「なんか、お散歩行きたい気分!」
「日葵がお散歩行きたいって言ってるんだから、この首輪つけなさい」
「俺たちを犬にしようとしてるのがまず気に食わないし、なんで首輪持ってんの? お前」
「淑女の嗜み」
「聖さん。淑女代表として何か言ってやってください」
「持ってるわよ?」
「恭弥。君は聞く相手を間違えた」
あの人絶対男の子捕らえて奴隷にする気じゃん。うふふふふって笑ってんじゃん。いいなぁ。俺も男の子だったら奴隷にしてくれたのかなぁ。多分その前に千里と会って性癖破壊されてたんだろうけど。織部家ヤバすぎじゃね? 姉弟で性癖破壊の二段階認証じゃん。なんてことしてくれんの?
「ほなまだ寝るには早いし出よか!」
「夜の海散歩したーい!」
「え? この世の美と一緒にお散歩……? ヴィーナス誕生を目の当たり?」
「だってよ千里」
「おい。もしや僕のことをヴィーナスだっていうつもりか?」
「そんなわけないだろヴィーナス」
「そんなわけないの意味、君と僕とでほんとに一緒か?」
同じ日本語でも地域によって違う意味を持つってことは多々あるから、一緒じゃなくてもおかしくない。そんなこともわからないとは、ヴィーナスは頭が悪いらしい。
一応外に出るということで、虫よけスプレーを噴射し、本当に酔いが醒めているかどうか確認してからでることにした。聖さんは平気なふりして結構ぽわぽわしていたので、うっかり男の子を誘拐してしまわないようにお留守番ということにする。「何かあったら呼んでね」と言える程度の意識は残っていたようだが、あの人帰ってきたら男の子のベッドとか作ってやしないだろうな……。
「んじゃ、ロビー集合で」
「遅れたら仰向けに寝転びなさい。顔踏んであげるわ」
「千里。お腹が痛かったりしないか?」
「あいたたた。僕はもうだめかもしれない」
「さいてー」
「恭弥。僕を乗せるのは金輪際やめてくれないか?」
光莉が踏んでくれるというので、どうにかして遅れたい俺が千里にパスを出すと千里が見事なシュートをおみまいし、薫に軽蔑された。原因である光莉はけらけら笑っている。あいつら、俺たちがこういうことになるってわかっててあんなこと言うんだぜ? 悪魔じゃね? しかも自分に踏んでもらえることがご褒美だって思ってる自意識過剰。まぁご褒美なんですけどね。
「まぁ朝日さんのクサい足を顔に乗せられたら、鼻が曲がって死んじゃうからお断りだけどね。さぁ行こう恭弥。僕はお腹が痛いからウンコするけど、きっと朝日さんの足の臭いよりはマシだよ」
「ウンコしなくていいように腸を引きずり出してあげるわ」
「逃げろ!」
千里が走りだし、俺は関係ないからと立ち止まってたら腹いせに腸を引きずり出されるので、慌てて追いかけるように走り出す。喧嘩売るようなことしなきゃいいのに。結局薫には軽蔑されたままだし。可哀そうな千里。ここにきて薫に軽蔑されてばっかじゃね? しめしめ。
部屋に入り、念のため汚れてもいいような服に着替える。砂浜を歩くなら、なんだかんだあって海に放り投げられることもあるかもしれないし。というか多分そうなるし。光莉になにかやらかしてしまったら、制裁は必ず海を使った何かになる。間違いない。
「恭弥。浮き輪も持っていこう」
「ライフジャケットにしとこうぜ。こっちのが楽だ」
汚れてもいいような服の上にライフジャケットを身につけて、俺たちは部屋を出た。これでボコられて海に放り投げられても安全だ。備えあれば患いなし。そもそも光莉に制裁されるようなことするなって話になってくると思うが、そりゃ無理だ。だってそういう流れにしなきゃ光莉はただ一人で騒いでる可哀そうな子になっちゃうし、何より光莉が寂しがる。あいつ、あぁ見えて乙女で寂しがり屋だからちゃんと構ってやらないと。
ロビーに行くと、涼し気な格好をした日葵と春乃、薫、ゆりちゃん、そしてライフジャケットを身につけた光莉がいた。
「クズの中ではライフジャケット身に付けんのがトレンドなん?」
「よく考えなさい春乃。私があいつらを海に放り投げるのは当然として、私も何かしらやり返される可能性もあるわけじゃない。だから私たち三人がライフジャケット着てるのは当然のことなのよ」
「夜の海でそんなことしたら危ないよ?」
「日葵ねーさん。多分正論なんて聞かないし効かないと思うよ」
どうやら光莉も俺たちにやられる準備をしてきてるらしい。これで光莉がライフジャケットを着ていなかったら俺たちはやり返すことができなかったが、着てるってことはやり返していいってことになる。俺と千里は目を合わせて頷き、背中から海に叩きつけてやろうと決意した。
「さぁ行きましょう」
「なんか漁師やと思われそうで嫌なんやけど」
「普通の砂浜で漁師がいるわけないじゃない。バカじゃないの?」
光莉が春乃に担ぎ上げられた。
「ライフジャケット着てるのって便利やな。行こかみんな」
「まって! ちょっとバカって言っただけじゃない! 助けて日葵! 夜の海は冷たいよぉ!?」
「光莉が言語崩壊させてまで助けて求めてますが、どうしますか日葵さん」
「春乃。優しくしてあげてね」
「ん。殺しはせんよ」
「人殺しー!」
「殺しはしないっていってんだろうが」
「千里様千里様。ライフジャケット貸してください」
「ゆり。ライフジャケット着てたら海に投げてもらえるわけじゃないよ」
漁師と思われるよりもひどい光景になってると思うんだけど、それはいいんだろうか。ライフジャケット着てる女の子を担ぐ女の子って、しかもその担いでる女の子を海に放り投げるっていうんだからもう通報ものだ。
ここで俺は名案を閃いた。放り投げられて通報されるなら、俺たちも海に飛び込むことでカモフラージュになるんじゃね? せっかくの旅行で通報されても嫌だし、俺たちが海に入ることで無事通報されなくて済むならそれでいいじゃねぇか。聖人か? 俺は。
千里と目を合わせる。千里は深く頷き、俺に理解を示してくれた。流石親友だぜ。
「おっしゃ、いくで光莉」
「え、うそ。ほんとに投げる気? 光莉ちゃんピンチ! 恭弥助けて! なんでも言うこと聞いてあげるから!」
「おい春乃。光莉を離してやれ」
光莉と俺の一ラリーを聞いて、春乃が光莉を海へと放り投げた。綺麗な放物線を描いて海へと飛び込んでいく光莉を追って、俺はカモフラージュのために助走をつけて飛び、空中で回転しながら海へと着水する。100点の超人飛び込み。決まったぜ。
千里も飛び込んでくれていることだろう。海に叩きつけられて現実と夢の間で揺れ動く光莉を救い上げてから、同じく水面に浮かんでいるであろう千里を探した。
砂浜にいた。なんじゃあいつ???
「おい千里! ついさっき俺と海に飛び込もうって熱く約束を交わしたじゃねぇか!」
「え、飛び込むわけないじゃん。だってお風呂入ったし」
「あんた血も涙もないわね! 恭弥はこうして飛び込んできてくれたのに!」
「や、そもそもなんで恭弥くんが飛び込んでるん?」
「ほら、一人だけ海に放り込まれたら事件かと思って通報されるから、俺も飛び込むことによってカモフラージュになるかなって」
「あれ? じゃあ私が投げられるのを止めればよかったんじゃないの?」
「はは。光莉にひでぇ目に遭ってほしかったしな」
頭を掴んで海に叩きつけられ、また引き上げられ、叩きつけられ、それの繰り返しで俺の酸素をみるみる奪っていく。途中で順応して普通に呼吸できるようになったが、シンプルに痛い。俺の美しい顔が腫れて異次元の美しさになってしまう!
「ひ、光莉やりすぎ! ストップして!」
「薫ちゃん。いいの? 実の兄がヤクザ映画クラスの拷問受けてるけど」
「兄貴なら大丈夫でしょ」
「嫌な信頼……」
日葵にストップしてと言われたからか、俺の頭を掴んだまま海の中でストップさせる光莉。そうじゃないそうじゃない! 死ぬって! 流石の俺でも海で呼吸はできねぇって! やろうと思えばエラ呼吸できるかな? 人間にとってのエラってどこだ???
流石にこのままじゃ死ぬので、光莉の腕をとって引っ張った。そのまま海の中に沈めると目とか鼻とかに海水が入って大変なことになりそうなので、申し訳なく思いつつそっと光莉を抱きとめる。そして瞬時に体を離した。
「……へたれ」
「おい。ついさっきまで俺に拷問しかけてたやつが乙女の顔してんじゃねぇよ」
「……織部くん。ライフジャケット貸して」
「いいよ。ちなみにあぁなるためには恭弥に拷問を仕掛けないといけないからそのつもりで」
「わかった!」
「待って日葵! 恭弥くんに抱きしめてもらいたいがあまり恭弥くんの命をないがしろにしてることに気づいて!」
「日葵に拷問か……」
「ありだなみたいな顔してんじゃないわよゴミ」
ふん、と鼻を鳴らした光莉が俺の手を掴んで砂浜の方に歩いて行く。いやいや、さっきまで拷問してきた人にそんなことされてもときめかないキュンぜ? 無意識のうちにときめいちゃったじゃねぇかチクショウ。
「またお風呂に入らなきゃね。もう、春乃もやりすぎ!」
「ほんまにやるつもりはなかったんやけど、日ごろのあれこれがたまっとったみたいで……」
全員が一斉に仕方ないみたいな顔をして、俺と千里と光莉だけが首を傾げた。なんのことだろうか。多分光莉が悪いんだろう。光莉と距離をとって千里の隣に行くと、千里と一緒に光莉を変なものを見る目で見始めた。やだわあの子。近づいたらクズがうつっちゃうらしいわよ。
「はぁ、仕方ないわね。恭弥。戻って一緒にお風呂入りましょ」
「おう。ん?」
「だ、だめだめだめ! 一緒にお風呂なんて、そんな」
「さっきも一緒に入ってたじゃない。人数が減っただけよ」
「やー、それはその、なんかちゃうやん?」
「ん-? 何が違うの? わたしぃ、わかんなぁい」
嫌な汗が流れる。この三人ならそんな悪い空気にはならないと思うけど、万が一がある。千里にアイコンタクトを送って、千里は仕方がなさそうにため息を吐いた。
そして、走り出す。しっかり助走をつけて、跳んだ。俺ほどとはいかないが、綺麗な回転とともに海へ着水。綺麗な水しぶきを上げて、爽やかな笑顔とともに言い放った。
「僕も一緒に入るよ!!」
「……すき」
「薫。今のがツボなの???」
薫がはっとして首を横にブンブン振っていた。かわいい。