「そういえばなんでセンセーになろうと思ったんスか?」
「あ? 舐めてんのか」
「今のが喧嘩売ってるように聞こえたなら、今すぐ先生をやめてくれ」
じゃあお店に行かなきゃだから。と言ってロメリアさんが去っていき、「俺と会った後に何かあったら俺の責任にされそうでめんどくさいから、送ってく」と微塵も嬉しくない提案を受け入れた俺たちは、先生に付き添ってもらって帰路についていた。もうそろそろこの人を先生って呼ぶことに抵抗がでてきたが、立場上先生であることには違いないので先生って呼んでおこう。
先生先生うるせぇんだよ。
「別に。ただなれたからなった」
「じゃあ偶然天職に巡り合ったってことっスね!」
「天職?」
「だって俺、センセーがセンセー以外のことしてるとこ想像できねぇっスもん!」
「……それは、先生以外の俺を見たことがないからだろう」
「素直に受け取っておけばいいんじゃないですか? 可愛い教え子からの褒め言葉なんですから」
「そうだな。お前と違って」
「向いてねぇよお前」
俺も俺自身のことを可愛くないって思うけどさ。正面切って生徒にそんなこと言うやつ先生に向いてる分けねぇだろ。井原目ェ腐ってんじゃねぇの?
明確な区別の意識を感じながら、ケーキ屋『オラクル』、井原の家の前についた。「あざっす!」と言って頭を下げ家に帰ろうとした井原は途中でこっちを、先生の方を見て、気恥ずかしそうに切り出した。
「えっと、そういや相談があるんスけど」
「なんだ」
「俺、先生になりたいんスけど、どう思います?」
先生からすれば、生徒から先生になりたいって言ってもらえるのは嬉しいことだと聞くが、この先生はきっと無感情だろう。むしろ「こんなのになりてぇのか」って思ってる可能性すらある。思うどころかもはや言ってしまうんじゃないかという心配すらあった。
「……どう思うって、お前の人生だろ。周りのくだらない大人はしっかり生きろとか、しっかり大学入ってしっかり稼げるようになれだとかくだらないことを言うが、お前の人生はお前で決めろ。言うこと聞くのはいい親の言うことだけでいい。あとは好きなことやって生きられればそれでいいだろ」
言いながら先生は懐からタバコを取り出し、火をつける。前に、路上喫煙はダメなので先生の口からタバコを取り上げると、「こういう風に、好きなことやって生きるには障害は多いがな」とカッコつけた。
「なりたいと思うならなりゃいい。なりたくないらならなきゃいい。そんくらいでいいんだ、人生や将来ってのは。なってから違うなって思ったら、『違いましたごめんなさい』でいいんだよ」
「……俺、センセーみたいになりてぇっス!」
「それはやめとけ。お前はきっと、いい先生になれるからな」
井原は深々と頭を下げてから、家に入って行った。途中思い出したかのようにまた家から出てきて、「恭弥もまた今度な!」と手を振って、家に引っ込んでいく。俺もガラにもなく手を振って井原に応えると、先生にタバコを返しながら歩き始めた。
「お前はまかり間違っても教師になるとか言うなよ。俺みたいになりそうだ」
「じゃあ向いてんじゃないですかね。俺も」
先生は驚いたような顔をして、俺が返したタバコをそっとしまった。凝りもせず路上喫煙しようとしたらぶん殴ろうと思ってたから安心したぜ。俺の手が薄汚い人間の血で汚れるかと思った。
「意外だな。お前は俺のことをかなり低く評価してると思ってたが」
「いいもんをいいと認められないバカじゃないつもりなんで」
そもそも、根っから先までクズ人間なら人気なんか出るはずもないし。この先生が人気なのは、クズでありつつさっきみたいないいところ見せるからだろう。ギャップでってやつだ。正攻法じゃどうしようもねぇからギャップで勝負してるんだこの先生は。ったく、男らしくねぇ。
しっかし、この先生結構モテそうなのになぁ。顔もスタイルもいいしギャップもあるし、これで女の影すら見えねぇのはどう考えてもおかしい。オカマの影ならあった、っていうか影どころかはっきり見えてたけど。
「まぁ、教師になるっていうなら止めはしないが、生徒にだけは手を出すなよ」
「俺は心に決めた相手がいるんで、その心配はないですよ」
「本当に?」
家の前。ありがとうございましたと言って別れる前に、気になる言葉をかけられた。立ち止まって先生を見ると、俺を見ずに俺の家の表札をじっと見ていた。
「本当に、決めきれるのか。お前」
「……ずっと、決まってたんですよ。本当は」
ありがとうございました。と言って家に入る。両親はまだ帰ってきていないらしく、リビングの方から「おかえりー」というマイラブリースウィートエンジェルシスター薫のハイパービューティフルキューティボイスが聞こえてきた。俺は小躍りしながらリビングに向かい、「手」と言われて洗面所に向かい手洗いうがいをしてからリビングに小躍りしながら入って「ただいま!」と言うと無言でスマホを突きつけられる。
そこには、俺とよく似た、カッコいい系の美人さんが映っていた。そしてなぜか巫女装束。隣に千里がいるのが気になる。あれ、俺巫女装束着て化粧して千里と遊んだことあったっけ?
「兄貴。この人知ってる?」
「いや? え、これ俺じゃねぇの」
「これが兄貴だったら縁を切ろうと思う」
「俺じゃねぇなぁ」
薫と縁を切られるのは嫌すぎて嫌すぎるのですぐに否定する。俺自身もまったく覚えがないから間違いなく俺じゃないし。だとするとこの子誰だ? なんか妙な親近感があるというか、薫に対して感じるような、この、愛しさみたいなのがあるような気もする。
「……恭華」
「あ」
ふと、脳に一つの名前がよぎった。俺がそれを口にすると、薫も思い出したかのように可愛らしく口をぽかんと開く。
そうだ、俺が5歳の頃。両親に田舎へ連れられて、暇を潰しに遊びに出かけたら出会った女の子。苗字が氷室で、ほぼ同一人物ってくらい俺と似ていたあの子。12年前で、しかも一日しか会っていないからほとんど忘れていたが、今思い出した。
……あれ? そういや、この写真に写ってる部屋見たことあるぞ。それに、12年前あそこにいたのは俺たちだけじゃなかった気がする。確か日葵もいたし、俺たちくらい頭のおかしい女の子もいたし、明らかなメスもいたし、関西弁の女の子もいた。
そして、その面子に心当たりがある。ありすぎる。
「……兄貴兄貴。みんな幼馴染じゃん。よかったね」
「……俺にとっちゃ、幼馴染は日葵だけだ。今の今まで忘れてたしな」
ふーん。と薫は興味なさそうに言って、どこかへ電話をかける。
ほどなくして、相手が電話に出た。薫のスマホから聞こえるのは、脳を溶かすメス声。
『もしもし薫ちゃん? どうしたの?』
千里だった。
「もしもし、千里ちゃん。ちょっと聞きたいことがあって」
『将来どんな家に住みたいかって?』
「ちなみに俺もいるぞ」
『恭弥、こうしよう。君も僕らの家に住んでいい』
「よろしくな、薫」
「私、千里ちゃんと二人で暮らしたい」
「千里。親友として死に方くらいは選ばせてやる」
『死に方を迫ってくるような人間を僕は親友だとは認めない』
妹を俺から奪おうとする忌々しいクズの声の向こう側では、『薫? 恭弥? なんか二人の声が聞こえたぞ』と俺の知らない声が聞こえてくる。いや、知らないようで知っている声。薫も何かを感じたようで、可愛らしく首を傾げている。
「千里ちゃん。今近くに、恭華ねーさんいる?」
『いるぞ! 薫!! 恭華お姉ちゃんだよ!!』
「おい薫、俺を見るな。自分に対する異常な反応で身内であることを確信するな」
スマホから聞こえてきたのは、綺麗な声。凛としていて透き通るような、それでいてどこか温かい声。なくしていた自分の半身を見つけたかのような感覚に襲われすらした。
「おい、恭華。お前もしかして俺の妹だったりする?」
『癪だけどな。何度私がお姉ちゃんじゃないのかって確認しても、どうやら私が妹らしい。っていうか、その様子だとやっぱり私のこと忘れてたな?』
「そのことは謝る」
『あまり忘れてたことを認めるものじゃないぞ。いや、下手な言い訳してもわかるけど』
恭華の声が聞こえてくるたび、薫が喜んでいるのがわかる。尻尾があれば振っているなんて表現はよく使われるが、こういうときに使うんだなっていうくらいうきうきしている薫が可愛すぎて、恭華に見て欲しくてビデオ通話にしてしまった。
「おい見ろ恭華。これが俺たちの妹だ」
『恭弥を殺せば私だけの妹になるっていうのは本当か?』
「誰から聞いたかは知らねぇけどそれは本当だ。つまり俺がお前を殺すことは確定している」
『はっはっは! 薫は私を選ぶに決まっているから、私を殺したところでお前は恨まれるに決まってるさ! なぁ薫!』
「私、二人とも好きだから二人と一緒がいい」
「おい恭華。俺たちのところは雨が降ってきた。そっちは大丈夫か?」
『近くの川が氾濫してしまったらしい。大洪水だ』
「二人が泣いてるだけだよ」
なんだろう、この、投げたボールが綺麗に捕球されて、ボールが構えたところに寸分たがわず投げ返されているような感覚。きっと、どこに構えていてもそこに向かって投げられるし、俺がどこに構えていても恭華はそこに投げてきてくれる。以心伝心ってやつか?
『あぁ、そういえば夏休み明けそっちに行くぞ。恭弥たちと一緒に住むことになった』
「ほんと!?」
『恭弥。恭華さんは薫ちゃんが可愛すぎて死んだから、これ以上は話せなさそうだ』
「こっちも兄貴が死んだからだめそう。またね」
『うん。あの、信じて欲しいんだけど恭華さんが倒れたからっていやらしいことしようとか思ってないからね?』
「わざわざ言うから余計怪しくなるよ」
逃げるように千里が通話を切った。
そうか、夏休み明け、恭華がこっちに……。
ん?
「俺、短いスパンで妹出来すぎじゃね? いや、弟ができるかもしれないのか」
「大家族だね、うち」
そういや恭華が身内だってすんなり受け入れるんだな、と聞くと、「氷室家だし」とたくましい答えが返ってきた。それ正解。
実際誰が好きって思われてるんだろうと気になったので、アンケートにご協力お願いいたします。
誰が好きですか?
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氷室恭弥
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織部千里
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夏野日葵
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井原蓮
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朝日光莉
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白鳥綴
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氷室薫
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先生
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岸春乃
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氷室恭華
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その他