「つ、ついた……」
「日葵がビリか。仕方ない、罰ゲームを受けてもらおう」
「あんた日葵に何する気なのよ!」
「裸になって舌で私たちの汗を拭ってもらう」
「私は賛成よ」
「浅ましいにもほどがあるやろ」
一着岸さん、二着氷室さん、三着僕、四着朝日さん、五着夏野さん。氷室さんが女版の恭弥だと仮定して、運動能力も同程度だとするとそれにすら勝てる岸さんはやはり化け物なんだろう。よく考えてみれば岸さんって恭弥と同じくらいの運動能力、というかそれ以上だし、もはやアスリートと言っていい。
僕はほら、あれだ。男の意地ってやつ。もうちょっと早くいけたけど少し遅れたのは別に朝日さんの胸を見ていたからだとかそんなことはなく、夏野さんが心配だったからってだけで、ほんとだよ?
僕の目に焼き付けたデカパイは置いといて、上がった先にあったのは神社でも何でもなく、和風豪邸。豪邸の扉まで続く石畳の中央に『氷室』と刻まれた石板が設置されており、その大きさは鳥居と同じくらい。自己主張が強いなんてもんじゃねぇなこれ。
「ここ、元々神社だったりしたの?」
「あぁ。神社だったけど廃れすぎて神主すらいなくなったから、ぶち壊して家にしてやった」
「バチ当たりすぎひん? 巫女装束着てんのが煽りにしか思われへんやけど」
「神は信じないタチなんだよ。神頼みなんて恵まれない人間のすることだからな。なぁ春乃」
氷室さんは石板に磔にされてしまった。
家主であるはずの氷室さんを置いて豪邸に入る。どこか懐かしいというか慣れた雰囲気を感じるのは、やはりここが氷室の一族の家だからだろうか。人の気配は僕ら以外に感じず、しゃきっとしたおじいさんとおばあさんが玄関にいるだけだ。気配どころか目の前にいるじゃねぇか。
「いらっしゃい。日葵ちゃんに千里ちゃんに春乃ちゃんにボケカス」
「12年ぶりくらいかねぇ。前あったときはあんなにちっちゃかったのに」
「……?」
「げててててて。そりゃ覚えてねぇか。まぁ色々話があるだろうしあがっていきな」
「おじいさん。覚えてないとかどうでもいいくらいツッコミどころがあるんだけどいいかしら」
「え? セックスしてくれるんですか?」
「とりあえず氷室家の本筋がおじいさんだってことは間違いないとして、さっき私のことをボケカスって言ったり信じられない笑い声出したりしませんでした?」
「ちょっと待って。今若さに釣られた俺に愛しのハニーが怒り心頭だから」
違うじゃん。見てあの胸。爆弾。ともはや許してもらう気がまったくないおじいさんの弁解を聞いて、おばあさんは「どうせぴちぴちの子がいいんでしょ。ぷいっ」と膨れっ面。おじいさんが「うわ、キツ」と言ってしまったことで勝敗が決した。
簡単に言えば、この敷地内に二つ目の死体が出来上がったということである。
「さぁさぁ上がって。ここまでくるのも疲れたでしょう。恭華の相手もしてくれてありがとうね。ここには同年代の子がいないからあなたたちがきてはしゃいでるだけだから、勘弁してくれると嬉しいです」
おばあさんが話し始めた瞬間、僕らは一斉に夏野さんを見た。なんとなくおばあさんから夏野さんと同じ波動というか、雰囲気というか、似た何かを感じたから。恭弥のお父さんから恭弥と似た何かを、恭弥のお母さんから朝日さんと似た何かを感じるかのように。
「ただいまー。あれ、おじーちゃんがまた死んでる」
「こら、不謹慎なこと言わないの」
「不謹慎なことを言わせるなよ」
おじーちゃん、と氷室さんが言ったってことはこの二人は祖父母だろうか。氷室さんのことだからまったく血のつながりのない老夫婦の家になんとか騙して住ませてもらうくらいのことはしそうだからまだ決定じゃないけど、さっきのおじいさんの言動を見るにまず間違いない。
氷室さんは僕らの間をふわりと優しい花の香りとともに通り抜け、「おじいちゃん。起きて?」と甘い声でおじいさんに向かって囁き、「かわゆい恭華ちゃんの声!!!!??」とおじいさんが跳び起きたのを見てから僕らに向き直った。
「さ、簡単に説明しよう。私は氷室恭華。氷室恭弥の双子の妹だ。こっちは私のおじーちゃんとおばーちゃん。父方のな」
「どうも、おじーちゃんです」
「どうも、おばーちゃんです」
「へぇ、恭弥に双子の妹いたんだ」
「どうりで似てると思ったわ」
「きょ、恭弥のおじいさまとおばあさま!? あ、あの、はじめまして! 夏野日葵っていいます! 恭弥とは幼馴染で」
「ギピィ! 知ってる知ってる。こっちは覚えてるから」
「おじいさん。笑い声でキャラ付けしようとするのはやめなさい」
「……いや待てや!!」
氷室さんが恭弥の双子の妹だというカミングアウトがあり和気あいあいとしていると、突然岸さんがいきり立って叫び始めた。生理かな?
「においがしないから違うと思う」
僕の肩に手を置いて、なぜか僕の心を読んで更にいらない情報を教えてきた氷室さんは無視するとして、いや無視できねぇ顔がよすぎるでしょスタイルもいいしモデルかよ。やっぱりすごいな氷室家の血。僕のとこも大概だけど、一族全員美形ってとんでもない。おじいさんとおばあさんもめちゃくちゃ若く見えるし。50代って言われても驚かない。
「双子の妹!? 私ら恭弥くんから一回もそんなん聞いたことないで!?」
「……えー!!? 双子の妹!!?」
「まぁ氷室家だし」
「存在を知らない肉親がいても不思議じゃないわよね」
うんうん頷き合っている僕らに頭を抱える岸さん。まだまだだなぁ。氷室家が金にも何もならないボランティアとかしだしたら今の岸さんと同じくらい動揺するけど、存在を知らない肉親がいたってだけでしょ? あるある。
「そもそも、なんで双子の妹やのに一緒に暮らしてへんねん!」
「双子が生まれたから一人くらいちょうだいって言って誘拐した」
「わ、私は止めたんだけどね? 恭華が私の指を、こう、ぎゅってして離さないものだから……」
「おい、どうなってんねん恭華のおじいちゃんとおばあちゃん」
「ちなみに私たちが会ったのが、両親が私を取り返しに来た12年前だ。私もまさか誘拐されたなんて思ってないから、実の両親が『一緒に帰ろう?』って言ってきたのに対して『は? バカじゃねぇの。ここが私の家なんですけど』って言ったらものすごい悲しそうな顔してた。謝りたい」
「あかん。なんか普段お世話になってる人の悲しそうな顔想像したら泣けてきた」
「……!!」
「朝日さん。一度誘拐が成功してる事例があるからって薫ちゃんを誘拐したら僕が許さないよ」
「お前如きに何ができる?」
「ラスボスの風格を醸し出すのはやめてくれ」
存在を知らない肉親がいてもおかしくない、とはいえ誘拐はものすごい。流石に恭弥の両親はそんなことをやらかさないだろうし、氷室家にもジェネレーションギャップっていうものがあるのだろうか。この場合ジェネレーションギャップっていうのかどうか微妙だけど。
でもなんとなく、代が移っていくにつれてまともになっているような気がする。恭弥は頭イカレてるけど倫理観はあるし、常識もあるし。誘拐は思いついて綿密な計画は立てても実行はしないだろうし。
「今もちょくちょくうちにきては説得しにくるなぁ」
「ちょっと前もきて、夏休み明けそっちに行くって言ったら大喜びしてたぞ」
「へぇそうなの……???」
「さ、おじーちゃんとおばーちゃんが現実を受け止める前に私の部屋へ行こう」
「え、恭華こっちにくるの?」
「同じ学校やったら手に追われへんやけど」
「ははは」
氷室さんは乾いた笑いでお茶を濁し、おじいさんとおばあさんを玄関に残して僕たちを奥へ奥へと連れて行く。しばらくして背後で絶叫が聞こえ、同じタイミングで氷室さんの部屋に到着し、氷室さんが金庫くらい厳重なカギを扉にかけた。
「千里。女の子の部屋だからって興奮しないようにな」
「すんすん。はは。まさかそんな」
「千里がベッドにダイブしたように見えたけど、私の気のせい?」
「思い切りしてるで」
「お、織部くん! ダメだよそんなことしちゃ!」
「つい……」
恭弥だ! って感じがしてやってしまった。匂いまでは一緒じゃないみたいでこの、なんだろう。完全にほぼ恭弥なのにちゃんと女の子ってところを見てしまうとどぎまぎしてしまう。もしかして僕、氷室家の人間を全員好きになってしまう遺伝子が組み込まれてるのか?
「まぁ千里ならいい。……で、でもあんまり匂い嗅ぐなよ。恥ずかしいから」
「はい可愛さセンサービンビンビン!! 千里と春乃はこの部屋から出て行きなさい。私たちは今から唾液を交換するから」
「きしょい言い方すんな。あとセキュリティが厳重すぎて出て行かれへんねん」
「初心なのは恭弥と一緒なんだ。ふふ」
夏野さんが嬉しそうに頬をピンクにして微笑んでいる。多分夏野さんも氷室家を好きになってしまう遺伝子が組み込まれているんだろう。かわいそうに。生まれながらに地獄行きなんて。
いやでも、びっくりした。まさかあんな反応するなんて思ってなかったというか、恭弥だ恭弥だと思ってたけどやっぱり氷室さんは氷室さんだ。ってなるとあんまり失礼があるといけないので、ベッドから降りてタンスを物色、間違えた。床に座ることにする。
「ねぇ」
「結構刺激的なの持ってたよ」
「でかした」
「おいそこのクズ二人。恭華が本気で顔真っ赤にしてるから謝れや。多分初心さで言うたら恭弥くんより上やぞ」
「織部くん。薫ちゃんには報告したよ」
「夏野さん。できれば今度からは『報告するね?』って脅してほしい。弁明する余地をくれ」
「ち、違うの日葵! 恭華があまりにもセックスだから仕方なかったの!」
どうやら本当に薫ちゃんに言いつけていたらしく、直後に薫ちゃんから『刺激的なのがいいの?』と送られてきた。『はい!』と送ると、『反省してないじゃん。ばか』と返ってきて、以降何を送っても返事がない。
ふっ。
「氷室さん。君の妹と喧嘩しちゃったんだけど、何かいい案ない?」
「恭華でいい。うーん、そういうのは人に頼らず自分で解決すれば?」
ぐぅの音も出なかったので恭弥に『助けてくれ!』と送っておいた。