15話です
「マ……マジか……」
昔からの友人が何度も邪魔をしてきたディノスであったことに驚愕し、思わず鎌を取り落とした俺こと恵理也。
その隙を突いてディノスは飛び掛かってきた。
「っぶね!?」
ギリギリのところでディノスの拳を躱し、カウンターを叩き込んだ。
邪魔をするやつは誰であろうとぶっ飛ばす。そのはずなのに俺は今ほんの一瞬だけ拳を振るうことを躊躇ってしまった。どうしてだろうか。
戸惑いをかき消すようにディノスは俺へ斬りかかってくる。すんでのどころで鎌を拾い上げ、その斬撃を受け止めた。
「思い出したか!! 俺の前で殺した人のことを!!」
「知ったことかそんなもん!!」
講釈を垂れやがってこの野郎。そんな怒りが沸々と湧いて来る。どうやら何故俺がこんなことをしているのか理解していないらしい。会う度に教えているような気がするが、仕方がない。教えてやるとしよう。
「良いか? あいつらは生きてちゃいけねえ連中なんだ。だから消さなきゃいけない。ゴミを捨てなきゃいけねえのと同じことなんだよッ!!」
力任せにディノスの斧を振り払い、空いたその胸板へ鎌の柄の部分を突いた。ディノスは苦しそうな悲鳴を上げ、少し後ずさって体をくの字に折る。
その様に、俺は憐憫の情を抱く。前まではただの邪魔な野郎だった。会う度に偉そうにあれこれ言って突っかかってきて、邪魔をしてくる鬱陶しいやつ。
だが今は違う。その正体が友人であるとわかってしまった。きっと俺はそこに付け込まれているのだろう。友人を傷つけることはしたくない。これは恐らく人として当たり前の感情だ。
邪魔されたことに対する怒りと、友人を傷つけたくないという理性。それらを天秤に乗せる。
「……人に対してゴミとか言うなよ。ドーパントだってあくまで人間だ」
ぐるぐると思考が回る頭に、すっとそんな言葉が入ってきた。見れば、ディノスはゆっくり起き上がりながら何か語り掛けてきていた。
「ガイアメモリを求めたのにだってきっと何か理由があるはずなんだ。それを無視してみな一様にクソどもだって言って殺すだなんて俺には到底許容できない」
あいつの口から出てくるのは綺麗事。所詮はあいつが人に抱いている幻想だ。心の底から善性に満ち溢れている奴がいる一方で、根っこから腐ってるクズだっている。これが現実なのに。
「殺して殺して殺し続けて、本当にお前の望む安寧がその先にあると思ってるのか? ガイアメモリに手を出す人間が減るとでも思ってるのか?」
なおもあれこれと講釈を垂れてくる。わざわざ大金を叩いてガイアメモリに手を出す連中が、言葉でなんとかなると思っているのだろうか。務所送りになったところで更生すると思っているのだろうか。
本当にそんなことを信じているのなら、こいつは反吐が出るほどのバカだ。
「何度でも言うがどんな理由があったって人を殺すのは駄目だ。許されることじゃない。お前がそれを理解出来ないってんなら、お前をフルボッコにして嫌でも理解させてやる」
──あぁ。こいつは本当に。
「俺を怒らせるのが上手いなァ、蒼ィ!!」
重い鎌を投げ捨て、拳を握り締めてそれを打つ。半ば不意打ちのような形になり、ディノスはそれに対応出来ずに俺の拳をただ体で受け止めるしかなかった。
彼はぐぅ、と苦悶の声を吐き出して数歩たたらを踏んだ。
こいつは友人だ。そんなことを叫ぶ自分がいるのも確かだ。さすがにやり過ぎではないのか。そう思わないこともない。
それがどうした。そんなものはもう知ったことではない。
これまでのやり取りで理解した。俺とこいつはお互いに理解し得ない存在であることを。
俺は恨みと怒りに突き動かされて戦ってきた。少しばかりは誰かを守ってやろうなんて思いがあるが、そんなものはドーパントを殺すついでだ。救えないんだったらそれでいい。
だがディノスは違う。誰かを助けるために戦っているのだろう。だからこそ誰かが死ぬのを許せないし、人間を全て助けようとする。
考え方が、戦う理由がそもそもとして正反対なのだ。理解出来るはずもない。
であれば対立するしかないだろう。お互いの信念を、信じるものをぶつけ、相手を叩き潰すしかない。
どうせどれだけ話し合ったって水掛け論にしかならないのだから。
「お前をぶっ潰して金輪際偉そうに語れねえようにしてやる……ッ!!」
怒りを全面に押し出して吼える。ディノスも少し回復したらしく、拳を振り上げて俺に向かってきた。
交差する全力のストレート。お互いの頬を捉え、同じように脳を揺さぶられたたらを踏む。
しかしパンチの威力には差があったらしい。それか、単に俺が戦い慣れているからだろうか。先に体勢を立て直したのは俺の方だった。
言葉ですらない叫びを上げながら鳩尾を狙って足を突き出した。
それをもろに喰らって数回地面を転がり、しかしそれで倒れることは無かった。鬱陶しいことに、俺を本気で倒すつもりなんだろう。
すぐに起き上がると、メモリを腰にあるスロットへと挿し込んだ。
《Dinosaur!! MaximumDrive!!》
「この一撃に賭ける……!!」
どうやら殴り合いでは勝ち目がないと判断したらしい。必殺であるマキシマムドライブでけりを付けようとしているようだ。
ならば俺もその賭けに乗ってやろうではないか。
《Hazard!! MaximumDrive!!》
「こいつで終わらせてやる」
黒いオーラが右手に集まっていく。それを強く握り締め、ディノスへ駆け出した。
相手は茶色いオーラを右手に。俺の方へと駆けてくる。
「ウオオオオオッ!!!!」
「ドリャアアアッ!!!!」
拳を突き出したのはほぼ同じタイミングだった。黒を纏う拳と茶色を靡かせる拳が強い衝撃波を伴いながらぶつかり、押し込み合いが始まる。
どちらも一歩も引こうとしない。意地と意地のぶつかり合いだ。
数秒押し合い、やがて均衡が崩れる。
「……ッラァ!!!!」
押し勝ったのは俺の方だった。文字通り全力を込めたその拳でディノスの拳を打ち破り、ガラガラに空いた顔面に叩き込んだ。
パンチを喰らったディノスは今までに見たことがないほど吹っ飛んでいき、変身が解除されその身を晒す。
その体はボロボロだった。近付いて見てみれば口から血を垂らしていた。少なくともまともな状態ではないだろう。
変身が解除されてもなお、俺に対して純粋な怒りを含んだ目を向けてくる蒼。俺はそれが眩しく感じた。
「……言ったろ、二度とその面を見せるなって。次邪魔したら殺してやるからそのつもりでいろよ」
少しだけ。ほんの少しだけの情けを掛けてその場を後にする。後味の悪さが胸の中にずっと残っていた。
ゆっくりと目を覚ます。朦朧とする意識の中、俺は息を吐き出した。
「……ま~た負けたか」
こんな路上で気を失っていた挙句、体の節々が痛みを訴えている。どう考えても負けてしまったと考えるのが妥当だ。
熱せられたアスファルトがじりじりと肌を焼いてくる。それに耐えかねて、痛みを無視して無理矢理起き上がった。正直苦しくはある。
俺とあいつで何が違うのだろう。別に正義が必ず勝つ、だなんて夢物語を信じているわけではない。
俺もあいつも、一応は仮面ライダーだ。同じドライバーを使っている。違うのはメモリか、信念。今まで辛酸を舐め続ける羽目になっているのは、そのどちらかが原因のはずだ。
俺にはその両方が原因になっている気がしてならない。
「あの黒いの、また炎みたいなのを纏ってたな……」
俺を黙らせてやる。そう叫んだ少しあと、彼の体から少し前に戦った時に見せた黒い炎が吹き上がっていた。きっとあれはメモリの能力によるものだ。あれを纏ってから、あいつの攻撃がやけに重たくなっていたようにも感じる。
まさか見た目が派手になっただけ、などというふざけたものではないだろう。あれを発動させるトリガーは何なのか。本人が意識して使えるものなのか、それともそんなことはなくて、勝手に発動してしまうだけなのか。
もし意識して使えるのであればかなりキツイ。素の時にどれだけ耐えて渡り合ったとしても、結局のところあの状態になられたら俺に勝ち目はない。
「ハザードメモリ、なぁ」
名前よろしく、あの炎を纏ったあいつは本能が危険であると強く訴えかけてくる程の威圧感がある。本人が抱えている狂気的な思想も相まって、この場で殺されてもおかしくないとも感じる。
これほどまでにあいつにピッタリなメモリなんてないだろう。止めようとしても止められない暴走列車のような存在なのだ。危険でないわけがない。
出来ることなら、あまり鉢合わせたくはない。出会ったところで協力関係になるわけでもないし、それどころか潰し合うだけ。この場を去るときに次は殺す、などとセリフを吐いていったわけだから次こそは本当に殺されるかもしれない。
あいつならやりかねない。
だが会ったとしたら止めなければいけない。どうしてそこまで殺すことにこだわっているのかわからない。倒すだけではダメなのか。どうしてそこまで恨みを持っているのか。
やはりわからない。俺はあいつのことを知らなすぎる。自ら素顔を晒した俺とは違い、あいつはその顔を俺に見せていない。名前も知らなければ素性だって知らない。わからないことだらけだ。
「……この際もう警察とか探偵に調べてもらうべきなのか?」
やはり一個人で正体を暴くだなんて無茶が過ぎる。大した人脈なんてないから情報を仕入れることもできなければ、聞き込みをする時間も限られる。
それなら、そういった方面の専門家である警察や探偵に調べてもらうのが手っ取り早い。警察は言わずもがな、幸いにも腕のいい探偵がいるという話も風の噂で聞いたことがある。きっとそれらの人間なら割り出してくれはするはずだ。
ただ懸念点が一つ。
「でもどう考えてもやべえよな……」
それは調査の対象があまりにも危険人物過ぎるというその一点。人を殺すのに躊躇いがないのを見るに、邪魔をする人間なんてどう考えても殺すはずだ。俺が見逃されたのはどうせドーパントをどうにかできる数少ない人間だからというだけのはず。これが一般人だったら俺は今頃三途の川を渡っていることだろう。
そんな人物の調査をお願いするだなんてことは出来ない。探りを入れた人が殺される可能性はもちろんのこと、依頼した俺が殺される可能性だってある。
「殺されるかもしれねえようなことを人に頼めるわけねぇよなぁ……」
となれば、俺一人でなんとかした方が良いだろう。これは俺が解決するべき問題だ。誰かがあいつを止めたのならそれで良しと思えばいい。だが、俺が他人の命を危険に晒すことだけはしたくない。そんなことをするくらいなら、俺がその危険を全部背負った方がいい。
覚悟ならもう決めた。
「……ひとまず、帰るか」
いつまでもここに居たってしょうがない。痛む体を引き摺りながら、家に向かって歩き出す。
俺が黒い仮面ライダーに名を呼ばれていたことに気がつくのは、もう少し後の話。
静かな家の中。黒神恵理也は洗面所で空気を求め、息を荒げていた。
「……血、か」
口から垂れる血。その量は蒼が吐いていたそれよりも遥かに多く、洗面台を赤く染める。
彼に目立った外傷はない。傷ついているのは体の内側であった。
「ちょっとやり過ぎたか……?」
呟き、口元の血を拭うと力無く床に座り込んだ。
彼がここまで弱っている原因はガイアメモリとの適合率によるものだ。ガイアメモリとその使用者の間には適合率というものがある。それらが高ければ高いほど、メモリの能力を引き出すことが出来る。
彼とハザードメモリの適合率はかなり高い。それも彼と最高の相性を持っていると言っても過言ではないほどに。
ではもし。もし適合率が恵理也の感情の昂りによって一時的に上昇したら?
その結果がこれだ。いきなり掛かる大き過ぎる負荷に体は耐えられない。その時のダメージ……いわゆる反動が、今になって彼の体を襲っていた。
「夏季休暇中で助かったな……」
ポツリと呟いた。これが授業期間であれば休む羽目になっていただろう。少なくとも数日間は大人しくするしかない。その時の休む理由を考えるのが面倒くさい。
体を休めるためにも、仕方ないことではあるのだが。
そんなことよりも、だ。今、本当に重要なのはそんなことではない。
「にしてもまさか蒼のやつが仮面ライダーやってるなんてな……」
今日判明した驚愕の事実。どうして蒼がガイアメモリとロストドライバーを持っているのか。長く友人として接してきたのにどうして気が付かなかったのか。
確かに正義感があって、悪いことは悪いと断言して非難するような彼なら正義のヒーローにお似合いだ。
だが恵理也はどうしても受け入れる事ができなかった。ああして鉢合わせては戦うような犬猿の仲である以上、何れは本気で殺し合うことになるだろう。それは恵理也も薄々感じ取っていた。
自分の信念を曲げることなどできはしない。誰に何を言われようが、例え法律が許さずとも捨てるつもりなど彼には無い。
そしてそれは蒼も同じことだろう。結局、彼らは対立して潰し合う以外に道など無い。
恵理也はそれが受け入れられなかった。
「……友達では、あるからな」
どこまでも憎いとはいえ、その中身が友人であるというその一点だけで彼は殺すことを渋っていた。
戦っている最中はそんなことは度外視だ。それで躊躇って負けるわけにはいかない。
だが冷静になってみれば。彼を痛め付けた事による罪悪感が重く心に伸し掛かってくる。
これを振り払うか否か。今の彼には、それが引き返す最後の機会のように思えた。
「……俺は」
どうしたら良いんだろうか。そんな言葉を吐きそうになって口を噤み、窓のある方へと目をやった。視界の端に入る両親と幼い頃の彼の写真。
本来であれば今でも続いていたであろう、幸せな時間がそこに残されている。そこに写っている彼の表情も、今の彼とは酷く対照的だ。
「……そうだよな。俺には、もう」
自嘲するように呟き、俯く。
今の彼にはもう何も残っていない。帰るべき場所も、家族と過ごす幸せな時間もとっくの昔に奪われた。数少ない友人と過ごす時間でさえ、もう今までのようには過ごせない。
今更どうこうしたって、この現状はもう変えられない。
ならば。
「……もう迷う必要はない、か」
静かな部屋に彼の呟きが反響する。
虚ろな雰囲気を纏った恵理也を、沈みかけた太陽の光が照らし出した。
風都某所にある静かな廃工場。そこに男が一人。
「いや〜久し振りにこんな事するなぁ」
男はいたってなんでもないような事のように呟き、目の前にいる女性を見つめる。
女性の状態は、はっきり言って普通ではない。
手足は縛られ口は塞がれ、自由という自由を奪われていた。その上で服もところどころ裂かれており、裂け目から覗く肌からは出血してしまっている。
表情は恐怖に歪み、目からは涙が零れ落ちていた。
そんな女性に、男はこう言葉を掛ける。
「そんなに喜ばなくてもいいじゃん」
どうして女性が喜んでいるように見えるのか。この場に第三者がいたらそんな感想を抱いたことだろう。
男には冗談ではなく本気で女性が喜んでいるように見えていた。
「待ちきれないかぁ。なら仕方ないね」
ポッケからガイアメモリを取り出し、それを起動する。
体に挿し、ドーパントへと変貌を遂げた男。女性は一層逃げ出そうともがき、しかしギッチリと絞められた縄は解ける気配はない。
女性は大粒の涙を流し、ゆっくりと迫り来るドーパントを見上げる。それが彼女の見た最期の景色であった。
「さぁ……始めよっか?」
ドーパントが楽しそうに呟く。数秒後、辺りに凄まじい量の鮮血が散った。
終わりに向けて、物語は加速していく──
そんな予定です。予定ってだけです。