時系列的には『ある捜査官の戦い』の前の季節。
とある日の事。
頼打地区から抜け、一登と優奈はバイクに乗ってとある場所へと向かって走っていく。
春休みに入ってからの二人でのお出かけ。
一登も、そして優奈も、お互い照れくさそうにしていながらも心の中ではこの日を待ち望んでいた。
走るバイクに当たる冷たい風を感じながら、優奈はすぐ近くで感じる一登のぬくもりに安心しながら、目的地へ待つのを楽しみにしていた。
やがて二人が辿り着いたのは、都内で有名な動物園。
事前に買っておいたチケットを使い園内に入り、お互いはぐれないように手を繋いで入っていく。
「一登君、何処から行こうか」
「そうだな。近くの動物から見ていくか」
「あとさ、もうちょっと手を握ってもらっていいかな」
「えっと、こうか?」
繋いだ手の指先を絡ませながら、肩を寄せ合って動物園内を進んでいく二人。
まず最初に巡り合った動物は、ジャイアントパンダであった。
白と黒の体毛に覆われた熊と同じ仲間であるジャイアントパンダは、観覧客に見られているにもかかわらずゴロンと身体を寝ている形でだらけていた。
そんなジャイアントパンダの様子を一登と優奈はクスクスと声を抑えながら笑っていた。
「フフフ、可愛いねパンダさん。寝てるのかな」
「マイペースなんだろうな。俺達に見られても気にする様子がない」
「あっ、こっち向いたよ。おーい!」
「おお、本当に顔を向けて……あっ、寝転がった」
「今の態勢がよくなかったのかな」
「フフッ、どうだろうな」
マイペースな様子のジャイアントパンダに一登と優奈は思わず笑いを込み上げた。
まん丸と身体を丸舞わせながら寝転がるジャイアントパンダを名残惜しそうに見た後、二人は次の動物がいる場所へと向かっていった。
~~~~~
次に巡り合ったのは、フクロウやタカといった猛禽類の鳥達。
凛々しい顔立ちの鳥達が周囲を見渡している様子を一登と優奈は眺めていた。
その中で見つけたのは、互いに寄り添うように並び立つ二匹のワシ。
一登はそのワシを見つけ、口にした。
「あの鷲……なんで寄り添ってんだ?」
「一登君さ、鷲の番い……夫婦の一生ってどういう生態なのかわかる?」
「いや、わからないが」
「鷲の夫婦ってね、どっちかの相手が死ぬまでは一生パートナーを変えないんだよ?」
「へぇ……えっ、そうなんだ」
「もちろん何があるかわからない野生の世界じゃ片方の相手が死んだら新しいパートナーを探しに行くんだろうけど……ここにいる子達は飼育員さんに管理されているから、少なくとも末永く一緒に入れると思うんだよね」
ワシの番いを見ながらその生態を語っていく優奈。
その顔は何処か嬉しそうな、しかし悲しそうに一登には見えた。
檻の中にて閉じ込められている番いのワシ達を、戦いという逃げられない場所に追い込まれた自分達に見立ているのではないか。
これからいつ終わるか知れない死闘の日々を繰り広げるのか、優奈は不安なのかもしれない。
もちろん自分も不安なのは確かだ。
だが、一番彼女にとって気にかけていることは、『もし自分がこの世から去った後、
死別したワシが子孫を残すために新しいパートナーを探すように、どっちかが死んだら新しい誰かと結ばれるのでは。
その考えがよぎると、自分が選ばれなかったという恐怖が襲い掛かった。
今彼女が怖がっている考えを感じた一登は、自身の身体を優奈の身体に寄せた。
いきなり取ってきた行動に不思議そうに見つめる優奈に、一登は安心させるように語り掛ける。
「大丈夫だよ、優奈」
「か、一登君?」
「俺は優奈と一緒にいるよ。君を想う気持ちは変わらないよ。死が別つ事になってもな」
「へぇ……わかっちゃうんだ。私が考えてる事」
優しい声音の一登に一瞬きょとんとした表情を見せる優奈。
その後、自分の考えを察したことを悟ると、嬉しそうな表情を浮かべて自分の方からも身を寄せてひっつく。
彼女のぬくもりを感じ、顔が赤くなる一登は動揺しながら言葉を紡ぐ
「その、なんだ。少なくともさ、一緒に変身して戦ってるときは一心同体だから、少なくとも……ああもう、何言ってんだ俺。一緒に運命を共にするなら、お互いに守るために守り抜くって決めたじゃないか」
「フフッ、照れくさそうな一登君可愛いなぁ。大丈夫だよ、心配してくれたんだよね。私が誰かほかの人と一緒になる事が」
「ッ……」
「怖がらなくていいよ、私の気持ちは君以外に揺らぐことはないよ。それにね、例え私達が誰かに倒されることになっても、私は君と一緒なら、それを快く受け止めるからな」
一瞬、苦悶の表情を浮かべた一登を安心させるために優奈は語り掛ける。
例え自分達二人が強敵に巡り合い、倒されて命落としたとしても、愛する人と一緒ならばその結末を受け入れると。
無論、自分達が戦うのは降りかかる火の粉を払うために、目の前の人々を守るために、負けるわけにはいかなかった。
だが、もしも。
もしも自分達が負けて命を落とす時、彼/彼女は共に運命を受け入れてくれるのだろうか。
そんな退廃的で破滅的な考えが二人をよぎった。
らしくないな、と共に思いながら二人はワシの番いに背を向けながら、別の場所へ足を運ぶ事にした。
~~~~~
そして、二人はゾウやトラといった動物を見て回り、時間はお昼ごろに差し掛かる。
流石にそろそろ昼ご飯の時間だと思い、軽食が売っている所へ向かおうとする。
動物たちと触れ合えるコーナーに差し掛かった所、そこで二人はとある喧噪に気付く。
気になって周囲を見回すと、そこには二人の男が言い争っている光景が目に入った。
「普通のホモ・サピエンスではゾウガメを軽々と持ち上げられないはず……ハッ、まさかあなたはゴリラなのですか!?」
「ゴリラだぁ!? テメェふざけてんのかぁ!」
一人は黒いスーツ姿の鋭い眼光の男、もう一人は青い隊員服を身にまとった男。
スーツ姿の男の両手にはリクガメが軽々と持ち上げられており、対して隊員服の男は茶色いウサギを抱えている。
何とも言えない奇妙な光景に一登と優奈が戸惑っていると、二人の足元に何か触る感触に気づく。
「「ん?」」
「「ナァー」」
ふと視線を落とせば、二人の足元にいたのは、ネコに似た四足で黄土色の毛に覆われた二匹の動物。
一瞬ネコにも見えたが、丸くたった耳が違和感を覚える。
もしかしたら、と一登と優奈がそれぞれの動物を抱き上げると、ネコに似た鳴き声を上げる。
「ナァー」
「一登君、この子って」
「もしかして、ライオンの赤ちゃんか?」
「「あ、あぁぁぁ!!」」
黄土色のネコ、もといライオンの赤ちゃんを抱き上げる優奈と一登の元に、あの二人の男がやってくる。
二人の男は抱き上げているライオンの赤ん坊達を見て、安堵の声を上げた。
「こんな所にいたんですね、トーマ!」
「おい、アルト。お前も迷子になってんじゃねえぞ」
「「ナァー」」
アルトにトーマと呼ばれた二匹のライオンの赤ん坊は元気そうに鳴き声で返事をした。
変人二人に巻き込まれた一登と優奈は苦笑いを浮かべるしかなかった。
~~~~~
その後、赤ちゃんライオン達を飼育員に任せ、二人の変な男と共に食事をとることになった一登達。
そこで男たちの事情を聞いた。どうやら彼らはそれぞれ動物園へやってきた来客であり、同じときに逃げ出した生後数週間の赤ちゃんライオン達の事を聞いて善意で探していたそうな。
何の無償もなく赤の他人のために迷子探しをしていた二人に一登達は驚いていた。
「えっと、つまりお二人は全く知り合いじゃないにも関わらず、共に人助けをしていた。と?」
「そうですよ。目の前に困ってる人を放っておけなくて」
「俺も、街の平和を守るのが仕事だ。人助けぐらい、どうってことない」
隊員服の男は柔和な笑みを浮かべながら、スーツ姿の男はぶっきらぼうに答えた。
最初は変人かと思っていたが、その実は正義感が歩いているような性格だった。
自分達も困ってる人は放っておけない性質だが、それでも二人の行動力に感服した一登は質問をぶつけた。
「凄いな……なんで、そこまで誰かのために」
「そうですね、実はココだけの話、僕はわけがあってこの世界を守ってるんです」
「ま、守ってる?」
「突拍子のない話かもしれませんが、僕はそれを生業として今もやっています。世界の均衡とそこに住む人々の平穏を守る、それを誓って戦ってきました」
一登の質問に柔和な笑みで答えた隊員服の男。
世界を守っている……国際的な組織の一員なんだろうか?
そんな事を考える一登達を他所に、スーツ姿の男は不敵に笑いながら話を語った。
「俺も似たようなもんだよ。最も、最初は復讐心ってヤツだったがな」
「復讐心……」
「だがな、憎んでいた敵が実はそうじゃないって思った時、俺の戦う理由は変わっていた。誰かの夢を守るために、塗り固められた悪意をぶっ壊すって」
優奈の呟いた復讐心に対して、スーツ姿の男は何処か遠くを見る様に語っていく。
ふと思えば、自分は元の家も何もかも失って追われる身……一歩間違えれば、男の語る復讐心の塊になってもおかしくなかった。
だが、それは隣にいる彼の存在によって誤った道に向かうことなく済んだと考えることもできる。
優奈は隣にいる一登の手を握りしめ、それに気づいた一登は握り返す。
今、彼女と自分が思っていることは同じだ……一登は自分から二人に対してとある事を訊ねた。
「あの、お二人とも。変な事聞くかもしれないですがいいですか?」
「なんですか?」
「なんだよ」
「お二人は、なんで自分自身を変えられたんですか?」
一登の質問を聞いた二人の男は一瞬、呆気にとられた表情を取る。
そして、口元に笑みを浮かべながら一登達に語った。
「「仲間、ですよ/だな」」
「「仲間?」」
「ああ、俺の方は夢へ跳ぶ事を諦めなかった社長に出会って見方が変わった」
「僕は、物語の結末を変えるために奮闘した彼と出会って真の剣士に変われたんです」
『とある若き社長』の名を口にするスーツ姿の男と、『とある青年の文豪』を話す隊員服の男。
どちらも楽しそうに語る様子を、二人は見逃さなかった。
不思議な二人の男と別れ、一登と優奈はお互いに同じ足の速さで歩く。
名前を聞きそびれ、一体何者だったのか分からない二人の姿を思い浮かべながら、一登は優奈に話しかける。
「不思議な人達だったな」
「うん、でもいい人たちだったよね。もう一度会えるかな」
「また会えるさ。きっと」
「あの人たち……仲間と出会って、変われたって言っていたよね」
優奈の口にした『仲間』という単語に反応し、一登はあることが過る。
これから先、俺達二人の茨の道を行くのは明らかだ。
きっと傷つくことは確かだ……つらいことも、悲しいことも、きっと待ち受けている。
だが、だがもしも。
俺達と共に戦ってくれる『仲間』がこの世にいるとしたら。
共にジェイナスと戦うもしも光景を思い浮かべた時、一登はその思考を止めた。
そして、あってはいけないんだと言い聞かせる。
―――何故なら。
孤独に破れ、仲間を求めてしまったら。
この地獄への道連れに巻き込みたくなかったと。
いずれ、きっと俺達は後悔する。
そう思った一登は、優奈に聞こえる程度の声で呟いた。
「仲間はいい、俺達だけでいいよ。俺に、その覚悟はないから」
「優しいんだね、君は」
一登と優奈はお互いに離れないように、しっかりと握りあい、人混みの中へと消えていった。
いずれやってくる悪しき脅威。
せめて今だけは人間らしく、何処にでもいるような男女のように遊ぼう。
―――だが、この時の二人は知らない。
たった二人だけの茨への道に向かう事を許さない人物の存在を。
破滅の運命を力づくで抉じ開け、二人の闇を切り払う仲間となる男と出会う事を。