青いドーパントを倒し、黒いライダーの存在が風都に知れ渡ってしまった翌日。俺はまたドーパントと戦っていた。
「ったくよ!! 何で水みてぇに湧いて出てくるんだお前らは!!」
そう叫んで殴り、よろめいたところに懐に膝を叩き込んでから蹴り飛ばす。オオカミの姿をしたドーパントは地面に倒れたがすぐに起き上がり俺の方へ走ってくる。
非常に間の悪いことに買い物に行くために歩いている途中に、人を襲っている場面に遭遇してしまったのだ。いくら何でも見過ごすわけにはいかないし、ここで人を助ければ始末屋だの何だのいう物騒な印象が改善してくれるかもしれないという魂胆もあって、変身して戦ってるってわけ。
「俺はお前らみてぇな暇人じゃねえんだよ!! 少しくらい休ませろやオラァ!!!」
「ガファ!? ……俺だって暇人じゃないわ!! 女を襲うのに忙しいんだよ!! 次はあの娘を犯してそれで次は……グヘヘ」
「お前の女事情なんて知ったことかこのクソボケ変態野郎!!」
下卑た笑いを漏らすそいつに怒りに任せてアッパーを食らわせる。顎に命中したのかドーパント前に伸びる口を押さえて悶える。
俺はさっさと方をつけて買い物に行きたかったのもあり、これ幸いとすぐさまメモリを腰にあるスロットに差し込んだ。
「ちょっと早いがこれで終わりだクソッタレ!!」
《Hazard!! MaximumDrive!!!》
その音声が響くのと同時に右足に力が集まる。ドーパントはそれを見て逃げ出そうとしたが鎌を投げ付け、それを回避しようと止まったところに詰め寄り、右足で思いっきり蹴り飛ばす。
ドーパントは何歩か後ろによろめいたあとに爆散し、メモリが砕け散る音が聞こえた。俺は素体の近くに寄り、いつものように首に手を掛けようとしたときに思い出す。
ドーパントのせいで完全に忘れていたが、そもそも俺は買い物するために外に出かけていたのだ。目当てはタイムセール。肉やら卵やらがだいぶ安くなるからここで買い込んでおこうと思っていたんだ。
「うわっ時間やべぇじゃん!! こんなド変態に構ってる余裕無いわ!!」
ブンッ!! と傍に放り投げてから変身解除してその場から走って離れた。それを眺める視線にも気付かずに……。
翌日。
「だからあの問題は式を因数分解するんじゃなくて平方完成しないと初っ端詰むんだっつの」
「頂点求めるだけなら因数分解でなんとかなったりしない? ゴリ押しとか」
「あのなぁ……それが出来たら平方完成なんて使わんの!」
「えぇ……あれやり方覚えてないし面倒くさぁい」
ぶー、と抗議するように口を尖らせる。僕らは下校中で、明日の数学のテストに向けて一応理系に進むらしい蒼にあれこれ聞いている最中だ。基礎があればなんとかなる、とは数学の教師の言葉だけどその基礎がグラグラしまくっててもはや無いも同然の僕はどうなるんだろう。まさかただの小テストで落第するなんてことになるとは思えないけれど、それでも減点されてしまう可能性はあるから受かるように勉強しておいて損はない。……と思う。
「お前なぁ……大学行くつもりなんだろ? 文系とはいえそろそろ数学やんないとお前マジでヤバいぞ」
「別にいーのいーの。やりたいことがあるわけじゃないし」
「お前なぁ……」
呆れ気味にそう呟く蒼。だけど実際やりたいことなんてないからなぁ……。大学に行くかどうかもわからんし勉強する意味あんの? って感じがする。
それに大学に行くことよりももっと大事なことがあるからね。勉強が大事なのはわかるんだけど、そんなことに時間を奪われたくない。
「まあ夢がないってのはわかるし勉強やる意味がわからんのは共感しかしないけど、そのうちやりたいこと見つかった時に苦労しないで済むように勉強しといた方がいいぞとだけ言っとくわ」
「ありがたく受け取っとくとするよ。それを生かすかは別としてだけど」
「おぉいそれじゃ意味ねぇだろ。生かせよこのアドバイスを」
そんな会話をしながら歩く。なんてことのない日常の一コマだ。この街が超常犯罪の温床じゃなかったらどれだけよかったことか。……いや、こんなことを考えるのはやめよう。ふとした拍子にボロが出るかもしれないからね。
「そもそもなんで夢がねえんだ? なんかこう、警察になるーとか公務員にーとかなんかねえのかよ?」
首を傾げて聞いてくる蒼。僕はそれに首の後ろで腕を組みながら
「ないから進路関係で悩んでるんだよね……。そこまでやりたいことないし趣味も特にないから」
「前にも言った気がするけど人生つまんねえだろそれ」
「実際めちゃめちゃつまんないよ」
はぁ、とため息を吐く。今のところドーパントの駆逐とか殲滅だとか、そういう目標があるから生きてるけど、それすら無ければ今頃首括って死んでるんじゃないかと思うくらい夢という夢がない。生きてる理由が不純すぎるんだな。
「……ま、お前にやりてえことが出来たら俺に出来ることがあったらサポートするからよ。何でも言ってくれな」
「お前に頼るくらいならもっと頼り強い人に頼むわ」
「うわひっでぇやつだな。そんな薄情なやつだと思わなかったわ傷ついたなぁ」
顔をわざとらしく歪めてそんなことを言う蒼にうるせえと返し、自転車の前かごに入っている彼のカバンを取り出して彼の足元に投げる。
危ねえな!? と喚いて抗議する彼。
「ニヤニヤしてんじゃないよ気持ち悪い。早く帰って課題やらないとまた怒られるぞ」
「古文は俺の専門外なので怒られても仕方なし!!」
「仕方ないわけあるかお前はアホか!!」
突っ込んでからシッシと手を振る。僕も暇なわけじゃないんだ。課題をやんないと怒られるし早くやらないとだからね。
それを察したのか、じゃあのー!! と叫びながら彼の家の方へ走っていく蒼。僕はその背中を見送ってアパートの駐輪場に自転車を入れようとして、
「久しいな」
「おわぁ!? 誰だあんた!? ……あ? お前よく見たら包帯ぐるぐる野郎じゃねぇか」
思わず叫ぶ。何でそんなところにいるんだ、という言葉を飲み込んで俺は自転車を駐める。バイクに跨りながら俺の方を見る包帯ぐるぐる野郎……こいつなんて名前だったっけな。
「お前なんて名前だっけ」
「うーむ。そういえば教えていなかった気がするな……。そうだな、Pとでも呼んでくれ」
「なんだ? 放送禁止用語か?」
ケラケラと笑いながら揶揄う。
このPとかいうふざけた名前してる不審者が俺に変身用具一式を渡した張本人だ。この時点で怪しさ全開なのにこうして俺に接触してくるときもまぁ怪しい。黒いコートに身を包み、顔は包帯でぐるぐる巻き、唯一見える目もカラーアイコンを入れているのか瞳の色が紫色になっている。どう考えても職質物だと思うんだが、どうしてだか一度も警察のお世話になったことがないらしい。不思議なものだ。
「で、わざわざ俺のアパートまで来てなんの用だ。まさか雑談しに来たってわけじゃねえだろうな」
「そんなわけがあるか。お前にささやかなプレゼントをと思ってな」
「プレゼントぉ?」
どうせメモリだろ、という言葉を飲み込んでPを睨む。こいつから貰ったメモリにまともなもんがない。副作用だの反動だので一回死ぬ一歩手前まで行ったことさえあるのだ。そんなもの、貰ったところで嬉しいわけが……ないわけじゃないが、せめてもう少し使いやすいものにしてもらいたい。
そんな俺の内心を見透かしてか今回はメモリではないぞ、と前置きして俺の手を取り、その手の上に缶のようなものと……
「何がメモリじゃねえだよがっつりメモリじゃねえかこれぇ!!」
「メモリはメモリでもギジメモリだ。缶の底面に差し込む場所があるだろう? そこに差し込んでみろ」
そういうPに俺は困惑しながらはぁ、と返して缶の底面を見た。確かに、ガイアメモリが差し込めそうな口がある。これにこのギジメモリとかいうのを差し込めばいいわけか。
《Hornet》
「ホーネット……? そんな名前の空母があったような気がするけど……。まさか戦闘機になるわけじゃねえよな?」
ぶつぶつと呟きながらメモリを差し込んだ。再びホーネットという音声が響いて、缶が蜂の形に変形した。
「おっおお?! 蜂か!? 蜂だな」
俺の周りを飛び回るそれを指でつつきながら興奮気味に言う。何がどうなってこうなっているのかわからないが、これが最新鋭の技術の結晶のようなものだってことはわかる。
はえーなどと言いつつ飛び回る蜂を鷲掴みにしてメモリを引き抜く。するとたちまち元の缶へと戻っていく。一体どうなっているのだろうとまじまじとそれを見つめていると、
「そんなに興奮することじゃないだろうに。このガジェットをお前にやる。好きに使え」
「好きに使えっつってもこんなのどこで使うんだよ。学校か何かで使うにしても所有者がバレたら俺がライダーだってバレちまう」
「それを気にするならこんなところで話すのもどうかと思うがな。まあ、いずれ必要となる時が来るだろう。持っておいて損はない」
「そうかいそうかい」
適当に相槌を打ってPの顔を見つめる。表情も何を考えているのかも全くわからない。見れば見るほど怪しく見えてくるなこいつ……。
「それとこのバイクをやる。乗れるのだろう?」
「ほーんバイクねぇ……。は?」
一瞬流しかけたけどこいつバイクをやるとか抜かさなかったか。俺はまだ高校生で乗れるのは原付までのはずだし、そもそも免許証も取ってないんだが……。
「法律違反じゃねえのかそれ」
「ドーパントになった人間を片っ端から始末している奴が法を語るか」
「あーはいはいご厚意に甘えてもらっときますよ」
若干威圧感を感じた。仮面ライダーがバイクに乗らないでどうするんだ、と言ってバイクから降りたP。チラリと足が見えたが少し光っているように見えた。義足でもつけているのだろうか。
俺はPからそのバイクを受け取り、身を翻して部屋に戻ろうとする。流石にここでエンジンをつける気にはならない。というか出掛ける用事自体ないしな。
「えらく俺のことを気に入ってるみてぇだな、あんた。何で俺なのか知らないが」
チラッと後ろを振り返ってPを見る。そういえば何で俺にドライバー一式だのバイクだのを渡してくるのか聞いたこともなかったなとふと思う。俺がドーパントに異常なくらい恨み辛みを持ってたから良かったものの、これがその辺の一般人だったら警察に通報されてるはずだ。
「それは話す時が来たら話そう。俺はお前に期待しているよ」
意味深なことを言うP。ニヤリと笑っているような気がした。一体俺に何を期待しているんだか……。仮面ライダーになってドーパントの素体を殺しまくってること以外は普通の高校生なのに……。よく考えたら十分普通じゃないしむしろめちゃくちゃおかしいか。
そんなどうでもいいことを考えてる間に、Pは道路へと出て行った。俺はやつがどこに帰っていくのか少し気になって後を追いかけるために道路に出る。奴が道路に出てからほんの数秒しか経っていないし、今からくっついてけば家も名前も素性もわかるのでは? そうと決まれば探偵ごっこの始まりだ。
へへへ、と笑い辺りを見回して、その姿を……探して……、
「あれ? いねえな……」
嘘だろと口走りもう一度辺りを見回すが、確かにPの姿はない。目を擦っても同じだ。どこにも黒づくめの包帯ぐるぐる巻きの人間はいない。それどころか誰一人として道路を歩いていない。
(この近くに家があるのか? いや、だとしても道路に出て数秒で家に入れるわけがない。どこか塀に登ってとかもあり得ないな……。ならあいつはどこに行ったんだ? こんな短時間で消えるなんて……)
ドーパントしか考えられない。そう結論付けようとしたがそれもあり得ない。もしそうならあの忌々しい音声が聞こえるはずだ。しかしその音声は聞こえていない。
聴き慣れているあの声を聞き逃すわけがないし、そもそもドーパントを倒すための道具をなぜドーパントが持っていて、己の身の危険を冒してまでそれをドーパントを恨んでいる人物に渡すのか。その説明がしづら過ぎる……ならなんだ? 光学迷彩とかいうSFチックなものじゃないだろうし……。
考えるたびに混乱する俺。気付けばすっかり日は落ちていて、真相はわからぬままだった。
とある橋桁にその男はいた。名を長谷川敦也。とある企業の御曹司であり、夕方に女性を襲っていたウルフドーパントの中身である。
「クソっ……まさかこんなことになるだなんてな……」
仮面ライダーに殴られた箇所を手で押さえながら悪態をつく。
彼がドーパントになった理由は女性を求める心。いわゆる性欲だとか欲情だとかいった類が原因のものだ。
結婚した妻に逃げられてから自分の心に空いた穴を埋めるために、出会った女性に片っ端から求婚するという狂気じみた行動を取るほどに肥大化したその欲望は止まることを知らず、ついには求婚して断られたら無理矢理自分の隠れ家に連れ去って犯すという行為をするまでに至った。その欲望の成れの果てがドーパントである。
「よくも俺の邪魔をしてくれたな……。絶対に許さないぞ仮面ライダー……」
恨みを吐き出すように呟く。どう考えても悪いのはライダーではなく彼の方なのだが、そんなことを理解できるほどの頭は残念ながら持ち合わせていない。彼の頭にあるのは自分のことだけである。そもそも周りのことを考えられるような頭があればドーパントになんてならないだろう。
話を戻そう。
彼はライダーに対する対策を練らなかったわけではなかった。オオカミの記憶を秘めているというだけあって足が非常に速かったことを活かし、遭遇したらすぐさまに逃げるという対策と言っていいのか怪しいようなものではあるが。
今日の戦闘でまともに戦っても勝てないのは身に染みてわかったことだろう。だからと言って小狡い戦略を思いつくほど彼は賢くないのだが……。
「一回やられてやられっぱなしは性に合わんな。次鉢合わせたらボコボコにしてやる」
ニタリと気持ち悪い笑みを浮かべ、懐からメモリを取り出す。彼が持っていたメモリは決して一つではなかったのだ。
ガイアメモリは例外はあるがかなりの高額で取引される上に、メモリブレイクされればその場で逮捕されるか死ぬかの二択しかないので普通は一つしか買わないのだが、一生遊んで暮らせるほどの財力にものを言わせて商人から二本買い上げていたのだ。
「俺の邪魔をしたやつには裁きを与えないとな? なぁ、ライダーさんよ」
そう言って帰路につく長谷川。彼の手に握られているメモリにはJという文字が大きく印字されていた。
今回はキリが良いのでちょっと短いですがここまでです。
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