どうやら被害者は僕らが見つけた学生証の持ち主一人と言うわけではなかったようで、他にも2、3人が行方不明となっているらしい。
事が起きたその翌日、学校はこのまま授業ができる状態ではないと判断し、休校して学生と教員を保護するという措置を取った。そりゃそうだ。人が何人も消えているのにまともに授業ができるかと聞かれたら、答えは確実にノーだからこの判断は正しいと思う。思っていたのに。
「なんで僕らは学校に呼び出されたんだ!! 休校措置の意味ないじゃん!!」
「仕方ねぇだろ警察に来いって言われたんだし。ここで逃げたら確実に疑われるぞお前」
そう。昨日と警察と学校に連絡を入れた僕らは、軽く事情聴取されてから明日詳しく事情を聞かせてくれと言われて指定された場所がまさかの学校だった。
その後、携帯に休校措置を取るという連絡が入ったから最寄りの警察署に電話を入れて、どうすればいいのか判断を仰いだ。そうしたら
「あ、学校が休校になったんですね。でも学校に来てくださいよ? 事情聴取するだけなんだから。もちろん安全は最大限確保しますのでご安心ください。それに警察のいる前で襲ってくるほど相手もバカじゃないでしょうし」
と言われて今現在学校の門の前にいるんだ。僕らが犯人じゃない事をわかっていてくれたらいいんだけど、なまじ僕ら以外の目撃者がいないせいか心なしか疑われているような気がしなくもない。
いや僕らが犯人ならそこで通報するメリットなんてないと思うし、そこら辺のことはわかってるとは思いたいけどどうにも不安が残る。
「そもそも俺たちがやったわけじゃねぇし、堂々としてたらいいんだよこういうのは。変にビクついてたらかえって疑われるだろうしな」
「そうなんだけどさぁ……。わかってるけどさぁ……。なんかこういうの疑われてるみたいで嫌じゃん?」
「それはすんごいわかる。なんならここで逮捕とかされたら面白いけどな」
そんな事を言ってガハハ! なんて笑い飛ばす蒼に僕は
「何にも面白くねぇよ! むしろそれが怖いから嫌なんだってば警察と話すの! 何もしてないのになんかやったみたいな雰囲気になるし!」
と言いながら頭を殴り、警察に捕まる事の何が面白いんだよと項垂れると、どうせ誤逮捕だし滅多にない経験できるんだぜ? などと言って門をよじ登ろうとする蒼。
不法侵入で捕まるんじゃないかと思ったけど幸いそんな事はなかった。
「君たちが犯人じゃないのはわかってるからそんなに怖がらなくてもいいぞ」
いきなり後ろから話しかけられて、僕は思わず飛び退いてその方向を見る。背後からドサッ! という音といてぇ!! という喚き声が聞こえたけど、どうせ蒼が驚いて門から落っこちただけだろうから無視する。
僕らに話しかけてきたのは黒いスーツ姿の、肩こりをほぐすためであろう何かを肩に当ててグリグリしている中年のおじさんだった。多分警察の方だろう。
ちょっと……いやだいぶ頼りない見た目してるけど多分すごい腕の持ち主だと思う。失礼のないようにしないとな。
そう思った矢先、蒼が
「誰だあのおっさん。変質者か?」
などと言い出した。思わず僕は蒼の頭を引っ叩く。
「おっさん言うなバカ! どう考えても違うでしょ! というか地面に転がってるお前が言える事じゃないからなそれ」
「仕方ないだろ足滑らせたんだから。怪我してないだけいいだろ」
「そういう問題じゃ……すいませんこのどうしようもないバカが」
そう言って起き上がろうとした蒼の頭を手で掴み、グリグリと地面に擦り付けて、初対面の人に何言ってるんだお前はー! と彼の耳元で囁く。怒らせたらマズいよな、と焦っているせいか冷や汗が止まらない。
痛いーやめろーという抗議の声を無視し、不安を抱えながらチラリとおじさんの顔を見るとなぜか苦笑いしていて
「そんなにしなくてもいいんだけどな……。さ、おじさんも次があるから早いところ終わらせよう」
「わかりました!」
そう言って立ち上がろうとした僕に、また抗議の声。
「んなこたどうでもいいから早くその手を離せこのもやし野郎!」
「は? 誰がもやしだぶっ殺すぞ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は殺意と怒りを込めてさらに彼の頭を地面に擦り付ける。こっちだって気にしてんだよこの野郎、と静かに言うと
「事実言っただけだろァァァ!!!! いててて!!! 悪い悪かった悪かったですだからその手を離してくださァァ!!!!!」
と喚き出す蒼。謝ってくれたからいいか、そう思って手を離すと目の前に手が突き出されて。あ、と思った次の瞬間におでこに痛みが走った。目を見開いて固まる僕に、バカにするような声が聞こえた。
「俺のでこから出血させたお返しだ」
「……バカ野郎」
「はぁ!? なんでバカ呼ばわりを……おい待てって!」
呆れた僕は彼を無視してスタスタと学校の敷地中に入っていく。そしてそれを悪かったって! なんて事を言いながらあとを追いかける蒼。それを見ておじさんが
「仲が良いんだな」
とポツリと呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
そして校長室にて。
「場所は……確かこの家の位置に居て、そこから自転車でちょっと漕いだ先だから……。僕の記憶がおかしくない限りここで間違いはないはずですけど」
「曖昧な返答だねぇ……。何か目印になる物とかなかったの?」
絶賛取り調べを受けてる。別に何か変な事したってわけじゃないのにそういう事をした気分になるから嫌なんだよね、警察官と話すのは。心なしか高圧的だし、何より上から目線のイメージが強すぎる。
そんな事はさて置いて。目印になる物……? 現場に警察が駆けつけたはずなのに位置の確認なんているのか? 昨日の今日でまさか場所を忘れたってわけじゃないだろうし、一体なんの確認なんだ?
そんなことを思いつつ、部屋の外で僕の取り調べが終わるのを待っているであろう蒼に向かって叫ぶ。
「ねぇ!! あそこって目印になるような物とかあったっけ!?」
「は? なんて? 目印ぃ?」
そう言いながら扉を開いて顔を覗かせる蒼。顔をしかめているのはあの辺りについてあまり知らないからだろうか。僕だって滅多に寄る場所じゃないし、言うほど詳しいわけじゃない。
本当に何があったっけな……。なんかのお店があるわけじゃないし、かと言って公園が近くにあるわけでもなかったはずだよな。
そう悩んでいると蒼が
「あ。あったわ。アパートあったじゃんアパート。名前までは知らねぇけど、当時の俺たちから見て左側にさ」
「そういえばあったような気がしなくもないな……。よく思いだせたねそんなこと。授業の内容はすぐ忘れるくせに」
「なんか怒ってんの? その言い方はひどくないか? 俺だってちゃんと内容は覚えて……あ、すんませ〜ん……」
警察官に少し睨まれてすごすごと顔を引っ込める蒼。僕が怒ってる原因なんでわからないんだろう? と少し首を傾げて地図を指差して
「アパートがあるんでここで間違いないですね。はい」
「そうか……。でもこの辺りの住民に聞き込みをしたのに人拐いを見たって言う人がいないんだよね。どの方向に逃げたとかもわかんないんだっけ」
「僕らが行った時にはもう人がいた痕跡すら見当たりませんでしたからね。せいぜいあってあの学生証くらいです」
僕がそう言うと、警察官はうーんと唸ると難しい顔をして頭をポリポリとかく。犯人像が全く上がってこないから捜査のしようがないんだろうな。
今のところ僕ら以外の誰にも見られていないらしいし、その唯一の目撃者である僕らだって犯人の姿を見たわけじゃない。聞いた声は確実に悲鳴だったし、犯人の上げた声でないことだけは確かだ。
この一連の事件は絶対にドーパントの仕業だ。僕はそう確信してる。悲鳴が聞こえて10秒足らず……と言うのは誇張しすぎな気もするけど、とにかく素早く駆けつけたんだ。
視界の外に逃げるには足が早すぎるし、そもそも人一人背負って移動したにしてはあまりにも不自然だ。悲鳴が一瞬聞こえてから何も物音がしなかったってのはどういうことなんだろうか?
呻き声とか悲鳴とかが聞こえててもおかしくないと思うし、気絶させたからって言ったっても人間は気絶すると重たくなるらしい。逃げるのにはそれなりに手間取るはずだ。
車とかを使ったと言うのならエンジン音がしたはずだけどそういった類の音は聞こえなかったから乗り物は使ってないことだけは確かだ。んでもって人間には不可能に近いレベルの出来事だから、これはもうドーパントの仕業で間違いはないだろう。間違ってても責任は取らないが。
「ドーパントの可能性が出てくるわけか……。襲われた子が何か恨まれるようなことをしたとか、何か知らないかい?」
その言葉に僕は学生証に付いている顔写真を見て
「そもそもその人のことすら初めて知ったので……。そういうのは蒼がよく知ってると思いますよ」
と即座に蒼に全てを押し付ける。別に嘘を言ってるわけじゃないから彼だって文句は言わないだろう。僕は本当に女子のことはわからないし、ましてや先輩のことなんて部活にも委員会にも入ってないのに知るわけもない。
警官さんはそれを聞くとそれはしょうがないか、と言ってそれを書き取るとまた僕に質問をしてきた。
「そういうことを知らないのなら犯人っぽい人とかも……そりゃわからないか。ま、かなり簡単な質問だけだったけどこれで終わりだよ。ありがとうね」
言葉の途中で静かに首を振る。当然だ。その人について何も知らないのだから犯人なんてわかるわけもない。警官さんは頭を抱えるとこれまた厄介なことが起きたなぁ、と悲嘆の声を上げる。警察が手を焼くほどの事件ではないような気が……と思いつつ僕は部屋を出る。
こくりこくりと舟を漕いでいた蒼の肩をトントンと叩くと、彼はパチリと目を開けるや
「お、思ってたよりずいぶんと早いな。あー次は俺かぁ」
「そういうことだね。校門で待ってるから終わったらさっさと来てよ?」
「何を警察と無駄話することがあるんだよ。まー長引くこたぁないだろうから気長に待っとけ」
そう言って僕の肩に手を置いて部屋に入る蒼。何か変なことを言わないか気が気でないけど、いくらお調子者気質な彼だって場は弁えるだろう。それに何か粗相を起こしたとしても僕の責任にはならないし、と。そう思って廊下を歩いて行って、
「え」
突然目の前が真っ暗になった。
そして十数分後。
「あーようやく終わったぜ」
俺こと蒼は校長室を出るや伸びをしてからあくびを一つかまして校門へと歩を進める。アイツがほんの数分程度で終わったから俺もすぐ終わるかな、と思ってたのになぜか長引いてしまった。
そんなことないとは思うが俺は疑われてたりするのか?
被害に遭った神岡先輩のこととかその周辺人物のこととか、知っていることを洗いざらい吐かされた気がする。めちゃくちゃ質問攻めされたのちょっと……いやだいぶと怖かったな。
「その子について詳しく話してくれるかい?」
「何か恨みを買うようなことをしたとか、そういうのは?」
「この事件を起こしそうな人だと思うかい?」
と息をつく暇もなかったからな。もう少しゆっくりと答えさせてほしかった。そんなに捲し立てられても頭の整理が追いつかないし、変なこと口走るかもしれないし。本当下手なこと口走らなくてよかったわ……。
いや別に俺がやったわけじゃないんだけども。
「はぁ……話してただけなのにやたら疲れたな。甘いもんが食いたくなってきた……帰る途中でコンビニにでも寄るか」
そう呟いて財布の中身を確認する。……よし、余裕はだいぶあるしなんかアイツに奢ってやろうかな。一人だけ食べるってのも申し訳ないしそうしよう。
財布を閉じてポケットに突っ込もうとして、ふと前を見てあるものが落ちていることに気付く。
「なんだありゃ?」
視界に入ったそれの元に駆け寄る。落ちていたのはスリッパの片方だけ。名前を記入するところには黒神と書かれてある。
なんで片方だけこんなところに落ちてるんだ?
なんかの拍子に脱げたんだとしてもそれに気付かずに帰るほどアイツはバカじゃないし、もしそのバカだったとしても昇降口で気付いて探しにくるはずだ。
十分強経ってるのにも関わらずまだここに落ちているということは、探しにいけないなんらかの事情が発生したと考えるべきだろうか。絶対におかしい。普通じゃこんなことありえないだろうに。一体何が……。
「カーブミラーの下……鏡の前……車の横……そして窓の前……」
今回の失踪事件に巻き込まれたと考えるべきだと判断した俺は、被害者が落とした物の場所を思い浮かべる。おそらくそれが犯人の使ってるメモリだろう。
警察の、主犯はドーパントだという推測が間違っていなければ、確実に何かに共通点があるはずだ。無機物という考えが上がってきたが、そんなの当たり前だから無視するとして。
一体どこに共通点がある? 車とカーブミラーの共通点なんて全然思いつかないんだが、でも何かがある。カーブミラーと鏡の共通点は鏡であることだ。読んで字の如くといった感じですごくしょうもなく聞こえるけど、実際そうなんだから間違ったことは言っていない。
「鏡、か。そういえば窓も鏡っぽくなることがあるな……。車にもサイドミラーが……そうか!!」
思わず叫ぶ。俺にしてはすんなりと答えが導き出せた気がする。俺の出した答えが間違っている気は全くしない。俺は校長室に急ぎながらその答えを口にする。
「犯人の使ってるメモリは……!!」
そして時は少し巻き戻って。
「うわっ!!!」
急に横に引っ張られる感覚。ガンッ! と何かにぶつかって右足のスリッパがどこかで飛んでいったような気がするな、と思った時には地面に叩きつけられていた。受け身を取ることができなかったから体の左側がめちゃくちゃ痛い。
僕は視界が開けたのを確認して目の前にいるであろう、僕を襲った犯人を睨みつけようとしてその姿を見て
「やっぱりドーパントか」
と呆れ気味に呟く。ついでに周りを見渡して状況を確認する。僕がいるのは教室で、目の前には白い姿をした化け物……ドーパントがいて、僕とそれ以外に誰かがいる気配はしない。ドーパントは僕をじぃっと見つめると、
「君はあの子を拐う場面を見たんだね?」
「悪いがあの子って言われても誰かわかんねぇんだよな、残念ながら。
そう言い返すと、懐からハザードメモリとロストドライバーを取り出して、ドライバーを腰に当てる。俺の腰に巻きつくそれを見たドーパントはうわ、と言ってあからさまに嫌そうな態度を取っている。
それを見た俺は
「なんだ? そんなにデカイ図体してるくせして俺が怖いのか?」
「だってそれライダーになるための道具なんでしょ? ライダーには気をつけろって商人に言われたしそりゃ怖いでしょ」
「知らねぇうちに俺もずいぶんと有名になったもんだな。ま、その商人の言ってるライダーとは違うと思うが」
言い終わる直前にハザードメモリのスイッチを押して、流れる電子音声に思わずニヤリと獰猛な笑みをこぼしベルトのスロットに差し込む。響き渡る待機音に乗せて
「今更命乞いしても遅いからな。そこんとこわかってんだろうな?」
「いいわよ。どうせあなただって私には勝てない。この空間にいる限り、ね」
「ほう? じゃあ一つ忠告してやる」
そう言って人差し指を向ける俺を見て、首を傾けるように体を傾けたドーパント。俺はメモリが差し込まれたスロットに手を当て、
「自分の力を過信し過ぎると痛い目を見るんだぜ!! 変身!!」
《ハザード!!》
叫ぶと共にそれを倒した。俺の体が黒い霧に覆われ、どんどん黒い装甲に覆われていく。右手を握ったり開いたりして頭を戦闘モードに切り替える。俺なりのルーティンってやつだ。これをしないと違和感があるんだよな。
そんなことを思いながらもう一度ピンッと指差して決め台詞を言い放つ。
「さぁ、楽しい殺戮ショーの始まりだ」
決まったな、そんなことを考えてから拳を握って腰を捻り、力の限り殴る。いきなりのことに反応が遅れたのか、単に油断していただけなのかは知らないが相手は防御することをしなかった。結果その衝撃で後ろに飛ばされてドアを破壊して転げ出る。
僕はそれを追おうとして、ふと目に止まった物があった。
それはただの消火栓だった。どこの学校にも置いてあるような、なんの変哲のない消火栓。でもなぜかそれに違和感を感じた。
なんだ……?
俺は何に違和感を感じているんだ?
色は赤い、これは普通だ。デカさも見慣れた程度のもんだ。違和感を感じるほどでもない。特に何も引っかかるところは……。
「あ……。文字が反転してんな……」
感じた違和感の正体はそれだった。まさかと思い周りを見ると、教室のドアにぶら下がる標識、貼り出されたポスターなど、全ての文字が反転していた。なんでだ? ただの悪戯ってわけじゃないだろうし……。
そんなことを考えているうちに吹っ飛ばしたドーパントが起き上がり、俺に殴りかかってきた。俺は体を横にずらしてそれを避けると、伸びきった腕を掴んで雑に締め上げる。
「そうか……そうか!! わかったぞ!! メモリの効果か!! やつのメモリの効果で文字が全て左右反転しているんだ!! となるとやつのメモリもわかったぞ!!」
頭に浮かんだ推測が正しければ、この記憶を秘めているはずだ。そう確信した俺は、ジタバタともがくドーパントの腕を掴む手を離して即座に膝蹴りを食らわせてその答えを口にした。
そして、場所も時間も違う二人は全く違う観点から同じ答えに辿り着き、それを叫ぶ。
「「犯人の使ってるメモリはミラー、鏡の記憶だ!!」」
……と。