そこに向かうための話は全て書きました
もう何も差し込む余地はありませんし、クッションを挟む隙間もありません
故に始まるのは、この物語の最終章。
どうか見届けて──
なんていう厨二病患者みたいな前書きでした。どうぞ
周囲を満たす風の音。そこに混じる悲痛な命乞い。
その騒音の中心に彼──黒神恵理也はいた。
「人を散々好き勝手して今更助けてくれ、だなんて話が良すぎるんじゃねえか?」
冷たい反応を返し、首を絞める力を強める。その返しにそれは大粒の涙を流しながら、なおも死にたくないなどと喚いた。
しかし恵理也にとってはそんなことなど知ったことではない。
「あの世で一生後悔しとけ」
吐き捨てるように言い、それの首をへし折った。抜けていく力。ものの数分で遺体と化したそれを彼は乱暴に放り投げ、変身を解除する。
蒼と決別してから数週間が経ち、その間彼はドーパントを探して街を彷徨っていた。
街を彷徨ってドーパントと出会い、戦って、殺す。家に帰って軽く食事だけ取って睡眠し、起きてまた同じことを繰り返す。そんな日々。
彼はずっと、連続バラバラ殺人事件の犯人を探していた。まだガイアメモリを使っての犯行だと決まったわけではない。しかし彼はガイアメモリを使っての犯行だと確信している。なにせ両親が殺された際の手口と酷似しているからだ。
であれば探し出して殺すしか無い。もし違ったとしても、誰かを殺して楽しむようなゴミ野郎が一人消えるだけ。
この数週間の間にも犠牲者が出ている。それは犯人が未だにこの街のどこかに潜伏していることを意味している。であれば、街を歩き回っていればいつかは見つけ出すことができるはず。
だから彼は学校にすら行かずに風都を歩いていた。彼にはもう学校に行く理由もない。行ったところで蒼に絡まれて面倒なことになるだけなのだから。
「……なんで俺の両親は殺されたんだろうな」
ふと彼の脳裏に浮かぶ疑問。今まで何千回、何万回と浮かべたものである。
親族から伝え聞くところによれば、両親は誰かに恨まれるようなことをする嫌な人間ではなかったようだ。少なくとも恵理也にきちんとした躾をするような常識のある人間であることだけは確かである。
ならどうして殺されたのだろうか。しかもただ子供のお遊びに付き合っていたタイミングで、だ。
父だけならまだわかる。もしかしたら仕事上で何か逆恨みされていたのかもしれない。
母だけでもまだわかる。もしかしたらご近所トラブルの延長線で事が起きてしまったのかもしれない。
しかし両方となればもう理由はわからない。なぜ二人を殺そうと思ったのだろうか。どうして一緒にその場にいた恵理也を殺さなかったのか。
何も、わからない。
「考えても無駄、か」
頭を振り、疑問をかき消す。今彼がするべきなのは、一刻でも早く件の犯人を見つけて殺すこと。それ以外はどうでもいいことであった。
目は虚ろで生気はなく、しかし足取りだけは確かである。
全ては親の仇を討つために。
翌日。恵理也はまた同じように街を彷徨っていた。
やはり宛てらしい宛てなどない。ただ気の赴くままに、風都を歩くだけ。
風都タワー。この街のシンボルでもあるタワーを根の辺りから見上げる。遠い遠い昔、まだ彼の両親が生きていたときのこと。一度だけ訪れた記憶がある。視界いっぱいに広がる街並みに深く感動したものだ。
「……警察だ」
一般人と何か話している警察官が数人いる。聞き込み調査でもしているのだろうか。
あまり関わりたくないが、何か情報を聞き出せるかもしれない。少なくとも、気を付けたほうが良い場所、時間などは聞けるだろう。犯行現場に何か共通点があれば、の話だが。
「ちょっと良いかな」
恵理也は意識を引き戻されて、少々目をパチクリとした。見てみれば警官が恵理也に何か尋ねていた。聞けば、探している犯人について見たことがあるかということらしい。
「いや……知らないですね。むしろ僕が知りたいくらいです」
首を横に振りながら肩を竦める。犯人の情報など知っていれば今頃その犯人を殺していることだろう。
犯人の情報を知っている、ということは恵理也がその犯人を見たということに他ならない。その場合、犯人を生かしておく理由など彼には無かった。
しかし警察官の耳には少々その言動が怪しく聞こえたらしい。眉を微妙に顰めながら聞き返す。
「……知りたいくらい? なんで?」
「なんでって……危ないじゃないですか。襲われたくないですし」
それらしい理由を咄嗟に返し、内心で安堵する。まさか見つけ出して殺すため、だなんて言えるはずがない。
恵理也の吹いたホラを、警察官は怪しむことなく納得してしまった。
「う~ん、今わかってて言っても大丈夫なことは……。そうだな、大体この風都タワーを中心とした半径2、3キロメートル内で誘拐。その後人里から離れた廃工場とか廃屋まで行って現地で殺害、っていう一連の流れかな」
「……なるほど」
警察官が口にしたこの情報は恵理也にとって喉から手が出るほどに欲しかったものである。今までのように風都を宛てもなく彷徨う必要が無くなるからだ。無駄な時間を過ごさなくて済むのはかなり大きい。
「ただ、実際に誘拐される瞬間を記録した監視カメラがある範囲内がそう、ってだけだからもう少し広いかもしれないけれどね」
「……気を付けないと、ですね」
「あぁ。もしかしたらガイアメモリ絡みかもしれないからね。私達のような一般人では太刀打ち出来ないからより気を付けないと」
にこやかに笑いかける警察官とは対照的に、恵理也の表情は暗く沈んでいた。
彼からすれば、この警察官とこれ以上話すことなどない。この情報を元に探し回り、一刻でも早く見つけ出して、殺さなくては。
その後、いくつか簡単な会話を交わして恵理也は風都タワーを後にする。
外へ出たときにはまだ天の頂点にいたはずの日が、落ちかけていた。
部屋の中で一人、東風谷蒼は力無く横たわっていた。
「俺は……」
口を開けば出てくるのは自己批判。あのとき恵理也を止められなかったことを後悔しているのだ。
蒼はもう恵理也を止める術はない。それに術があったところで、恵理也はそれを全て振り払って復讐の道を突き進むことだろう。
もしその道の終着点が彼自身の破滅であるとしても、彼は止まらない。それだけは確信出来る。
故に、後悔しているのだ。黒神恵理也という人間が死んだ、といつ報告されてもおかしくない。
あんな恵理也は蒼も初めて見たが、なんとなくわかる。彼は死に急いでいる。いつも言っていた夢なんてない、という言葉の裏にあったのが恐らくそれだ。
彼自身、未来を望むつもりなど無かったのだろう。彼にとって、この世は酷く理不尽で残酷で救いのないもの。そんな世界で未来など望む気にもなれないはずだ。
蒼という友人が出来たとしても、それは恵理也が更生する理由になりはしなかった。
所詮上辺だけの関係。その事実が胸に重たく伸し掛かる。
「一体どうすりゃ良いんだ……?」
警察に通報することは簡単だ。色々あるだろうが最終的には逮捕され、然るべき罰を与えられるはずだ。
だが、その逮捕されるまでの過程に懸念がある。あの復讐心の塊のような彼が、警察官に逮捕されてなんてことになれば警察官すら殺害しかねない。少なくとも数人の負傷者が出ることだけは間違い無いだろう。
警察に仮面ライダーがいるのかわからない以上、やはり危険過ぎる。
今風都にいると噂されている半分こ仮面ライダーはどうだろうか。中身が誰だかわからない以上依頼しようが無い。なんとか鉢合わせて止めてくれることを祈ることしか出来ない。
やはり、あの段階で恵理也を止めるのが最善だったのだ。
「あぁ、ちくしょう……。落ち着かねぇな……」
巡る巡る思考。それに意味などない。辿り着くのは後悔である。
鬱々とした気分。それを紛らわそうと彼は体を起こし、家を出る。
冷たい風が、彼の頬を撫でた。
風都タワーから近い場所にある閑静な住宅街。恵理也はそこを歩いていた。
日没前に警察から聞いた情報、そして彼の勘を元にここに来たのだ。後者に関しては本当になんとなくここに行こう、というだけなのだが。
ただ、ある程度の考えもあった。人が多すぎず少なすぎず行き交う場所で、さらには道があちこちにあるため逃げやすい。誘拐するにはうってつけであろう。
「……来るのか?」
とはいえ犯人と出会える確証はない。少ない確率に賭けるしかないためしょうがないことだが、この時間を無駄にしてしまう可能性の方が高いのだ。
すれ違う女性に軽く会釈をし、鬱屈とした気分を紛らわせようと空を見上げる。雲が出ているせいか星どころか月すら見えない。そんなものを見て気分が晴れるわけがない。
はぁ、と深い溜め息を吐き出して俯いた。
「雨が降らなきゃ良いが」
そんなことを言いながら今朝のニュース番組を思い返す。予報では確か数日の間はよく晴れるとあったはずだが、時たま外れてしまうこともある。
傘を持ってくるべきだったか、などと久方振りにまともな思考を巡らせる。
その最中。背後からエンジン音が聞こえた。徐々に近付いてきた車は、何故か恵理也の隣で停車した。
「……あ?」
運転手と、目が合った。知り合いかと思ったが、どうやら恵理也とは面識が無いらしい。眉を八の字に曲げつつ恵理也も立ち止まる。
ドアを開けて降りてきた運転手の男。にこやかに微笑みながら、縄を手に取った。
怪訝な表情を浮かべながら男を警戒する恵理也であったが、男にガシッと腕を捕まれ、声を上げる間もなく両手首を縄で縛られてしまった。
あっという間の犯行に、恵理也は目を丸くして男の顔、そして車を見る。
「この車……」
見覚えがある。蒼に渡されたプリントに描かれていた車と同じ。場所も風都タワー周辺。
そしてこの状況。
それら全ての情報を元にして、男の正体を見破るのは実に容易いことであった。
「お前が噂の連続バラバラ殺人事件の犯人か」
「そうだよ?」
男はあっさりと肯定する。これから殺すのだから話したとて問題はない、と考えたのだろう。
その答えに対し、恵理也は口元を歪めて笑う。
ついに現れたか。ようやく始末できる、と。
「逃げようとしないでくれよ?」
恵理也がそんなことを考えているとは全く思っていない男。ニコニコと微笑みつつ、恵理也を車に連れ込もうと手を伸ばした。
恵理也は咄嗟に後退り、男の一挙手一投足を見逃さないように目を凝らす。この縄を解く前に攫われては困るのだ。なにせ殺されるリスクが上がるのだ。縄の拘束が緩い今のうちに解くしかない。
「ん〜、困ったなぁ。さっさと連れて行きたいんだけど、どうにもしぶといみたいだ」
男は警戒心を全開にして自身と対峙する恵理也に、思わずそんな感想を漏らした。
あ~あ、などと心底面倒くさそうに言いながら懐をまさぐる。
「そうやって逃げ回られると面倒くさいんだよね〜。運ぶ気も失せちゃったし。だから……」
「だから何だよ」
「ここでやっちゃうね?」
懐から取り出したのはガイアメモリ。刀が曲がりくねり小文字のEの形になっているそのデザインを見せつけてる。
《Edge!!》
そしてボタンを押して起動し、それを左鎖骨の辺りに突き刺した。体が全身刃物の化け物に変貌していく。
切っ先の記憶を内包したメモリを使って変貌したエッジドーパント。彼は乱暴に腕を振るい恵理也を殺さんとした。
「っぶね!?」
咄嗟に地面を転がり、その攻撃を避けた。少し掠っただけであるはずのブロック塀に無数の切り傷が付いているのを見て恵理也は旋律する。適当に腕を振るうというだけでも、無数の刃を振るったのと同義になるのだから恐ろしい。
だが恵理也はここに勝機を見つけた。
再び振るわれる腕。少し大袈裟目に斬撃を躱し、ドーパントヘ肉迫する。
そして体から生えている刃の一つに縄をかけ、そのまま縄を切ってみせた。
拘束から解放され、自由になった両手。それをくるくると回しつつ、恵理也はドーパントから再び距離を取った。
「……凄い胆力だねぇ。まさかそんなやり方で縄を解くなんて」
ドーパントはそんな無茶な恵理也の行動に、思わず称賛の声を上げる。全身凶器で、何か一つ掛け違えば大惨事になり得た行動だ。おいそれとできることではない。
そんな称賛を恵理也は無視し、一つの質問を投げかける。
「十年くらい前の話だ……。お前、この街で夫婦を一組殺したろ」
両親を殺した犯人の特定。それがこの質問の真意である。
ドーパントはその質問を聞いて、ほんの一瞬だけ動きを止めた。
目を鋭くし、
「……それがどうしたんだい?」
などと曖昧な答えを返す。
その返事は、自分が十年前にこの街で夫婦を殺したことを肯定したのも同然である。
それに対し、恵理也は意外にも嬉しそうな声を漏らす。
「あの日からずっと、ずっと、俺はこの日を待ち続けてたんだ……」
懐からロストドライバーを取り出し、それを腰に着けた。
ハザードメモリを手にし、ボタンを押して起動する。
《Hazard!!》
「……ようやく、ようやくだ」
恍惚とした表情を浮かべ、メモリをドライバーのスロットへ挿し込んだ。
辺りに響く待機音。ゆったりとした動作で、ドライバーのスロットを倒す。
「変身」
《Hazard!!》
黒い霧が恵理也の体を覆い、やがて仮面ライダーシェリフへと姿を変える。
シェリフとなった彼は、深く息を吐き出し、そして吼える。
「何としてでも殺してやる──ッ!!!!」