スポンジ製の刀を持ち、運営のお姉さんが私の頭と両腕、両脚にバルーンを取り付ける。「お胸にバルーンあるので二つ余計ですかね?」と言ってきたお姉さんに対し、「あれ、女性はみんなバルーンがあるものだと思ってたんですけど、お姉さんにはないんですね」とかましてやると、両脚のバルーンが奪われてしまった。やっちゃった。
不公平だ! と騒ぎそうなうちのチームのクズは、「光莉なら大丈夫だろ」と安心してあくびをしている。……あれは安心しているのかただ興味がないだけなのか、返答によってはあいつの下半身についている小さなバルーンを潰したいと思う。
チャンバラのステージはロープで区切られた砂浜の一部らしく、全チーム同時に対戦を行う混戦。全8チーム参加してるから、誰かを狙っている隙に殺す……バルーンを割ることも可能。私なら正面からぶちのめせるけどね。
気になるのはクイズ大会に参加していた金髪のオカマさんがまた参加していること。運営が何も言わないってことはありなんでしょうけど、そのオカマさんが私をじっと見ているのがとてつもなく気になる。オカマだけど好きになるのはやっぱり女の子なの? それともどっちもいけるの? どっちにしろあの人だけには近寄らないようにしよう。
「こんにちはお嬢ちゃん。私はロメリア」
向こうからきちゃったよ……。流石の私でも話しかけられて無視するなんていう教育は受けてきていないので、素直に返事することにすることにした。
「こんにちはロメリアさん。私は朝日光莉」
「光莉ちゃんね。ごめんね? 急に話しかけて。実は私、恭弥ちゃんにすっごく興味があってね」
心の中で恭弥に敬礼。あんたは今日海にくるべきじゃなかったのよ。まさか私たちだけじゃなくてオカマさんにも好かれるなんて。でもオカマさんっていい男を見る目があるイメージあるし、これは恭弥がいい男だっていう証明にならない? ならない。だって恭弥はいい男じゃないから。
なぜだかスポンジ製の刀を持つ姿が様になっているロメリアさんは、恭弥にウインクを一つかまし、凍り付く恭弥を見て微笑んでからまた私に目を向けた。
「一目見てビビビビビビビビビビビ! ってきたの」
「ビが多くないですか」
「それくらい衝撃的だったってことよ。私、あの子が欲しくてたまらなくなっちゃった」
舌なめずり。これはあっちの意味で欲しくなったってことでいいのかしら。だとしたら恭弥が不憫でならない。ロメリアさんに頂かれる前に、私が恭弥の初めてを頂いてあげてもいいかもしれないって思うくらいには不憫だ。ん? いや、この作戦でいける? 「ロメリアさんが恭弥の初めてを狙ってたわよ。だから先に卒業させてあげる」って言えばいける? 完璧すぎる。ちょうど次は私と恭弥は競技に参加しないし、その間にやってしまおう。ふふふふふ。
「それでね、光莉ちゃん」
「あ、ごちそうさま」
「なにが?」
「こっちの話です」
スポンジ製の刀で頭を叩いて正気を取り戻す。頭のバルーンが割れたけど、私からすれば大したことじゃない。なんかチームの人間から「バカじゃねぇのあいつ」って声が聞こえたのは気のせいだろうか。もし気のせいじゃなかったら大したことだからぶっ殺そうと思う。
ロメリアさんは「あらあら、仕方ないわね」と言って自分の頭のバルーンを私にくれた。めちゃくちゃいい人じゃないこの人。
「本題なんだけど。あたしたち組まない? 正直、この中じゃ光莉ちゃん以外とじゃ楽しめそうにないから、早めに周りを片付けたいの」
「それ私が受け入れて、ロメリアさんに不意打ちする可能性あるじゃないですか。やめた方がいいですよ」
「お互い不意打ちする可能性があるから一緒よ。それに、光莉ちゃんならあたし以外は警戒する必要ないでしょうし」
言われて、周りを見てみる。確かに、強そうなオーラが出ているのはロメリアさんくらいだ。なによオーラって。私いつからそんなの見えるようになったの? まぁ私くらいの天才になると見えるのも無理はないわね。
「それにしても、恭弥ちゃんってモテるのね。女の子三人からなんて、すっごく魅力的なコなんでしょうね」
「……わかるんですか?」
「私、『愛』にはビンカンなの。同じく『恋』にもビンカンよ」
言って、ウインクを一つ。ロメリアさんただものじゃなさそうだけど、何者なんだろう。恭弥に興味があるとか言ってたし……。
考えられるのは二通り。本当にただ恭弥が気になってるだけか、恭弥のことを知っていたか。後者なら多分恭弥のご両親の知り合いでしょうね。あのご両親ならロメリアさんみたいに強烈な人が知り合いでもおかしくないし。
「それじゃ、よろしくね。楽しみましょ」
「はい。お願いします」
それだけ言ってロメリアさんは離れていった。ロメリアさんの言っていたことを信じるなら、ロメリアさん以外をぶちのめせばいい。1分もかからないと思う。いちいちバルーンを狙わなきゃいけないのがめんどくさいけど。
軽いストレッチをして準備運動。運動する前にストレッチしておかないと体に悪い。男どもがストレッチしている私の体を見てくるのが鬱陶しいが、どうせ修羅の私を見れば目を逸らすだろうから気にしないでおこう。
「ねーお姉さん。超やる気じゃん? 女の子なのにすごいんだね。ね、よかったら俺が守ってあげようか?」
「結構です」
「えー? もしかして剣道とかやってんの? だから自信ありますみたいな?」
「やってないです」
「じゃあ俺が守ってあげる! その代わりさ、これ終わったら一緒に遊ばね?」
『さて、そろそろ始めたいと思います! 明らかな暴力はナシ! 制限時間は10分間! 残っていたバルーンがそのままポイントになります!』
『それではスタート!!』
音が一つ。耳がいい人なら、あるいは目がいい人ならそれは一つじゃなかったっていうことがわかったかもしれない。恭弥や春乃、ロメリアさんなんかはそうだろう。パン、という弾ける音。それが私に声をかけてきたうざい男の頭と四肢から放たれて、少し遅れて男が尻もちをつく情けない音がひっそり落ちた。
「あんたが私についてこれるとは思えないわね」
『え、抱いてほしい……』
『カッコいいー!! 開始と同時に、5番チームが2番チームを瞬殺!』
「いいぞ光莉ー!!」
「光莉カッコいいー!!」
「ただの怪力バカやと思っとった」
「あれね。衝撃波で全部割ってるから怪力バカだよ」
違うわよ。ちゃんと全部打って割ったわ。ちょっと脳が揺れるかもしれないくらい力込めた気もするけど、クソ野郎がクソみたいなことしてきてたからお相子だ。普通に暴力振るってもよかったかもしれない。
さて、ロメリアさんが本当に他の人たちを倒してくれてたら何もしないのは申し訳ないから、次の人も殺……倒そうかな。
『あれ? 今瞬間移動しました?』
『瞬間移動したかと思ったら一瞬で7番チームのバルーンを全部割りましたね……』
「あいつ週刊少年ジャンプ新連載か?」
「ビーチ侍?」
「侍ビーチのが語感ええと思うんやけど」
「光莉って少年漫画似合うよねー」
乙女に少年漫画が似合うはちょっと複雑な気もする。ただ日葵が言うんだから間違いないだろう。私は少年漫画が似合う女。それに少年漫画が似合うってことは活発で可愛くてカッコいいってことだろう。あれ? もしかして日葵、私に惚れてる?
ふふふ。もうちょっとカッコいい所見せちゃおっかな?
『おーっと! ここで4番チームを囲んでいた1番チーム、3番チーム、6番チーム8番チームを吹き荒れる砂塵とともに瞬殺ー!!』
『あれどうやったんですかね……ちょっと現実に少年漫画の主人公が二人ほど紛れ込んでるみたいですね』
「恭弥。あのオカマさん何者?」
「知らねぇよ。でもなんかとんでもない人だってことはわかる」
「綺麗でカッコええ人やなぁ」
「なんか恭弥のことすごく見てる気がする……」
今日も日葵の恭弥大好きレーダーは絶好調らしい。日葵は恭弥のことを狙う人を察知することができる。思えば、私が恭弥のこと好きなんじゃないかって何度も疑ってきたのもそのレーダーが働いていたからだろう。そのレーダーに千里が引っかかっているのが一番ヤバい気がするっていうのはあんまり触れない方がいいかもしれない。
「さ、これで二人きりになれたわね」
「予想はしてたんですけど、ロメリアさんめちゃくちゃ強いですね」
「光莉ちゃんもすっごく強くて驚いちゃった。あたしたち、いいお友だちになれそうね」
なんでこんな強キャラ臭がものすごいんだろう。オカマってだけで強キャラみたいなものなのに、立ち振る舞いも見た目も完璧に強キャラ。というか実際に頭いいみたいだし四人一気に倒してたし、私と同じく生まれてくる世界を間違えちゃった人かもしれない。それは恭弥も千里も一緒だけど。
「それじゃ、やりあいましょ。あたしが勝ったら恭弥ちゃんをもらっていくわ」
「ぶっ殺してやるわ」
「あらやだ過激」
私とロメリアさんのスポンジ製の刀がぶつかり合い、大気が震え、雲が割れた。ビーチに雨が降り注ぎ、私たちを中心に暴風が巻き起こる。
それは流石に嘘だけど、とんでもないことに変わりはない。常人では目で追えない速度で刀をぶつけ合い、相手の目の動き、足の動き、筋肉の動きを見ながら相手の動きを予測して刀を合わせていく。お互いが未来を見ているかのような動きで、まるで二人だけ数秒先にいるかのような感覚に陥った。
「あれ覇気ってやつじゃねぇの?」
「朝日さん、素質あると思ってたんだよね」
「ほんまに少年漫画やん」
「すごー……」
何度目かの打ち合いで、お互いが同時に距離をとる。恭弥とは常に以心伝心だけど、どうやらロメリアさんとなら戦いの時だけ以心伝心になれるらしい。お互いが常に戦いの最適解を弾き出し続けるから。
「これじゃあ」
「決着つきませんね」
ロメリアさんが言うであろうことを先に言うと、ロメリアさんは嬉しそうに微笑んだ。
そして、ロメリアさんは自分のバルーンを残り一つになるまで割った。残っているのは、左腕についているバルーン一つのみ。それを見て私も自分の左腕以外のバルーンをすべて割って、ロメリアさんと同じように微笑んだ。
「嬉しいわ光莉ちゃん」
「私も嬉しいです。やっと、本気を出せる人に会えた」
「あいつ、あんなこと言ってるけど毎日全力で俺たちを殺してるんだぜ」
「閃いた。ロメリアさんにうちの教師になってもらえば、僕らが殺される前に朝日さんとロメリアさんが戦って満足してくれるんじゃない?」
「まず光莉に殺されへんようにしようや」
「多分光莉のことだから難癖付けてお仕置きしにくると思うよー」
日葵が私のことをクソ野郎だと言った気がしたけど、そんなことはないはず。それに、今はそれよりもロメリアさんとの戦いを楽しもう。
足に力を入れる。膝を畳んで、ロメリアさんとの距離を詰めるためのばねを縮めた。
そして、私とロメリアさんの影が交差した。