某所。
暗闇が広がる空間に佇むのは、一人の人物。
人ならざる異形の姿をしていながら、頭上に広がる空を見上げた。
そこに広がっていたのは、無数に輝く星々の光。
自分にとって慣れ親しんだその光景を、男は苦笑いを浮かべて呟いた。
「寂しくなるなぁ。この星空と少しばかりお別れすることになるとはな」
『俺を見つけたばかりに、この光景から離れるのか』
「まあね。でも後悔はないよ。君を彼らに渡すのが今の俺のすることだからな」
たった一人しかいるはずのない空間に木霊する"もう一人の相手"に話しかけた。
男は笑みを浮かべ、その手に持っている星の輝きを放っているそれを見て、言葉を紡いでいく。
「君と拳を突き合わせてよくわかった。俺達の戦ってきた意味はちゃんとあったんだな」
『ああ、赤き心と星の心、異なる教えを以て鍛えぬいた拳でも、この胸に宿すものは同じだ』
「では行こう……地球へ」
男はその手に持つ"一つの群青色の星"――ライドクリスタルを手にして、旅立とうとしていた。
その背を向けて映るのは、一つの赤い惑星。
人類が『火星』と呼ぶその惑星から、一人の
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地球・日本近海にあるとある
その上に建てられたのは鋼鉄と超合金で構成された天へと延びる一つの巨大建築物であり、夢と浪漫を繋ぐ『天の梯子』。
軌道エレベーター・望月が聳え立つこの場所に辿り着いた一行の姿があった。
「さぁ、皆。ここが望月よ」
自分の担任している生徒達を引きつれながらやってきたのは梅花真理愛その人。
城南大学附属高校に通う彼らを最先端科学が集うこの場所へと社会科見学でやってきた真理愛は案内の旗を掲げ、先導している。
彼女の後についてきているのは有栖、蒼汰、里子、珪花、吾郷を始めとした生徒達。
主に2年A組を始めとした面子だが、中には部活といった用事で参加できなかった生徒達がおり、代わりとして1年の珪花といった別学年の希望者がやってきていた。
近未来的な内装を眺めながら、吾郷が口をつぶやく。
「しっかし、本当に望月へ来てしまうなんてなぁ」
「そうだよね、本当だったら僕らが気軽に来れる場所じゃないのにさ」
「ま、見学できるならそれに越したことはねえけどな」
蒼汰と話し合いながら向かっていると、吾郷はふと脳裏の裏で思案する。
――軌道エレベーターを見学できるような真理愛先生の知り合いってどんな人物なんだ……?
そう思いながら、他の生徒と共に向かっていく吾郷だが、ふと後ろを振り向く。
後ろの方では一登と優奈が浮かない顔でついていく様子だった。
何かあったのか……と、気づいた様子の吾郷が迫ろうとすると、その前に有栖が先に二人の元へ向かい、声をかける。
「どうしたのですか二人とも、そんな顔をして」
「有栖……」
「な、なんでもないよ。大丈夫だから」
「本当ですか? なんだか楽しくないように見えますが」
有栖の指摘通り、一登と優奈は実際の所、二人の気持ちは楽しむとは程遠い状態であった。
その理由は望月へ行くことになったあの後、優奈の話を聞いたからだ。
――一登君、私怖いの。あの望月は、うちの家と関わりあるの。
――家から離れている優奈の事を関係者が見つけるかもしれないから?
――うん……もしも、見つかって家に連れ戻されたら。
――大丈夫、離れ離れになったりするものか。
優奈と望月の意外な関連を聞いて、驚く一登。
もしかしたら優奈の家の関係者がいて、それで優奈の今いる所がバレるかもしれないと思った。
不安な気持ちが二人を支配し、一度は優奈と共に社会科見学を断念しようと考えた。
だが、それでも彼女と共にここへやってきたのは一重に譲れないものがあったからだ。
――もしも、私達がいかなかったせいでココで危険な目に遭って誰かが犠牲になる。それは嫌だ。
――確かにな……今までは、俺達二人で精いっぱいだったのに。
――守りたいものが、大切な人がいっぱいできたから。
――変身できる俺達だからできることを、誰かを守るために。
二人が怖がる気持ちを抱えながら赴いた理由は、『望月へ向かう彼らを守るため』。
望月にいるであろう飛鳥家の関係者……否、飛鳥家に潜む"未知の敵"が学校の皆を襲われる可能性を考えたからだ。
自分達の事をあちら側に知られる可能性もあるが、それでも見過ごすことはできないし、危険に晒したまま放っておくわけにはいかない。
そう決意した一登と優奈はこの望月へと足を運んだのである。
周囲を警戒している二人の様子に気づいた吾郷はため息をつきながら自身の頭を掻くと、徐に一登達の方へ近づいていく。
そして、何を思ったのか吾郷は勢いよく拳を振りかざした。
「そりゃぁ!」
「ッ!?」
吾郷の振りかざした拳を一登は咄嗟に受け止め、逆に吾郷を突き飛ばした。
だが空中でのバク転を披露しながら施設内の床に上手く着地すると、吾郷は一登に指を差しながら不敵に笑う。
「何余所見してんだこのバーカ!」
「いや、なんのつもりだ」
「つーかなんだ、そのしけた面なんかしやがって。せっかくの望月への社会科見学だってのによぉ」
「えっ……ご、ごめん。そんな顔してたのか?」
吾郷に言われたことにより、ハッと我に返る一登と優奈。
確かに今の自分達は周囲を警戒するあまり楽しむことを忘れていた。
皆を守りたいあまり力んでいた事を自覚させられてしまう。
二人の様子を見て鼻を慣らした吾郷は口角を吊り上げ、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「お前がしけた面している分、俺が勝ってるなぁ。何故なら、俺は絶好調に楽しんでいるから……」
「五月蠅いです」
「なげふっ」
吾郷が叫ぶような音量で勝利宣言を告げる途中、有栖の鋭い一撃が側腹部に直撃。
彼女から繰り出された並々ならぬ痛みが体中を駆け巡り、吾郷はその場にうずくまった。
先程まで余裕綽々だった彼を呆れた目で見ながら、有栖は言葉を紡ぐ。
「まったく、同じクラスになってこの騒がしさは大変ですよ」
「有栖、そこまでしなくても」
「一登も一登です。あなたがそんな様子だから彼がつけあがる態度を取るんですよ。キッパリとした態度を取るべきです!」
一登の煮え切らない対応を怒ってか、有栖は一登の胸を差しながら自分の内にある思いを口にした。
その隣では遠くで様子を見ていた蒼汰が吾郷を担いで回収し、他の一同の元へ連れていく。
「ねぇ、吾郷」
「なんだよ、氷室」
「一登の事、気にかけてありがとう」
「けっ、そんなんじゃねえよ。そんなんじゃ」
蒼汰の感謝の言葉につっけんどんな表情をしながら吾郷は引きずられていった。
一体何を話しているのか、一登は不思議そうに見つめていると、有栖から急に手を握られ、引っ張られる。
「ほら、何時まで突っ立っている気ですか? 優奈も、一緒に行きますよ!」
「お、おい!」
「有栖、待って! 自分で行けるから!」
有栖から腕を掴まれ、共に連行されていく一登と優奈。
その姿を遠くから見ていた里子は「何をしているんだか」と呆れながら眺めていた。
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時間は少し進み、望月の内部に備えつけられた移動ルームに入った一同。
瞬く間に地上から空へと上がっていく外の光景に、生徒達一同は驚いていた。
「すっごいです、地上があんなに小さくなってる……」
「技術の進歩って凄いのねぇ。少し前まではフィクションとかそういう世界なのに、こんな形で自分の足で運ぶなんてね」
地上から離れていく光景を見て、珪花と里子は感心していた。
他の生徒達も好奇心な目で眺めており、一登と優奈も興味を惹かれている。
「すごい、昼間なのに空が暗くなってる」
「まるで夜みたい」
「ああ、本当に宇宙へ行くんだな」
一登と優奈が並んで外の様子を眺めている様子に見て、嬉しそうな表情を浮かべた。
今まで見たこともない光景に興味を示し、二人で楽しんでいる。
警戒心を解かないながらも社会科見学に楽しみ始める。
少し時間を経過した後、移動ルームは成層圏を突き抜けて宇宙に変わると、妙な浮遊感が感じる。
周囲の変化に気づき始め、そこでようやく重力が軽くなったとわかった頃には体が若干浮き始めた。
そこで真理愛が大声で叫ぶ。
「皆、今から重力が変わるから気をつけて。周囲にある取っ手に掴まって」
そう言われて、備え付けられていた取手に掴み始める生徒達一同。
一登達も例にもれず、取手に掴み、浮遊する体を安定させる。
周囲の様子を見渡せば既に成層圏を離れて漆黒の宇宙を進み、軌道エレベーターの先にある中継地点・巨大な宇宙ステーションへと辿りつこうとしていた。
そこで、とある生徒が声を上げて何かを見つけた。
それに気づいて一同が注目すると、宇宙空間に漂う大小さまざまな
「――――Change:Power Hand」
スペースシャトルにしては余りにも小さな、人型のそれは足場となるバイクのような乗り物に乗って自分の身の丈以上もあるスペースデブリを掲げて宇宙空間を飛んでいた。
最初は宇宙服を身に纏っていたのかと思っていたが、武骨な外装の赤い手をその姿を見て、一登達生徒も眉を顰める。
「あれって、作業の人なんでしょうか?」
「えっ、繋ぐやつをつけててないけど作業中の宇宙飛行士じゃないの?」
珪花と里子の言う通り、宇宙飛行士ならば宇宙空間で作業する時に必要なテザー(命綱)が何処にもついてなく、スペースデブリを片付けている場所も宇宙ステーションから遠く離れていた。
とてもじゃないがバイクらしき乗り物で作業するにしては少々かけ離れた光景に生徒達は戸惑いと興味がないまぜになった反応を浮かべる。
そんな中、真理愛はその奇妙な宇宙飛行士を見て、ニヤリと口元を緩めた。
「変わりないようね、彼も」
真理愛は宇宙に彷徨うデブリを片付ける一人の宇宙飛行士を見て、何処か懐かしい表情を浮かべるのであった。
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係留基地をも兼ねている宇宙ステーションに辿り着いた一同を出迎えてくれたのは、宇宙ステーションに努めている職員の人々だった。
城南大学附属高校の多くの生徒達が興味津々に様子を伺う中、代表者と思わしき一人の男性が前に出て挨拶を行う。
「ようこそ、我が日本が誇る軌道エレベーター望月へやってきてくれてありがとう。俺は石動惣一、ココの責任者だ」
代表者の男――『石動 惣一』は一登達生徒一同の前に名乗り上げると、真剣な表情を向けた。
生徒の中には石動の表情を見て息を呑むが、その様子を見て石動は硬い表情からすぐに笑みを含んだ柔らかな切り替わる。
「まぁ、硬いお決まり事はこのくらいにして、今は自由に楽しみたまえよ! 未来の若人!」
「「「……」」」
石動の一瞬での変わりように唖然とする一同。
ココの責任者であるこの人物がなのか、と吾郷が臆することなく真っ先に手を上げて話しかける。
「あの、すいません。もしかしてアナタが真理愛先生の知り合いってことですか」
「梅花真理愛先生の事はよく知っている。アイツがよーく話していたからな」
「アイツって?」
「ああ……日課のデブリの清掃を終えている頃だろう。お、来た来た。おーい、待たせやがって」
石動が"その人物"を目にして、大きく手を振った。
一同が振り向くと、そこに姿を現したのは、一人の"異形じみた人型の存在"。
黒いボディに銀色の手足、赤い双眸の銀色のマスクに加え、一番目立つのはその頭に生えた兎の耳にような意匠のパーツ。
何処か機械的にも思えるその姿をした人物は城南大学附属高校の生徒達を一瞥し、その中で真理愛の姿を見つけると礼儀正しく頭を下げた。
「お久しぶりです、師匠」
「元気そうで何よりよ。そして随分な活躍のようね。あんなスペースデブリを片づけているなんて」
「生身の人間に危険でできない事をやるのが私達の義務であり使命です。もっとも、綺麗な宇宙を見せたいのが本音ですよ」
ロボットを思わせる機械的な外見から予想外の流量な日本語を繰り出すと、師匠と呼んだ真理愛にたわいのない話を交わらせた後、生徒達に向き直った。
そして、自身の手に胸を当て、彼は自己紹介をし始めた。
「はじめまして、城南大学附属高校の皆様。私の名前は
人型の機械、もとい惑星開発用人型ロボット『RV-9』は望月にやってきた城南大学附属高校の生徒達を快く受け止めるのであった。