栄光の影に隠れた涙   作:こーたろ

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最終R ユメノトビラは誰が為に

 

 そのウマ娘には、夢があった。

 

 たくさんの観客が集まるステージで、最高のウイニングライブをするという夢が。

 

 

 たくさんのウマ娘たちが夢を追ってレースに挑み続け、数々の夢へと邁進する。

 

 中には、挫折や怪我で、志半ばでターフを去る者もいる。いや、数で言えば圧倒的に諦めてしまうことの方が多い。

 

 このウマ娘も、挫折を経験して、一度は夢を諦めかけた。もうレースには出れないと、そう思った。

 

 もう一度レースに出て、ウイニングライブに出ることなど、それこそ奇跡でもない限り不可能だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、誰かが言った。

 

 

 

 

 “奇跡は起きる。それを望み、奮起する者のために。必ず、きっと。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ウマ娘 プリティダービー 栄光の影に隠れた涙』  最終R ユメノトビラは誰が為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有馬記念。

 年末の中山競バ場で行われるGⅠレース。

 

 今年を彩った数々のウマ娘たちが出走するこのレースは、言わずもがな、世間からの注目度が高い。

 立ち並ぶビルには数々の広告が映し出され、世間ではどのウマ娘が勝つかを口々に予想する。

 

 年末の浮ついた空気は、有馬記念を盛り上げるのに一役買っていたのだ。

 

 

 

 

 

 12月22日。

 

 寒空が広がるものの、気候には恵まれた中山競バ場。

 もう間もなく始まる有馬記念を前に、会場の熱気はまさに最高潮へと達していた。

 

 ウマ娘たちが観客にその姿を見せるパドック。

 そこに現れた一人のウマ娘の登場により、会場の興奮は更に押し上げられる。

 

 

 

 『さあ、お待たせしました!この有馬記念の大本命!メジロマックイーンです!』

 

 

 しなやかな銀髪をなびかせる少女が、身にまとっていたジャージの上着を脱ぎ捨てる。

 黒を基調にしたドレス姿のような勝負服が、彼女の高貴な雰囲気をより一層際立てていた。

 

 

 

 「マックイーン!!!」

 

 「マックイーン頼むぞ~!!!」

 

 「メジロマックイーンさーん!!」

 

 

 今日一番の大歓声が巻き起こる。

 その歓声を受けても全く動じることなく、マックイーンは片手を挙げて歓声にこたえて見せた。

 

 貫禄すら感じるその立ち振る舞い。

 一番人気に推した観客たちも、普段以上に凄みを感じるマックイーンの姿を見て、自分の判断は間違っていなかったとこの段階で感じたことだろう。

 

 

 『さあ1番人気のメジロマックイーン、普段と変わらず落ち着いているように見えますね!』

 

 『そうですね。気合十分といったところでしょうか』

 

 

 

 15人のウマ娘達で行われる有馬記念。

 1番人気はもちろんメジロマックイーン。そしてその次の2番人気に推されたのは、最近好調をキープしているナイスネイチャだった。

  

 とはいえ、1番人気と2番人気の差は歴然。

 圧倒的多数が、メジロマックイーンの勝利を信じて疑っていないことは、間違いなかった。

 

 

 全員がパドックでのお披露目を終え、ウォーミングアップをしながらゲート前へと向かう。

 

 マックイーンと同じ、銀髪を持つ一人のウマ娘が、ゆっくりと深呼吸をしながら歩いていた。

 

 

 (大丈夫……状態は最高。私の全部を、このレースにぶつけるんだ)

 

 震える太ももを自らの手でポンポンと叩きながら、息を吐く。

 緊張はある。しかしそれも、適度な緊張。大一番の勝負前ということを考えれば、決して悪いことではない。

 

 そんなプレクラスニーの横を、ものすごい勢いで1人のウマ娘が駆け抜けていった。

 

 

 「わーーいわーーーい!!ターボが一番なんだからー!!!!」

 

 「……ターボちゃん?!」

 

 全速力でゲートへと駆けていくツインターボ。

 いつのまにかレースが始まっていたのかと幻視するほどに加速したツインターボを呼び止めようとするが、悲しいかなクラスニーの声はツインターボに届かない。

 

 すっかり有馬記念の舞台に興奮しているツインターボが空回りしないか、クラスニーは心配だった。

 

 

 「まったくもう……ターボはレース前に体力無くなっちゃいそうな勢いね~」

 

 「……ネイチャ」

 

 「おいっす~。ついに来ちゃったね」

 

 後ろから歩いてきたのは、緑と赤の特徴的な勝負服が似合う、ナイスネイチャ。

 

 

 「まさか私が2番人気とは……お客さんも見る目ないね~。ま、マックイーンが圧倒的なんだし、あんまり関係ないか?」

 

 「ふふふ、そんなことないよ。ネイチャが今年頑張ってきた何よりの証拠じゃない」

 

 「お、レース前におだてて動揺を誘おうったってそうはいかないぞ~?」

 

 あくまでいつも通りに。

 2人が二人三脚で目指してきたこの有馬記念のレース前であっても……いや、だからこそ、2人はいつもの調子を崩さない。

 それが一番、自分たちらしく戦えると分かっているから。

 

 

 「ク~ラちゃん!今日はよろ~!」

 

 「ヘリちゃん!……うん、よろしくね!」

 

 そんな2人の元にやってきたのはダイタクヘリオス。

 彼女は少し奇抜な青いジャケットの勝負服に袖を通して、この中山競バ場のターフに姿を現した。

 

 

 「今日はウチがぜんっりょくで逃げまくるから、頑張って追い付いてきてね?」

 

 「ちょ~っと待ったあ~!!逃げるのはターボの役目だぞ!!ターボより前を走ることは許さないんだから!!」

 

 ヘリオスの『逃げ宣言』に、いつの間にやら戻ってきていたツインターボが噛みつく。

 ツインターボも『逃げ』を信条にしているウマ娘。ヘリオスの『逃げ宣言』はターボにとっていわば宣戦布告のようなものだった。

 

 

 「お~?!じゃあ逃げパーティしちゃう?やっちゃう?もう皆でノリノリで逃げちゃう?」

 

 「皆で逃げるのか?!それも面白いぞ!!」

 

 「いや、もうそれ逃げじゃないでしょ……」

 

 やれやれといった表情で頭に手を当てるナイスネイチャ。

 逃げウマ娘は若干頭がおかしいのかと本気で悩むネイチャだった。

 

 

 そんな賑やかな面々の中に、凛とした声音が響く。

 

 

 「クラスニー。ごきげんよう」

 

 「……!……マックイーン……!」

 

 それはまさしく、王者の風格と呼ぶにふさわしい姿だった。

 

 闘志みなぎる表情で歩いてきたのは、長距離の覇者メジロマックイーン。

 その瞳は、真っすぐにプレクラスニーを捉えている。

 

 

 「わたくしはこの時を……この瞬間を待ち望んでいました。あなたともう一度……もう一度走れるこの瞬間を……!」

 

 「私もだよ、マックイーン」

 

 かみしめるように、メジロマックイーンが拳を握りしめる。

 思い返すのは、あの悪夢の天皇賞。

 

 大雨に打たれながら、2人の葦毛の少女は、ただただ電光掲示板を見つめることしかできなかった。

 

 残酷な運命が、2人の間を切り裂いた。

 

 しかし、今こうしてもう一度、GⅠの舞台で2人は相まみえている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『わたくしと、もう一度……もう一度走ってはくれませんか……!』

 

 『……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絞り出すように、胸の痛みを抑えつけるように、必死な表情で訴えかけてくれたメジロマックイーンの姿は、今も尚、プレクラスニーの心を焼いている。

 

 この瞬間のために努力を重ねてきたのは、メジロマックイーンもプレクラスニーも同じ。

 

 

  

 

 「全力で勝負しよう、マックイーン」

 

 「……!ええ。負けませんわよ……!」

 

 

 固い握手を交わす、メジロマックイーンとプレクラスニー。

 その姿に、会場からも大きな歓声が上がった。

 

 観客も理解したのだ。

 あの天皇賞を乗り越え、2人は、ライバルとして今一度向き合ったこと。

 

 もうこの会場に、プレクラスニーを非難する声はない。

 

 

 

 

 

 「盛り上がっとるな」

 

 

 そんな時だった。

 一人のウマ娘が、その集まりの輪に入ってくる。

 

 少し派手めな黒と赤のドレス。スカートには眩しいほどのイエローカラー。

 

 

 「でもな、この有馬記念を制するんは……ウチや」

 

 突然現れたそのウマ娘は、白いオーラのようなものを纏い、鬼気迫る表情で全員を見渡していた。

 

 

 誰もがその姿に息を呑む……こともなかった。

 

 

 「え~と……どちら様ですの?」

 

 「な……ッ!ウチの名はダイサンゲン!この有馬記念を制するウマ娘の名や!」

 

 

 ババーン!と効果音がつきそうなほどに、大きく胸を張るダイサンゲン。

 自信に満ち溢れたその表情は、なるほどだしかに勝ちを確信している者のように感じられなくもない。

 

 しかしその派手すぎる登場に、一同は若干引き気味でダイサンゲンを見つめていた。

 

 そしてその沈黙を破ったのは、意外にもツインターボ。

 

 

 「ショ、ショウサンゲンだとお?!」

 

 「ダイサンゲンや!小さくすな!」

 

 そしてツインターボのこのツッコミを皮切りに、それぞれが口を開く。

 

 

 「なんですの?せいぜい役牌3つ鳴いただけでできるお手軽役満みたいな名前してますわね」

 

 「ぐう?!」

 

 マックイーンから手厳しい一言。

 

 

 「確かショウサンゲンだと一気に点数落ちる悲しい役だったような……」

 

 「おぼお?!」

 

 クラスニーからの辛辣な一言に加え。

 

 

 「ってかもうちょい強い名前あったよね?コクシムソウ!とかだったらすごい強そうじゃない?」

 

 「ぷぺっ?!」

 

 ナイスネイチャのアッパーが綺麗に決まり、無事ダイサンゲンはその場に倒れた。

 

 力なく横たわるダイサンゲン。

 

 

 ややあって、よろよろとダイサンゲンが立ち上がった、

 

 

 「お……覚えてろ~!!!!」

 

 お決まりの捨て台詞を残して、涙を流しながらゲートに向かうダイサンゲン。

 その後ろ姿に先ほどまでの覇気のような白いオーラは感じられず、むしろ哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ、お待たせしました!!有馬記念のファンファーレです!』

 

 

 どこまでも響いていきそうなトランペットの音色が、中山競バ場にこだまする。

 15人のウマ娘がゲート前に出そろった。

 

 クラスニーが目を閉じて精神を集中する。

 この瞬間のために、クラスニーは努力を続けてきた。

 

 もう一度立ち上がらせてくれた皆のため。

 この有馬記念を最高のレースにしたい。

 

 

 「じゃ、いっちょやったりますか~」

 

 「……ネイチャ、ありがとね」

 

 右隣には、いつも共にトレーニングを積み重ねてきたナイスネイチャの姿。

 このプレクラスニーにとってあまりにも大きすぎるレースで、隣にいるのがナイスネイチャということに、クラスニーは運命的なものを感じずにはいられない。

 

 この親友には、返しきれないほどの恩を受けている。

 だから今日クラスニーにできることは、全力の自分を見せること。

 

 

 「感謝されるようなことしてないよ~っての……ま、走るからには私だって負けないよ?」

 

 「ふふふ……!そうだね、頑張ろう!」

 

 ファンファーレが鳴りやみ、ネイチャとクラスニーが同時に、ゲートへと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 クラスニーはこの瞬間が好きだった。

 ファンファーレが鳴りやみ、ゲートが開くまでのこの静寂。

 

 まさに今、レースが始まるんだという高揚感を与えてくれる。

 

 

 この一瞬で、クラスニーはこの数か月の記憶を思い出していた。

 

 

 (もう一度この舞台に立てたこと。本当に感謝してる。だから今日は、最高の自分を皆に見せるんだ!!)

 

 開かれたクラスニーの瞳に、炎が宿っている。

 

 もう迷いは断ち切った。

 

 

 夢へ……進め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『今ゲートが開きました!!!各ウマ娘揃ったスタート!そしてやはり最初にハナを握るのは……!』

 

 『ツインターボが、す~っと前に出てきましたよ!』

 

 

 大歓声に後押しされて、ゲートが一斉に開く。

 飛び出した15人のウマ娘が横並びになり、各々がスタート後の位置取りを決めていく。

 

 

 

 「いっくぞ~!!!!」

 

 「アゲアゲでゴーゴー!!!」

 

 2人のウマ娘が、集団を抜け出して前へと向かう。

 

 レース前に逃げ宣言をしていたツインターボとダイタクヘリオスだった。

 

 

 『さあやはり先頭はこの2人!ツインターボは今日もターボエンジン全開で先頭に立ちます!それに並ぶようにダイタクヘリオス!!2人の逃げウマ娘がこのレースの展開を作っていくことになるのでしょうか!!』

 

 

 「逃げ」は勝ちの定石ではない。

 他のウマ娘に邪魔をされない「逃げ」という戦法は確かに強いが、体力を温存できないが故に、レース後半で脚を残していた後方のウマ娘に差し切られてしまうことが多いからだ。

 

 しかしそれでも、この2人は「逃げ」を使う。

 多くの観客もそれが分かっていたから、この展開は想定通りかと思われた。

 

 

 しかし。

 

 

 『いや……2人じゃありませんよ……!』

 

 解説の細江さんが異変に気付く。

 逃げているのは2人だけではない。

 

 観客も、その姿に気付いてどよめく。

 

 ツインターボとヘリオスの丁度真後ろ。

 

 3番手につけて逃げる2人を追ったのは……葦毛のウマ娘。

 

 

 「来たねクラスニー!!ターボについてこーい!!!」

 

 「マジ?!クラちゃんウチと逃げちゃう感じ?!いいよいいよ!さいっっこうじゃん!!」

 

 

 プレクラスニーだった。

 瞳に炎を宿したクラスニーが、ターボの後ろ、ヘリオスの横でレースを展開する。

 

 銀髪の少女が、静かに中山競バ場のコースを駆け抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 『プレクラスニー!!プレクラスニーが逃げる2人についていっているぞ?!これは作戦なのか?!先頭集団は3人だ!』

 

 『プレクラスニーは比較的前の方でレースすることが多いですが……逃げる2人についていくというのは意外でしたね!』

 

 『さあまずは第四コーナーを回ってスタンド前に出てきます!大歓声が15人のウマ娘達を後押しします!先頭はツインターボ!その後続いてダイタクヘリオスとプレクラスニーです!』

 

 

 大歓声のスタンド前を15人のウマ娘たちが通過していく。

 変わらず先頭集団はターボ、クラスニー、ヘリオスの3人。

 

 

 『中団にこちらも大注目メジロマックイーンがいます!!そしてその後ろ、マックイーンを見るようにナイスネイチャも控えているぞ!』

 

 『ナイスネイチャはメジロマックイーンをマークしてますね!ここから最後までついていけるか注目です!』

 

 

 中団の後方、静かに脚を溜めるマックイーンは、後ろにナイスネイチャがいることを理解していた。

 

 

 (ナイスネイチャさん……わたくしについてこれますか?)

 

 (そりゃ、マックイーンみたいなキラキラしてるウマ娘に、私が何回も勝てるなんて思ってませんよ……でも、今日は、今日だけは。まぐれでもなんでもいい。勝たせてもらうから……!)

 

 

 ぴったりと後ろについたナイスネイチャ。

 

 前方集団にクラスニーがついていったのは見ている。

 勝負は後半。

 スパートをかけるマックイーンに食らいつく覚悟が、今のネイチャにはあった。

 

 

 

 『さあレースは向こう正面に入ります!!ツインターボのリードは5バ身ほど!これはどうなんでしょうか!』

 

 『もう少し離さないと厳しいかもしれませんね。しかし後ろもかなりのハイペース。ここからどうなるか、まったくわかりませんよ!』

 

 ツインターボがとにかく逃げる。

 青いツインテールを激しく揺らして、懸命に腕を振ってツインターボが先頭を走っていた。

 

 

 「どりゃああああああああああ!!!!」

 

 「マジテンアゲしてきたああ!!!いくよクラちゃん!!ウチのマジ走り!!」

 

 「……!」

 

 

 全力で先頭を走るツインターボに、ダイタクヘリオスとその横に並んだクラスニーが迫る。

 ジリジリと差を詰めていき……それにつれてツインターボのリードはみるみるうちに減っていった。

 

 

 『さあ最終コーナー手前!!ついにツインターボのリードは半バ身になった!プレクラスニーダイタクヘリオスと並んで行って3コーナーカーブしていきます!』

 

 先頭で走り続けていたツインターボを、ついにヘリオスとクラスニーが捉える。

 最終コーナーを曲がるタイミングで、ついにクラスニーとターボが並んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「はあ、はあ、諦めない……!ターボ諦めないんだからあああああああ!!!!」

 

 「……!ターボちゃん……!」

 

 

 

 

 走り方からしても、ターボの体力が尽きていることは火を見るよりも明らかだった。

 最初のような綺麗なフォームは見る影もなく乱れ、足取りもどこかおぼつかない。

 

 それでもギリギリのところで先頭を譲らない。ターボは意地だけで最終コーナーを曲がろうとしていた。

 

 

 

 

 「ターボも……ターボもカノープスだ……!皆に負けないんだああああ!!!」

 

 「……!!!」

 

 

 

 『ターボエンジンはもう限界か!!最終コーナー曲がって最後の直線に差し掛かるところ!完全にダイタクヘリオスとプレクラスニーに並ばれた!』

 

 『最後の最後まで食らいつく姿勢、素晴らしいですね!』

 

 

 ターボの視界が揺らぐ。

 ついに横に並ばれていた2人に、先頭を譲ることになってしまった。

 

 一瞬で遠のいていくその背中に、ターボが必死で大声を張り叫ぶ。

 

 

 「クラスニイイイイー!!!!」

 

 

 その呼びかけは、いったい何を言いたかったのだろうか。

 

 

 しかし、クラスニーは知っている。

 

 心が折れかけていたあの時、カノープスの部室で健気に待ってくれていたターボの姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『打倒スピカを達成するために!!クラスニーの力はぜったいに必要である!』

 

 

 

 『トウカイテイオーはネイチャが倒す!メジロマックイーンはクラスニーが倒す!他のメンバーは全員ターボが倒す!!ほら!これでスピカ倒せたでしょ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスニーがメジロマックイーンを倒すことを、信じて疑わなかった彼女のことを。

 

 

 

 (……ターボちゃん……!)

 

 

 

 

 バテバテで意識を保つのも難しくなってきたそんな頃合い、ターボの耳に、確かな声が届く。

 

 

 

 

 「勝つから……絶対に!」

 

 

 

 

 

 

 飛ぶような速さで、クラスニーの姿が直線に消えていく。

 

 

 

 

 

 

 あとはクラスニーが勝ってくれるなら、とターボが限界を感じて足を緩めたその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一陣の風が、ターボの横を突き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一瞬で会場が沸騰する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『来たッ!!来たッ!!!来たッ!!!!美しい銀髪をなびかせて今!!!!外から!!外から!!!長距離の覇者がやってきたぞ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴か歓声かもわからない怒号が、会場を揺らす。

 大本命メジロマックイーンが、溜めていた足を開放してやってきたのだ。

 

 あっという間に中団のウマ娘達を取り残すと、先頭のクラスニーとヘリオスに迫る。

 

 

 

 

 『並ぶか!!並んだ並んだ!最終直線でやってきましたメジロマックイーン!!一気に先頭の2人に届いた!!』

 

 

 

 ヘリオスとクラスニーが並ぶその横、メジロマックイーンがやってくる。

 そして一気に置いていかんとするスパート。

 

 ここで置いていかれたら、一気に持っていかれる。

 

 

 

 「マックイーーーン!!!!!」

 

 クラスニーが吠える。

 それだけは許さないとばかりにもう一度スパートをかけたクラスニーが、マックイーンの逃亡に追いすがる。

 

 しかし、そのあまりのハイスピード。

 ここまで先頭を走り続けていたとは思えないほどの加速で。

 

 ここまでついてきていたヘリオスの体力に限界が訪れた。

 

 

 

 「マジハンパねえ~、マックイーン……クラちゃん!後は……あとはまーかせたあああああ!!!!」

 

 「……!ヘリちゃん……!」

 

 

 ヘリオスの姿が遠ざかるのを感じる。

 

 彼女も間違いなく、ライバルだった。お互いで高めあった、同世代のライバル。

 

 そのヘリオスから「任せた」と言われて、クラスニーのギアがもう一段階上がる。

 

 

 

 「はあああああああああ!!!!!」

 

 プレクラスニーが、もう一度前にでた。

 最内を通って先頭に踊り出ると、最後の気力を振り絞って前へと進む。

 

 

 (すさまじい気迫……それでも……わたくしには届きませんわ!!!)

 

 

 

 

 『プレクラスニー先頭!!しかし!!しかしもう一度マックイーン!!凄まじい末脚だマックイーン!!引き離しにかかったプレクラスニーをもう一度捕まえたぞ!!!!』

 

 『恐ろしいですね……!』

 

 

 もう一度マックイーンとクラスニーが並ぶ。

 距離は残り400mを切っている。正真正銘、最後の勝負。

 

  

 しかしクラスニーは気付いていた。

 先ほどの加速で、もう残りの体力はほとんどない事。

 

 この直線勝負で、無尽蔵のスタミナを持つマックイーンとの勝負は、分が悪いということ。

 

 

 (くそっ!くそっ!!進め!!私の足!!!最後なんだ!!ここで勝たなきゃ、いつ勝つんだ!!!)

 

 

 一歩、また一歩マックイーンが前に出る。

 

 その背中が、離れていく。

 

 

 瞬間、クラスニーの脳にあの光景がフラッシュバックした。

 

 

 天皇賞秋、最後の直線で遠ざかっていくマックイーンの背中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『また……また挑んでくださいまし!クラスニー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスニーの意識が、朦朧とし始める。

 

 

 数々の想いが頭をよぎっては、消えていく。

 

 

 

 

 

 

 歯を  食い    しばる。

 

 あの時と  同じ なのか。

 

 あの時と まだ変われ  ないのか。

 

 あの時の  呪縛に まだ  囚われたまま なのか。

 

 

 あの背中を   追わなければ   いけない。

 

 わかって   いるのに   足が   動かない。

 

 涙が   溢れて  風に乗って   消えていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「諦めるな!!!!!クラスニィー!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 「……!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き馴染んだ声が、胸に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『なんとなんと!!!大外からやってきたぞナイスネイチャ!!!最終コーナーで大きく外から回ったナイスネイチャがマックイーンとプレクラスニーに追い付いた!!!』

 

 『信じられません!これは……!!』

 

 

 

 

 

 

 「夢をかなえるんでしょ!!!クラスニー!!!!!」

 

 

 「……ッ!!……あああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 瞳に宿った炎が、もう一度燃え盛る。

 

 動かなかった脚が、もう一度前へと進む。

 

 

 あの時止まった時計が、もう一度動き出したように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『並んだ!!!並んだ!!!プレクラスニーとマックイーンが並んだ!!!これはもう全く分からないぞ!!ナイスネイチャもほぼ横並び!!!残り100m!!!誰が前に出るんだ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスニーの耳に、もう歓声は入らない。

 

 

 

 

 

 (勝つんだ……!約束した……!お母さんと……!ネイチャと……!カノープスの皆と……!!)

 

 

 残り100m。

 

 あまりにも短いはずのその距離。

 

 

 クラスニーの世界には、横に走るマックイーンと、ネイチャしかいない。

 

 

 

 

 残り50m。

 

 

 

 『誰だ!!!誰が勝つんだ!!!!王者マックイーンか!!!!あの日の悪夢を乗り越えるのかプレクラスニー!!!!!!』

 

 

 

 わずかに後退したナイスネイチャの声が、プレクラスニーの背中を押した。

 

 

 プレクラスニーとメジロマックイーンが、並ぶ。

 

 

 ゴールが、見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「行っけええええええええええええッ!!!!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ!お待たせしました!!歴史に残る激闘が繰り広げられた有馬記念!そのウイニングライブです!!!』

 

 

 

 

 大歓声が、会場を包み込む。

 

 

 あの日とは違う。

 満員の会場で、観客の誰もが祝福の声を上げる。

 

 

 眩しいばかりの照明に映し出されたのは、3人のウマ娘。

 

 

 今日一番の歓声が、3人を迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、真ん中。

 

 センターに立っているのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――君と夢を駆けるよ。何回だって勝ち進め勝利のその先へ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑顔で涙を拭う、プレクラスニーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「プレクラスニー!!おめでとう!!!」

 

 「最高だった!!!!」

 

 

 

 

 数々の賞賛が、ステージの上のプレクラスニーへ送られている。

 

 その隣には、マックイーンとナイスネイチャが笑顔で立っていて。

 

 

 その光景は、まさにプレクラスニーが焦がれた景色。

 

 

 あの日観客席から見ていた景色が、今目の前に広がっている。

 

 抑えきれない感情が、クラスニーの瞳から溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 大歓声に包まれるステージの最前列。カノープスのトレーナーと、イクノディクタスが3人の様子を眺めている。

 

 

 「……トレーナー、泣いてます?」

 

 「……っ!まさか……泣いてなどいませんよ」

 

 眩しいほどの笑顔で、クラスニーが歌っている。

 

 それをかみしめるように見つめて、カノープスのトレーナーは拳を握りしめた。

 

 

 「まだまだ……これからです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのウマ娘には、夢があった。

 

 たくさんの観客が集まるステージで、最高のウイニングライブをするという夢が。

 

 

 少女は辛すぎる悪夢を経験して、それでも立ち上がることができた。

 

 

 それは、彼女がウマ娘であったから。

 

 

 

 

 

 ステージ上の彼女が歌う。

 

 流している涙は、いつかの悲しみによるものではない。

 笑顔の涙だった。

 

 

 

 

 

 ――――風も音もヒカリも追い越しちゃって誰も知らない明日へ進め!

 

 

 

 

 

 

 

 明日なんてわからない。

 

 それでも、こうして決められた運命だって切り開いていける。

 

 

 

 私達は“ウマ娘”だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステージ上のメジロマックイーンとナイスネイチャが、同時に声をかけた。

 

 

 

 それは、あの始まりの時とよく似ていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「プレクラスニー!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう。物語は、史実通りに行くとは限らないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はい!!私、今すごく幸せです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ウマ娘プリティダービー 栄光の影に隠れた涙』 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 















 ご愛読ありがとうございました!これにてプレクラスニーの物語は完結です。
  
 一週間ほどで完結させる予定が、一か月ほどかかってしまいましたね……、
 有馬記念の結果に関しては賛否両論あるかとは思いますが、出走している子たちを考えても、やはりこのレースしかないな、と思いました。

 もしかしたら、おまけで2期の続きを書くかもしれません。カノープスのマチカネタンホイザとか書けていないのが、悲しいですしね。

 もし楽しんでいただけたなら、高評価と感想お待ちしておりますね。

 それではまたどこかでお会いしましょう。



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