16話です。
夏の長期休暇が終わり、久々の登校。今日からまた授業が始まるのだと思うとうんざりするが、だからといってずっと家にいるというのも苦痛だ。暇を持て余してしまう。
それに俺は──蒼は学校で確認しなければいけないことがあった。
「おい〜す」
数週間振りに会うクラスメイトたちへ軽く手を挙げながら挨拶する。返ってくる挨拶を耳に入れ、椅子に座って思考の海に沈む。
長期休暇中に一度、黒い仮面ライダーにボコボコにされた。それはもう言い訳のしようがないほどに。
別にそれだけだったら構わない。負けたのは俺が弱かっただけだし、今更何を言おうが勝ち負けが覆るわけじゃない。
問題なのは黒い仮面ライダーが俺の名を叫んだ事だ。俺はあいつにディノスという名前以外で名乗ったことがない。だからこそおかしいのだ。
どうして俺の名を知っているのか。当たり前のことではあるが、俺の名を知らないのであればディノスだとかお前だとか、そうやって呼ぶはずだ。なのにあいつは俺のことをそう呼んだ。
つまりあいつは俺のことを知っている人物ということになる。思い返してみれば、俺がロストドライバーを取り出したときや変身したときに驚愕していたような節があった。
『お前……なんでそんなもんを持ってる……?』
『マ……マジか……』
あいつが吐いたこの言葉。ただの一般人にしか見えなかっただろう俺がロストドライバーを持っていることや、変身したことに対して戸惑っているだけという可能性ももちろんある。
だが俺のことを知っているからこそ、俺が仮面ライダーのうちの一人であることに驚いているという線はないだろうか。
こんなものは単なる妄想だ。ただ、俺の名を叫んだというそれだけでここまで思考を巡らせているだけ。
だがその一言が、奴の正体に迫る鍵に思えてならない。絶対に身近にいるはずなのだ。そうでなければ俺の名を知っている理由が説明出来ない。
それに今になって思うと、あいつの声もどこかで聞いたことがあるような気がする。そうだ。それが、あいつが俺の身近にいる奴だと半ば確信している理由だ。
ただ、一人で探し出すにも無理がある。対象が風都のどこかにいる、から俺の身の回りにいるになっただけ。俺の力で探すには少々、というよりはかなり範囲が広過ぎる。
所詮はただの高校生だ。警察のように捜査出来るわけでもないし、探偵のように人脈があるわけでもない。
とりあえず同じクラスにいないかを確認したくてうずうずしていたが、どうやら空振りに終わったらしい。返ってきた挨拶の声全てがあいつのそれとは似ても似つかないものだった。
「……一体誰なんだかなぁ」
聞き覚えはある。だが誰だかわからない。それがどうにも気持ち悪くて、誰かに打ち明けてしまいたくなる。
そもそも俺が仮面ライダーであるということを隠しているのも、やいのやいのと騒がれたくないからだ。別に黒いあいつみたいに法を犯しているわけでもないし、バレたところでそこまでダメージはない。
恵理也にでも相談してみようか。驚かれはするだろうが、あいつはあれこれと人に言い触らすような口の軽い奴じゃない。きっと親身になって協力してくれるはずだ。
そう思い、教室を見渡した。そこに恵理也の姿はない。
「……恵理也は来てないのか?」
「まだ来てねえな」
見たらわかるだろ、とでも言いたげな目線を送られた。俺はそれに珍しいな、と言葉を零す。あいつが休んだ事なんて今まで片手で数えるくらいしかない。
一人暮らしだから体調を崩したら終わりだ、とかなんとか言って健康にはそれなりに気を遣っていたようだし、実際に無病息災を体現したかのような奴だった。時たま休んだかと思えば法事だとかその手の事情であることがほとんどだったから、今回もそのケースだろうか。
そんなことを考えているとホームルームが始まった。教師は教室を見渡し、一つだけ空いている席を見つけると少々驚きながら声を出す。
「黒神が休むだなんて……珍しいこともあるもんだ。もしかしたら寝坊してるだけかもしれんが、少し心配だな」
そう言って彼は夏季休暇中の課題を集め始めた。
俺はそんな彼の言葉に違和感を抱く。
休むだなんて珍しい、ということは欠席連絡を受け取っていないということだ。ここに来て初めて、恵理也が登校していないことを知ったのだろう。
であれば、必然的に法事だとかそういう事情で欠席しているわけではないということになる。そういった事情があれば、事前に連絡するのが常識だ。あいつがそういうことをすっぽかすとは思えない。
だったらなぜ彼は休んでいるのだろう?
妙な胸騒ぎとともに浮かんだそんな疑問が、一日中頭から離れなかった。
相変わらず鬱陶しいほど風が吹く街を、宛もなく彷徨う。本来なら学校にいなければいけない時間帯。だが俺は行く気になれなかった。
「……どんな顔して会えってんだよ」
原因は蒼である。あいつが仮面ライダーディノスであることがわかってしまった以上、もう今まで通りに接することなんて出来ない。だがあいつはそんなことはお構い無しにいつも通り接してくることだろう。
なぜなら俺がシェリフだと気がついていないだろうから。そんな彼に、どうやって接すれば良いのかわからない。邪険に扱えば良いのか、それとも自分を押し殺して頑張って今まで通りを演じるか。どっちにしても俺に対する負担は大きい。
だったらもう、いっそのこと行かなければ良いのではないか。学校に行かなければ会うこともない。携帯だって無視していれば良い。
そう判断してサボった。暇を持て余しているからというくだらない理由で外を出歩いているため、特に目的もない。
「……まぁ、たまには良いか」
こんな日があっても良いはずだ。まぁそのうち学校から電話が掛かってくることだろうが、それはその時になんとかすれば良い。
今はただ、ゆっくりと過ごしていたかった。
そうして数十分ほど彷徨った後、少し寂れた喫茶店が目についた。たまにはこういう場所に入るのも悪くない。幸いにもお金ならある。
財布の中身を確認するや否や、俺は吸い込まれるように喫茶店へ入った。年配のマスターに案内され、カウンター席へと腰を下ろす。
温かいミルクコーヒーを一つ注文し、店の中に置かれているテレビに目をやった。流れているのはニュース番組。どこそこで窃盗事件が起きただの、殺人事件が起きただの。それらを報道し終えたかと思えば、今度は芸能人のスキャンダルをあれこれと暴露し始めた。
「……どこからそんな情報が入るんだか」
学生の俺には想像がつかない。それに人の不倫がそんなに面白いのだろうか。一定の層に需要があるから報じられるのだろうが、俺にはわからない。
世の中不思議なことだらけだ。
「お兄ちゃんは高校生さんかい?」
不意に優しい声音で尋ねられた。背筋が一気に冷え、ガガガガと音が出そうなほどぎこち無い動作でマスターの方を向く。
まさか叱責されるのだろうか。というよりどうして俺が高校生であることがバレたのだ。少しびくびくしていた俺を見かねたのか、マスターは苦笑を零しながら俺にカップを差し出した。
「ごめんね。なんとなくそう感じたってだけで、怖がらせるつもりは全くなかったんだけど。はい、ミルクコーヒーお一つどうぞ」
「あ、ありがとう……ございます……」
礼を伝え、温かいそれをゆっくり口へと運んだ。胸にじんわりと広がる温かさ。思わず表情が緩んでしまうのも仕方ない。
「……ふぅ」
落ち着く。こういうのは随分と久々な気がする。家にいたところで、誰もいないという現実が突き付けられているかのような感覚になって、到底落ち着くどころの話ではない。
学校にいてもそうだ。みな母が父が妹が弟が、と家族の話をする。俺にはそんな話をする権利すらない。それがどうしようもなく悲しくて、それをわかっている蒼以外と喋る気にはなれない。
だからこそ、こうして落ち着ける空間に身を置けたのは本当に久々なのだ。肩の力が抜けていく。
「学校に行くのが辛いのかい?」
再び話しかけてくるマスター。話しかけてくるならどうか俺以外の人間にしてくれとは思ったが、間の悪い事に今ここにいる客は俺しかいなかった。それは俺を話し相手にするしかあるまい。
無理をしてでも答えるべきだろうか。それとも話しかけるなと雰囲気で訴えるべきだろうか。その二択で少し悩み、意を決して俺は口を開いた。
「まぁ、そんなところです」
「そうかいそうかい。あぁ、学校に言うつもりはないから安心して良いからね。制服じゃないからわからないし」
優しく微笑むマスター。別に俺が気にしているのはそこではない。
「何が原因なんだかわからないけど、少し休むくらいなんてことないさ。うちで少し羽を休めていくと良いよ」
「……はい」
まぁ、好意には甘えるべきだ。そうでなければ雰囲気が悪くなってしまう。
しばらくテレビの音だけが流れる時間が続いた。その間、チビチビとミルクコーヒーを飲む。心が休まった気がした。
だがそんな時間も長く続くことはない。
『速報です。風都の○○地区の○○にてバラバラになった遺体が発見されたとのことです。警察は遺体の身元の確認と急ぐと共に、これまでの遺体遺棄事件との関係性を視野に入れ捜査を進めるとの事です』
テレビから流れたアナウンス。俺もマスターも、少し驚きながらテレビの画面を見る。知っている場所が映し出されていた。
「……物騒だな」
ガイアメモリと関係なければいいのだが。いや殺されている時点で何も良くはないか。
俺の呟きに、マスターはそうだねえと呑気に返してきた。事の重大さがわかっているのだろうか。
「十年くらい前を思い出すなぁ」
懐かしむようにのんびりと呟いた。思い出す、ということは似たような事件が起きていたということなのだろうか。
それにしても。
「十年前……?」
大体俺が幼稚園くらいのとき。両親を失ったのもそのくらいの時期だ。
何か関係があるように思えてならない。そんな疑いを持ちつつ、マスターの言葉を待つ。彼はゆっくりと頷くと、口を開いてこういった。
「そうだよ。お兄ちゃんが多分幼稚園とかそのくらいの頃になるんじゃないのかなぁ。遺体が無残なことになってたって事件が立て続けて起きたことがあってねぇ」
「……その事件の犯人は捕まったんですか?」
「う~ん、そういう話は聞いたことがないかなぁ。もしかしたら同じ人がやってるのかもしれないねぇ」
やはり。やはり似たような事件が起きていた。おまけに犯人は捕まっていないときた。
俺には同一犯による犯行としか思えない。連続で人をバラっバラにして殺すような、頭のねじが全部外れた人間が何人もいるわけがない。
心の奥底から殺意が湧き上がってくる。同一人物であれば、正真正銘両親の仇ということになる。
探し出して、殺さなくては。
もし人違いであろうと、カスが一人消えるだけ。支障なんて何もないだろう。
胸中に一つ、どす黒い火を灯し、喫茶店を後にする。
「絶対に見つけ出してやる……」
小さく吐き出した宣戦布告。それと同時にズボンに突っ込んでいたガラケーが数回震えた。
どうやら誰かからメッセージを二つ、受け取ったようだ。相手は蒼。今頃は授業中のはずだが、どうしてメッセージを送ってきたのだろうか。バレて叱られたらいいのに。
そんなことを考えながら癖でメッセージを確認する。
『なんで休んだか知らねえけどしばらく休校になるんだってさ。拉致って殺される可能性あるから家で大人しくしとけってよ』
『ところで渡さなきゃいけねえのがあるついでに少し相談があんだけど会えたりするか?』
なるほど。学校から配られたプリントか。相談事が何だか知らないが、それくらいなら付き合ってやってもいい。
どんな顔をして会えば良いかわからない。そんな理由でサボったはずなのに、少しだけなら会ってもいいと思えた。
俺こと蒼と恵理也の家の近くにある公園。そこであいつを待っていた。
渡さなければいけない紙もあるし、相談したいこともある。どういうわけだか行く気になれなくてサボったらしいが、これに応じてくれたということは少なくとも体調が悪いわけではないのだろう。その点では少し安心できる。
「……久しぶり」
「おう」
どこか少し遠慮がちな恵理也に手を挙げて挨拶を返す。見るからに表情が暗い。一体何があったのだろうか。あまり触れてはならないような気がして、俺は何も言えなかった。
静かにプリントを取り出して、それを恵理也に差し出した。その束を受け取った彼は小さく礼を言いながらそれらを捲り、それぞれの内容を確認していく。
「……これは?」
あるプリントで捲る手が止まった。俺は想像通りの反応に少し微笑みながら、その紙の趣旨を伝える。
「最近バラバラ殺人が連続して起きてるのは知ってるだろ? その犯人の特徴とか乗ってる車が書いてあんだよ。盗難車らしいから誰かまではわからんらしいけど、それを見つけたら犯人逮捕~ってわけだ。まあどこで見かけたとか、そんな情報があったら教えてくれってことらしい」
「なるほど……。警察も本気で追ってるってわけか」
「そういうことになるんだろうな」
随分と熱心にその紙を見つめ始めた。その目に生気は感じられない。どこかただならぬ雰囲気を漂わせ始めた彼に、俺は少し既視感を覚える。
その正体が何なのか。それを思い出す前に、彼は俺に目をやった。
「それで、相談って何?」
そうだ。俺はこいつに相談があったのだ。
「お前さ、黒い仮面ライダーにあったことあるんだろ? 正体、誰だと思う?」
いつだったか、うちの女子生徒が誘拐されて行方不明になる怪事件が続いたことがある。その際、あいつも巻き込まれそうになったらしい。そこを黒いライダーに助けられたと、恵理也自身の口から聞いた。
少なくとも声くらいは聴いただろう。
「あいつ、俺の名前を知ってんだよ。つまり、俺たちの身近にいるやつがその正体なんだ。それに声だって聞いたことがある。お前ならある程度推測することが出来るんじゃないかと思ってさ」
彼は俺より頭が回る。それはテストの成績の差とか普段の言動からして明らかだ。そんな彼なら、あいつの正体を暴いてくれるかもしれない。
そんな期待を込めていた。
「……相談はそれだけ?」
「はい?」
「相談したいのはそれだけかって聞いてんの」
彼は淡泊にそう返してきた。予想外の返答に若干戸惑いながら俺は首を縦に振る。
「あいつの正体を暴かなくちゃいけないんだ。これ以上犠牲が出る前に」
一般人であれドーパントであれ、誰も死なせるわけにはいかない。だからこそ、その正体を暴き、あれほどまでに憎しみを抱く理由を知り、そして止めなくてはいけない。
恵理也は、心底面倒くさそうな顔で質問を投げかけてくる。
「……どうして正体を暴きたいの?」
「止めなきゃいけないからだ」
「正体を暴けたとして、どうやって止めるつもり?」
「戦って、ねじ伏せる。そうでもしなきゃ止められない」
「そもそも止める必要があるの?」
「これ以上犠牲が出るのなら止めなきゃいけないだろ。死なせるわけにはいかないから」
若干押し問答のように言葉を交わす。その最中でも、恵理也は本当に不快そうな表情を浮かべていた。俺が知るか、とでも言いたいのだろうか。
その押し問答を終わらせたのは、彼が深い溜め息と共に吐いたこの言葉であった。
「お前にはできないよ。負け続けてるんだから」
「……は?」
なぜお前がそれを知っている。そう言いたくなったが、言葉が何も出てこなかった。
思わず固まって恵理也を凝視する俺。そんな俺に、恵理也はすらすらととんでもないことを言い始めた。
「知ってるよ。お前が仮面ライダーとして戦ってるのも。黒いやつをどうにかしてやろうとか偉そうに考えてるのも。そんな調子に乗った事を言って毎回負けてるのも。あぁ、そうさ。お前と黒い仮面ライダーの間で起きた出来事は全部知ってる」
「なん……どうして……?」
動揺が隠せない。どうしてそこまで事細かに知っているのだ。こいつに話したことはないし、ライダーとして戦ってるところを見せたこともない。
どうして。朝から感じていた胸騒ぎが一層大きくなった。嫌な予感しかしない。
「どうして、か……。簡単なことだ」
彼は表情を変えないまま、懐に手を入れて何かを取り出した。
俺は彼の手に握られたそれに、ただただ目を見開いて驚くことしかできなかった。
「僕が……いや、俺がその黒いライダーだからだよ」
ロストドライバーと、黒いガイアメモリ。他でもないそれが、彼があの黒い仮面ライダーであることを証明していた。