「何としてでも殺してやる──ッ!!!!」
閑静なはずの住宅街に響いた、仮面ライダーシェリフによる殺害予告。
それを受けた側であるエッジドーパントは、驚愕に目を丸くして驚いた。
「適当に攫おうとした相手がまさか仮面ライダーだったとはねぇ……。少し……いや、かなり予想外、かな」
ふぅ、と息を吐き、体から刀を生やしてそれを手に取った。
一方、シェリフはなんの武器も持つことはなく。その手を強く強く握り締め、ドーパントへと襲い掛かる。
「死ねッ!!」
湧き上がる殺意を込めボディブローを放った。エッジドーパントはそれを防ぐ素振りを見せず、ただただそれを受け入れる。
どう考えてもダメージを与えない方が難しいこの状況で、シェリフはドーパントへダメージを与えることは出来なかった。
それどころか、文字通り手痛いダメージを負ったのはシェリフである。思わず苦悶の声を上げながら数歩後退る。
シェリフがダメージを負ったのは、エッジドーパントの体に生えている無数の刃が原因だ。先程まで何もなかったはずの鳩尾。しかし今見てみれば、目を疑うほどの本数の刃が生えている。
恐らく殴られる直前に生やしたのだろう。シェリフは思わず舌打ちして背中から棒を引き抜き、鎌と化したそれを構える。
刃には刃をぶつける。初めからこうしておけば良かったのだ。
エッジドーパントは手に取った刀を上段に構え、大きく息を吸い、シェリフに斬りかかる。
シェリフはそれをまるで刀が振られる場所を全て把握していたかのように、必要最低限の動きで躱してみせた。
何度も何度も刀を振るうが、それがシェリフに当たることはなかった。
驚くほどの回避率。別に彼が冷静だからとか経験があるとか、そんなことでは決してない。
視えるのだ。自分を害するもの……この場合は刀の軌道が。どのタイミングでどのように振られるのか、彼には全て視えていた。
今まで抱いたことのないほどの激しい怒り。それによってハザードメモリとの適合率は最高潮といっていいほどに上昇していた。
それによる能力の開花。当たれば重傷、あるいは致命傷になり得る攻撃を予測し、それをシェリフに伝えているのだ。
なかなか攻撃を当てることができず、徐々に焦りを見せるエッジドーパント。彼は苛立ち紛れに刀を大上段に構え、それを振り下ろさんとする。
「隙ありだ」
それによってがら空きになった胸に容赦なく一閃。生えていた数本の刃をへし折り、エッジドーパントの肉体へダメージを与えた。
火花を散らしてよろめくエッジドーパント。それを見て仮面の奥でほくそ笑むシェリフだったが、すぐにその表情を歪めることになる。
「……ッ!?」
せり上がってくる吐き気。我慢し切れずに吐き出してみると、出てきたのは血であった。
吐血。適合率が上がり過ぎたことによる体への負荷が原因だ。こうなってしまえば、短期決戦で終わらせる他ない。そうでなければ、ドーパントを倒すよりも先に自信が気を失ってしまう。
口の中に残った少量の血も吐き出し、もう一度鎌を強く握り締めるとエッジドーパントへと斬りかかる。
エッジドーパントは咄嗟に刀で鎌を受けようとしたが、シェリフが持つ圧倒的な膂力の前には全く意味を成さない。少しだけ威力を削ぐことに成功はしたが、強引に振られた鎌は確かにエッジドーパントを斬った。
それで体勢を崩したところに追い打ちをかけるように、次々に鎌を振るいエッジドーパントを切り裂いていく。
その間にも、シェリフの……恵理也の体は強い負荷を受け続けていた。常人には耐えられないレベルの痛みに苛まれている。今すぐに気絶したとて、なんら疑問も浮かばない。
そのはずなのに、恵理也は口元に笑みを浮かべ続けていた。
彼は今、全くと言ってもいいほどに痛みを感じていない。痛みをかき消してしまうほどの高揚感と全能感に、頭を支配されているのだ。
そんな彼の前に、エッジドーパントの刃など意味を成すはずがない。
「おらよッ!!」
エッジドーパントは刀で受けようとしたが、シェリフの鎌がそれを破壊し、そのままドーパントを袈裟斬りにする。
耳障りな金属音を響かせながら後方へと吹き飛んでいった。
地面に横たわり、痛みに悶えるエッジドーパント。それに軽蔑の眼差しを送り、彼はハザードメモリをドライバーから抜き取って腰のスロットへと挿し込んだ。
《Hazard!! Maximum Drive!!》
黒い霧が、彼の手に集まっていく。
深く深く息を吐く。
あの日からずっと、ずっと抱き続けてきた怒りを、恨みを、悲しみを。その全てを拳に込めて。
「これで……。これで、全てを終わらせてやる──ッ!!」
今までのどれよりも強い一撃を。
エッジドーパントはそれから身を守るために、刃を全身に生やし、それらを伸ばす。直撃すればただ事ではすまない、と直感が囁いたからこその選択であった。
シェリフは地面にクレーターができるほど強く地面を踏み抜き、エッジドーパントへと肉薄。
生えている無数の刃で手が傷つくことなどない。一瞬にしてそれらを全て破壊し、エッジドーパントの鳩尾に直撃させた。
エッジドーパントは数メートルほど吹き飛び、その体を爆散させる。
ここに戦いの雌雄は決したのであった。
勝った。
ようやく、仇を取れた。
実感が、数刻遅れて湧いてくる。ゆっくりと息を吐き、変身を解除した。途端に体に凄まじい痛みが襲ってくるが、なんとかそれを堪えて地面に倒れている男の方へと歩み寄る。
「……十年くらい前、公園で一組の夫婦を殺したって言ったな」
口から流れ出る血を拭いつつ、問いかける。どうして殺したのか、と。
きちんと理由を知りたい、と思うのは当然だろう。まだ理解できるような理由であるならば、ある程度の温情を与えてやる気にもなれる。まああっても警察に突き出すことくらいしかできないが。
そんな俺の問いかけに、奴は返す。
「ちょうどいいところにいたから、かな」
と。
「は?」
思わずそんな声が漏れる。
そんなふざけた理由で二人は殺されたのか?
そんな理由で俺は幸せを奪われたのか?
そんな理由で俺は独りになったのか?
冗談じゃない。せっかく冷静になったというのに、また怒りが湧いてきた。
「これ以上ないシンプルな理由でわかりやすいだろう?」
怒りに震える俺を煽るように、ふざけたことを抜かしてくる。
もう、情けなど掛けてやる必要はない。容赦もいらない。頭がおかしくなりそうなくらいの怒りが、頭を支配する。
「ふざけんな……ッ!!」
その怒りに身を任せ、男の腹を何度も何度も踏みつけた。
「そんな理由で殺されたのかよッ!! そんな理由で俺は……ッ!!」
そんな軽い思いで両親を殺されたのか。
その一時の思いで、幸せを奪われたのか。
それのせいで、俺はこんな思いを抱えて生きる羽目になったのか。
こいつさえいなければ。こいつがこの世にいなければ。
もっと幸せな人生を歩めたはずなのに。家族と仲睦まじく生きていけたはずなのに。まだまともな人間でいられたはずなのに。
全て、こいつの一時の感情によって狂わされた。
ふざけるな。こんな野郎は殺してしまった方が良いのだ。こいつはもう擁護のしようがないほどのクズで、正真正銘生きていたら社会に害を与え続けるタイプの人間である。
そんな男を、生かしておく道理など、微塵も無い。
ふぅ、と息を吐き男を見据える。痛みに悶える体力もないのか、僅かに呻くのみ。
頭を振り、もう一度冷静さを取り戻す。弱った男。もう抵抗されることもないだろう。
「……殺してやる」
地面に横たわる男に跨り、その首に手を掛けた。何気に初めて生身で殺人行為に手を染めるのだろうか。
力を込めて、グッと絞める。男の口から、空気を求めて喘ぐ声が漏れた。
数秒後、何故か腹が凄まじく鋭い熱を持った。
走る。走る。走る。
爆発音が微かに聞こえた。きっと誰かがドーパントと戦ってそれを撃破したのだろう。
もしこれが恵理也の手によるものであれば、急いで止めに行かなければいけない。
そんな使命感に駆られ、爆発音がした場所に辿り着いた。
そこに広がっていたのは、想像の数倍は凄惨な光景だった。
「……なんだよ、これ」
一言だけ言葉を漏らし、思わず絶句する。
奥では男性が一人力無く横たわり、手前では血を大量に垂れ流しながら地面を這う長髪の青年が。
一体何があったのか。それを推測する余裕もない。とりあえず警察に連絡しなければ、いや先に救急だろうか。
思考が無意味に巡る俺に青年は目を向け、どういうわけか面倒くさいのが来たと言わんばかりの溜め息を吐く。
「今更……何しに来た、お前」
「……恵理也か?」
思わず駆け寄り、彼の顔を見る。確かに恵理也だ。何があってこんなことに。
動揺が走る。口元が血のせいで真っ赤になっていた。
そして、それをそんなことと形容したくなるほどの大怪我を。
「あの野郎……腹に包丁突き刺してきやがった……」
腹から夥しい量の血を流してしまっている。このままでは死んでしまうのも時間の問題だ。
震える手でガラケーを取り出し、救急を呼ぼうとする。しかしそれは恵理也によって阻まれてしまった。
「なっ……お前、何して」
ガラケーを弾き飛ばされた。地面を転がるそれを目で追い、思わず俺は声を荒げる。
「バカなのかお前は!! 死ぬだろその出血量じゃあ!!」
「良いよ、別に」
ぶっきらぼうな答えに、俺は思わず驚愕した。どうして死んでもいいと言えるのだろうか。
その答えは、続いた彼の言葉で示された。
「もう、生きる理由がない」
恵理也はゆっくりと、奥で横たわっている男に目をやった。
つまりは、本当の意味で親の仇を討った、と。きっとそういうことなのだろう。
だからもう生きる理由がない。もう親の仇を取るという目標は達成したのだ。
これ以上、苦痛に塗れた世界で生きる理由もない。そういうことなのだろうか。これまで通りドーパントを殺し続けるという生き方も、彼にはもう魅力的に映らないのだろう。
言ってしまえば、もぬけの殻ということだろうか。
「疲れたんだよ、俺は……。もう十分過ぎるほど殺したろ、ドーパント。父さんも、母さんも、きっと満足してくれるさ」
無理矢理体を空へ向け、彼は独り言ちる。
その言葉で、俺は悟る。これからを想像する気も無くて、ここで終わらせるつもりなのだと。
俺が何をしても、その気を変えることなど出来やしないのだろう。
無力感。ジワジワと心に染み込んでくる。前々から感じていたそれが、今になってより一層感じられた。
「あぁ、そうだ……お前に、これをやるよ……」
恵理也は小さく震える手で、俺の体に何かを押し付けた。
押し付けられたのは、彼の手に付いた血でイニシャルが潰されたガイアメモリが二本と、やはり血がびっしりと付いたロストドライバー。
思わず小さく息を吸い、それを恐る恐る受け取った。
どうしてこれを俺に。そう尋ねたいのを読み取ったのか、恵理也はポツリと言葉を零す。
「もう俺が持ってたってしょうがねえ……。好きに使え」
「好きに、使え……?」
好きに使え。その言葉の裏にある意図を、俺は読み取ってしまった。
答え合わせをするように、恵理也は言葉を続ける。
「一つ言っておくが……俺を、刺したクソッタレはドーパント、だった男だ……」
あぁ……。
やはり、そういうことなのだろう。
俺に、受け継がせようとしているのだ。
それを理解して尚、ドーパントに対する憎しみが自然と湧き出てくる。これが恵理也の抱いていた感情だったのだろうか。
今なら彼の言っていた事が、よく理解出来る。
確かに、これは耐え難い。頭がおかしくなりそうなほど、怒りが湧いてくる。
こんな感情に、今まで支配されてきたのかと思うと、俺はもう同情することしか出来ない。
そして一つ悟る。今までの自分の言動が、なんと愚かなことか。
この感情を前にして、あの綺麗事など塵ほどの価値もない。聞き入れられなかったのは、きっとそういうことなのだろう。
そんな俺を見て、恵理也は口元に笑みを薄っすらと浮かべ、ポツリと呟く。
「きっと、ドーパントのいねぇ世界は……綺麗、なんだろうな」
それを最期に、彼は言葉を紡ぐことはなかった。
ちなむと最終回じゃないです。
まだ続きます。