仮面ライダーW Hの狂気/もう一人のライダー   作:八咫ノ烏

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皆さまお久しぶりです。
時の流れというのは早いもので、これを完結させてからもう二年くらい経ったんでしょうか。

突然の更新に皆さま驚かれていることでしょう。
完結したはずのこのSSで一体何を新しく書いたのか、と。

答えは単純で、黒神恵理也のビギンズナイトです。

実は風都探偵のスカルの肖像を見てから少しずつ書いていたんです。
「そういやビギンズナイトに当たる話を書き起こしていなかったな」
きっかけはそんな軽い気持ちでした。

構想自体は完結させるよりはるか前からあって、でも書くタイミングを完全に逃していたのでこれ幸いと書き始めたのは良いんですが中々筆が進まず……。
当初は完結してから一年後の2025年1月31日に投稿するつもりだったのですが、まぁ少し色々ありまして気が付いたらこんなに時が過ぎていました。
遅くなって申し訳ないやら、そもそも書く時間なかったしなぁと開き直ればいいのやら。

長ったらしい前置きはこの辺りにしておきましょうか。

黒神恵理也がいかにしてあぁなったのか。
きっかけは一体なんだったのか。

全四話に分けてそれを世に放ちます。
蛇足かもしれませんが、どうかもう一度だけお付き合いください。


ビギンズナイト編
凶兆のS/ほしをよむひと


 星がよく見える夜。心地よい風が吹く街、風都のある住宅街を一人の少年が彷徨っていた。

 

「……なんであんな事に」

 

 誰に向けて話すでもなく、彼はぽつりとそう呟いた。その声音はかなり震えている。

 顔もグチャグチャだ。酷くやつれた顔をしており、その目には生気が感じられない。感じられるものがあるとすれば、恨みや憎しみといった暗い感情くらいだろうか。

 

「こんなに苦しいなら、こんなに辛いのなら、僕もあのとき一緒に……」

 

 そんな暗い言葉を零す少年の名は、黒神恵理也。この時点では、ドーパントによって両親の命を奪われてしまった哀れな一人の少年である。

 

「そんなこと言ったら母さんと父さんに怒られるか……。でも、やっぱり辛いなぁ……」

 

 気力の無い瞳で空を見上げ、考える。僕はどうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのか、と。

 彼は至って普通の家庭に生まれていた。心優しい母と、謹厳実直な父。そしてその間に生まれた、黒神家の家宝とも呼べたはずの子供である恵理也。

 

 そんな両親が殺されたのは、恵理也が小学生になる一月ほど前のこと。

 公園に遊びに来ていた恵理也の目の前で、彼らは文字通り肉片にされたのだ。悲鳴を上げる暇すら与えられず、殺されてしまった。

 その時の光景が、恵理也にとって酷いトラウマとなっている。今日こうして夜中に出歩いているのも、それが原因であった。

 

「今日は多分寝れないな……」

 

 度々、寝ている時に当時の夢を見る。何も知らずに遊ぶ自分と、そんな自分の目の前で優しく微笑みながら見守ってくれる両親。そして、その両親の体が弾け飛ぶようにして砕け、彼らの血や肉片が辺りに散るその様を。

 

 端的に言ってしまえば悪夢そのもの。そんなものを見て飛び起きて、眠れなくなる。

 

 眠れなくなって、それでも寝ようとして布団の中で体を丸め、そうしてそのまま夜を明かす。

 

 眠れないから、という理由でずっとそうしているというのも気が晴れない。だからいつしか彼は散歩をするようになった。

 冷たい夜風に当たったり、時たま見かける野良猫に構ってみたり、自販機で飲んだことのない飲み物を買って飲んでみたり。

 

 彼は今、そうして気分転換している最中であった。

 

「……僕だって、普通に幸せな人生を送りたかったのにな」

 

 同級生たちの事を思い浮かべながら、そう吐露した。

 

 彼らには帰る場所があって、帰りを待ってくれる家族がいて、しかし恵理也にはそれが無い。周りの皆が当たり前に享受している普通の幸せを、彼はもう既に覚えていない。

 母が作った料理の味も、父に連れられて行った場所も、それどころか二人の声さえ既に忘却の彼方へ消えてしまった。

 

 そんな彼からしてみれば、しょっちゅう親と喧嘩しただの言っている連中でさえ羨ましい。それと同時に、憎いという感情も抱いていた。

 

 お前たちは良いじゃないか。喧嘩出来る親がいるのだから。

 僕にはもういないんだぞ。目の前で殺されたんだぞ。

 犯人だって捕まっちゃいない。身元すら割れていないんだぞ。

 それに比べたらお前らは幸福だろうが。そんな贅沢なことで文句を言うなよ。

 

 そんな口にしたが最後、彼の周りから友人と呼べる人間がいなくなってしまうような感情が胸の奥に疼いている。

 

 それを押し隠して生きるというのは、彼にとって苦痛であった。ふとした拍子にうっかりと漏らしてしまいそうな気がして、あまり気が抜けないから。

 

 そもそも親が亡くなった事すら話していない。周りから憐れむような視線を向けられる不快感を、彼は親を亡くした幼少期から高校に上がるまでの期間で嫌というほどに味わったからだ。

 

 親族に預けられていた彼は、一応はキチンと育てられてはいたのだ。だが、彼を見る目は子供を見守る保護者のものではなく、親が死んだ可哀想な子を見るそれであった。

 それが鬱陶しくて、彼は親族に強い嫌悪感を抱くようになった。そして親でもないのに親という態度を取る彼らに反発するようになり、高校に上がる事になった際に追い出されたのである。

 

「ガイアメモリさえ無ければ、僕はきっと……」

 

 結局のところ、この街に蔓延っているガイアメモリというアイテムさえ無ければ彼は平穏な人生を送ることができたはずなのだ。

 彼が狂ったのは、全てあの忌々しいメモリのせい。そんなものをばら撒いている連中が未だに特定されず、のうのうとこの街で過ごしているんだと思うと無性に腹が立つ。

 

「許さない……。絶対に許さない」

 

 地面に視線を戻し、そう恨み節を吐く。

 

 だからだろうか。目の前から近付いてくる人影に気が付かなかったのは。

 

「こんな時間に一体どうして出歩いているんですか?」

「……はい?」

 

 声をかけてきたのは女性だった。恐らくは恵理也より年上。多分、二十代前半くらいの若い女性だ。

 恵理也はそんな彼女にいきなり声を掛けられて戸惑う様子を見せる。まさかこの時間に歩いている人間が自分以外にいるとは、という驚き。そしてわざわざ話し掛けてくるだなんて、という驚き。

 それらで一瞬頭が真っ白になり固まった彼に、彼女は慈母のような優しい笑みを浮かべながら再び声を掛ける。

 

「あぁ、いきなり話し掛けて申し訳ありません。君くらいの子がこんな時間に外を出歩いているのが珍しくて、ついお声を……。一体どうなさったんですか?」

 

 そんな彼女の言葉からは、害意は一切感じられない。あるのはただ、目の前の少年を気遣う優しさだけであった。

 それに少し安心した恵理也は、少し言葉を濁しつつ答えを返す。

 

「ただの気分転換ですよ。少し寝れそうにないので」

「……なるほど、そうでしたか。少しお待ちください」

 

 恵理也の返答を聞いた女性は、さっと周囲に目を走らせてからそう伝えてどこかへ走っていってしまった。

 一体何をするつもりなのだろうか。待ってくれと言われたから待つ以外に選択肢は無いのだが、これで警察を呼んでこられたらと思うと少しだけ怖い。

 

 そんな不安を他所に、女性はすぐ小走りで戻ってきた。片手には一つペットボトルが握られていた。

 

「こちらをどうぞ」

 

 そう言って差し出されたのは、温かいミルクティー。恐らく彼女が走った先にある自販機で買ってきたのだろうそれを、恵理也はおずおずと受け取った。

 どうしてこんなものを、と不思議がる恵理也に対して女性はそのわけを話す。

 

「眠れないときは温かい飲み物を飲むと良いと聞きます。とは言っても見てわかる通り、こういう時によくあるホットミルクではなく紅茶ですし、カフェインも多少は含まれていますから効果があるかは分かりませんが……」

 

 やはり彼女から感じるのは上っ面だけの薄っぺらい善意ではなく、正真正銘の善意。

 当然、それを向けられて嬉しいといったまともな感情を抱くが、それと同時にやはり戸惑いもあった。

 

「どうして見ず知らずの僕にわざわざこんなお節介を?」

 

 そう。恵理也と女性は完全に初対面だ。どうしてこれほどまでに優しくしてくれるのか、恵理也はわからない。

 

 確か彼女はこう言った。こんな時間に恵理也くらいの子が出歩いているのが珍しいから思わず声を掛けた、と。本当にそれだけで声を掛け、その上ポロッと零した悩みに真摯に対応するなんて有り得ない。

 これが正気を失った頭のおかしい人間だったり、女に目がないド変態だったらどうするつもりだったのだろうか。

 

「なんと言えば良いんですかね……。えぇと、少し寂しそうな雰囲気があったので、つい。そういう人を見ると放っておけないんです」

 

 時間も時間ですしね、と言って女性は腕時計に目をやった。時計は既に一時を過ぎてしまっている。彼女の言う通り、中学生が出歩くには少々不適切な時間であると言えるだろう。

 そんな彼を見かねた、というわけだ。

 

「人が良いんですね」

 

 思わず彼はそう言葉を零す。正直アホなのかと言いたくなるほどの善性だ。詐欺にでも引っかかってしまうのではなかろうか、なんて呑気な考えを恵理也は頭の片隅に追いやった。

 そんな事を知ってか知らずか、女性はゆっくりと頭を横に振りながら謙遜の言葉を口にする。

 

「わざわざ褒められるようなことではありませんよ。人助けは私にとっては当然の行いなんです。占い師ですから」

「占い師?」

 

 恵理也は思わず鸚鵡返しをしてしまう。

 占い師。人々の運勢や未来を見、それを人へ伝える人のこと。胡散臭いことこの上ないし、それが一体人助けにどう関係するのだろうか。まるで推測出来ない。

 

「占い師というのは人の未来を覗き、それをより良いものにするために助言を授けるためにあるものだと思っています。つまるところ人助けの精神が大事というわけです」

「……そうなんですか」

 

 自分の知らない世界。恐らく、彼女は根っからの聖人なのだろう。占いの質がどれだけ良いのかはさておき、彼女は彼女なりに誰かのためになることをしたくてたまらない人。

 人を疑い、羨み、恨んでいる恵理也とは恐らく真逆の人間。

 

 自分もいつか、そうなれるのだろうか。自分はお前以上に不幸なのだからそれくらいは我慢しろよ、などと思わず純粋に人の幸福を願えるようになれるだろうか。

 

 目の前の少年がそんなことを考えているとはつゆ知らず、女性はにっこりと微笑みながら

 

「もし興味がお有りでしたら、私の占い屋にお越しください。もしかしたら特に面白いようなものは何もありませんので退屈で暇なこと極まりないかもしれませんが、何事も経験ということで」

 

 と、伝えた。

 

 頭をクルクルと巡る思考を彼は隅の方へと追いやり、ひとまず答えを濁す。

 

「気が向いたら、行きます」

「いつでもお待ちしておりますね」

 

 やはりニコニコと、優しげな笑みを浮かべて彼女は言う。

 

 その笑顔に、恵理也は何故か母の面影を感じ取った。確か母も彼女のようにニコニコとよく笑う人だった気がする。唯一恵理也が持っている家族写真に写っていた母もとても楽しそうに笑っていたし、それは間違い無いはずだ。

 

「それで、気分は落ち着きましたか?」

 

 いない母の影を重ねられているとは予想だにしないだろう彼女は、恵理也に対してそう尋ねた。

 

「……まぁ、それなりに」

「ならもうお家に帰りなさい。どうしても帰れないのなら、私の家で一晩だけでも保護いたしましょう」

 

 そう言いながら、彼女は恵理也の頭に手を伸ばす。恐らく撫でようとしたのだろう。

 しかし恵理也はそれを反射的に払い除けた。まさかそんなことをされるとは思ってもみなかったようで、彼女は少し驚いた表情を浮かべ恵理也を見つめる。

 

 場に流れる気不味い空気感。それを察知した恵理也は、まるで不貞腐れる子供のようにプイッと顔を背けて口を開いた。

 

「帰ります。今すぐに」

 

 それを聞いた彼女は、やはり慈母のような優しい笑みを浮かべ、

 

「良い子ですね。帰らないし家にも来ないと言われたらどうしようかと思っていたので、少し安心しました」

 

 と少し戯けて見せた。それに恵理也は何も返す事なく、軽くお辞儀だけして背を向けた。

 それはまるで逃げるように。

 

「おやすみなさい」

 

 彼女のそんな声を背に、恵理也は帰路についたのであった。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 占い師なのだという女性と出会ってから数週間程度の時が過ぎ、僕と彼女はそれなりに気の良い友人関係を築く事に成功していた。

 なにせ、眠れぬ夜に散歩へ繰り出すと決まって彼女と出会すのだ。その度に言葉を交わしていたのだから、親交は深まって当然だろう。

 

 名を渡会沙織と言うらしい彼女は、夜空に瞬く星を見るのが趣味らしい。ときたま空を指差しては星座の由来を教えてくれた。

 

「あれがかに座です。あの子、お友達のヒドラを助けようとした勇敢な蟹さんなんですよ。奮闘虚しく殺されちゃいましたけど、友達のために命を懸けられるなんてかっこいいですよね」

「わし座の由来は色々と諸説ありなんですよね。ゼウスが変身した姿だとか、とある人物の死を悼んで名付けられたとか……。実際はどうなんですかねぇ」

 

 そう語る彼女はとても楽しそうで、聞いている僕まで楽しくなってくる。本当に星を見るのが好きなのだろう。自分のことを占星術師なんだと宣う始末。占いに星は使わないと自分で言っているのに、大噓つきなものだ。

 

 当時の僕は全く気付く事も無かったのだが、今になって思うと僕は随分と彼女に心を開いているようだった。

 もしかすると、死んだ母の面影を重ねていたのかもしれない。彼女と話していると心が落ち着くし、どこか懐かしさのようなものも感じる。

 

 あぁ、そうだ。今まで親族以外に話したことがなかった僕の両親の事を教えたのも、それが原因だったのかもしれない。

 

 今思えば、あれが僕の人生の転換期のうちの一つになるのだろう。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 いつものように学校から帰宅している途中。たまたま彼女の占い屋が目に入った。僕が思っていた通り、彼女の構えている占い屋はかなり暇らしい。列どころか、渡会沙織の前に座る客さえいない。

 有り体に言えば、閑古鳥が鳴いている。彼女もかなり暇そうにしながら、何か本を読んでいた。

 

「ずいぶん暇そうですね、渡会さん」

「あら、えりくんじゃないですか。お昼時に会えるなんて珍しいこともあるものですね」

 

 ドアを開け、そこから顔を覗かせると彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。慣れた手付きで読んでいた本に栞を挟み、それを机に置くと僕へお茶にしましょうと言いながらチョイチョイと手招きして店の奥に消えていく。

 それに僕は首肯を返し、彼女の後に続いて店の奥を覗き込む。

 

 彼女の部屋は、見かけ通りかなり整頓されていた。占い関係の本が棚を埋め、それ用なのだろう小道具が机の上に整然と並べられている。

 可愛らしくもシンプルな見た目の家具が多く、正しく女性の部屋という印象だ。

 

 他人の部屋にお邪魔するのが久しぶりであり、そもそも異性にそれほど慣れておらずどうしたものかと戸惑う僕に優しく微笑みかける沙織。

 

「さ、遠慮なくこちらに来てください。私はお茶を入れてきますから、えりくんは椅子にでも座ってリラックスしていてくださいね」

 

 と言いながら椅子を指差してキッチンの方へと向かっていった。それを目で追いながら椅子に腰かけ、ふぅと息を吐く。

 店内で少し喋ろうと思っていただけなのに、どうして奥まで誘われたのだろう。あまり長居するつもりもなかったのに。

 

 そんなことを考えながら窓の方へ視線を向けると、目の前にティーカップが差し出された。

 

「アールグレイのミルクティーです。いい香りですよね」

「……ずいぶん早いですね。もう少し時間がかかるものと」

「客人が来る、と出ましたので朝方に淹れておいたんです。アイスティーの方が好きなのでついでに冷やしておこうと思いましてね」

 

 得意げにパチンとウィンクをして彼女は目の前の椅子に腰かけた。ふぅ、と息を吐いてティーカップを持ち上げるその所作は妙に様になっている。

 僕はそれを横目に出されたミルクティーを口に含んだ。

 

 うん、美味しい。あまり味の良し悪しはわからないけれど、これは確かに美味しいはず。彼女が言った通り香りもかなり良い。茶を淹れるのが上手いのか、それともよくできた市販品を使っているのかはわからないがこれを選ぶ彼女のセンスはかなりのものだろう。

 そんなことを考えながら僅かに口角を上げる。

 

 そんな僕とは対照的に、沙織さんは何かを言い淀むように口を何度かパクパクさせていた。明らかにティータイムという落ち着いた雰囲気ではなく、何か重苦しい話題を切り出そうとしているであろうことは容易に想像ができる。

 

 僕は一度咳払いをして、彼女の目を真っすぐと見つめた。

 言いたいことがあるなら早く言え、という無言の圧は、どうやら正しく彼女に伝わったらしい。すいません、と謝罪を口にしつつようやく話題を切り出した。

 

「……キミと知り合って数週間ほどは経ちましたね」

「そうですね」

 

 あの運命的な出会いをした夜からすでに数週間もの時間が経ってしまっている。そう考えるとかなりの回数会っているのではないだろうか。もう学校のクラスメイトよりも親交が深まっているような、そんな気さえする。

 とは言いつつ、だ。僕は彼女のことを多く知っているが、彼女は僕のことを大して知らないはず。

 

「私はキミに私のことを多く教えました。私が占い師であることや、そうあるために得た多くの知識。日常生活で得た知見まで、幅広く」

 

 彼女は本当になんでも教えてくれた。おかげで無駄に星に関する知識が付いてしまったし、軽い占いならできてしまうのではないかという気もする。それほど彼女は惜しみなく自分のことを教えてくれるのだ。

 それは恐らく自分はあなたと仲良くしたいと思っているとアピールしたり、敵対心はありませんよと意思表示するためなのだろう。

 

 どういうわけか、僕は彼女から好意を──恋愛的な意味ではなく友情的な意味のそれを向けられているようだった。

 

「ですが、キミはずっと私に何かを隠していますよね。それを教えていただきたいのです」

 

 だが、僕は何も教えてこなかった。学校で起きたことや最近した料理の話くらいならしたことはあるが、彼女の言う通りずっと隠してきたものがある。

 

 ドーパントとガイアメモリに対する憎悪と、長年抱えてきた希死念慮。

 

 その二つだけは、何があっても他人に漏らしてはいけないものだ。それも、つい最近知り合った者が相手ならなおさらである。

 嫌われたくない。引かれたくない。どうせ話しても理解してくれない。無駄に信頼を寄せて開示してその交友関係を失ってしまうくらいなら、少しの罪悪感と共に黙っておいた方がいい。

 

 だから話さなかった。これは彼女が相手だからではない。唯一の親友とも呼べる仲である蒼にも、その他の友人と呼べる仲だった者相手にも一度だって話したことはないのだ。

 

 そんな僕に、彼女は静かに尋ねてきた。

 

「苦しみを分かち合いたいと言いたいんじゃありません。理解できるとも言いません。頑なに言おうとしない辺り、キミにとっては相当苦しい出来事だったのでしょう?」

 

 その言葉に思わず目を逸らす。家族を惨殺されたのだから相当などという次元ではない、などと口が裂けても言えるはずがない。なんとしても心の底に仕舞っておかなくては。

 しかし彼女は目を逸らしたのを肯定と捉えたらしい。僕の手を優しく包み込むと、その憎しみや希死念慮を知りたいわけを話してくれた。

 

「キミの抱えている苦しみを、どうすれば晴らせるか。もし晴らせずとも、どうすれば軽くできるのかをキミと共に考え、そして寄り添っていきたいのです」

「……どうしてそこまで関わろうとするんですか?」

 

 握られた手を解き、鋭い視線を思わず送る。

 彼女はどうしてここまで僕に関わろうとしてくれるのだろう。今日は自分でここに入ってしまったのだから文句を言える立場にないが、正直理解できない。

 彼女から見て、僕はあの時たまたま出会っただけのガキのはずだ。会う度によくしてくれているのは、単に彼女が善性に満ちた人間だからだろう。そうでなければ、僕と関わる理由などない。

 

「僕にそこまでするメリットは、沙織さんにあるんですか?」

「メリットの話をすれば、あなたが指摘した通りで全くありません。デメリットもありませんがね。ですが……そうですね、端的に言えばあなたと親しい仲になれたと思っているからです」

 

 思わず溢した疑問に、彼女はそう答えた。沙織さんと僕が親しい仲になれた、というのは確かにわかる。僕の方もそれなりに親しくなったのではないかという感覚もあるし、実際こうして彼女の店兼家に自ら顔を出してしまったのだからそれに関して疑う余地はない。

 だが、どうして。

 

「あなたは気付いているのかどうかわかりませんが、夜にあなたと出会うとずっと悲しそうな面持ちをしていますから。この世から消えてしまいたいと、そう思っているのではありませんか?」

「それは……」

「やはりそうでしたか……。敢えて突っ込んでいかなかったのは正解だったかもしれませんね」

 

 図星を突かれ、僕は思わず言葉を詰まらせる。まさか彼女は僕が抱えているものを見透かしていて、それでもなお優しくしてくれていたのか。

 たとえその理由が詳しくわからずとも、たとえ相手が見ず知らずの子供であっても、見捨てることをせず寄り添おうとしているのか。

 

「私は仲の良い人にそうなってほしくありません。私にとって、あなたはそれだけの人になっているということです」

 

 払われた手を組み、それに顎を乗せて微笑みかけてくる。その笑顔の奥に、悪意は全く見えてこない。

 初めて出会ったあの夜と同じ。

 

 彼女になら、話してもいいかもしれない。少しだけそう思った。少なくともバカにしたり卑下するようなことはしないはずだと、それだけは断言できる。

 長い逡巡の末に、僕はようやく口を開く。

 

「……僕は、幼いころに両親を目の前で殺されました」

 

 何よりも重たく、口にし難い一言目。それをなんとか絞り出してからは早かった。詰まったものが取れたときのように、抱えてきたものたちをするすると言葉にしていく。

 

「そうであると確定したわけではありませんが、当時の状況からするとドーパントによる犯行である可能性が高いんだそうです」

 

 それを静かに聞く沙織さんは、やはり悲痛そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

「……今になって、喋らせてしまったのは間違いだったのではと思い始めています。あなたには申し訳ないことをさせてしまいました」

 

 ドーパントに向けている憎悪を除いた全てを話し終えた後、部屋を支配した重苦しい沈黙を破ったのは彼女の謝罪と後悔の言葉だった。僕の過去はきっと彼女の想像を遥かに上回るような残酷な出来事だったはずだ。

 きっとこの街にはありふれた悲劇なのだろうが、それでも彼女は酷く心を痛めたらしい。

 

 その目からは涙がとめどなく溢れていた。

 

「沙織さんに聞かれなくとも、いつかは教えていたと思います。それがたまたま今日になっただけですよ。だから、そんなに気にしないでください」

「いくらそう言われても、それは……。いえ、そうですね。あなたの苦しみに寄り添いたいと言ったのにこの体たらくでは面目丸つぶれです」

 

 そう言いながら顔を伏せて手で目元を拭い、数回ほど深呼吸して僕に向き直った。赤く腫れた目元を見て少し申し訳なさを感じつつ、もう一度口を開く。

 

「気にしなくてもいいんですよ、本当に。こんな感情は到底寄り添えるようなものじゃないから」

 

 まさかドーパントを皆殺しにしたいとか必ず仇を討つとか、そんな黒い感情まで彼女に共有させるわけにもいかない。

 概ね話してしまっている以上隠すこともできなさそうだが、それでもこれだけはダメだ。誰にも話すことなく墓場まで持っていかなければいけない。

 

 折り合いをつけるとしても、それは自分ひとりでなんとかするべきことであって彼女を巻き込んでいいことではないのだ。

 そう思っていても、彼女はそれで納得はしないらしい。僕の手を取り、真っすぐな瞳でこちらを見据えてくる。

 

「それでもあなたの……黒神くんの心の重荷を少しでも軽くしてあげたいんです」

「こうしてよくしてくれているだけでも、僕にとってはありがたいですから。それ以上は何も望みませんよ」

「ですがそれではあなたが救われないじゃないですか……。本当に何もないんですか?」

 

 彼女にそう言われてパッと思い浮かんだのは、気持ちの悪いことに親代わりになってくれという要求だった。

 両親を失ってから、ずっと心のどこかで求め続けてきたもの。もしかしたら知らないうちにそれを彼女に見出しているのかもしれない。

 

 当たり前だがそれを彼女に強いることはしない。彼女に嫌われたくはないし、何よりそんなことをさせた自分が嫌いになりそうだから。

 それでも今の彼女は受け入れてしまうかもしれない。そう思わされる何かがある。

 

「親代わりになる、とか言い出しませんよね?」

「もしあなたがそれを望むのなら、喜んで」

「嘘です冗談ですから本当にやめてください。いくらなんでもそんなこと本気で頼むわけないじゃないですか」

 

 試しに冗談めかして言ったことを、何の躊躇もなく承諾しかけた彼女を急いで止める。

 どうしたものか。これでは本当に何を言っても大抵のことなら受け入れられてしまうことだろう。

 

 何か適当なことを言って彼女を満足させなければ。頭がフルに回転して、出した返答はこうだった。

 

「今までみたいに、僕に何気なく接してくれたら嬉しいです。これがきっかけで関係が変わるのは、ちょっと辛いものがありますから」

 

 なるべく平静を装って、真面目な表情でそう伝えた。

 今までのような関係を続けること。それは嘘でもなんでもなく、僕の本心だ。

 当たり前だが、彼女を僕の恩讐に巻き込む気は一切ない。僕の中だけで完結させるべきことだから。

 

 それに過去を知ったせいで妙に対応が優しくなったり、腫物を扱うような対応をされるようになったりというのは、中々心に来るものがある。

 だからこそ、今までのような近くて遠いような、そんな関係でありたい。

 

「……わかりました。黒神くんが、恵理也くんがそう仰るのであれば」

 

 まだ少し不服そうな雰囲気をしているが、一旦は飲み込んでくれたらしい。どこかやるせないといった表情を浮かべてはいるが、恐らくこれ以上施しを与えようとはしないだろう。

 それが僕の望むことでないとわかっているのにしようとするほど、彼女が独善的ではないのを僕は知っている。

 

 そんなことを考えているうちに、彼女は椅子から立ち上がって戸棚をゴソゴソと漁り始めた。一体何を探しているのかと疑問に思いながらそれを眺めている僕の手の平に、何かを取り出した彼女は金属で出来たそれを置く。

 

「鍵……?」

 

 かなりの間戸棚に仕舞われて放置されていたのだろうそれは、かなりひんやりとしていて心地よい冷たさで。

 不思議そうにそれを眺める僕に、彼女はその鍵が何なのかの答え合わせをした。

 

「この店兼住居の合鍵です。何か辛くなったり誰かに気持ちを吐き出したくなったりしたら、いつでもお越しください。どうせ客足も少なく暇をしていますから、いつでもお待ちしていますよ」

 

 どうやらとんでもないものを渡されてしまったらしい。恐らくこれが彼女なりの妥協案なのだろうが、しかし本当に受け取ってしまっていいのだろうかという疑問も湧いてしまう。

 なんというか、倫理的にあまりよろしくない。そう思い返そうとするが、しかし持っていてほしいと言われ拒否されてしまった。

 

「ここがあなたにとって心を安らげられる、ある種の避難所にでもなればと思ったんです。ですからそれは持っていてください。えりくんが悪用するとは思っていませんし」

 

 ということらしい。僕はかなり信頼されているらしかった。事実、これを悪用なんてするつもりは全くないのだから彼女の見立ては正しいわけで、僕はそれに少しくすぐったさを覚える。

 それは多分、こうして真っすぐに好意を受け取ったからなのだろう。そういうものには、慣れていないから。

 

 そうして生まれた気まずさから、思わず少し目を逸らす。そんな僕をからかうように、沙織さんは笑い声を漏らした。

 

「もっとも、わざわざここに来ずとも深夜に外でお会いすることになるのでしょうけどね」

「……それは深夜徘徊をやめろ、ということですか?」

「肯定はしませんが否定もできませんね。やっぱり夜は危ないですし、お巡りさんに補導されてしまいますから」

「それを言うなら沙織さんもでしょう。僕たちそこに関しては共犯ですよ」

 

 重苦しい空気を変えたかったのだろう彼女の冗談に合わせて軽口を叩く。

 

 彼女と過ごすときのこういう空気感が好きだ。気兼ねなくくだらないことを言い合えるこの空気が。

 ずっとこんな時が続けばいいな、と思う。

 

 でも、そうはならなかった。

 

 希望は、幸福は、あっけなく崩れてしまうものなのだと。

 後に僕は思い知ることになる。

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