第1話 そして勘違いは始まった
──春。
温かな風が緩やかに吹き、陽気な日常を桜色で彩る季節。全国の学生が新たな生活を始めるこの日、みんなは何を思うだろうか。
新たな生活に浮足立たせ、始まる学生生活に夢馳せる者。引っ込み思案で、友だちができるか不安になる者。人それぞれ様々な思いがあり、様々な願いがある。
学生たちが様々な思い、願いを抱える中。高校生活二年目に差し掛かった俺、
俺はただ、幼馴染とえっちがしたい。
これは、俺が幼馴染とえっちするために奮闘する物語である!
俺の幼馴染の話をしよう。
俺の幼馴染の名前は
更に、勉強が少し苦手で運動が得意。誰とも分け隔てなく話す明るさの化身。こんな素敵な女の子が幼馴染である俺は人生の勝ち組だと、そう思っていた。
しかし男、氷室恭弥は女、夏野日葵と疎遠になっていた。
家は近く、高校も一緒。だが以前のように仲良く話すことはなく、それぞれ仲のいい男女と話すばかりで、恋愛のれの字も見えてこない。
俺は日葵が好きだ。でも以前仲の良かった幼馴染とどう話していいかわからず、幼馴染とえっちしたいという欲望が抑えきれないのである。
「なぁ、どうしたらいいと思う?」
「君の純情な思いが、なんでいきなり性欲に直結したかわからないんだけど」
放課後の教室。俺の胸中を打ち明け、相談をしている相手はメガネをかけた、男にしては可愛い容姿の親友、
千里は親友も親友、大親友も大親友で、竹馬の友であり、相棒であり仲良しであり茶飲み友だちであり、ベストフレンドであり相棒である。つまり親友。
そしてその親友は俺の純情がなぜ性欲に直結したかわからないと、アホな返答をしてきやがった。これには俺もやれやれと肩を竦めるばかりである。
「あのな千里。俺たちは男子高校生だろ?」
「うん」
「幼馴染が可愛いだろ?」
「うん。夏野さん可愛いよね」
「つまりえっちしたいだろ?」
「ちょっと待って、今君の純情を見失った」
頭を抱える千里に、仕方ないなと小さく息を吐く。こいつは頭がいいが、理解するまでに時間がかかる。一度覚えたことは忘れないが、習得に時間がかかるタイプだ。ちなみに俺は逆で、習得は早いが大体のことは忘れるタイプ。互いの弱点を補い合う最高のパートナーが俺たちだ。
「まだ付き合いたいって言うならわかるんだ。でもなんでその、えっちしたいってことになるの?」
「うーん? 聞こえなかったな、もう一回言ってくれ」
「だから、なんでえっちしたいってことになるの?」
「もっと短く言って」
「えっちしたいの?」
「お願いします!」
容赦なしに殴り飛ばされた。いやだって、千里可愛いし、声も幼いからいけるかなって。ついてるかついてないか確認したくなって。
「ふざけるなら帰るよ?」
「待て! 俺はふざけてない!」
「ふざけてなくて僕に欲情したんだったら余計帰りたいよ!」
そういうな。さっきは確かに欲情したが、千里が男だと思い直したらギリギリアウトだった。ん、いやセーフか? 千里はいいやつだし、一緒にいたら楽しいし、つまり俺は千里とえっちがしたい? ん?
「恭弥の目が怪しくなってきた」
「まぁ冗談だ冗談。俺がえっちしたいのは日葵だけだ」
「だからそこが『好きなのは』とかならわかるんだけど……」
やはり千里は理解が遅いらしい。なぜ男子高校生の『好き』が『えっちしたい』に直結するのがわからないのだろうか。これはかみ砕いて教えてやる必要がある。
「つまりな、俺は日葵と幼馴染で、俺は日葵が好きで、日葵のことを思うと胸が苦しくて苦しくてたまらないんだ」
「うん。それくらい好きなんだね」
「それがえっちしたいに直結するってことを説明すると、俺はショートケーキを食べる時、いちごの種をわざわざ取り除いて最後に食べるってことを時々するんだ」
「……?」
「今俺ですらわからないように説明した」
「それ説明って言わないよ」
流石千里だ。これは一本取られた。俺が一本取らせたってところもある。
さて、あまりふざけすぎると千里が機嫌を損ねて帰ってしまう可能性があるので、すでに帰ってしまおうとしている千里の前に立ち引き留める。帰ってしまう可能性をこの一瞬で引き当てるとは思わなかった。
「なに」
「いやだから、俺はお前とえっちがしたいんだって!」
あ、言い間違えた。なんとかして引き留めようと気が動転していた。千里の肩に手を置いて言ってしまったからリアルすぎて言った俺が引いている。
千里も青い顔をしてドン引きしている様子だった。いや、ごめんて。言い間違いだって。ん? 千里どこ見てるの? あ、指さした。教室の入り口見ろって? なんだどうしたどうした。
「……」
教室の入り口。そこには、ドアを開けた姿勢で固まっている俺のプリティな幼馴染、日葵がいた。
「……」
「……」
「……ごめんね」
マズいものを見たと顔に書いてある日葵はそれだけ言い残してドアをぴしゃりと勢いよく閉めて教室から走って去っていく。残されたのは千里の肩に手を置く俺と、青い顔で教室の入り口を指し続ける千里。
「……危なかった。聞かれるところだった」
「聞かれてたよ! めちゃくちゃ聞かれてたよ! 追って説明しろよ! 何現実逃避してんだよ!」
「いや、なんか会って話すの恥ずかしいし……」
「どこで純情発動してんだよおい! どうすんだよ! 夏野さんが言いふらしたら僕たち男同士でクラス認定カップルになっちゃうよ!」
「いや、まて! お前にアレがついてなければ俺たちは男女カップルになる! おいこら見せろ! 脱げ!」
「ぎゃー! 恭弥がおかしくなった! 先生、先生―!」
千里を押し倒し、ベルトに手をかける。そうだ、男同士でカップルと勘違いされるのが嫌なら、千里が女の子だったらいいんだ。別にクラスの連中は俺と千里がカップルだったとしても応援してくれそうだが、当の本人である俺たちは御免こうむる。俺たちは女の子が好きな男の子なんだ。それが嫌なら、千里が女の子だったらいいんだ。
「ほんとにやめて恭弥! 君は今おかしくなってるんだ! 冷静になって!」
「おかしくなんてねぇよ! おかしいって言ったらお前のがおかしいだろ! なんでそんな可愛い顔してんだよ! 華奢すぎんだろ! 人類の神秘かよ!」
「ひ、人のコンプレックスをずけずけと! 僕だって君みたいなイケメンに生まれたかったよ! 性格は残念だけど!」
「性格の話は今するなよ! くそ、いいからさっさと」
ガラガラ、とドアを開く音が聞こえた。まずい、先生か? 先生にこんなところを見られたら、俺の成績が下がってしまう。いやでも、『俺だから』でいつも通りだなってことで済まされないか? それで済まされたらもう俺の成績なんてないようなもんだけど。
「いや、先生違うんですよ。これは──」
先生に言い訳をするため振り向いて、教室の入り口を見た。
そこには、千里を押し倒している俺を見て固まっている、俺のビューティな幼馴染、日葵が立っていた。
「……」
「……」
「……ごめんね」
それだけ言い残し、日葵は強めにドアを閉めて走って去っていく。残されたのは、千里を押し倒している俺と、押し倒されている千里。
「……危なかった。もう少しで見られるところだった」
「見られてたよ! その現実逃避するクセやめろよ! 今度こそ追え! 追って事情を話せ!」
「なぁ千里。今更追って事情話したところで信じてもらえないと思うんだ」
「僕だって薄々気づいてるよチクショウ!」
千里に蹴り飛ばされて仰向けに倒れる。教室の天井をこんなじっくり見る機会なんてないだろうな。すぐに起き上がればいいのだが、今は起き上がる気になれなかった。
ただ、日葵に現場を見られたことは最悪だが、それを言いふらすようなことはしないはずだ。あいつはいいやつで、こんなデリケートな問題をむやみやたらに話したりはしない。
「大丈夫だ。日葵は言いふらさない。これは俺だけの問題で、俺が日葵の誤解をとく、それだけの話だ」
「……まぁそうだろうけど。早めに誤解解いてね? 夏野さんだけとはいえ、君とそう思われるなんてごめんだよ」
わかってるって、ごめんな。と言って二人で帰って、次の日。
中庭で二人昼食を取っている俺たちのところに、日葵と仲のいいクラスメイト、
「二人とも、付き合ってるんだってね。頑張ってね」
そう言って、悲し気に俺たちを見てから小走りで去っていった。
千里に襟首を掴まれた。
「言いふらしてるじゃねぇか……」
「ま、待て待て! 日葵はそんなやつじゃない! きっと日葵以外の誰かが昨日のやり取りを聞いていて、そいつが言いふらしたんだ!」
「どっちにしろ僕は君に怒る権利がある」
「そ、それに朝日だけが俺たちに声かけてきたってことは、そんなに広まってないってことじゃないか!? 冷静になれって! 俺たち親友だろ!?」
「君のせいでカップルになってるかもしれないんだよ!」
「なってない! まだ間に合う!」
激昂する千里をなだめていると、パシャリとシャッター音が聞こえた。そちらを見ると、髪を金に染め上げたちゃらけたクラスメイト、
「よう二人とも! 昨日のやつ聞いちまって、お節介心が働いちまってさ。みんなで応援しようって言っておいたぜ! 頑張れよ二人とも!」
「……」
「……」
「千里。ここは一時休戦してやつをぶち殺そう」
「流石は親友。僕もそう思ってた」
「え? なに? 俺も一緒に飯食っていいの?」
井原のクソを二人で締め上げ、「ごめんなさいぃぃぃいいい!!」と泣いて謝らせた。
その後教室に帰ると、朝は普通に思えていた視線がとてつもなく生暖かい視線に思え、俺と千里は同時に顔をひきつらせた。
これは、最悪のスタートを切った俺が、幼馴染とえっちするために奮闘する物語である。