食材を買って、日葵たちの部屋に全員で入る。別に俺たちの部屋でもいいんだけど、こっちの方が広いし。別に女の子の部屋に入れるっていう特別感に惹かれたとかそんなわけじゃない。ほんとだよ?
「さぁみんな! 手を洗いなさい!」
「恭弥が施設のマザーごっこしてる」
「おっぱい吸わせて私のことをマザーって呼ばせようかしら」
「一ネタのために乳首ささげんな。ほらいくで」
あーん! と無様にわめきながら春乃に引きずられていく光莉と、自分の胸を気にしながらそれについていく日葵。おい、絶対血迷うなよ。光莉にならまだしも、日葵に「吸う?」って言われたら止まれる自信ないんだから。ネタ感なさすぎて。
俺の中で湧き上がった煩悩を押し殺すために自分をビンタし、近くにいたゆりちゃんがびっくりして「ひゃうっ!」と肩を跳ねさせ、「ごめんね?」と謝るとゆりちゃんが倒れてしまった。仰向けに倒れながら「お兄様の優しい口調すき……」と幸せそうに呟いている。もうほんとだめだなこの子。
「もう。ゆりに気軽に話しかけちゃだめだよ」
「いっぱい喋って慣れた方がいいかと思って……」
「私ですら一年かかったのに、無理に決まってるじゃん」
「薫みたいな可愛さの頂点で一年なら、俺たちみんな頂点だから一年かかるな」
「今『光莉なら一瞬で慣れそうだな』って言おうとしたところ、私が近くにいるのに気づいて慌てて軌道修正したでしょ」
「おいおい。そんなはずないだろ? 俺はいつも光莉のことを可愛いと思ってるし、今すぐ抱きしめたいくらいだ」
「ん」
「ん?」
「ん」
光莉が両腕を広げて、俺を見ながらちょこんと首を傾げた。え? なに? なにその可愛い仕草。どういう意図? もしかして俺が『今すぐ抱きしめたい』って言ったから? 抱きしめていいわよの図? どう思う薫。あぁ、俺が反撃の余地を与えたから悪いんだよな。知ってる。
さてどうしよう。本音を言えば今すぐ抱き着いてあのおっぱいを顔面全体で堪能したいところだが、俺には日葵がいてそれどころか他にもたくさん人がいる。俺が欲望のままに行動した瞬間に俺の人生が終わるのは確定している。最後まで味方でいてくれるのは千里と薫くらいだろう。ちなみにこの中で本気の味方は千里だけで、薫は血がつながっているからという理由で味方はしてくれる。ほぼ敵。
「抱きしめたいんじゃないの?」
「まて光莉。確かに俺は抱きしめたいって言ったけど、それはなんというかその、えっと、いつもの軽い口がくるくる回ったというか」
「ふーん。冗談だったんだ……」
「あながち冗談じゃないと言いますか! 違うんだよ光莉! わかるだろ! 冗談じゃないけど冗談ってことにしたいんだよ!」
「いやなの?」
「いやなわけねぇだろ!!」
はっとして周りを見る。いつものパターンなら誰かがこの現場を見ていて俺がぶち殺される。もしくは無視され始めるかのどちらかだ。しかし、今周りを見ても俺たちを見ている人はいない。俺結構大声出したから危ないと思ったんだけど、セーフか。ふぅ、危なかったぜ。これを日葵に聞かれていたら俺が光莉のこと好きだと勘違いされるところだった。
ほっとして胸を撫でおろしていると、光莉が両腕を下ろしてくすくす笑い始めた。なんだテメェ。やんのか?
「ごめん。ちょっといじわるしちゃったわね」
「ほんとだぜ。お前だけは俺のこと全部わかってくれてると思ったのに。そういうことしないと思ったのに!」
「そういうことしたくなっちゃうんだから、仕方ないでしょ」
俺のきゅんきゅんポイントを大量に稼いで、光莉はくしゃっと笑った。
「日葵とご飯作ってくれるんでしょ? 頑張んなさいよ」
「……おい」
言いたいことは言ったのか、光莉はベッドへ向かって走っていき、思い切りダイブ。そのまま枕に顔を埋めて声にならない叫び。お前も無理してたのかよ。恥ずかしかったんならやめときゃよかったのにってか、そういうのも俺の前でやらないでほしいんだけど……。
「兄貴兄貴。なにあの可愛い人。兄貴は今幸せ者だっていう自覚ある?」
「男として一番難しい立場にいる自覚もある」
「そ。じゃあだめじゃん。光莉さんに『頑張れ』なんて言わせちゃ」
「は? 仰る通りじゃん」
マジで情けない。そうだよなぁ。光莉は俺が日葵のこと好きって知ってんだよなぁ。それであれってどんだけいい女なんだよ。絶対幸せになってくれ。いやもう俺が養おう。あいつも日葵と一緒に暮らせるなら本望……なんか、それは違うか。それは違うな。違うよなぁ。でもそういうのが一番楽しいじゃんよぉ。ふえぇ。むずかしいよぉ。
「恭弥くん恭弥くん」
「お? どうした春乃」
「や、日葵が『恭弥の隣に立つからお風呂も入った方がいいかな……』って言うてたのを止めてきたから、褒めてもらおーと思って」
「最近日葵ねーさん暴走気味じゃない……?」
「今までライバルおらんかったから、いきなりでてきて脳が破壊されたんちゃう?」
「確かに。俺も風呂入った方がいいか……」
そうだよな。日葵の隣に立つんだし、今夏だし、汗かいて汗くちゃいかもしれない。日葵に汗臭いって思われたらもう俺この先どう生きていいかわからない。日葵の汗の匂いなら全然クサいことないし、むしろ絶対いい匂いだから風呂に入らなくていいっていうかむしろ入らないで欲しい。きゃっ、言っちゃった!
「ちなみに今聖さんが内風呂使ってるで」
「何?」
「んで千里も引きずり込まれたで」
「薫。氷室家と織部家で仲良くしにいこう」
「ごくり。あっ、ちがっ、ちがうの! 今兄貴止めようとしたの! ほんとなの!」
「やっぱ兄妹って似るんやなぁ」
聖さんと千里が一緒にお風呂だと? 最大火力えちえちボンバーじゃねぇか。あの二人に罪深いっていう意識はないのか? あまりのえっちさに薫が俺に乗せられちゃったじゃねぇか。かわいそうに。必死に春乃に縋りついて「ちがうの! ちがうんです!」って言ってるし。そんなに俺と一緒がいやか?
「うんうん。しゃあないよな。好きな人のそういうとこって見たくなるもんやって。薫ちゃんはなんもおかしないよ」
「違うもん……私そんな節操なしじゃないもん……」
「薫の周りは節操なしだらけだから、むしろそれくらいじゃ節操なしになんねぇよ」
「節操なし第一走者が偉そうに言うなや」
「第一走者だから言えるんだろ」
というか俺より節操なしが二人ほどいるだろ。そのうちの一人が今全部のベッドに自分の匂い擦り付けようと必死でごろごろしてるし。多分あれ、日葵のベッドに自分の匂い付けたいけどまだ誰がどこで寝るか決まってないから、もう全部に自分の匂いつけちゃおうってことだろ。動物かよ。
「……春乃さんもそういうこと考えるんですか?」
「ん-? そういうこと?」
「好きな人の、その、裸を見たい、とか」
「おーっとっと。薫、それはやめておこう。お前は今珍しく気が動転していて、普段なら気を遣って聞かないようなことも聞いちゃう精神状態なんだ。ちょっと落ち着こう」
「見たいで」
「見ないで……」
薫をそっと抱き寄せて、ふわりと笑いながら俺を見る春乃。イケメンかわいい。だって好きな人って俺のことじゃん。俺の裸見たいってことじゃん。そんな堂々と正面切って見たいって言わないで……。何? 兄妹どっちも攻略する気なの? 不可能じゃなさそうだから怖いんだよ。多分俺より先に薫が攻略されそうだし。春乃って多分、男より女の子をオトす方が簡単だと思うんだよなぁ。
「春乃さんが見たいなら、普通、なのかも」
「そーそー。春乃さんが見たいって言うてるんやから。それに、好きな人のこと知りたいっていう気持ちに、おかしいことなんかなんもないで。なー? 恭弥くん」
「俺より兄貴してるじゃん……」
「お姉ちゃんなんやけど」
むっとして俺を見る春乃。かわいい。春乃の胸に頭すりすりしてる薫もかわいい。あーあ。ここが天国か。なんか視界の端でこっちを見ながらびくびく震えてるゆりちゃんがいる気がするけど、多分あの子も天国を見てるんだろう。俺と一緒だ。俺と一緒に行こう。
ただこのままだとマズい。春乃のイケメンさとかわいさに押し切られる、と危惧していたその時。走ってこっちに向かってくる音が聞こえ、春乃の腕の中から薫を奪った人物がいた。
「わ、私がお姉ちゃんだもん!!」
「お、おかえり日葵。結局お風呂入ったん?」
「織部くんと聖さんが使ってたから入ってない……ねね薫ちゃん。私くさくない?」
「大丈夫。ちゃんとかわいいよ」
「えー? ありがと!」
後ろから日葵に抱かれた薫はその状態のまま日葵を見上げ、腕を伸ばして日葵の頭を撫でる。「薫ちゃんもかわいい!!」と薫を抱きしめる日葵もかわいい。かわいいが大渋滞してるな。もしかしたらかわいさにやられて俺も可愛くなってしまうかもしれない。
「なんかほんまに姉妹って感じやなぁ」
「でしょ! 薫ちゃんは私の妹だから!」
「かわいい姉としっかりもののかわいい妹って感じだよな」
「……」
「兄貴が軽率にかわいいって言うから、日葵ねーさんが照れちゃいました。罪」
「罰」
ベッドの方から枕が三連発で投げられた。全部キャッチして剛速球で投げ返し、俺に攻撃してきた乳デカの不届きものを沈黙させる。まったく、油断もすきもありゃしねぇ。いい匂いする枕投げてきやがって。
「ほな、邪魔なったらあかんし。私はゆりちゃん拾って離れとくわ」
「あ、ゆりをよろしくお願いします」
「ア」
春乃がゆりちゃんを抱え上げた瞬間ゆりちゃんが目を覚まし、現状を一瞬で把握してまた気絶した。だめそうですね……。