「ところで、結局誰を選ぶの?」
「……飯食ってる時にその話やめろよ」
「だって、この話するといつも逃げちゃうじゃん」
お土産を見て、ある程度誰に何を買うか決めて、大浴場で男数人の性癖を歪めてから。俺たちは部屋に戻って晩飯を食べていた。
俺は食えればもうなんでもいいくらいのレベルまできているのでどれだけ上等なものを食べているかなんてわからないが、千里がビビってるっていうことは高級なんだろうな、と思う程度だった。バクバク食う俺を信じられないっていう目で見てきてるし。いやでも、母さんの飯のがうめぇぞ。
「そんなに気になるか? 別に、千里には関係……」
と、そこまで言って少し考える。これから先の人生千里と離れ離れになることなんてまず想像つかないし、そもそも千里は薫といい関係になることがほぼ確定してるから絶対と言ってもいい。そんな千里からして、俺のお相手が関係ない?
「あるな」
「でしょ」
なぜか得意気に笑って、お上品に食事する千里は完全にメス。浴衣姿がエロイので、今夜襲おうと、いやまてマズい。千里を選ぶなんてことしたら色々マズい。なぜか千里も「……!」と言って受け入れる未来が見える。何も言ってねぇな。
とにかくそんなことになったら頭のおかしいうちの両親以外から猛バッシングを受けそうなので、千里をビンタして気を静める。ふぅ。
「なんで今僕はビンタされたの……?」
「ちょっと俺の気が暴れてたというか」
「じゃあ自分をビンタしなよ」
「うるせぇよ」
「うるせぇよ?」
千里を黙らせて、皿の上にある刺身を一気につかんで口に放り込む。うまいな。もはや何食ってんのかわかんねぇけど。
「……ほんとに信じられないことするね。もう味なんてわからないでしょ」
「ん? 魚なんて赤いか白いかだろ。それにうまいぞ」
「まったく。元々豪快な食べ方してたけど、そんなことはしてなかったのに……朝日さんに影響でも受けた?」
確かに、朝日は俺より豪快に飯を食う。無人島で置き去りにされて、何か月もぎりぎりで生き抜いてきた人間が久しぶりにまともな飯を食う時くらい豪快に。それで下品に見えずうまそうに見えるってんだからあれはもう才能だろう。可愛いし。
「かもな。それかギリギリのところで保ってたもんが、あいつらと付き合い始めたせいでぶっ壊れたのかもしれねぇ」
「とっくにギリギリのところは突きぬけてたと思うけど」
「バカ言うな。俺は理性的でクールな人間だ」
「それならもっとモテててもおかしくなかったと思うよ」
「いいんだよ。俺は日葵にさえモテれば」
「じゃあよかったじゃん。多分夏野さん恭弥のこと好きだし」
まぁ千里なら気づいてるよな、とぼんやり考えながら味噌汁を飲み干しごちそうさま。
そうだよなぁ。よかった、って言えるはずなんだよ。俺がずっと好きだったのは日葵だし、今でも好きだし、日葵が俺のこと好きかも? ってなってる現状を、これほど喜べないのははっきり言って異常だ。もしかしたらそれがわかった瞬間俺は一度死んで、菩薩にでもなったのかもしれない。
「告白しないの? ほぼほぼ成功すると思うけど」
「しねぇだろ」
少し空いていた千里との距離を詰めて、隣に座る。同時に「なんで近づいたんだ?」と首を傾げ、「なんで近づかれたんだ?」と千里が首を傾げ、元の位置に戻った。あぁそうか。食後のデザートに見えたんだ。千里が。
「成功しないって、なんで? 成功するし性交もするでしょ」
「おい、あまり俺を興奮させるな。手近で済ませちまうだろ」
「僕を視界に入れるな」
「わかった」
「本当に目を逸らされるとガチ感が増すからやめてほしい」
「はぁはぁ、わかった」
「薫ちゃん。とうとう僕が襲われそうなんだ」
『ハッピーバースデー』
「ハッピーバースデーなんて言葉を教えたのは君か?」
「言葉自体より用法を指摘しろよ」
かなり身の危険を感じたのか、千里が薫と通話をつなげた。確かに薫の前で千里を襲うわけにはいかない。考えたな、千里。いや、襲うつもりなかったけどね? ほんとに。風呂上りとかヤバかったけど。
……千里、よく俺と一緒に風呂入れるよな。
とにかくこのままだと本当に俺が千里を襲おうとしていたと薫に勘違いされるので、「俺は本当に千里を襲おうとしていたんだ」と弁明する。薫に通話を切られた。あれ?
「何言ってるの君」
「真からでた真」
「清々しいくらいに本心だね。出て行ってくれ」
距離を詰めると面白いくらいに体をビクつかせてビビり散らしている。楽しいなこいつ。小動物みたいだ。俺となんかと親友やってなければ、今頃年上女性から引っ張りだこだったろうに。俺と一緒にいるばかりに頭がおかしい認定されてしまって非常に可哀そうだ。
「何もしねぇから安心しろって。冗談だ」
「……」
「おい、本気でビビるな。俺にその気があるなら、今までで手を出すタイミング何度もあっただろ?」
「もしかしたら出されてたかもしれない」
「誰が催眠術師だコラ」
催眠ができるならとっくにやってるっての。間違えた。その、あれだ。催眠ができたらとっくに千里を虜にしてる。あれ? また間違えた。もういいや。俺は間違える人間でいよう。
とりあえず勘違いさせたままだと危険なので、薫に『さっきのは俺が間違えただけだ』とメッセージを送ると、『今日葵ねーさんと朝日さんが千里ちゃん殺すっていきりたってるのを、岸さんが必死に止めてる』と返ってきた。恐らく、俺が取られたどうこうより、薫を好きと言いつつ俺を誘惑した千里に憤慨しているんだろう。俺じゃなくて千里が悪いって決めつけられるって、千里のメスポテンシャルどんだけだよ。
「……じゃなくて、さっきの話の続きだけど」
「え? 手を出していいってことですか?」
いつの間にか殴り飛ばされていた。これ以上ふざけると友情に亀裂が入るかもしれないからおとなしくしておくことにする。そもそももうすでに亀裂が入っていてもおかしくないくらいの所業はしているかと思うが、千里は心が広いらしい。
「ほら、告白しても成功しないってやつ」
「あー、あれな」
俺もびっくりした。千里が人間に関して読み違えることなんて早々ない……いや、俺の考えも合ってるかどうか微妙だし、そもそも最近まで日葵とろくに喋ってなかったからどの口が言うんだって話だけど、日葵に関しては俺の方がわかってる。
「他の女の子がちらついて、フラれるかどうかはともかくその場で答えを出すことは絶対ない。自分だけがっていうのがワリィって思っちゃうんだよ。日葵は」
「恭弥と似てるね」
「何が?」
千里は俺の疑問に対し、お茶を飲んでほっと一息。なに落ち着いてんだテメェ。ブチ犯してヒィヒィ言わせてやろうか? いや、言わさせてください。
「他の女の子に悪いって思っちゃうってところ。結局、今の煮え切らない状態もそれが原因でしょ?」
「……そりゃあ、な。自分のこと好き……まぁ本当に好きかどうかはともかくとして、そんな子たちを放置して自分だけ浮かれチンポになろうなんざワリィって思って当然だろ」
「浮かれチンポがなんのことかわからないんだけど、説明してくれる?」
「証明してやろうか?」
「待って、理解した。もういい」
立ち上がると手で制されたので、おとなしく座ることにした。チャンスだと思ったのに……。
実際。日葵が俺のこと好きってのはほぼ間違いない……と思う。今までが今までだたから自信を持てなかったけど、自分たちの状況を客観視してみれば一目瞭然だ。俺は恋愛マスターじゃないからそれでも確信が持てないってところはあるが。
ただ、日葵は他の二人と比べてそこまで積極性がない。それは、性格的にどうしても一歩引いてしまうから。『恭弥のことを好きなのは私だけじゃない』って思ってしまっている。俺はアイドルか。アイドルの一人占めはダメだってか? してくれ。思う存分。そうすりゃ俺も悩む必要まったくねぇのに。
「別にいいんじゃない? 朝日さんも岸さんも、それで納得できないような子たちじゃないでしょ」
「だろうな。あの二人ならなんだかんだ言いつつ受け入れてくれるとは思うよ」
「じゃあなんで迷ってるの?」
「……チラつくんだよ」
この話題、めちゃくちゃ気まずいし逃げ出したい気持ちがめちゃくちゃある。でも、千里に隠し事なんてしても意味ないし、してほしくもないだろうし。千里が薫と付き合わずにいるのって俺のこれが原因だし。きっと、お節介にも心配してくれてるんだろう。いい親友を持ったぜ、本当に。
「チラつく?」
「日葵のこと考える度、光莉と春乃が。ちょっとは好きになってるんだろうな」
「まぁ仕方ないよ。あれほど魅力的な女の子たち、世界を探しても見つからない」
「だからだろうな。俺の今の気持ちになんとかして折り合いつけねぇとっていうか……」
「ちゃんとフリたいってこと?」
千里の責めるような視線が俺に突き刺さる。
「残酷だよ、それ。結局、恭弥が気持ちよく夏野さんと付き合うためじゃん」
「わかってるんだけどさぁ。いや、なんつーか、結婚するまでは勝負できるって諦めないような気がするんだよ。フラないと」
千里が目を逸らした。今自分で言ってて自意識過剰できもいなって思ってたんだけど、案外外れてもいないらしい。
春乃はどうかわからない。でも、光莉なら絶対諦めない。だって、日葵に誰か別の男ができたとしても、結婚するまで俺は諦めないし、なんなら結婚してからも諦めない自信がある。犯罪者か俺は?
「……でも、このままだとほんとに煮え切らないままずるずる行っちゃうよ。なんとか決着つけないと、いつかとんでもないことになりそうだ」
「実際、俺の親はとんでもないことになったしなぁ。どうっすかなぁ」
「まずはさ。女の子の気持ちを知ることが大切だと思うんだ」
「俺が知っちゃったらもうゴールじゃん」
「そこで」
千里が、俺にスマホを見せてくる。その画面は通話状態で、『恭華さん』と表示されていた。
「女の子の気持ちは、女の子に聞いてもらえばいい。そして恭華さんは恭弥の双子。薫ちゃんみたいに贔屓もない。これ以上の適任がいる?」
『いないと思うぞ。大船に乗った気持ちでいてくれ、お兄ちゃん』
「お兄ちゃんはやめろ。ってかお前気持ち聞こうにも距離が」
『私、今あなたの家の前にいるの』
「じいちゃんとばあちゃんは」
『止めてくるから蹴散らしてきた』
鬼かこいつ。
『今まで離れ離れだったんだ。家族らしく、恋の手助けくらいはさせてくれ』
「助かるけど、お前恋愛のことなんかわかんの?」
『わかるもん!!』
通話が切れた。千里を見る。千里が「ふっ」と笑った。
「そういえば、恭華さんはめちゃくちゃ初心だった。だめかもしれない」
「テメェ」
数分後、恭華から『たすけて』と送られてきた。無視した。