栄光の影に隠れた涙   作:こーたろ

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ネイチャ可愛いよネイチャ




第5R 親友からライバルへ

 

 少女には夢があった。

 

 

 

 『お母さん!私、この舞台でセンターに立ちたい!』

 

 『そうねえ……でもこれはG1だから……立つにはすごーい努力が必要なのよ?』

 

 『うん!私、頑張るよ!たっくさん練習して、G1のステージに、立つよ!』

 

 

 

 

 多くのウマ娘の夢。

 G1勝利。

 

 トレセン学園に通っていたとしても、ほんの一握りのウマ娘にしか許されない夢の舞台。

 

 幼いプレクラスニーは、恋焦がれていたのだ。

 

 この、ウイニングライブという舞台に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チームスピカの部室。

 

 天皇賞秋を間近に控えたメジロマックイーンが、トレーナーからの指示を受けていた。

 

 ホワイトボードには、天皇賞秋のレース場が描かれている。

 

 

 「いいかマックイーン。おそらくこの天皇賞秋で一番の強敵になるのは……」

 

 「プレクラスニー。そうですわよね」

 

 「……そうだ」

 

 プレクラスニー。先日の毎日王冠を勝利し、勢いに乗って天皇賞秋に来る。

 その噂は、トレセン学園でも有名なものだった。

 

 

 「プレクラスニーさん、毎日王冠すごかったですもんね!」

 

 「そうね!最後の直線の強さは、認めるしかないんじゃない?」

 

 「なんでそんなに偉そうなんだ?スカーレットよう」

 

 「突っかかってこないでくれるウオッカ!」

 

 毎日王冠の映像を見たスペシャルウィークと、それに素直な感想を述べたダイワスカーレットとウォッカがまた揉めている。

 この2人の喧嘩はもう見慣れたので置いておくとして、トレーナーが話を進めた。

 

 

 「プレクラスニーはスタート出遅れたにもかかわらず、しっかりと先頭集団をキープ。そして最後の直線で、かなりの差があったダイタクヘリオスを抜いて一着でゴールしている……彼女の身体からは想像もできないほど、タフな脚を持っているに違いない」

 

 「いやーマジすごかったよな!あんなに白熱したレースになるとは……去年のスズカの毎日王冠とはまた違った感じだったな!」

 

 

 トレーナーの言葉に答えるのは、ゴールドシップ。

 なぜか手にはルービックキューブが握られているが、それは何かのトレーニングになるのだろうか……。

 

 

 「プレクラスニーは、私が認めるもう一人のライバルですわ。油断はしません。全力でぶつかります」

 

 

 おお~、とスピカの部室から歓声が上がる。

 マックイーンがこれだけ燃えているのは、珍しいことだった。

 

 

 「よし。気合は十分だな。んじゃ、天皇賞秋のレース展開についてみていくぞ」

 

 トレーナーが、ホワイトボードへと視線を誘導する。

 そこには東京レース場のコースが描かれていた。

 

 

 「天皇賞秋の特徴といえば……始まってすぐにコーナーがある。この第二コーナーをどれだけ制することができるかが……まず一つ大きな山場だ」

 

 他のレース場と違い、この天皇賞秋に採用されているコースは、始まってすぐコーナーがある。

 始まってすぐコーナーがあるということは……外枠が不利になる。

 単純にコーナーを有利に走れる内側に遠いからだ。

 

 

 「マックイーンの枠は今回は13番……外スタートだ。対してプレクラスニーは10番。内側とはいえないが丁度良い良位置だといえるだろうな」

 

 極端に内側であればいいわけではないのが、レースの難しいところだ。

 しかし今回は単純に外枠が不利なので、マックイーンは少し不利なレースを強いられることになる。

 

 

 「構いませんわ。どんな状況でも、わたくしは勝って見せます」

 

 「よし、その意気だ。まずはこの第二コーナー……最初から良い位置を取れるようにスピードをもっていけ。ずるずるとしたスタートになると後方集団に巻き込まれちまう。それだけは避けなきゃいけないからな」

 

 スピカのトレーナーが与えた策。

 それはマックイーンのスタミナを活かした、前半勝負だった。

 

 マックイーンは逃げ馬、というわけではない。

 しかしマックイーンは並外れたスタミナを有しており、このレースは芝2000m。マックイーンにしてみればそれほど長いレースではない。

 

 つまり、最初に後ろから狙って行って後半他のウマ娘のスタミナ切れを期待するよりも、前半に勝負をかけてそこから持ち前のスタミナで他を圧倒してしまえ、というものだった。

 

 

 「確かに、マックイーンのスタミナがあれば、後半プレクラスニーに追われても逃げ切れるかもね」

 

 「そういうことだ」

 

 絶賛リハビリ中のテイオーも、この作戦に賛成する。

 マックイーンの特性をよく知る彼女だからこそ、この作戦に違和感はなかった。

 

 テイオーはリハビリを順調に消化してはいるものの、快復には至っていない。

 菊花賞に出られるかどうかは、ギリギリのジャッジになりそうだった。

 

 

 「というわけで……ここから2週間、マックイーンはスタート直後のスピードを鍛えていくぞ。それさえできれば、天皇賞はお前のもんだ!」

 

 おー!、という元気な掛け声がスピカの部室にこだまする。

 

 運命の天皇賞秋はもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。

 

 天皇賞秋に向けて、クラスニーは今日もハードなトレーニングを行っていた。

 コースは芝2000m。下馬評は圧倒的メジロマックイーンの優勢。わかっていたことだったので、これについてはクラスニーも特に思うことは無かった。

 

 

 (マックイーンと、ウイニングライブに出たい。そしてその時私は、センターで踊っていたい……!)

 

 先日の毎日王冠。ダイタクヘリオスと踊ったあのステージは、日本中で話題になった。

 中央トレセン学園が誇る屈指のライブ巧者と銘打たれた次の日の新聞は、大いに世間をわかせたのだ。

 

 

 (もっと、もっとすごい景色を見たい。あの時みた、夢の舞台に、私は挑戦するんだ……!)

 

 幼い頃からの夢。

 あの時みた輝かしい舞台に、今自分は足を踏み入れようとしている。

 

 言いもしれぬ高揚感を胸に、クラスニーはひたすらにトレーニングに打ち込んでいた。

 

 

 「クラスニー!」

 

 そんなクラスニーの元に、ナイスネイチャが声をかける。

 走っていた足を止め、クラスニーはナイスネイチャのもとへ駆け寄った。

 

 

 「クラスニー張り切りすぎ。あんた毎日王冠からそんな日が経ってないんだし……ちゃんと休みなさいよ?」

 

 「ははは……でも大丈夫!ついに天皇賞だと思うと、じっとしてられなくって!」

 

 今この瞬間ももも上げをして今にも走りだしそうなクラスニーの様子に、ネイチャも自然と頬が緩む。

 しかしトレーニングと怪我はいつも隣り合わせ……。

 そのことを熟知しているナイスネイチャは、クラスニーにしっかりと注意喚起した。

 

 

 「天皇賞に出るウマ娘の中で、一番休養期間が短いのがクラスニーなんだからね。雑誌には『プレクラスニーは連戦で体力に不安アリ』って書かれてたんだから」

 

 「まあ確かに、それはそうかもしれないけど……」

 

 ネイチャの言う通り、クラスニーはほぼ連戦だ。

 天皇賞に出るために致し方なかったとはいえ、レースとレースの間隔がかなり短い。

 

 

 「だから無理せず、ほら、スポーツドリンク買ってきたから」

 

 「わ~!ありがとうネイチャ!」

 

 スポーツドリンクを受け取り、芝の地面にクラスニーが座り込む。

 ネイチャもそれに続くように隣に腰掛けた。

 

 

 「それにしてもあんたすごいわ~。本当に勝っちゃうんだもの、毎日王冠」

 

 「それを言うならネイチャだって。小倉記念、すごかったよ?」

 

 お互いが、最強を行く2人への挑戦権を得た。

 ネイチャはトウカイテイオーに、クラスニーはマックイーンに。

 

 トウカイテイオーはまだ菊花賞出るかどうかわからないが、リハビリを続けている。

 あれだけ無敗の三冠ウマ娘にこだわっていた彼女だ。ギリギリまで挑戦するだろうことは、想像に難くない。

 

 スポーツドリンクを勢いよく喉に流し込み、クラスニーはどこまでも広がっていきそうな青空を眺めた。

 

 

 「……ネイチャのおかげだよ。多分、一人だったら挑戦しようとも思わなかったと思うから」

 

 「……そうかな~。……まあ、あんたとなら目指せる気がしたのよね。一人じゃなく、二人なら」

 

 ネイチャの瞳が、真っすぐにクラスニーと交錯する。

 お互いが支えになって、ここまでやってこれた。

 

 お互いの目標は、もうすぐそこ。手に届くところまできている。

 

 

 大きく伸びをして、ネイチャが立ち上がった。

 

 

 「私も走りたくなっちゃった。ちょっと待ってて、着替えてくるから!」

 

 ネイチャがその場を後にする。

 おそらく更衣室へ行ったのだろう。そんな彼女の様子を眺めてから、もう一度クラスニーは青空を見上げた。

 

 10月とはいえ眩しいくらいの太陽に、手を伸ばす。

 

 

 (ついに、あの輝くステージに、たどりつけるかもしれないんだ)

 

 

 あの日見た自分には眩しすぎるステージ。

 その夢は、もう手に届かない夢物語ではなくなっている。

 

 

 「よーーっし!」

 

 クラスニーも立ち上がった。

 こうしてはいられない。全力で、メジロマックイーンに勝つのだ。

 

 

 (やってやる!できる努力を全部ぶつけて……マックイーンに勝つよ!)

 

 センターで踊るという夢。

 

 彼女はその夢に向かって走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月27日。

 

 その日はあいにくの曇天だった。

 

 激しい雨が地面に突き刺さり、レース場を濡らしていく。

 一大レースが始まろうとしているにも関わらず、どこか不吉な空気が、レース場を支配していた。

 

 

 『全国のウマ娘ファンの皆様!お待たせいたしました!!ついに、ついに天皇賞秋がやってまいりました!』

 

 『今回のレースも、多くの有力ウマ娘がそろっていますが……やはり、注目は一人のウマ娘に集まりますね』

 

 『はい!皆さんも待ちかねたかと思います!本日のメインレース。13枠に入るのは……!長距離の覇者、メジロマックイーン!!!』

 

 

 大歓声にこたえるように、マックイーンが身にまとっていたジャージの上着を脱ぎ捨て、自慢の勝負服を披露した。

 

 

 「マックイーン!!」

 

 「勝てよ~!マックイーン!!」

 

 「メジロマックイーン様あああ!!」

 

 

 大歓声がマックイーンを後押しする。

 2番人気を圧倒的に抑えての1番人気。天皇賞春秋連覇がかかっている銀髪の少女は、どんな馬場状況でも強い堅実な走りで、多くのファンの期待を集めていた。

 

 

 『しかしメジロマックイーン一強ではありません!先日の毎日王冠ではデットヒートの末、勝利を手にしたウマ娘がいます!』

 

 『プレクラスニーですね!勢いという点では、メジロマックイーンに次いで2番目に勢いがあるウマ娘ではないでしょうか』

 

 

 プレクラスニーも、ジャージを脱ぎ捨て、その勝負服を、堂々と見せつける。

 プレクラスニーにとって、これが初めて勝負服で挑むレースだった。

 

 メジロマックイーンほどではないにせよ、歓声がレース場を包む。

 毎日王冠のライブでファンになった人間も少なくないのだ。

 

 大歓声のパドックを終え、プレクラスニーはいつもどおり深呼吸で息を整える。

 

 

 (大丈夫……やれることは全部やってきた。全力を、ぶつけるだけ)

 

 早くなる心臓の鼓動を必死で抑えつけながら、強く両手を握りしめる。

 初めてのG1挑戦。

 それでもクラスニーは負けるつもりは毛頭なかった。

 

 

 「「「クラスニー!!」」」

 

 声のした方を振り返ると、そこにはカノープスメンバーの姿があった。

 毎日王冠の時よりも強い雨が降っているというのに、やはりメンバーの皆は最前線でクラスニーの大舞台を見に来てくれている。

 

 

 「皆!ありがとう!」

 

 「クラスニー勝負服似合ってるじゃない」

 

 「ずるいー!ターボも勝負服着たい~!」

 

 「ターボさんの勝負服も特注してありますから……」

 

 カノープスのメンバーの中で、最初に勝負服を着ることになったクラスニー。

 生憎の雨だが、それでもその銀色に輝く勝負服はプレクラスニーの白い肌と相まって幻想的な雰囲気を演出していた。

 

 

 「クラスニー」

 

 「……ネイチャ」

 

 ナイスネイチャが、毎日王冠の時と同じように右手の拳を差し出す。

 ゆっくりとクラスニーも、ネイチャの拳に右手を突き合せた。

 

 これだけで十分。

 気持ちはいつもつながっている。

 

 

 「プレクラスニーさん。昨日もお話しましたが、今回、運の良いことにメジロマックイーンさんは外枠です。後半勝負になれば十分プレクラスニーさんに勝機が生まれます。そのためにも……まずは最初のコーナー。なるべくマックイーンさんよりも前で迎えてください。先頭に出て逃げる必要はありませんが……マックイーンさんよりも前でレースを展開すれば、勝機は必ずつかめます」

 

 「えー!クラスニー大逃げしようよー!」

 

 「トレーナーさん、ありがとうございます。ターボちゃん、大逃げはターボちゃんの武器なんだから。私は私らしくいってくるね」

 

 「クラスニーがそう言うなら仕方ないな!ターボの真似はなかなかできないでしょー!」

 

 明るく元気なツインターボに、元気をもらう。

 トレーナーの作戦もしっかりとクラスニーの頭に入っていた。

 

 勝負は最初のコーナー。

 毎日王冠ではスタート時に失敗してしまったが、今回は大丈夫。

 念入りにスタート地点の地面を確認し、スタート練習も行った。

 

 

 (マックイーンから……逃げ切る)

 

 

 ふと横を見れば、同じくチームスピカの面々から激励をもらっているマックイーンの姿。

 

 手の届かない相手だと思っていた親友は、今同じ大舞台のレースに出ている。

 その事実が、クラスニーの心に火をつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クラスニー」

 

 ゲートの前。

 屈伸運動でウォーミングアップをしていたプレクラスニーのもとに、声がかかる。

 プレクラスニーが声をした方を振り向けば、青白いオーラをまとったマックイーンの姿。

 

 あまりにも強いオーラと、強者の雰囲気に飲み込まれそうになるのをぐっとこらえて、プレクラスニーは正面からマックイーンを見つめ返した。

 

 普段は親友。けれど。

 

 今この瞬間は、ライバル。

 

 

 「わたくしのバックダンサーを務める準備はよろしくて?」

 

 「……違うよマックイーン……今日は一緒に踊るけど……センターは、私だから」

 

 二人の視線が交錯し、火花が散る。

 

 高鳴る鼓動を抑えつけて、クラスニーはマックイーンと相対した。

 

 

 「そうでなくては……わたくし、入学したころから思っていましたのよ。……クラスニーは、必ず強くなってわたくしと戦うことになる……だからこそわたくしは今まで一度も、あなたを競争相手として軽視したことはありませんわ」

 

 マックイーンは、入学当初からプレクラスニーを認めていた。

 才能こそ恵まれないものの、努力で積み上げた後半の勝負強さは、本物である、と。

 

 

 「……ありがとうマックイーン。きっと私も、マックイーンを目標にしてたからここまでこれたんだと思う」

 

 

 

 お互いが、お互いを認めあう。

 

 

 それが、ライバル(親友)

 

 

 だから、そう。あえて言うことがあるとすれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「全力で挑む!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 波乱の天皇賞秋が、始まる。

 

 

 

 

 


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