恵理也の死からおおよそ一週間ほどが経った。
警察から聞かされた話によれば、あそこで倒れていた男とかなりの一悶着を起こし、首を絞めて殺害しようとした。そのときに腹を刺されて共倒れ、ということらしい。元より体がボロボロだったのも相まって、俺があの場で救急を呼んでいたとしても生還するのは難しい話だったという。
だから気に病むことはない。君が責任を負う必要もない。そんなような慰めを受けた。
それがなんだというのだ。あいつが死んだのは俺のせいだというのに。
そもそも俺があのとき止めることが出来ていればよかったのだ。
そうでなくとも、事が起きてしまう前に警察に連絡しておけばこうはならなかったはず。変に背負い切れないものを背負ったばかりに、あいつは死んでしまった。
俺が殺したも同然なのだ。
「……あぁ」
あの日から、空虚な日々を過ごしていた。学校にこそ行くが、それだけ。
感情の起伏も極端になく、あるとしても無力感と自身に対する嫌悪感に苛まれることくらいだろうか。
きっと、俺は頭がどうにかしてしまったのだろう。
まあそれも無理はないだろう。親しかった友人を最悪な形で看取ったのだから。
あんな別れ方なんて望んでいなかった。もっと大団円と言えるような、お互いに笑えるようなハッピーエンドが良かったのに。
この世界は無情だ。理不尽で、残酷だ。
その事実を強く見せ付けられたような、そんな気がするほどに俺は心を深く抉られていた。
これを悲観的に捉えるなという方が無理だろう。
深く溜め息を吐き出し、項垂れる。
「どうやったら……責任を取れるんだろう」
あいつを止められなかった責任を、殺してしまった責任を取る方法を。あの日からずっと探し続けている。
あいつのように、ドーパントを殺して回ればいいのだろうか。俺自身が否定した彼の信念を引き継げば、彼は許してくれるだろうか。
そんなことを考えていたとき。
「あおちゃ~ん?」
一階の母が俺の名を呼んだ。ご飯が出来たから降りてこい、とかそういう類の話だろうか。
ゆっくりと体を起こし、何の用か問い返すと、意外にも俺目当てに来た客人がいるらしい。
珍しいこともあるものだ、と少し目を丸くしつつ玄関に向かう。
そこにいたのは、あまりにも予想外の人物であった。
家から少しだけ離れた位置にある、以前恵理也を止めるためにあいつと戦った公園。
そして、客人が言うことには恵理也の両親が亡くなった地でもあるらしいそこに、俺は客人と共に足を運んでいた。
「……あの子に優しくしてくれてありがとうございます」
客人の正体は自称恵理也の叔父。本当かどうかは知らないが、恵理也が時々書いていたらしい手記を頼りに世話になった人間に挨拶をして回っているらしい。
形上だけでも友人として書いてくれていたというのは、喜ぶべきなのだろうか。
「……感謝されるようなことはしてないですけどね」
とはいえ、わざわざ少し離れた場所から俺を尋ねる理由がわからない。
ただ友人として親しくしていただけなのだから、特に感謝される謂れもない。こんなところまで歩かずとも、玄関先で一言二言会話をして終わりで良いだろう。
何か裏がある。そう勘繰ってしまうのも、無理はない。
そんな疑り深い俺の視線を感じ取ったのか、彼は少し困ったように微笑みながら言う。
「恵理也が遺した手記に君の名がかなり頻繁に出ていましたから……。まぁ大体が宿題を手伝わされた~とか連れ回された~とかそんな愚痴ばかりでしたが」
「あの野郎……」
ろくなことを書いていない。もっと他に書くことがあるだろう。
思わずそう指摘しそうになって、口を噤む。きっとあいつのことだ。書いていないはずがない。
「それに、どうやら殺人鬼であったらしい彼を止めようともしてくれていたようですね」
「まぁ、友達のつもりではありましたから」
ぎこち無く笑みを浮かべ、肯定する。結果的に止めることは叶わなかったが、止めようとしたのは事実。
恵理也の叔父はそこに感謝の念を抱いているらしい。どうしてなのかと尋ねると、彼はこう答える。
「本来は親族である私たちが気付いて止めるべき事であったのに、その役目を誰に言われるでもなく引き受けてくれた。これを感謝せずにいられましょうか」
言われてみれば確かに、恵理也の親族は一体何をしていたのだ。言ってしまえば血の繋がりのない他人である俺より、恵理也を止めようと動かなければいけないはずの人間たちである。
そもそも、どうして彼らも風都市内に住んでいるのに恵理也に一人暮らしをさせていたのだろうか。高校が遠いから、という理由でもないのは彼らの家の位置からわかる。
恵理也が住んでいた家よりは遠くなるが、それでも通えないほど遠いわけではない。似たような位置から通っているやつを何人も知っている。
今にして思えば、あいつの口から家族だとかそんな話を聞いたことがない。
彼は俺に対してこう言った。帰るべき場所があって、帰りを待ってくれる家族がいて良いよな、と。
これらの情報から察するに、彼は家を追い出されたのだろう。理由に関してはわからないが、恐らくは厄介払いで。
その推測をポツリと口にすると、恵理也の叔父は気まずそうな表情を浮かべながらそれを肯定する。
「独り立ちできる年齢になるや否や、家を追い出してしまったんです」
「なんでそんな冷たいことを……」
思わずそう言葉を返し、答えを待つ。精神が不安定になりやすいらしい思春期のときに、元からおかしい人間を放り出すだなんて正気の沙汰とは思えない。
少なくとも彼を信用してとかそんな理由ではないことだけはわかった。
「おそらく疲れたのでしょう。初めこそ甲斐甲斐しく世話をしていましたが、いつまで経っても私たちを家族として認めてくれませんでしたから。あなたたちは俺の家族ではない、偉そうに口を出すな、とね」
恵理也の叔父がそこで言葉を切り、目を伏せる。
確かにあいつなら言いそうなことだ。幼少期からそうして拒絶し続けて、最終的に厄介払いを食らったのだろう。
そこまで関係値があったわけでもない彼にとって、叔父たちはもはや赤の他人と同レベルである人間を大切な家族であると認めるのは癪だったことだろう。
簡潔に言えば、本当の家族ではない人間に家族面をされたくなかった。その一言に尽きる。
「彼を我が家に迎えてから数年経ってもそんな調子でしたから、時が経つに連れて見放すようになっていったんです。私以外の人間とろくに会話をしたのも見たことがありません」
きっと、そこで私たちが折れてしまったのが原因で彼の心は歪んでしまったのでしょうね。
彼はそう言葉を続けて俯いた。
まとめると、ドーパントによって親を奪われて心を閉ざし、それが原因で親戚から見放された。だからこそ彼の復讐心が暴走していることに気が付かず、誰も止めようともしない。
そしてその末路があれだった。そういう話なのだろう。
だからといって殺人行為が許されていいはずもないが、少し同情する。
何か一つでも境遇が違えば、彼は殺人鬼にならずに済んだかもしれないのに。
そこまでゆっくりと語り終えた恵理也の叔父は、深い後悔の念を滲ませる。
「私たち親族が彼を間接的に殺した、と言っても過言ではないわけです。彼がああなった原因の一端……いや、大部分は私たちにありますから。その責任の全ては私たちにあります。ですから……」
「気に病むな、と?」
「えぇ」
静かに頷いた。
俺はそれに、自嘲気味な笑みを浮かべて言葉を返す。
「そう……ですね」
ここで否定するのも忍びない。思わず目を逸らしたが、おそらく気付かれてはいないだろう。
そこからしばらく、静かな時間が過ぎた。聞こえるのは街に吹く風の音だけ。
先に口を開いたのは、やはり恵理也の叔父であった。
「そういえば、仮面ライダーとやらはそれになるための道具が必要なのですよね?」
「……ロストドライバーとガイアメモリの二つがいりますね」
それが一体どうしたというのだろう。そんなことを考えながらそう言葉を返した。
恵理也の叔父はなるほど、と短く言葉を零してしばらく考え込む素振りを見せる。
「それがどうかしたんですか?」
全く口を開こうとしない彼に、思わず痺れを切らして尋ねた。すると彼は我に返ったようにあぁ、とうわ言を漏らすと俺の方に目をやり、こう聞き返してくる。
「あの子は……恵理也はどこでそれを手に入れたのでしょう?」
その疑問の答えは、後に俺に強い衝撃を与えることとなる。
恵理也の叔父を名乗る人物と会い、話をしてからさらに数週間という時間が流れた。
それだけの時間が過ぎて、俺は未だに折り合いをつけることができずにいた。
「それであの時にさ」
「……おう」
学校でもこうしてなんともないフリをするのが精一杯で。何も大丈夫でもないのに、周りに心配をかけるくらいならと必死に取り繕う。
その間も、頭の中はこれからどうすべきかという葛藤で埋め尽くされている。
具体的には仮面ライダーとしての力をどのように使うのか、ということ。
仮面ライダーになれるための条件、ロストドライバーとガイアメモリはすでに取り戻した。取り戻したというよりは押し付けられたという表現の方が正しいだろうか。
それを恵理也の遺志を継ぎ、復讐のために使うか。それとも、以前までの俺のように誰かを助けるために使うか。悩ましい選択肢である。
正直のところ、復讐してやりたいと思うところは少しだけある。恵理也の命が奪われたことであいつが抱えていた昏い感情をよく理解できた。殺した本人こそ死んでいるが、それにしても許すことが出来ない。ガイアメモリさえ存在しなければという思いと、ドーパントに対する憎悪が胸の奥底に溜まっている。
今なら、身に染みるほどよくわかる。恵理也を殺した犯人が今目の前にいたら、きっと激情のままに殺してしまうことだろう。そう確信できるほど、この感情の荒ぶる様は凄まじい。
とはいえ、やはり人を手にかけたくない。いくらなんでも人を殺すというのには忌避感を抱いてしまう。
グラグラと心は揺れる。仮面ライダーとして力を使うことなく、これらの道具を抱えたまま死に逝くのもまたアリだ。戦わずに済むし、何より悩まずに済む。
そうして思考は巡り、されど答えが出ることはない。無意味な時間、無駄な労力である。
あれからずっとこんな調子だ。結論を出せるのはいつになるだろうか。少なくともあと数週間はかかることだろう。心がまだその状態になれていない。
憂鬱な気分なまま、特に意味もなく窓の外に目をやる。ずっと話しかけてくれていた友人も、俺が上の空な返事しかしないせいで飽きたのか別のグループの元へ行ってしまった。ぶっちゃけ一人にしてくれた方が精神的に助かるのだが。
特に何かを見渡せるというわけでもないが、気晴らしには……。
「……なんだあれ」
誰でも入れてしまうようなセキュリティもクソもない門。その門の内側に、全身を覆う黒いコート羽織り、サングラスをし、果てはマスクで顔を覆った、あからさまに怪しい風貌をした何者かが侵入してきていた。
近くにいた生徒がみんなして不審者から距離を取る中、その不審者は悠々と学校の敷地内を歩き出す。あれは放っておいたらまずいんじゃないだろうか。そんな心配が当然のように湧いて出てくる。
そして当たり前のように飛び出てきた教師たちの手によって囲まれた。あぁ、なんとかなったな。そう安心したのも束の間、不審者の姿が消えた。思わず目を擦りもう一度不審者のいたはずの方向を見るが、やはりそこにはいない。
目を素早く走らせ、意外にもそれはすぐに見つかった。教師たちから少しだけ距離を置いた場所。少し俺がいる校舎に近い場所に。
瞬間移動でもしたかのような速さ。教師たちも不審者が妙な力を持っていることに気がついたのか、少し悲鳴のようなものが聴こえる。
不審者は手を少し掲げ、教師たちに止まれと牽制した。その手はどうしてか、黒く光を反射する。
周りの友人たちが固唾を呑んでそれを見守る中、不審者は初めて言葉を発する。
「ここに黒神恵理也の遺品を持つ生徒がいると聞いたのでね。あいつのガイアメモリとロストドライバー、それを回収しに来た……。名は確かアオイとか言ったか? 出してもらおうか」
言葉を聞き終わると同時に、俺は弾かれるように教室から飛び出した。背中に突き刺さる複数の視線が少し痛かった。