特殊OPで大興奮しておりました。鬼が宿ったライスシャワーは良いぞ……。
アプリもついに始まりましたね!ナイスネイチャの育成が難しくで手間取っております……。
このお話はあと2話ほどで終わりなので、ライスシャワーが出てくるところまではいきませんが……もしかしたらおまけでライスシャワーとの絡みも書くかもしれません。
菊花賞から一夜明けて。
トレセン学園の芝のコースに、明るい日差しが照り返している。
実にトレーニング日和な気候。
多くの生徒達がコースやトレーニング施設にて身体を動かす中、ある一つのチームは部室でミーティングを行う運びとなっていた。
『カノープス』と書かれた部屋の前。
芦毛のウマ娘が、大きく息を吐いた。
(……もう一度、ここから始めよう。ネイチャが、皆が勇気をくれた。絶望するのは、まだ早いよね)
GⅠのウイニングライブ。そのセンターで踊るという夢。
プレクラスニーが幼い頃から抱いていたその夢は、一度残酷な運命に切り裂かれた。
数々の非難と罵声がこの身を焼いたことを、今でも昨日のことのように思い出せる。
……もっとも、とても思い出したい光景ではないが。
それでももう一度目指してみようと思えたのは、ひとえに仲間の存在があったから。
「トウカイテイオーと走って、勝つ」という目標を掲げていたナイスネイチャは、トウカイテイオーが怪我によってレースを回避するというアクシデントによって挑戦することすらかなわなかった。
それでも、彼女は走った。力の限り走った。
「トウカイテイオーがいない菊花賞なんて」と言っていたファンたちは、そのレースを見て考えを改めた。
そんな、観る者を魅了する力強い走り。
ネイチャのその姿を見て、自分だけ立ち止まってなど、いられなかった。
ドアノブに手をかける。
しかし瞬間、クラスニーの身体全身を、負の感情が走る。
もう一度走ると覚悟を決めたとはいえ、やはり走るのは怖い。世間からの風評が、どれだけ酷いことになっているかを知っているから。
ここを開けたら、もう一度あの表舞台に戻るということだから。
少しだけ恐怖によって固まってしまったクラスニー。
しかし、扉の向こうからなにやら声が聞こえてきて、ふと、顔を上げる。
どうやら、もう集まっているメンバーで会話が進んでいるようだった。
「打倒スピカを達成するために!!クラスニーの力はぜったいに必要である!」
「なるほど。それは何故ですか?」
「何故って……トウカイテイオーはネイチャが倒す!メジロマックイーンはクラスニーが倒す!他のメンバーは全員ターボが倒す!!ほら!これでスピカ倒せたでしょ!」
「なによそのとんでも理論……しかも私がテイオーに勝つ前提なの……?」
「なるほど。過程はよくわかりませんでしたが、クラスニーさんの力が必要であるということに関しては概ね賛成です。クラスニーさんのレースへの姿勢や努力は見習うべき点が多いですからね」
「ま、それには私も賛成かな~」
扉の外まで聞こえてくる仲間達の会話。
その内容を聞き届けて、クラスニーがドアノブに伸ばしていた腕に、ぽつり、と水滴が落ちた。
(あれ……)
仲間の温かさに触れて、思わず感情が昂ってしまった。
慌てて、クラスニーが目元を拭う。
こんな情けない顔でチームメイトに会うわけにはいかない。
あくまで笑顔で。
もう一度だけ呼吸を整えて、クラスニーがドアを開ける。
今度は何故か、自然と扉を開けることができた。
「あ!クラスニー!!」
「クラスニーさん!」
見慣れた部室。
目に飛び込んできたのは、おそらく笑っているクラスニーらしきウマ娘のイラストと、その横に「クラスニーに元気になってもらう大作戦」と大きな文字で書かれているホワイトボード。
その前に、満面の笑みで腕を組むツインターボと。
机の左側で立ち上がって迎え入れてくれるイクノディクタス。
右側には、頬杖をついて笑顔で手を振るナイスネイチャ。
そして、ホワイトボードの奥。
カノープスの部室には、変わらず、“目指せGⅠ初勝利”の横断幕。
「「「おかえり(なさい)!」」」
ああ、本当にこのチームで、良かった。
「ただいま戻りました……!」
プレクラスニーは、笑顔でそう思うのだった。
ひとしきり会話をした後、トレーナーが部室へとやってきて、資料を配る。
「さて、我々の目標は変わらずGⅠでの勝利です。つきまして、皆さんに目指していただく舞台は……」
「……有馬記念」
トレーナーが言い終わるより早く、ナイスネイチャがそのレースの名前を口にした。
『有馬記念』。1年の締めくくりに行われる芝2500mのGⅠレースであり、他のレースとの大きな違いは、主な出走ウマ娘は人気投票によって選ばれる、ということ。
「今年の活躍度合いからして、プレクラスニーさんとナイスネイチャさんはまず間違いなく出走が可能です。イクノディクタスさんは少し厳しいかもしれませんが……ツインターボさんは出れるかもしれません」
「やったー!!ターボ出る出る!有馬記念出るー!!」
「ええ……いつのまにそんな実績作ってたのよあんた……」
「ターボね、ちほーで頑張ってたんだから!ちほーで!」
今年デビューしたばかりのツインターボだったが、デビューからここまで一貫して「スタート直後の大逃げ」を貫いてきた結果、ターボの走りを応援するファンも多くなっていた。
時に快勝し、時に完敗する。
彼女の性格通りの浮き沈みの激しいレース展開に、心を動かされる者は少なくなかったのだ。
「私が出られないのは残念ですが……お三方が万全の状態でレースを迎えられるよう、全力でサポートさせていただきます」
「うん、ありがとうイクノ!」
残念ながらイクノディクタスは実績人気共にまだ有馬記念には足りず、出走は厳しい。
イクノディクタス自身もそれを分かっているからこそ、今回はサポートに徹すると決めてくれたようだ。
そしてトレーナーが、一枚資料をめくりながらメンバー全員に続ける。
「そして、間違いなくこの有馬記念には……メジロマックイーンさんが出走します」
「……!」
「まあ、そりゃそうだよねえ」
メジロマックイーン。
今年を代表するウマ娘であり、史上最高のステイヤーと名高いウマ娘。
今年を締めくくる有馬記念というGⅠレースに、彼女が出てこないということはあり得ない。
人気、実績共にトウカイテイオーと並んで今年1番のウマ娘なのだから。
「……また、走れるんだ」
「……クラスニー、大丈夫?」
拳を握りしめたプレクラスニー。
あんなことがあった後なのだ。マックイーンとまた走ることの意味は、本人が一番よくわかっているだろう。
「うん!大丈夫!それに今回はネイチャとターボちゃんがいるんだもん。こんなに心強いこと、ないよ」
クラスニーの瞳には、闘志が戻っている。
あの日吹き消えてしまったかに見えた炎は、今また更に大きくなって戻ってきた。
「よーし!そうと決まれば!ターボとネイチャとクラスニーでウイニングライブだね!!」
「うんうん!カノープスでワンツースリーフィニッシュ目指して頑張ろう!」
「え、いや、流石にそれはちょっと……」
「そうと決まればカラオケで特訓だー!歌うぞー!!」
「特訓だー!!」
「はあ……私が有馬記念で歌えるとは思えないケド……特訓だあ~」
「私もお供します!」
ターボ、クラスニー、ネイチャ、イクノの順で次々に部室を飛び出す。
眩しい光の中に、ウマ娘たちが駆け出していく。
カノープスの夢は、有馬記念に向かって動き出していた。
「あの……できればトレーニングを……」
トレーナーの悲痛な声は、残念ながら誰にも届かなかった。
12月。
有馬記念が一週間後に迫ったこの時期。
カノープスのメンバーは最終調整に差し掛かっていた。
「ハッ、ハッ、ハッ……!」
芝のコースを、2人のウマ娘が駆け抜けていく。
地面を力強く蹴りながら前進するその2人に周りの視線が集まっているのは、間違いなくそのウマ娘2人の状態が上がってきている証拠。
コースの直線。その丁度中間あたりでイクノディクタスがストップウォッチを持って立っている。
2人が丁度同じタイミングでイクノディクタスの前を通過し、その瞬間にイクノディクタスがボタンを押してストップウォッチを停止させた。
「クラスニーさん、良いタイムです。ネイチャさんもこれはベストに近いのでは……?」
駆け寄ってくるイクノディクタスの声を聞きながら、2人が芝に膝をついて息を整える。
「マジ、か……にしても、やっぱ、クラスニー速いわ……」
「いや、ネイチャ後半強すぎ!引き離せないどころか抜かれるところ、だったよ……!」
先に立ち上がったネイチャが、クラスニーの手を引いて立ち上がらせる。
ネイチャとクラスニーの実力は拮抗していた。
最近のネイチャの伸びには目を見張るものがあり、ファンの中でも、マックイーンが有馬記念で負けることがあるならナイスネイチャではないかと言われているほど。
ネイチャは自分ではそんなこと全く思っていないが、彼女の努力は、確実に実を結んでいた。
「よし……私は少し休んだらもう一本行ってくるね」
「うへークラスニーはやる気満々だねえ……若いもんの元気には勝てませんわい」
「私の方が一応年上なんだけど……?」
ベンチに腰掛けてタオルで汗を拭くネイチャを残し、もう一度プレクラスニーがコースへと向かう。
時間はいくらあっても足りない。
有馬記念に勝つためならなんでもする。それだけの覚悟が、今のプレクラスニーには宿っていた。
呼吸を整えつつ、スタート地点までジョギングで戻ろうとして……。
スタート地点にいる1人のウマ娘を確認して、その足を止めた。
思わず見とれてしまうほどの艶やかな銀髪を背中に流す、そのウマ娘を知らない者は、今この学園にはいない。
「マックイーン……」
メジロマックイーンだった。
あの日残酷な運命に裂かれた2人が、正面から相対する。
冬の北風が2人の間を通り抜けた。
マックイーンが静かに、頭を下げる。
「クラスニー。もう一度……もう一度勝負する権利をくださいませ。今度こそ……必ず、あなたと最高のレースにしてみせます」
「権利だなんて、そんなのは、無いよ。私も、もう一度マックイーンと正々堂々勝負したい。今は心から、そう思うから」
「クラスニー……!」
「だから、全力で来て。あの日届かなかったマックイーンの背中に、今度は必ず、届いてみせるから」
「ええ……ええ!必ず、私の全力でレースに臨むと約束します……!」
あの日から、クラスニーへの負い目が消えなかったメジロマックイーン。
しかしそれも今、クラスニーの言葉によってなくなった。
今マックイーンにできることは、全力で有馬記念に臨むこと。
そう、わかったから。
「こうしてはいられませんわ……!トレーナーさん!あと3本行きますわよ!」
マックイーンが駆け出していく。
本当に次のレースを楽しみにしてくれていることがよくわかるほど、マックイーンの表情は明るい。
「私も、全力で臨まなきゃね」
「おーおー、熱いですなあ」
「ネイチャ?休んでるんじゃなかったの?」
志を新たにしたクラスニーの後ろには、さきほどベンチに残してきたばかりのネイチャがジャージ姿で立っていた。
「あー、まあ、なんだろ。こーゆーのガラじゃないってわかってるんだけどさ。有馬記念……私もマックイーンに勝ちたいんだよね」
「ネイチャ……!」
「あーやめやめ!その表情!別に私そういうんじゃないから!私は平々凡々、そこそこの成績が似合ってるわけよ!高望みしすぎると、バチ当たっちゃうからね」
赤面したネイチャが、クラスニーの視線から逃れるように後ろを向く。
(知ってるよ……自己評価は低いネイチャだけど、誰よりも努力できる人だって、私は知ってるから)
ネイチャがいなかったら、自分はここにこんな気持ちで立ててはいないだろう。クラスニーは素直にそう思っていた。
だから、自分と同じように、マックイーンを倒したいとそうネイチャが言ってくれたことが、とても嬉しかったのだ。
「じゃあまず、私に勝たなきゃ……ね!」
「あ、ちょっと?!フライングずるいぞー!!」
勢いよく駆け出したクラスニーに続いて、ネイチャもスタートを切る。
この日何本目かもわからないレース。
勢いよく流れていく景色を眺めながら、クラスニーは思う。
(チームメイトがいて、親友がいて、ライバルがいる。不幸だなんてとんでもない。私は、幸せ者だ)
(だから、勝つよ。私の目標を叶えるため。カノープスの夢を叶えるため。そして……支えてくれた皆のためにも)
後ろからは、背中を後押ししてくれた大好きな親友がいて。
レースに出てくるのは、入学してから何度もレースを共にした、ライバルがいる。
クラスニーのギアが上がる。
今間違いなくクラスニーは最高の状態にあった。
決戦の日は近い。
一度壊れた夢でも。
もう一度走りだせると証明しよう。