時間軸的には『BEGINS・ROAD』の後のお話。
目を開けるとそこは私の部屋だった。
私のよく知る実家の部屋、年頃の娘が住むにしては少し大きい気がする部屋……その見慣れた光景をベッドの上から降りると、自室を出た。
明かりが灯ってない廊下を進んでいきながら私は浮かない気持ちで悩む。
この家は私に息苦しく、辛いこと以外なかった。
『彼』と最後に別れて以降、この家の厳しさを知ることになった……高貴な人間にふさわしい人間になるべく、受験戦争に打ち勝つための勉強や習い事に時間を割かれ、鬱屈した日々を過ごしていた。
辿り着いたのは、大きな食卓が置かれた食堂にやってきた。
席には既に、父と母が座っていた……私はそそくさと自分の席に座ると、運ばれてきた食事にありつく。
ちゃんと湯気も立って彩り豊かな高級そうな食事。
でも、今の私にとっては口に運んでもどうしても冷めた食事に感じて仕方がなかった。
淡々と食す私の元に、母が唐突に口を開く。
「優奈、もうあの学校を通うのはやめなさい」
「……! 母さん! それっていったいどういうこと!?」
「これからはこちらで用意した教師で通信教育で勉強しなさい」
「そんな……勝手すぎるわ! 私だって進路を選ぶ権利は……」
私は席から立ち上がり、反論をしようとする。
だがそこへ制止をかけたのは父だった。
「優奈……自覚しなさい。仮にも飛鳥家の人間としてこれからのこの国を未来を背負っていくんだ」
「父さん、あなたまで……!」
「全てはお前の幸せのためなんだ。幸せな道を歩ませたいんだ。わかってくれ」
「……だからって、娘の通ってる学校をやめさせるなんて……」
私は怒りを通り越して、呆れからくる悲しさで胸の内が溢れかえっていた。
ここまで自分の親が愚かだとは思っていなかった……自分の子供が行く未来の道まで無理やり作り上げてくるなんて。
もうこの二人の顔を見たくない、そう思った私は席から立ち上がり、食堂から出ていこうとした。
扉まで差し掛かった所へ、誰かが私の手を掴む。
「なによ、離してよ」
「優奈……」
「離してって言ってるでしょ!」
私は大声で叫びながら、手を掴んでいる人物に向けて振り向いた。
だがそこにいたのは、父の姿でも母の姿でもない……。
―――あの時遭遇した、
「……ひっ!?」
私は思わず悲鳴を上げて逃げようとするが、怪人の強力な握力が私の腕を締め上げていく。
腕に走る痛みに耐える私へ怪人は囁く様に口を開いた。
男にも女にも聞こえる、ノイズがかった不気味な声で。
「お前に選ぶ道などない、我らが選択した道を行けばいいのだ」
「い、いや……!」
「そうだ、選択した我らが民、お前は我らの理想の礎に相応しい」
「……!!!」
私は迫る悪魔の声に、その言葉に、その意味に耐えられなかった。
誰か、誰か助けて……。
心からの叫びが、悲鳴となって上がる。
最早冷静さを失った私へ悪魔の手が伸びる……。
―――その時だった、二つの拳が悪魔の怪人の顔面に叩き込まれたのは。
振り向けば、私にいたのは二人の人影。
一人は見覚えがある、一登君と私が変身した赤と白の仮面ライダー・ジェイナス。
そしてもう一人は、……見覚えのない、謎の仮面の戦士。
暗い影でよく見えないが、黒い仮面と真紅の瞳を宿し、先程殴りつけた拳が返り血によってなのか赤く染まっている。
二人の仮面の戦士のうち、ジェイナスは私の身体を受け止めて抱きしめる。
「一登君……?」
あの時再会できた彼の名前を呼ぶ私。
だがその返答を聞く前に二人の後ろが眩い光に包まれて、私の見えている世界が白く染まっていく。
私の意識は、暗転した。
~~~~~
優奈が目が覚めると、そこは知らない天井。
部屋の中を見渡すと自身がいるベッドとちょっとした机以外、目ぼしいものがない殺風景な風景。
一体ここは何処なのか、と寝ぼけた頭で考えていると自分が今まで起きた事を思い出す。
「そうだ、私……家出をして、逃げていて、それで彼と会ったんだ」
優奈は昨日の壮絶な出来事を思い出す。
ライドクリスタルとドライバーを探す追手から逃げている所、数年ぶりに再会した一登と巡り合い、彼に助けられる。
ショッカーライダーという未知の怪人の出現、そして仮面ライダーに変身して戦った事。
なんとか勝利を収めた後、行くところのない私を彼と八代さんがこの喫茶店「NewAmigo」が受け入れてくれた。
そして一登君と彼の預かり人である悠二さんこの部屋を寝床として提供され、そして床に就いてこのベッドで寝た。
今は一登くんから借りた寝間着姿になっている自分の姿を見て、ちょっと気恥ずかしくなる。
「よく考えたら、これって彼シャツ……彼パジャマになるのかな」
自分で何を言っているのかわからないが、とりあえず落ち着くために優奈はベッドから降りて、部屋から出た。
廊下に出ると香ばしい匂いが漂ってる事に気づき、足を運んでみる。
喫茶店NewAmigoの店内、その中のカウンター席で先に朝食を食べ終えたであろう悠二が珈琲をいれたカップを啜っている様子が窺えた。
こちらの姿が目に入った悠二が人懐っこい笑みを向けて朝の挨拶を行う
「おう、おはようさん」
「おはようございます。あの、ベッドありがとうございます」
「いいってことよ。それより大丈夫か? なんか魘されていた様だけど」
「えっ……?」
優奈は悠二の言葉を驚いた表情を浮かべる。
暫し考えた後、誰にも聞かれない様に小さな声で囁く。
「あの、一登君には内緒でお願いします」
「なんだよ、言いなさいな」
「……夢を見たんです、悪夢を。家の中にいる私がいて、そこで学校を辞めさせられる夢を」
「学校を? なんで突然……」
「私は学校だと親の言われた通り、高い成績を収めていました。けど、ある日突然学校を休学させられたんです。しかも一方的に電話越しで……」
憂いた顏に暗い影を落とす優奈。
……それは突然の出来事だった。
海外へ出張している両親から突き付けられた突然の休学届。
本人の了承もせずに勝手に進められ、今通っている学校にいけなくなった。
幸か不幸か、それほど仲良くしている友達はいなかったため未練などはなかったが、それでも自分の相談もなしに学業の事を言われてショックだった。
静かに聞いていた悠二はただ静かに頷いて優奈の話を聞き続ける。
「……私、わからくなってしまったかもしれません。自分の事も、親の事も」
「はぁーあ、一体今の親は何考えてるんだろうね。勉強をしろしろってうるさいくせに、大切な事を学ばせないって」
「大切な事って?」
「ああ、勉強だけじゃない。友達との付き合い方とか、自分の生涯夢中になれることを見つけるとか、あと恋の仕方なんてものもあるな」
悠二の言葉を聞いて、優奈が思い浮かべたのは……一登との学生生活。
一緒に登校して、一緒に学業を修め、昼休みには共に昼食を楽しみ、そして一緒に同じ帰路につく。
たまには友達と呼べるクラスメイト達と放課後遊びに行く。そんなたわいのない毎日……。
そんな淡い夢の光景を思い浮かべて、少しだけ顔に笑みが戻る。
悠二は笑顔を取り戻した事に嬉しく思うと、席から立ち上がる。
「さーてと、優奈ちゃん。起きてきて悪いけど、一登のヤツ起こしに行ってくれないか?」
「一登君を起こしにですか?」
「アイツ、中々起きないんだよなぁ。俺も結構手を焼かされていてさ……頼む! この通りだ!」
「わかりました。私、一登君を起こしてきます」
手を合わせられて頼み込む悠二を見て、優奈は了承する。
優奈が店内の奥へ引っ込んだ姿を見届けると、悠二は顎に指を乗せて考え込む。
そして、何かを決断したかのように、ポケットにいれていたスマートフォンを取り出す。
「さーてと、未来ある若人のために俺も人肌脱ぎますかね」
悪戯っ子めいた笑みを浮かべて、悠二は電話アプリを起動させるために指をかけた。
~~~~~
一方、一登の部屋。
ベッドと机の上に置かれたデスクトップ型パソコン、何らかの本が置かれた本棚という年頃の男にしては殺風景な内装の部屋にて、今も夢の中にいるのは夏川一登。
つい先日、幼馴染の優奈と共に仮面ライダージェイナスとして戦い勝利を収めた彼も、寝ていれば一般の少年と変わらない。
今年で高校2年生となる彼は、学業をそつなくこなして学校生活を満喫していた。
……そんな彼の部屋に、そっと忍び込む人影があった。
「えっと、お邪魔します」
人影……もとい、優奈はこの部屋の主を起こさないようにひっそりと入り、ベッドへと向かう。
そこには小さな寝息を立てて寝ている一登の姿……。
そんな彼の寝顔を見て、優奈は愛おしそうに見ていた。
「ふふっ……変わらないなぁ。キミの寝顔は。思い出の中にある寝顔と同じだな」
優奈は近くによって、一登の寝顔を眺め始める。
子供の時にあった彼とは違う細身ながらも鍛えてある、ほどよい長さの黒い髪、そして男にしては中世的な顔立ち。
胸をドキドキと鼓動させるには容易だった。
なにより、
それだけで優奈の顔が綻んでいるのが嫌でもわかる。わかってしまう。
「……ああ、ずっと見ていたいな。キミの寝顔は」
優奈は優しい笑みを浮かべながら、少しの間だけ起こさない様に一登の寝顔を眺めていた。
ついさっきまで見ていた悪夢の事など、忘れさせるように。
やがて、壁に立てかけられた時計がもう既に5分も過ぎていると知ると、ハッと我に返る。
「い、いけない……! 一登くん、起きて!」
「う、ううん……ゆ、優奈?」
体を揺すられて渋々と起き上がる一登。
ぼーっとした表情で優奈の顔を眺め、意識が覚醒してくると状況を理解したのか、目を見開いて慌てだした。
「優奈! お前、なんで俺の部屋に!?」
「一登君を起こしに来たからに決まってるでしょ」
「だからって、男の部屋へ不用心に入るんじゃない!」
「え、でも相手は一登くんなんだよ? 大丈夫だよ」
「大丈夫なわけあるか!? いいから今から着替えるから下で待っていてくれ!!」
「ちょっ、一登君!」
優奈の言葉も聞かず、一登は外の部屋へと追いやった。
彼女を廊下へと締め出した後、扉にもたれ掛かって座り込み、深くため息をつく。
「たっく……途中で起きていたけど、なんだよ。あのかわいい生き物は……反則過ぎるだろ」
顔を手に抑えて、顔を赤くする一登。
―――ふと夢から覚めて起きてみれば、いつの間にかこちらの顔を覗き込む優奈の姿があった。
しかも、何故か自分の顔を見て幸せそうな笑みを浮かべているではないか。
なぜそうなったのかは気になるが、そんな事をどうでもいいほど一登は彼女の愛らしさに思い悩んでいた。
一登は悶々としたものを抱えながら、着替えの支度を始めることにした。
~~~~~
―――その数日後、NewAmigoにて。
慌ただしく始まる平日の始め。
この時間にはモーニングメニューを求めて来店してくるお客さんが何人もいた。
悠二は二人の業務員と共に器用にお客さんを捌いている最中。
そこへ、店内の奥から制服姿の一登が現れる。
「おやっさん、そろそろ登校するよ」
「おう、今日も行ってこいや」
「ああ、行ってきます。―――優奈、いくぞ」
「待ってよ一登君! おじ様、行ってきます!」
一登に続いて現れたのは、同じ雰囲気を身に纏った制服姿の優奈。
彼女は花が咲いたような笑顔を悠二を向けて挨拶を交わした。
二人の高校生は共に店の出入り口から出かけていき、悠二は優しいまなざしで見送っていた。
――――青・春・ノ・道
――――二人の夢への道は、まだ始まったばかりであった。