こいつは死ぬ瞬間は幸せなのだろうか。未だに苦しみにもがき叫びをあげる。
どうすることも出来なくて、その死を振り下ろした。
霧散していくシランに涙が浮かんだ。一言ありがとうと、告げる魂の音を彼女は聞き取っただろうか。終わりは安らげに。笑顔で彼女は同じように一言。
「ありがとうございます」
先に行って待ってくれ。俺も多分すぐ行くだろう。
どうせこの身は限界だ。魂は肉体から離反し、すでに根源へと帰ろうとしている。なにより俺自身はもう既に死んでいる。
消えていったシランを見届けて、後ろを振り返る。
このまま俺も行かなくちゃいけないから。
だから、さよならをしよう、ヨシノ。
「ヒガン・・・っ!」
その一言だけで周りには音は響かない。
静寂が彼女と俺の亡骸を包む。
俺が見えないのかい。そうだろうね。君に霊視は備わってないはず。語りかけることも胸が苦しくて耐えられそうにない。寂しいよ。痛いよ。
どうしてこの胸は君に会えないって思うと痛くなったの。
どうして知ってるはずの気持ちを俺は伝えられないんだい。
君は何度も何度も、叫んでいたよ。君に返してあげたいのに声が出ないんだ。
君の耳に響く音を出せないんだ。
どうしてこんなにも俺たちは交わらない。
これほど劇的なら奇跡だって起きても良いじゃないか。
最後にキスなんかして、そうやって別れれるなら今すぐに諦める。
でもそんなこと出来ない。
これは現実だ。お伽噺なんかじゃない。
それでも、せめて一言だけ。
一言、君に―――
「ヨシノ・・・!」
その時起きたことが奇跡では無いのなら神は万能にもほどがある。
厳密には神では無く、うしろで起動した気がして消えた魔術回路が美しく見えた。
それでも俺の届かない声に、もう一度だけ。
「ヒガン・・・?」
涙は出なかった。もう既に溢れてしまっていたから新しいものが分からなかった。
誰に感謝すればいいのだろう。君にか。神か。
混雑した思考の中に、彼女の声だけが澄んで入ってきた。
それだけで突き動かされた俺の衝動は一つだけ。
抱き締めたいというものを押し殺し、
「俺が見えるかい、聞こえるかい?」
弱々しく確認を取る。
これで彼女に聞こえていなかったら恥ずかしくて死んでしまいたくなるだろう。
実際死んでいるのではあるのだが。
此処で終わって欲しくない。
まだいっぱいある。山ほどある。数えきれないほどある。
全部は伝えられないけど、いくつも織り交ぜるから。
「聞えます・・・っ。聞こえてます、見えてます。変わらないあなたの顔。愛おしいその顔。まだ逝ってしまわないで、伝えたい事がいっぱいあるんです」
あぁ、嬉しい。嬉しくて嬉しくて、今なら時間すら超えてしまいそうだ。
それでもごめん、ヨシノ。
俺にもいっぱいあるんだ。
「うん。俺も君が見える。君の気持ちが分かる。分かってる。伝えたい」
二人一緒に喋ってたら時間が足りないだろう。
君はさっきから何度も言ってるじゃないか。
だから今度は俺の番だ。
どうか、聞いておくれ。誰かに想いを伝えるのは初めてなんだ。
きっと世の男女はこんな状況で伝えあわないんだろうけど。
君の気持ちは知ってるけど、保険の為、笑わないで聞いておくれ。
「君が好きだ、ヨシノ」
芯を通して口にする。
揺らがないって決めたんだ。
君も感じていたのなら勘違いじゃない。これは恥ずかしいことじゃ無い。
人であるんだと思えるから。
「君は真っ白だ。俺が触れたら溶けてしまう雪のようだ。花のようでもある。例える物はいっぱいある。俺はあんまり比喩は得意じゃないんだ。あんまり伝わってないと思う」
「それでもこれだけは見て欲しい。君が好きだ。好きで好きで心が壊れそうだった。触ったら死んでしまうと分かってる今でも、君に触れたくて触って欲しくてたまらない」
「俺はもう逝く。だからどうか忘れておくれ。永遠が欲しかったけど、俺はもう永遠じゃないんだ。だから、どうか―――」
君の幸せを願うんだ。分かってくれるか。
そうはいかないだろう。ナルシストのように彼女がどれほど俺を好いていてくれるのかは痛いほど分かっていた。
だから、君の次の言葉は否定のものだろうね。
「分かりませんよ・・・。私も好き。欲しくてたまらなかったものが此処にある。あなたはやっと掴んだものを離せと言うのですか?」
「あぁ、言うよ。君はこれから人として生きていくんだ。だから忘れて欲しい」
これでも動かないだろう。
出来ることなら君を連れていきたい。
生きながらえたい。
それでも身体は死んでいくし、きみをこんな力で消したくは無い。
ナイフを走らせ君の感触を刻み込みたい。
それでもできないんだ。
この腕は、足は、指はナイフを掴めない。
己の幸せも捨てて逝こうとしているんだ、折れてくれよ。
「それでも嫌です。どのみち私は一生死ぬことはできません。今あなたに殺されたくはありませんし、あなたと離れ離れになるのも嫌です」
「一生私は貴方を忘れない」
「文句が在るのなら、生まれ変わって私を殺してください」
覚悟のこもった眼でこちらを笑う彼女は妖美だった。
揺るぎない意志は無くなった触覚を刺激したように肌を撫でた。
どうせ、魅了された一人だ。
最後まで付き合おう。
「分かったよ。責任、とるんだもんな」
「はい、まだ取って貰った覚えありません」
そうか、ならこのまま行ける。
いつか俺が、人になって忘れていても変わらず。
一生を君の傍に捧げよう。
もう、何も恐くない。
綺麗な身体と心を持っていつか君に会いに行こう。
「きっと君を殺しにいく」
「あなたが私を殺してくれるのなら、私があなたを殺しましょう」
混ざり合っていく。
心が一つになっていく。もう一人じゃない。
僕は生きていた。
溶けだす魂は終わりを告げている。
もう時間が無いようだ。
「あなたが私に償いをするまで、それまでずっと」
「あなたを、
「あぁ、さよならだ。君を―――愛している」
虚空へと落ちて行くこの身はきっと恐くない。
きっと寒くない。
ありがとう、全ての事象に。
散って舞う分子は名を表す桜のように君に降りかかればいい。
そうして俺は俺じゃ無くなった。
僕も僕じゃ無くなり、この魂は一つの海に溶けて行った。
「また会う日を楽しみに」 「想うはあなた一人」
「再開」を約束して、またねヨシノ。
君に恋をして本当に良かった。
いちおうこれで終わりですが、もう少し書こうと思います。
よかったら後日どうぞ。