「だから文字が何から何まで反転してやがんのか気持ちわりぃ!」
そう叫んで追撃する。そのドーパントはわずかに呻き声を上げてよろめいたものの、すぐに体勢を立て直して俺に拳を奮ってくる。
「気持ち悪い能力してんなァ!! 何が目的でこんなことしてんのか知ったこっちゃないが、さらった連中を返してもらうぜ!」
「返せって言われて返すほど私は素直じゃないわよ!! おりゃ!」
ゴッという鈍い音が俺の鳩尾から響き、可愛い声からは想像できないくらいの威力の拳打に俺は思わずうめき膝をついた。
ドーパントは膝を着いた俺に追い討ちをかけるように踵落としを食らわせようとしているのが視界の端に映る。
(立ち上がろうとしてたら間に合わねぇ!)
そう感じた俺は咄嗟に床を転がってなんとかそれを避ける。体のあちこちを椅子やら机やらでぶつけてちょっと痛いが、踵落としを食らうよりもだいぶマシだ。そう自分に言い聞かせて立ち上がりドーパントの方を見て俺は絶句した。
「穴ぶち開けてんじゃねえの……なんじゃそりゃ……」
さっき踵落としを食らいそうになった場所には大きな穴が。ドーパントの足がそれにめり込んでいる。もし食らっていたらどうなっていたことかと、想像するだけで背筋に冷や汗が流れるような気がした。
ドーパントはその穴から足を引き抜くと、俺に向き直り再び拳を構えて突進してくる。
合気道か何かを習っていればなぁ、と心の中で叫び、背中からあの鎌を引き抜いて乱暴に横に振るった。
室内ではあまり使い勝手は良くないが、不意の一撃でやられっぱなしというこの状況をひっくり返せるかもしれない。そんな一縷の望みに賭けたこの一撃は、ドーパントの懐に掠っただけであった。
やらかしたと一瞬焦ったが、ドーパントが少し怯んだのか突進の勢いが鈍った。それを感じるや否や体を強引に捻り再度鎌を振るう。体制が崩れそうになるがなんとか踏ん張ってそれを耐える。
ドーパントはまた鎌を振おうとした俺に驚いたのか
「うえぇ!?」
などと叫びながら拳を突き出してくる。さっきの穴を開けた踵落としと遜色のない威力で殴れるのであれば、そいつを食らうのは非常にまずい。だがしかし、そんなものを食らう俺じゃあないのだ。
「ッオラァ!!」
ガラ空きだったドーパントの左腰辺りに刃が伸びている方とは逆の方がめり込み、ゴッと鈍い音がして、鎌を握る手に衝撃が伝わる。
俺はそれに負けじと思いっきり振り切った。吹っ飛んでいくドーパント。ガシャン!! とガラスの砕け散る音が聞こえたからおそらく外の投げ出されたんだろう。
追撃しようと思ったが体勢を崩してしまい床に倒れ込んだ。思わず悪態を付いてから鎌を投げ捨てる。こいつやたら使いにくいくせに重たいから困るんだよな。
「どうせ武器が付いてくれるんだったら剣なり棍棒なりの方が良かったな……っと」
立ち上がりながらそんなことを呟き、急いでドーパントの身が投げ出されていった方向に駆け寄って、
「……あれっ、いねぇな? さっき俺が鎌振った方向はこっちだしあれが投げ出されたのはこっちのはず……」
しかしそこには誰の姿もなかった。おかしい、確かにこっちに吹っ飛ばしたはずなのに……一体何がどうなってやがる。まさか俺がもたもたしてる間に逃げやがったのか? そう疑問を抱きながら割れた窓から飛び降りる。ライダースーツを着てるからいいけど生身でこんなことやったら自殺行為だよなぁ、とどうでもいいことを考えて辺りを見回す。
「やっぱりいねぇな……。逃げたか?」
やはりどれだけ見てもひとっこひとりいない。よくわからんこの鏡の世界から抜け出すにはあのドーパントをしばき回すしかないんだが、それができないとなるとかなりキッツイな。どうにかこうにか抜け出せたらいいんだが……。
校舎の壁にもたれ掛かる。見慣れた学校のはずなのに左右が反転しているだけで、こんなに違和感を感じるなんて想像もしていなかった。というよりこんな異世界を作る能力を持ったドーパントなんて初めて見たな……。鏡の能力だからってこれはやりすぎだろ。
そんなことを考えて空を見上げたその時だった。いきなり首元を掴まれた感覚がした。反射的にそこに手をやるとゴツゴツした手ががっちりと俺の首を掴んでいて、それを辿っていくとツルツルした何がが手に触れた。おそらく窓ガラスだろう。
おそらくは俺が油断してのこのことガラスに近づいてきたところを強襲しようといった魂胆だろう。
正直こういう手を使われるんじゃないかと薄々思ってはいた。まさか本当にやってくるとは思わなかったしそもそも出来るのかどうかもわからなかったが、対抗策ならすでに考えてある。
「絶対安置から攻撃するたぁ、ずいぶんせこい手を使ってくれるじゃねぇ……か!!!!」
拳を握り締め勢いよくガラスに叩きつける。腕を入れることが出来ないほど小さくしてしまえば、こいつの特殊能力のガラスから腕伸ばすやつも使えなくなるんじゃないか。
その予想は当たっていたみたいで、ガシャアン!! という音が聞こえたその瞬間にはもう首を掴む手は無くなっていた。
後ろを振り返りドーパントがいないことを確認して胸を撫で下ろし、隣にある窓ガラスの前に立った。ガラスの向こう側、というか元の世界からドーパントがこちらを見ている姿が写っている。
今度はギリギリ手が届くか届かないかという距離である。体を乗り出さないと手が届かない以上、俺に攻撃しようとするなら腕から先を出す必要がある。そこをつかないと今度こそ逃げられるだろう。
今度は安置からの攻撃はさせねぇぞ。心の中でそう呟いてガイアメモリをバックルから引き抜いて、腰にあるちっちゃなスロットに差し込んだ。
「かかってこいよ。これで決めてやるぜ」
拳を構えて挑発する。俺の声が向こうに聞こえているのかは知らないが、いいよ乗ってあげると言わんばかりにこちらにのっしのっしと歩いてくる。
そしてドーパントの腕がガラスから現れたその刹那、俺は動いた。
繰り出された拳を左手で受けて右に流す。バランスを崩したのかこちらに倒れかかってくるドーパント。
空いている右手で乱暴にスロットのボタンを押す。
《ハザード!! マキシマムドライブ!!》
辺りに電子音声が響く。それと同時に握り締めた右手に黒いオーラっぽい何かが集まってくる。これが何なのかは俺にはわからんが、逃げようとしてる敵を縛り上げたりすることも出来るしそれなりに万能らしい。
俺は左手でドーパントの体を強引に俺の正面に向けて、
「ぬぅん!!」
「がッ!?」
無防備なその懐に全力で右ストレートもどきを放った。それを受けたドーパントは少しよろめくと、
「信じらんない……まさ、か。そんな……」
と現実を受け入れられない、と言いながら仰向けに倒れて爆発した。俺は手を軽く払ってドーパントに近寄って確実に仕留めたかどうかを確認しに行く。
「メモリは……割れているな。Mの印字だしミラーで間違いないみたいだな。んで、肝心の中身は一体どこのどいつなんだ?」
割れたメモリの破片を左手で弄びながら本体に近づく。顔を見られたくないのか腕で目元を隠しながら横たわるそいつ。俺はその腕をどかしてそいつの顔を見て
「わかっちゃいたことだが全く知らんな……。どうせ風都高校の学生なんだろうがね」
思わずそう呟く。男ならまだしも女のことは本当に何もわからない。人脈もないし興味もないからこういうときになかなか苦労することがある。
「そりゃあ私みたいな地味な奴なんか知らないでしょうね」
横たわる女は自嘲するようにそう言うと真上を指差して
「多分ガラスから外に出れるはずだからさっさと出てください。じゃないとここ崩壊して一生外に出られなくなる」
「誘拐犯がずいぶんと優しくしてくれるじゃねえか。何だ? 心を入れ替えたとかそういうあれか?」
「ここであんたと二人で過ごすのが嫌だから早く出ていけって言ってるんですよ。誰があんたに優しくするもんですか」
鋭く睨みながらそう言ってくる。確かに俺とてこんな場所でこんなやつと過ごすのは勘弁願いたいものだ。まあその前にやらなきゃいけないことがあるわけだが。
「……私がこんなことしようとしたのには理由があってですね」
「何だいきなり。まさか後悔してるとか何とか言うんじゃねぇだろうな」
いきなり語り出したそいつにそう言うと後悔しないわけないでしょ、と返ってきた。後先考えずにこんなことをするからだ、と言いかけたがそいつの目が涙で光っていることに気づいて口を閉じる。
「拐ったやつらがいたでしょう? 私はアイツらにいじめられてたんですよ。何でも気に入らないからとか弱そうだから、お金を持ってるからとかいう理由だそうで」
「で、大金叩いてメモリ買って虐めてた連中拐って復讐したと。そういうわけだな」
俺がそう聞くと静かに首を縦に振った。こりゃ虐めてた奴らはもう死んでると思った方がいいかもしれねぇな。まぁ死んでてもいいような連中ではあるが。生きてても死んでても俺に害は無いしそいつらは放っておくか。
頭の中でそう結論づける。俺はあの半分こ野郎とは違って別に正義のヒーローではないのだ。そこまでお人好しになる義理はない。
「いつか……いつかやり返そうと思って実際やり返しましたよ。そりゃもう人生で一番爽快でしたね、えぇ。今まで私を虐めてた奴らを圧倒的な力でねじ伏せることができるんですから。でも、その爽快感とは別に罪悪感や後悔の念が湧いてきたんです。私のやったことは犯罪ですし、何なら虐めていた奴らよりも余程たちが悪いですからね」
「そうだな」
彼女の独白に静かに頷く。確かにそれもそうだ。やり返したら同レベルまで落ちると言うし、そもそも誘拐監禁──この状況に監禁が当てはまるのかどうかは置いておいて──はもちろんのこと、ガイアメモリの売買は立派な犯罪だ。
こいつを虐めてた奴らも大概だが、ガイアメモリに手を染めてしまった以上、裁判沙汰になった場合こいつが100%に近い黒という立ち位置になるだろうというのは、そういう方面に疎い俺でもわかる。
「私はなんてことをしてしまったんでしょうね……。今更後悔しても無駄ですけど。早くここから出て警察に出頭しなくては」
ゆっくりと立ち上がり窓ガラスに近づいて元の世界に戻ろうとするそいつ。俺はその肩をがっしりと掴んで引き寄せ、首に手をかける。
「こんなことして生きて帰れると思ってたのかよ。な訳ねぇよなぁ?」
「ひっ……な、何ですか。私は今から警察に出向かなくては……ぐぅっ!?」
言葉の途中で首を強く締める。そいつはか細い手で何とか俺の手を外そうと試みるがそれは叶わない。そりゃこっちはライダースーツ身に纏ってんだ。ただの人間に力負けするわけがない。思わず口の端を歪めながらそいつの顔が青ざめていくのを見る。
そいつは焦っているのかこんなことを口走った。
「何でっ……こ、んなこと……を……やめっ……」
「あ? やめるわけねぇだろ。お前だって虐めてた奴らに同じこと言われてもどうせやめなかったんだろ?」
「っ……それは……」
言葉に詰まるそいつ。俺は首を締める手にさらに力を入れる。
「俺はお前らドーパントがクソほど嫌いだ!! 親をいきなり奪われたやつの気持ちがわかるか!? 大切なやつがいきなり死んだことの悲しみが!! 人生を狂わされたことの恨みが!! わかるわけねぇよなあ!!」
感情に任せてそいつにぶつける。俺の親を奪ったのがこいつじゃないにしても同じドーパントだ。変わらんだろう。
そいつの顔を見ると今にも死にそうになっている。俺の感情むき出しの言葉が聞こえているかどうかもわからないが、俺はさらに続ける。
「だからドーパントを殺すんだよ……お前みたいなドクズ野郎なんかが生きててもこの街に害を与えるだけなんだから」
恨みを込めて睨み、首を締め続ける。俺は絶対に正義のヒーローなんかじゃない。正義のヒーローなら心を入れ替えて頑張れ、とか言って警察に連れていくんだろう。
だが俺はそんなことをする気は毛頭ない。メモリの依存力は覚醒剤とかそういう違法薬物を軽く上回るほどだ。どうせ刑務所に入って刑期を全うして出てきたとして、それでメモリとはおさらばさよならバイバイとなるわけがない。
なら殺すしかないじゃないか。
やがてずっともがいていた手に動きがなくなった。俺は首から手を離し、その遺体をそっと横たえると、この奇妙な世界から脱出するために近くにあるガラスへと急いだ。
翌日。学校が再開し、警察はまたひとり消えたということもあって街中に警官を展開させて情報収集をしている。まぁ、どれだけ探したところで被害者も加害者も見つかることはないんだけどね。どっちもあの変な世界にいるはずだし、加害者は僕が殺したし。
「なぁ。お前も攫われかけたんだよな恵理也」
「危なかったね……。黒いライダーが助けてくれなきゃ今頃三途の川の向こうで手を振ってるだろうね」
「んな物騒な……。でも実際何人もいなくなってんだからあながち間違っちゃいねぇのが怖い」
よく無事で帰って来れたな、と俺の肩をバシバシと叩きながらそういう蒼。僕がライダーだって知らないからこうなるのも当然だ。
蒼は目星つけてたやつも攫われて行方不明だしこれもうわからんな……などと呟いて天井を見上げる。
「全員無事に帰ってくりゃあいいんだがなぁ」
「……そうだね」
ことの顛末を知る僕は少し間を置いてそう返す。あの世界が今どうなったか知らないが、とっくの前に崩壊していることだろうし全員死んでるだろう。
別に間違ったことをしたとは思っていない。人を虐めてたクソ野郎共と、ガイアメモリに手を染めたクソ野郎が死んだだけだ。何も気に病むことはない。
「警察もかなり手を焼いてるらしいし迷宮入りして時効とかありそうだな」
ただ、僕がこんなことしているとこの親友が知ったらどうなるのか。それだけが気がかりだ。正義感が強いのかケンカの仲裁に入るところをしばしば見かけるし、そんな彼が僕を許すとは思えない。
ただそれでも、僕は蒼と友人でいたい。
「君はそれでも……」
「ん? 何だよ」
「何でもない。ところで蒼古文の宿題やったの? 昨日わからんから教えろとかって押しかけてきたけど」
僕がそう聞くと蒼は顔を青ざめさせて頭を抱えてそうだった忘れてたァ! と叫ぶ。僕はそれに呆れつつ
「さっさと教室行くよ。あの先生怒らせるとめんどくさいから写させたげる。早く終わらせてくれよ?」
「おっマジで!? サンキュー頼むわ」
にかっと笑って走り出す蒼。笑顔が眩しいな……とそんなことを思いながら彼の背中を追いかけるのであった。
古文の宿題をせかせかと写す側、俺こと東風谷蒼は思考を巡らせる。
昨日、恵理也が無事だったのは嬉しかったが、特に焦っている様子もなかったのがどうにも引っかかる。黒いライダーなる人物が現れたからと言って安心し切れるものなのだろうか。
相手はドーパントとかいう文字通り人智を超えた怪物なわけで、例えライダーといえども必ず勝てるのかと言われるとかなり怪しいだろう。ましてや恵理也曰く鏡を使って移動することができるような相手だ。相当戦いづらいだろう。
それに警察の人に言いに行こうと言った時に、ちょっと焦りながらそんなことよりもここを早く離れようと言ったのにも疑問がある。そんなことで済ませられるような問題では決してないし、それにどう考えても警察に事情を説明した方が良かったはずだ。
ドーパントに襲われたこと、そのメモリの正体、そして黒いライダーが出たこと。全部警察に提供するべき情報だ。
なのにそれをしようとしなかったのは何でなんだ?
ここは危険だからと必死に言っていたがなんの考えもなしにただ逃げるより、警察に頼って家まで送ってもらった方がよほど安全なはずだ。車の中がガラスに囲まれているとはいえ、警察車両に手を出すほど相手はバカじゃない。
もしそんなバカならどっかでボロを出して今頃お縄についているに決まってる。
いくら考えてもわからない。何か隠し事があるんじゃないかとも思ってしまうが、この事件に恵理也が何も関わっていないのはわかってるから下手に勘繰るのは良くないかもしれない。
それにしても……
「……黒いライダー、か」
どうも噂の半分こライダーとは違う新しいライダーのようだ。そいつがどんなやつなのか知らないが、恵理也を助けてくれたってことは悪いやつじゃあないのかもしれない。
もしドーパント側の協力者だったら恵理也を助ける義理なんてないはずだし、そもそもあの場に現れるのかどうかもわからない。きっと、おそらくは警察かあの事件を追っている誰かなんだろう。
俺はひたすらにペンを走らせる。苦笑いしながら俺が答えを写すのを見ている恵理也の笑顔を見て、こいつはやっぱり何も俺に隠していないと確信する。隠し事をしていたらすぐに顔に出るタイプだってのは高一からの付き合いだ。もうわかってる。
そのライダーがどういう人物なのか、恵理也に聞いても全く喋んなかったからなぁと言われたから想像もつかないが、半分こライダーのように純度100%の正義でいてほしい。
「しゃー終わったぜー!!!」
両手をあげてガッツポーズする俺。気づけば写し始めてから10分も経っている。若干痛む右手の指ポキポキしながらノートを恵理也に返す。
この日常がずっと続いてくれたらいいんだがなぁ……とそんなことを考える俺の制服の胸ポケットには赤いバックルと茶色いメモリが。
これから一年間、俺と恵理也の日常は平和とは大きくかけ離れたかなり物騒になることを、この時の俺は知る由もなかった。
お恥ずかしいことにドーパントのアイデアが既に尽きかけてるので募集するやもしれません