「恭弥。実は三週間くらい前に子どもを仕込めてて、母さん妊娠してた。それじゃあ父さん仕事行ってくるから」
8月11日。朝起きると、父さんが部屋に入ってきて衝撃発言を放り投げて俺の部屋で爆発させて「何もやっていませんよ」みたいな顔をして部屋を出て行った。廊下で足音が二つ聞こえるから、薫には母さんが言ったんだろう。
「……」
なるほど。俺17歳、薫15歳、大学に入って一人暮らしすると未来の弟妹には覚えてもらえない可能性が出てくるな。父さんと母さんは見た目がいいから俺や薫と同じくハイパーイケメンかウルトラ美少女が生まれてくるに決まってるし、できることなら可愛がりたい。
それなら一人暮らしするとしてもこの近くに住めばいいか。よし解決。この年になって両親があはんうふんしていたのは少しどころかかなりどころか猛烈に思うところがあるけど、両親の仲がよくて悪いことなんて一つもない。未来の弟妹が誕生することへの祝福に頭を切り替えよう。
顔を洗いに行こうと思って廊下に出る。同じタイミングで廊下に出てきた薫と「おはよう」を交わすと、ふと物置に使っていたはずの部屋にドアプレートがかけられているのが見えた。
「『翔夜もしくは葵の部屋』……」
「気が早くない?」
俺と薫の部屋がある方とは逆側にある物置が、未来の弟妹の部屋へと変化していた。恐る恐る中を覗いてみると、ベビーベッドなどの赤ちゃんグッズがてんこもり。
「吐き気してきた……」
「千里とセックスしたのか?」
「違うよゴミ。両親が浮かれすぎててってこと」
「びっくりした。薫も妊娠したのかと……今お兄ちゃんに向かってゴミって言った?」
言ってないよ、と言ったので薫を信じることにしよう。俺に時々、極稀に、いや頻繁に暴言を吐いてくる薫と一緒に階段を下りて、一緒に洗面所へ向かい、一緒に顔を洗って歯を磨いて、一緒にトイレに行こうとしたところをビンタされ、代わりばんこでトイレを済ませた。いや、寝ぼけてたフリしてたんだって。じゃあ犯罪じゃねぇか。
顔を洗ったからか、弟か妹ができるんだという現実を徐々に理解し始め、薫と目を合わせる。薫の表情は喜んでいいのやら悪いのやらといった風で、俺もその気持ちがものすごくわかる。母さんももう三十代後半だから、出産するってなったら心配だよな。てか三十代後半ってわけぇな。もうちょっと我慢できなかったのかうちの両親。
「兄貴みたいなのが生まれたらどうしよう……」
どうやら俺とは違う心配をしていたみたいだ。
「俺みたいなのが生まれてもいいだろ。ほら、俺こんなんだけどなんとかうまくやってるじゃん」
「なんとかってつくから心配なの。それに、兄貴みたいにいい人に囲まれるかわかんないし」
「まぁ整った容姿であることに間違いはないから大丈夫だろ。人生顔なんだよ顔」
「現代と逆行してる……」
もし俺がドブみたいな容姿だったらマジのドブだったけど、カッコよくてスタイルよくて頭がよくて運動ができるから許されてるみたいなところもあるし。でも顔がいいからこんな性格になってしまったみたいなところもある。ほら、顔がいいとちやほやされるし、調子に乗っちゃうじゃん? つまり俺のクソみたいな性格は両親のせいだ。
「うー、私ちゃんとお姉ちゃんできるかなぁ」
「小さい頃日葵と一緒にいただろ? なら日葵の真似すりゃいいんだよ。いいお姉ちゃんになれる」
「小さい頃の日葵ねーさん、兄貴に翻弄されてたイメージしかないし……」
「エルフの剣士か俺は」
キッチンに行って、『お母さん、張り切っちゃった!』という置手紙をぐしゃぐしゃにして捨ててから朝食をテーブルへ運ぶ。途中で悪いことをしてしまった気持ちになって置手紙を拾い上げ、『ぐしゃぐしゃにしてごめん。いつもありがとう』と書いて元の場所に戻しておいた。そして二人でいただきます。
「そんなに暴れ回ってたっけ俺?」
「兄貴好奇心の塊だったから、興味あるものに吸い寄せられちゃって。それに日葵ねーさんがついていって、みたいなのが多かったよ」
「じゃあ一緒だろ。小さい子なんてふらふらするんだから、日葵みたいに弟妹についていってフォローしてやりゃいいんだよ」
「大体日葵ねーさんがこけたり溝にはまったりして兄貴に助けてもらってた」
「俺を見習ってくれ」
そういえばそうだった。日葵って運動神経そこそこいいのに結構ドジだから、よくやらかしては泣いていたイメージがある。それをよく慰めてたなぁ。もとはと言えば俺がふらふらするから日葵に危険が及ぶんだけど。何してんだ昔の俺。日葵を危険な目に遭わせるとかバカじゃねの? 死ね。死んだら今の俺も死んじゃうからやっぱ死なないで。
「ん-、確かに兄貴見習えばいいかも。普段の言動行動はともかく、私に対してはいいお兄ちゃんだったし」
「もう一度お兄ちゃんって言ってくれ」
「言ってないもん」
「いやん! かわゆいわ!」
「消え失せろ」
「消え失せろ?」
聞き間違いかな……と思いながら朝食を食べ終えて、一緒に食器を片付ける。俺と薫は休みであろうと健康的な生活を送るすばらしい兄妹なので、大体朝一緒に起きて一緒にご飯を食べて、一緒に片付けをして、お互い予定がなければ昼も一緒に食べる。仲良しすぎか? 世の兄貴どもは俺を羨ましがることだろう。こんなに可愛くて可愛くて可愛い妹と一緒にご飯を食べられるんだから。さっき消え失せろって言われたけど。
「兄貴、大学行ったら一人暮らしするんでしょ?」
「すぐこっちに帰ってこれるような場所には住む。弟妹が生まれるならお世話したいしな」
「そっか」
ちょっと嬉しそうに微笑む薫の頭を撫でて、「腐るからやめて」と払いのけられる。照れ隠しか。かわゆいやつめ。
「薫は今日勉強?」
「うん。千里ちゃんがお昼からきてくれて教えてくれるって。兄貴には言わないでって言われた」
「ふーん。ゴムは?」
「妹に向かってゴムは? とか言わないで。する予定ないから持ってないよ」
「はぁ、薫は男をわかってねぇな」
「千里ちゃんはメスだし」
「そうじゃん。俺が間違ってたわ」
俺が悪かったので土下座して謝り、「じゃあ勉強するから」と言った薫が部屋に入るまで土下座を続け、ドアが閉まる音が聞こえてから自分の部屋に戻る。
さて、千里が薫と二人きりになりたいってことは俺は家から出て行かなきゃいけないってことだ。あいつこの期に及んで薫と二人きりになろうとするなんてどういうことだ? フったくせに。そういうどっちつかずではっきりしないところが男らしくないんじゃねぇの? とボイスメッセージを送ってから、手当たり次第知り合いに「今日暇?」と送る。そして連絡を送れる知り合いが10人もいないことに気づいた。俺は咽び泣いた。
とりあえず寝間着のままはだらしないのでお着換えを開始。クローゼットを開け、中にいた光莉をそっとどかして着替え始める。この時期になると半袖で外に出かけても、どこかに入ると空調ガンガンでめちゃくちゃ寒いみたいなこともあるから何か上着一枚持って行かなきゃいけないのがめんどくさい。こともない。俺は感覚がバカなので空調ガンガンでも寒いなんて思わない。
「ちなみに今日暇よ」
「そうか」
とりあえずやることないしランニングにいくか、とスポーツウェアに着替えて「留守番頼むわ」と光莉に伝えてから階段を下りる。まずは歩いて近くの公園まで行って、体を慣らしてから準備運動。そしてやりすぎない程度に走るのが健康のコツっぽく思えてくる。実際には知らん。
そういえばなんで光莉が部屋にいたんだろうなーと思いながら公園まで歩き、準備運動。夏休み真っ盛りだからか、元気な子どもがちらほらいるのが見える。今は家で充分遊べるのに元気だなぁなんてジジイみたいなことを考えながら、走り始めた。
そういえばなんで光莉が部屋にいたんだろうなーと思いながら走り、そういえばあれ光莉だったよなーと思いながら走り、あれ? なんで俺部屋に光莉いたのになんの反応もなかったんだ? と思いながら走り、怖くなって走って家に戻る。
「お前何で部屋にいるんだよ!!!!!!」
「あ、帰ってきた」
そのまま靴を揃えることもなく脱ぎ散らかして勢いのままに階段を駆け上がり、自分の部屋に入ると光莉がクーラーをつけて涼みながら夏休みの宿題をしていた。俺の勉強机で。しかもアイスコーヒー飲んでるし。
「ほら。私って一人っ子じゃない」
「それで?」
「暇だからきちゃった」
「日葵のとこ行きゃいいだろ。なんでうちなんだ?」
「普通の家の人が、アポなしで突撃して快く迎え入れてくれると思う?」
「なるほどな。そりゃうちだけしかこれねぇわ」
「それに日葵と会うってなったらドキドキして緊張しちゃうし」
「俺にもドキドキしろや」
仮にも男だぞ俺。なんで俺より日葵と会う方が緊張するの? すごくわかる。
ていうかそうか、俺の両親が光莉を家に入れて……どのタイミングでこいつ俺の部屋に入ったんだ? もしかして俺が寝てる時? 怖すぎだろ。いくら光莉が可愛くておっぱいが大きいからとはいえそれはあまりにもおっぱいが大きすぎる。間違えた怖すぎる。友だちでも知らない間にクローゼットに人が入ってたら……俺ふつうにどかしてたな。怖くねぇややっぱり。
「お風呂入れといたわよ。着替えも置いてるから、汗流してきなさい」
「えっ」
「ちなみにセックスはしないわよ」
しゅん。俺は肩を落としてお風呂へ向かった。色んな汗でぐしょぐしょになったスポーツウェアを洗濯機に放り込む。他の服と一緒に洗わない方がいいとか聞いたことあるけど知ったこっちゃない。飯はうまけりゃいいって言ってるくらいなんだからこんなこと気にしてたら爆笑もんだろ。うふふ……。
爆笑もんではなかったので微笑みながら、全裸でお風呂に突入。先にシャワーを浴びていた千里に「あ、どうも」と挨拶をして、だからメスクサかったんだなと思いながらシャワーを借りて汗を流す。
「今日薫ちゃん借りるね」
「殺す殺す」
「助けっ」
お風呂から上がり、光莉に「俺んちの風呂場に水死体あったんだけど、何か知らねぇ?」と聞いたら、「すぐなくなるから安心しなさい」と言われたので安心した。