「おい。なんで正面に千里がいるんだ?」
「未来の妻を見るためにと、恭弥が心配で心配で」
「お風呂上がりの織部くんって色っぽいねー」
「日葵ねーさんに悪気はないから、勘違いしないように」
俺も言わないようにしていたことを軽く言ってのけ、ダメージを受けた千里は、キッチンカウンターに座って俺たちを眺める体勢に入っていた。火照った体とシャンプーやボディソープのいい匂い、更に元々持っているフェロモンを醸し出し、頬杖をついて色っぽい雰囲気を演出しながらじーっと俺たちを見ている。
ただ、よかったかもしれない。日葵と同じキッチンに立つってめちゃくちゃ緊張してたから、千里が近くにいてくれると多少は緩和される。なんか日常がそこにある感覚っていうの? とにかく千里が近くにいると安心感がすごい。もう結婚してんじゃねぇのこれ。
「何買ったんだっけ?」
「岩牡蠣とかうなぎとか太刀魚とかマグロとか?」
「あれびっくりした……。恭弥がいきなり『やってみてもいいですか?』って言って捌き始めたから……」
「なんかできるかなって思って。ちゃんと調べたし教えてもらったし」
「ほんとに才能の塊だよね。活かすところ間違えてるけど」
「才能に親でも殺されたの?」
「薫の両親は俺の両親でもあるってこと忘れてないか?」
あれを親と思いたくない気持ちはわかるけど。
さっき行ったところは魚一匹丸々売っているようなところで、一匹買ったらその場で捌いてくれる嬉しいサービスもあった。なんか面白そうだと思った俺は「やってみてもいいですか?」と聞いてみたら最初は若い人に断られたが、白髪で顔にどう考えても日常生活ではつかないような傷のあるおじさまが「やってみろ」と言ってくれて、そのおじさまに教えてもらいながら捌いたのが今ここにあるやつら。別れ際、「待ってるぜ」と言っていたのは俺を後継者と認めてくれたということだろうか。
……魚捌く専門の人ってお金どれくらいもらえるのかな。
「恭弥って恋愛以外はほんと完璧だよね。あ、性格は置いといて」
「人間として生きる上で重要なものが二つ欠けてんじゃねぇか」
「きょ、恭弥は優しいし、恋愛もちゃんとできるよ! 安心して!」
もっと隠せ。『私がいるから!』っていうやる気を俺にわかるようにしないでくれ。かわいいから。ほんとなんでこの子こんなにわかりやすかったのに俺気づいてなかったんだろう。俺が信じてなかったからだろうけど。いやだって、好きな子が自分のこと好きなんて思うわけないじゃん。そんなバカなって思うのが普通じゃん。『もしかしてあの子、俺のこと好き?』って思うような自意識過剰のバカなんて小学生にしかいないだろ。
「そんなことないよ。あぁいうのって結局期待だから、モテてこなかった人はちょっと優しくされると『あれ……?』って期待しちゃうんだ」
「お前はさらっと俺の心を読むよな。まったくもう……」
「嬉しそうにしないで兄貴。きもい」
「織部くん。あとでそれのやり方教えて」
「恭弥と人として同じランクになればできるようになるよ。だからおすすめはしない」
「お前自分のこと最高ランクの人間だと思ってんの? 図々しいな」
「兄貴が言うな」
厳しいことを言いながら、薫はひつまぶしのだしを作っていた。俺がひつまぶしにしようかな、と思っていただけなのにもうだしを作り始めるって、薫も俺と同じランクってこと? まぁ薫は言うまでもなく頂点だしな。疑う余地がない。あとなんでだし作れるの? 一回食べたことあるから? そう。
どうやら薫も俺に似て天才だったらしい。俺は誇らしいよ。
「恭弥ー。マグロはどうする?」
「サラダ作っといてくれ。合いそうなやつ適当に買っといたから」
「アボカドー!!」
「日葵ねーさんアボカド好きだもんね」
「僕は薫ちゃんが好きだょ、おいまて恭弥。人に包丁を向けちゃいけないって習わなかったのか?」
「生憎家庭科の成績は満点だった」
「勉強だけできて身についてないタイプじゃん」
日葵がアボカドを手にうきうきしながらドレッシングとマグロのつけだれを作り始める。薫もそうだけど、当たり前のようにだしとかドレッシングとか手作りするんだな。市販のやつも買ってるのに。俺に料理できる女だと思ってほしいの? 大成功だぜ。好き。
さて、あとは岩牡蠣と太刀魚……聖さんがお酒飲むって言ってたから太刀魚はなめろうにして、岩牡蠣は刺身と酒蒸しにしよう。いい食材はあんまり余計なことしない方がおいしい。プロだったら別だろうけど、俺はプロじゃないしな。変なことして素材の味を落とすよりはよっぽどいい。
「……なんかさ。ぱぱっと作る料理決めちゃうのってカッコいいよね」
「わかる! 私が何にしようかなーってちょっと悩んでる時にもう全部決めちゃうんだもん。できる男って感じがしてすき」
手に持っていた岩牡蠣を床にたたきつけそうになったのを、薫が俺の腕を掴んで止めてくれた。ありがとう。
いきなりさ。すきとかいうのやめてくれよ。今のは純粋にうきうきしてすきって言っただけなんだろうけど、軽率すぎる。いつももじもじしてるくせに無意識だと好意めちゃくちゃ伝えてくれるんだな。愛してるぜ。
「千里ちゃんは料理しないの?」
「調べればできる程度かな。あんまり積極的にキッチンには立たないから、恭弥みたいに『これ作るかー』ってキッチンに立ってから決めるっていうのはできないかな」
「へー。織部くんって料理できそうなのに」
「それは僕が女の子みたいだから?」
「ん-ん。器用でなんでもできそうだなーって思ってたから」
「照れ照れ……」
「千里。お前は日葵の期待に応えられなかったってことなんだぞ」
「勝手に期待してるだけじゃん。知らねぇよ」
「私、ほんとにこの人が好きでいいのかな……」
大丈夫大丈夫。千里も言っていい相手と言っちゃダメな相手くらいわかってるから。現に日葵は笑ってくれてるし。もしかしたら内心腸煮えくりかえってるかもしれないけど、少なくとも表面上は大丈夫だ。
先にどの調理器具がどこにあるか確認しときゃよかったなと考えながら、多分ここら辺にあるだろと開けたら必ず欲しいものがそこにあるから結果オーライ。俺ってば天才すぎ? でもまぁこれくらい高級なホテルなら、一般的に置いてて一番取りやすいところに置くだろうから、探すのに苦労しないのは当たり前なんだけども。
「お前さ。もし薫と結婚しても料理薫に任せっきりにすんなよ。今の時代亭主関白なんてクソだからな」
「もちろん。家事も全部するよ。自分の家のことだしね」
「二人の家のことでしょ」
「恭弥恭弥。ここが地獄?」
「いい加減薫離れしろ。もし薫が千里のものになっても、薫が日葵を忘れることなんかないし、薫は日葵のことがずっと好きだから」
「そうそう。僕は薫ちゃんが夏野さんに会いに行くってなっても、それに嫉妬して止めるようなくだらない人間じゃないしね」
「すぐ会えるように近くに住めばいいしね」
それはいいな。千里と薫が近くに住んでるなら、俺も薫に会えるし。俺が日葵と結婚してたらで、千里が薫と結婚してたらだけど。まぁどうせ千里とは死ぬまで一緒だし、ってなると離れたところに住んでてもめんどくせぇからどうせ近くに住むことになる。未来の俺の妻は幸せ者だな。超絶可愛い小姑が近くに住んでるっていうんだから。
……なんとなく、聖さんも近くに住みそうだと思ったけど気のせいだろう。確かに聖さんは千里のことが大好きだが、あの人もあの人なりの幸せを見つけてどこか違うところに住むはずだ。うん。なんか聖さんから男関係の話聞いたことないけど、あんな素敵な人、男が放っておくわけがない。
「恭弥って料理の隙間に洗い物やるタイプなんだ」
「ただぼーっとしてても仕方ねぇし。日葵、食器出しといてくれ。千里はもうすぐできそうだってみんなに言ってこいカス」
「はーい!」
「オッケー。あれ? なんか罵倒しなかった?」
「気のせいだろ」
「なんだ、気のせいか」
千里がてててーとみんなを呼びに行き、その間に使った調理器具を洗い、拭く。薫がちょうど調理を終え、流れるような動作で日葵の出した食器にマグロとアボカドのサラダを盛り付け始めた。
「頼むわ」
「ん」
(俺が持って行っとくから、その間に他の盛り付けも)頼むわ、がちゃんと薫に伝わり、日葵もオッケーサインを出してくれたのを見てテーブルに向かう。ちょうどみんなもやってきたところで、ゆりちゃんは目隠しをされて、春乃の服の裾を掴みながら歩いてきていた。
「あら、ありがとう恭弥くん。千里が邪魔しなかった?」
「隙あらば薫といちゃつこうとしてたこと以外は大丈夫でした」
「そう。じゃあ今夜一緒に寝ましょうか」
「ゴムは買っておきますね」
「おい待て。じゃあの意味もわからないし恭弥もすぐに乗るんじゃない」
千里が俺から聖さんを引きはがし、光莉と春乃に睨まれているのを感じ取りながら、目を合わせないように配膳してキッチンに戻る。聖さんほんといい加減にしてほしい。お姉さんって立場を最大限に活かし過ぎだ。あの人そろそろ「えっちする?」って言ってくんじゃねぇの? 耐えらんねぇよ俺。
「はい、お願いします!」
「はぁい!!!」
「兄貴、楽しそうだね」
聖さんに誘われたら断れないなぁと考えていたクソ野郎はどこへやら。日葵の笑顔によって純粋へと塗り替えられた俺は、うきうき気分でテーブルに向かう。
「あんた配膳係が似合うわね」
「あぁ光莉、ちょうどよかった。胸でテーブル拭いといてくれ。汚れたら適当に搾れば済むだろ」
「あんたなら優しく揉むのを許してあげてもいいわよ」
「は? ひどいこと言って申し訳ございませんでした」
「浅ましいな……」
「結局男は胸なのよ。残念だったわね春乃」
「ん-、殺そか」
「マジで?」
バイオレンスなことになりそうなのでキッチンに戻り、日葵と薫と一緒に食材と食器をおぼんの上に乗せてテーブルに向かう。光莉がいなくなっていた。あぁ……。
「一人分多く作っちゃったな」
「どうせすぐ戻ってくるよ」
「光莉さんだしね」
光莉に対する妙な信頼をもとに、「まぁ揃ってなくてもいいだろ」と今ここにいる全員で手を合わせていただきますをした。やはり光莉はいつの間にか口をパンパンにして幸せそうにしていた。