夕暮れの下。いつも通り鬱陶しい風が髪を撫でるその最中。
「渡会を殺したのは俺だよ、ガキィ!!」
僕を煽るかのように、占い師らしい男はそう叫んだ。顔こそ見覚えが全くないが、確かにその声はあの時机の下で聞いた忌々しい声と全く同じ。
それが仇であると理解した瞬間、心の底から怒りが沸いていく。
心臓が早鐘を打ち、頭に血が昇っていく。
「お前も殺してやろうと思ってたんだよ」
目を見開いたまま立ち尽くす僕を煽るように言いながら、男はポケットから一本のメモリを取り出した。それは僕の持っているそれとは違う、化石のような見た目をしたガイアメモリだった。
Sの文字が刻まれたそれを見て、僕の怒りが加速する。
忌々しいもの。
この街を蝕む癌細胞。
親の仇で、沙織さんの仇。
「なんで、殺した」
怒髪天を衝くといった状態を通り越し、一周回って冷静になった頭からようやく言葉が出力された。
別に、動機になんか興味はない。あの時、客を奪って天狗になっていたお前が悪いと宣うのを聞いていたから。どうせ問い質したところで、まともな返答など返ってきやしないというのはわかっている。
「なんで沙織さんを殺したんだ」
欲しかったのは、時間だ。とにもかくにも、怒りで熱くなり過ぎた頭を冷やさなければいけない。
一旦冷静になっているように思えるけれど、それでも何かのきっかけで再燃して取り返しのつかない選択をしてしまうかもしれない。
「アイツが俺ンとこの客を取っていったからだ。そのうえで天狗になってあなたの性格が悪いからですよ、なんてほざきやがったんだぜ? そりゃ消したくもなるってもんだろ」
深呼吸を何度もして心を落ち着かせようとしている僕に、男は答えを返しながらメモリをクルクル回す。教鞭でも執っているつもりなのだろうか。
癪に障るその動きを目で追いながら、深く息を吐いてもう一度言葉を発する。
「どうしても、殺す必要があったのか?」
「あるね。自分の血を吸った蚊を叩き殺すのと同じことだ」
返ってきた答えに、僕は再び体を硬直させてしまう。
蚊?
彼女を蚊と同じような存在だと言いたいのか?
彼女は殺されて当然だと、そう言っているのか?
こいつは一体何を言っているのだろう。脳が理解することを諦めていて、同時にこいつを殺さなければいけないという暗い暗い感情が湧き上がってくる。
そんな事を沙織さんが望んでいないのは分かり切っている。彼女は度を超えて優しいから、きっとこの男に対しても怒りの感情は向けておらず自分のせいでこうさせてしまった、などと考えているのだろう。
そんな彼女の意を汲むのなら、全力でここから逃げて警察へ通報するのが一番だろう。
きっとそれが最善の手だと、わかっている。
「渡会は俺の邪魔をした。それで客足が増えたのを良いことに天狗になってたんだからな。どこに躊躇う必要があンだよ」
それでも、こんな事を平気で宣うような人間を世に放ったままで良いのだろうか。いずれ捕まって刑務所に叩き込まれたとして、更生出来るとは思えない。
それならば、今ここで殺してしまった方が良いのではないだろうか。
そんな考えが僕の頭を満たす。
幸いなことに、今の僕にはそれだけの力がある。
「俺から大事な大事な客を奪っていったんだ。だったらアイツからも大事なモン奪ってやんねぇと公平じゃねえよなァ?」
「黙れよ……」
思わずそんな言葉を漏らしてしまう。冷静になろうと努めていた人間の口から漏れる言葉ではない事を自覚しながら、しかしそれももう諦めようという思考が脳裏を過ぎる。
沸き上がる怒りを、頭を満たす恨みを、抑えられないから。
「だからお前をぶっ殺すんだ。恨み言なら地獄で渡会に言いな」
「黙れって言ってるだろッ!!」
辺りに響くほどの怒号を放ち、男を強く睨み付ける。ガイアメモリを起動しようとしていたのか、ボタンのある位置に指を置いたまま男は呆然としていた。突然大声を出したから驚いているのだろう。
そんな男へ畳み掛けるように、声を荒げて男の発した全ての発言を否定する。
「あの人は……沙織さんはお前みたいなクズとは違ってな、誰にでも親身になって寄り添えるような優しい人だったんだぞ!!」
彼女は決して人を恨むことはしなかった。例え自分が不利益を被ったとしても、その責任は自分にあって相手にはないと考えるような人だった。
聖人という言葉がこれ程似合う人を、僕は知らない。
「お前なんかよりもずっとずっと、比べるのも烏滸がましいくらい生きてる価値のある人だったんだ!! それをくだらない理不尽な理由で殺しておいて何が公平だよ!!」
対してこの男はどうだろう。あまりにもくだらない理由で人を殺し、それを正当化して自慢気に話した挙げ句またその手を血に染めようとしている。
救いようがないとはこの事だ。ガイアメモリの毒素によって脳味噌が小さくなっているんじゃないだろうか、という突如浮かんだ考え事を頭の片隅に追いやりながら僕はポケットの中から
夕焼けの光を反射して黒光りするそれに刻まれているのは、Hの刻印。
曰く、危険の記憶を内包したガイアメモリ。
《Hazard!!》
「ガイアメモリだと……!?」
男の驚愕を他所に、僕はロストドライバーというらしい機械を腰に当てる。どういう仕掛けなのか、帯が勝手に腰に巻き付いてガッチリと固定された。
それに少し驚くのもそこそこに、最大限の殺意を込めた視線を男へ向ける。
この力の使い方は決めた。
ドーパントを殺すために使おう。
「良いさ、そんなに公平を望むなら公平な結末にしてやるよ……。お前をぶっ殺してなァ!!」
叫び、ハザードメモリをロストドライバーのスロットに差し込んでそれを倒す。
Hazard、という音声が鳴るのと同時に僕の体を黒いものが覆っていく。きっと化け物のような見た目をしていることだろう、と嫌に冷静な頭で考えるがそれもすぐに掻き消えた。
「死ねええええッ!!」
衝動のままに雄叫びを上げ、男がガイアメモリを起動するよりも速く怒りのままに強く強く握り締めた拳を叩き付ける。
グェ、などという声がしたのも束の間、とてつもない勢いで後方へと吹き飛んでいった。恐らくは凄まじい痛みが襲ったことだろうが、それでもガイアメモリを手放さなかったのはそれだけ彼の執念が凄まじいということだろうか。
「クソが……。このガキ舐めやがって!!」
《Star!!》
地面に横たわったまま男はガイアメモリを起動し、それを右手の甲に突き刺した。メモリが男の体に吸い込まれ、徐々にその体はあの日見た化け物のそれへと変わっていく。
「そんなに死にてえなら殺してやるよ!!」
夜空のような黒い体。それを彩るように、大小様々で色とりどりの球体がそれに付いている。胸には星座盤のような意匠が拵えられていて、背に羽織っているマントには数々の星座が縫い付けられている。
頭は天球儀のようで、僕は早々にそれが何の記憶を秘めているか察した。
「星々の記憶……」
そう呟いて、僕は仮面の奥で顔を顰める。星に関する記憶は、僕にとって沙織さんとの交流の証だ。満天の星々が煌めく夜空を指差し、楽しそうに笑いながら星についての知識を話す彼女の姿や声。
それを汚されているようで、全く良い気がしない。
「流星群って、知ってるか?」
知らぬ間に僕の地雷を踏み抜いた男……スタードーパントは、急にそんな事を言って宙に手を翳す。
その手の先には、真っ赤に燃える無数の石……流星がどこからともなく生み出されていた。
「こいつを喰らいな!!」
ブンと音を立てて僕の方へ手を振り下ろすのと同時に、流星は僕へ向けて発射された。
赤い軌跡を描き飛来するそれらを、僕は次々に躱していく。それらは体に当たるギリギリのところを通り過ぎ、次々に地面に着弾しては抉っていく。
まるで未来が見えているようで、それは多分正解だった。
なにせ、どこに流星が飛来するのか視界に映っているのだから。
「なんで当たらねえんだ……!?」
スタードーパントが焦ったような声を出す。見た目からして喧嘩慣れはしていなさそうだしサクッとボコボコにしてお終い、なんて考えだったのだろう。
そしてその読みは外れてはいない。このメモリの力がなければ今頃体中穴だらけだ。
だが、そうはいくものか。必ず報いを受けさせなければ。
そんな決意と共に、流星を掻い潜りながらスタードーパントへ接近する。恐らくこのハザードメモリに攻撃系の能力は存在しない。
だったら、この手と足でボコボコにしてやる。
そうして強く拳を握り締めて殴ろうとして、しかし僕は殴るのをやめて咄嗟に跳躍しスタードーパントの背を飛び越えた。
このまま殴っていたらヤバいことになる、と漠然とした直感に従ったのだ。
そしてそれが正しかったことを証明するかのように、赤く燃え上がったスタードーパントの手から炎が噴出した。
輪を描いて放たれたそれは直前まで僕の居た空間を灼き、コンクリートをドロドロに溶かす。
「危な……」
思わずそう呟いて溶けた地面を見る。恐らく太陽のプロミネンスという現象を再現したのだろう。星々の記憶というからには、そんな能力を使えてもおかしくはないはずだ。
どの能力も超強力。恐らく一撃一撃が致命傷になりうる威力を持っているだろう。
「でも当たんなきゃ意味ないから……!!」
そんな言葉を漏らすのと同時に、こちらへ振り向こうとしていたスタードーパントの左頬へ全力のストレートを放つ。
よろめくスタードーパント。その隙を逃さず、今度は胸板の星座盤を目掛けてボディブローというやつをお見舞いする。
相手もさほど喧嘩慣れはしていないようだ。素人の僕でもなんとか渡り合える程度、言ってしまえば同レベルらしい。
現に今、胸を抑えながら呻き声を出し、数歩後退りしている。喧嘩慣れしていたら多少カウンターなどが来るはずだが、それがないということはそういう事だ。
体を僅かに折って苦しそうな声を上げるスタードーパントを力の限り蹴り飛ばし、無様に地面を転がるそれを睥睨する。
「なんだ、この程度なんだ。今まで怯えてたのがバカらしいや」
今までドーパントというのは倒すことのできない無敵の怪物、といった印象があった。人知を超えた力を行使し、銃火器の類が通用せず、警察や自衛隊の手に負えない化け物だと。そう思っていた。
だが、蓋を開いてみれば全くそんなことはない。自分もガイアメモリを使っているからなのか、大して脅威と感じなくなっている。それこそ一撃一撃がかなりとんでもない威力ではあるが、中身が戦いの素人ならどうとでもなる。
はっきり言って拍子抜けだ。
ふぅ、と少し息を吐いて再び手を強く握り締める。
「どっちが狩る側なのか、教えてやるよ」
▽▽▽▽▽
そこからはとても戦いとは呼べたものではない、酷いものだった。
ひたすらにスタードーパントの攻撃を避け、拳を打ち込み、また攻撃を避けて蹴りを入れる。その繰り返し。
蹂躙や圧倒、という言葉がこれほど似合う戦いは後にも先にもこれだけだろう。そう思えるほどに、初陣は僕の圧倒的優位を保ったままで。
三十分も経った頃には、既に限界を迎えたのだろうスタードーパントから攻撃されることはなく。僕を殺すんだと嘯くそれを悪感情の荒ぶるままに甚振る僕という、半ば拷問やリンチのような光景が続いていた。
「ま、まだだ……ガァッ!?」
地面に崩れ落ち、それでもまだ折れないスタードーパントの顎を蹴り上げた。舌でも噛み切ったのか、人の口から聞いたことのない絶叫を上げてのたうち回る。
それを見ても、僕の心が痛むことはなかった。
「同じことを沙織さんにもしてたんだもんな。文句言うわけないよな」
それは力のない沙織さんをタコ殴りにして殺した。様々な内臓が破裂して、想像を絶する痛みに襲われながら死んだ彼女の事を思えば、それの受けている仕打ちなどなんてことないように思えた。
殺さなければ、今こんな目に遭うことはなかったのだから。自分がしたことが巡り巡って返ってきた、というだけなのだ。
しかし、これだけ好き放題しても人間に戻らないものなのだろうか。メモリとドライバーを渡した男曰くドーパントを殺すためだけに存在している、とのことだったがこれではいつまで経っても終わらない。
もう少し楽に終わらせられそうなものだが。そんな事を考えながら、地面に蹲るスタードーパントへと歩を進めようとしたその時。
「もう少し使い方を教えておくべきだったか?」
「……お前は」
一体いつから居たのだろう。物陰から、あの一式を渡した男が姿を現した。
顔をそちらへ向け静止する僕に、見守っていると言っただろうと呆れたように言いながら男は近付いてくる。
「そのまま殴り続けていてもメモリは破壊できないぞ。それの意思でメモリを排出するなら話は別だが」
「……その気はないらしいな」
そう言ってスタードーパントを見ると、手をこちらへ向けてプロミネンスを射出しようとしていた。しかし力を引き出し切れないのか、放たれた炎のアーチは僕へ到達するよりも先に勢いをなくして霧散する。
少し熱い風が吹いたのを感じつつ、僕は協力者へと目をやった。
彼はやはり表情が物理的に見えなくて何を考えているか全く分からないが、一応は教えてくれるらしい。
「……メモリを引き抜き、腰のスロットに装填してスイッチを押せ。後はわかるはずだ」
そう言い、戦いに巻き込まれたくないのか数歩下がった。
「方法があるなら先に言ってくれ」
そんな小言を零しながらスロットからハザードメモリを引き抜いて、腰にある黒いスロットへと挿し込んだ。小気味いい音を響かせたそれの、小さなボタン。それを叩くようにして押してみる。
《Hazard!! Maximum Drive!!》
そんな音声が響いたのと同時に、何やら力が沸き上がるのを感じた。黒いオーラのようなものが右手に集まっていって、怪し気に発光し始める。
それを見て大体何をすべきなのかを悟った僕は、スタードーパントの方を見た。何やら恐怖を抱いているのか、嫌だ嫌だと顔を左右へ振りながら座り込んだまま後ろへ後ろへと後退り。
「いや、殴るけど」
何が嫌だ。沙織さんがそう言っても殴るのを止めなかったくせに。
心の中でそう吐き捨てて地面を蹴り、スタードーパントへと肉薄する。
「あ、あえ──」
「何言ってっかわかんねえよ」
言葉にならない声を出したスタードーパントにそう返し、余った全ての力を注いで顔面にパンチを叩き込んだ。
地面を抉り、顔をめり込ませたのと同時にそれの体は爆発した。多分、もう耐えられなかったのだと思う。
その爆発による風と土煙が止んだ後、僕の足元に破壊されたガイアメモリの破片が転がり出た。それを拾い上げてマジマジと見つめる僕の隣に、協力者の男は歩み寄る。
「初戦にしては圧倒的だったな。喧嘩の経験は少ないはずと踏んでいたが」
「実際殴り合いの喧嘩なんてしたことないから。多分こんなのは今回限りだと思うけど」
褒められているのか、それとも驚かれているのか。男のそんな言葉に興味なさげに返し、ドーパントだったモノを見る。
やはり口の中を派手に切っていたらしく、かなり派手に血を垂れ流しながら、しかし胸が上下している。
まだ息はあるようだ。
先の一撃で殺し切るつもりだったのだけどな、などと思いながら瀕死のそれを眺めている僕の隣で、協力者は何やら腕を組んで考え事をし始めた。
一体どうしたのかと顔をそちらへ向けると、彼は首を捻りながらこう言った。
「メモリブレイクするとドーパントの中身は余波で死ぬと聞いていたのだが……。まあ既に死に体となっているのだから、結果としては変わらないのだろうが」
「……だからドーパントを殺すための道具って言ってたのか」
全てに合点が行き、僕は数回ほど頷いた。確かに、メモリを破壊して内部の人間をも殺すのであればそう表現するのも無理はない。僕だってそう言うだろう。
どういうわけか、渡されたそれでは殺せないらしいが。
「……ここからこれが生き残る可能性はあるか?」
もぞもぞと体を動かし、なおも逃げようとするそれを見つめながら協力者に問い掛ける。
僕が何をしようとしているのか察したのか、協力者は少し口角を上げたのがチラッと見えた。
目を細め、恐らく楽しげに笑みを浮かべながら答えを返す。
「さぁ? 何かの間違いで生き延びるやもしれんし、このまま死にゆくかもしれん」
それに対し、そうかとだけ返して僕はアストラルドーパントだったモノの首根っこを片手で掴み、拾い上げる。
宙に吊るされたそれの顔を僕の方へ向けさせ、真っ直ぐその顔を見つめた。
それはすっかり怯え切った表情を浮かべていた。自身が辿る末路を悟り絶望しているのか、それとも口からの出血のせいか、血の気がどんどんと引いていき青白い顔になっていく。
「い、いやだ……」
目に大粒の涙を浮かべながら、それは首を振る。
「やめて、くれ……」
股間の辺りから何かを垂らしながら、それは慈悲を希う。
「ころさないで……」
口から血を流しながら、それは懇願する。
その全ての言動が、僕の神経を逆撫でした。
頭の天辺から爪先まで、全身が沸騰したかのように熱く感じる。
「沙織さんがいくらそう言っても、お前はその手を止めなかったんだろ」
自分でも驚くほど冷たい声音でそう返した。
もしもそれが沙織さんの許しを乞う言葉を聞き入れていたなら、重傷ではあったろうけど死ぬことはなかったはずだ。
それを全て無視して甚振ったから、彼女は死んだ。
聞き入れなかったから、彼女は僕の腕の中で死んでいったんだ。
「ならなんで僕がお前の言う事を聞いてやる必要があるんだよ」
だと言うのに自分は許してもらおうだなんて、あまりにも都合が良過ぎるじゃないか。
全く理屈が通らなくて、不公平で、意味が分からないじゃないか。
「それに言ったよな、お前を殺してやるって……!!」
グッと、首を掴む手に力を入れる。少し肌に食い込んだのか、纏っている黒いものに血が滲んでいく。
協力者に生き延びる可能性を問うたのは、こうして殺してしまうか否か悩んだからだ。
放っておいても確実に死ぬなら、わざわざ手を汚す必要もない。そのまま背を向けて帰ったことだろう。
だが、万が一にでも生き延びてしまったら。想像するだけで吐き気がする。
人を殺した人間が救われて、人を救った人間が救われない。そんな理不尽が何よりも許せない。
だから、その可能性の芽を摘み取るためにもここでこの男を殺さなくては。
そんな思いと共に、首を握る手にさらに力を込める。
それは首を絞められたことによる苦しさから身を捩るが、それを押さえつけるようにもう片方の手も添えて強く首を絞める。
全力で、力の限り。
手に何かがボキボキと折れた感触が伝わっても力を弱めることをせず、思いつく限りの罵声を浴びせながら首を絞め続ける。
そのまま、どれだけの時間が経っただろうか。
いつしかそれは何も言わぬ死体と化していた。
僕はそれを溜め息一つ吐いてから乱雑に投げ捨てる。ありえない角度に首が曲がった状態で地面に落ちたそれを一瞥し、僕はメモリを引き抜いて変身を解除した。
沙織さんの仇を討ったというのに、心は虚ろなままだった。
昔からの夢だったドーパント殺しをようやく達成したのに、何も満たされない。
僕はこんな事を本当に望んでいたのか?
「クククッ、ハハハ!! ここまでとはな!!」
呆然とした状態で立ち尽くす僕を他所に、協力者は突如たかが外れたかのような高笑いをし始めた。
今の僕には、それですら耳障りだった。
「なにが、おかしい」
殺意を込め、男に問う。返答次第ではこいつも殺してしまおうか。どうせもう一人殺してしまったのだから、二人殺しても変わらない。
そんな事を考えていると分かっているのか、協力者は失礼等と言って咳払いを一つ。
「決してお前をバカにするつもりで笑ったのではないよ。むしろ感心さえしている。不快に感じたのなら、謝ろう」
「あっそ……。あれ、証拠隠滅しといてよ。この一式渡してくるくらいなんだから当然できるだろ、それくらい」
「中々に無茶を言うじゃないか。どれだけ苦労することか」
「できるのかできないのか、どっちだ」
「……無論、出来るとも。任せておくといい」
自信あり気にそう断言した協力者。僕はそれに首肯を返し、踵を返す。
どうせこいつが証拠隠滅に失敗して警察にバレても、僕はもうこの街でやり残したことなど大して多くはない。なるようになれ、というヤケクソ感があるのは否めないが、もう全てがどうでもよかった。
家までの道。よく通っていてよく知っているはずなのに、全く知らない場所を歩いているような錯覚に襲われた。
▽▽▽▽▽
その日の夜。日記を付けながら、回らない頭をなんとか動かして考える。
なぜ心が晴れなかったのか、と。
僕は確かに沙織さんの仇を討ったはずだ。殺したいほど憎くかった相手を、間違いなくこの手で葬った。
なのに、晴れない。なのに、満たされない。それは一体何故なのだろうか。
僕が殺したのは沙織さんの仇だけで、未だ両親の仇は討てていない。それが原因なんじゃないか、と思い至った。
昔から抱えてきた恨みを、まだ晴らせていない。だから満たされないし、心も晴れやかにならないということなのではないだろうか。
ならば、どうするべきなのだろう。
答えは簡単で、両親の仇を討つ。それしかないだろう。
言葉にするのは簡単だが、実行に移すのは非常に難しいというのはわかっている。
警察ですら十数年かけて逮捕出来ていないのに、何の捜査能力も持たない僕がおいそれと簡単に見つけられるはずがない。
「……それでも、ころしてころして、ころしつくせば、いつかは」
今の僕にあるのは、ドーパントを狩る力だけ。それを最大限活かそうとするなら、鉢合わせたドーパントを片っ端から殺していくというのが一番良いだろう。
そうすればいつかは、両親を殺したドーパントに辿り着けるかもしれない。
もちろん膨大な時間が必要になるだろうし、屍の山を築き上げることになるだろう。
大き過ぎる罪を背負うことになるだろうし、いつか心が壊れてしまうかもしれない。
だが、一人殺した今、何を躊躇うことがあろうか。どうせそれが二人になっても三人になっても、大して変わりはしない。人の形をしたクズを殺した数が増えるだけだ。
あんな奴らに慈悲をやる必要など、どこにもない。
「殺す……。ドーパントは、みんな……。そうすれば、僕は……」
虚ろな心に、復讐の火が灯る。
決意は固まり、目に暗い光が宿る。
今まで奪われてきた分を、奪い返すために。
虚ろで壊れた心を、再び満たすために。
親を殺されたあの瞬間から渇望していたモノを、果たすために。
かくして、非力で優しかった少年はドーパント狩りを始めたのである。
その末路がどれだけ悲惨であっても、止まるという選択肢など彼には初めから存在しなかったのだ。
これでビギンズナイト編はおしまいです。
本当に出尽くしました。
多分もう更新はないと思います。
突然の更新にも関わらず読んでくださりありがとうございました。