私は今、氷室家の前にいる。ド田舎の方ではなく、都会の方。
夏休み明けこちらにくる予定だったが、行く予定があるのに田舎でじっとしているのがとてつもなく苦痛だったので、うるさいおじーちゃんとおばーちゃんを「行かせてくれないときらいになる」の一言で黙らせ、単身こちらに乗り込んできた。ちなみに部屋に『ごめんね。二人とも大好きだよ』と置手紙を残してきたのでアフターケアも完璧である。ふっ、自分の才能が怖い。
いつまでも家の前で棒立ちしていては不審者に思われるので、インターホンを押す。ほどなくして、家の中からドタバタと騒がしい足音が二つ聞こえたかと思うとドアが勢いよく開いた。
「恭華!!」
出てきたのは、お父さんとお母さん。お母さんが家を飛び出して私に飛びつき、少しよろめきながらも恵まれた身体能力を駆使して受け止める。お父さんが『出遅れた』という顔で曖昧に笑っていた。
二人とも、裸足だった。
「おかえり、おかえり!」
「うん、ただいま。遅くなってごめんね」
「帰ってきてくれたなら怒らないさ。ほら、中に入れ」
「恭華ぁ。やっとうちにきてくれるのね。私、ずっと離れ離れなんじゃないかって」
「これからは一緒だ。時々向こうにも顔をだすけど」
「ほら、中に入れ」
「あんなとこ行ったら監禁されちゃうわよ! ずっとここにいて!」
「うーん、私もそんな気がするけど、それでも育ててくれたのは確かだから」
「中に入れっつってんだろ!!!!!!!」
十数年帰ってこなかったことに対しては怒らなくても、中に入らなかったら激怒するらしい。「もう、そんなに怒らなくてもいいじゃない。カッコいいんだから」と変な形で両親の仲の良さを見せつけられながら、家に入った。
玄関を見ると、靴が多い。可愛らしい靴と動きやすそうな靴とセクシーな靴。直感だけど、この三つが家族のものじゃないってことはわかる。
「今日誰か来てるの?」
「日葵ちゃんと光莉ちゃんと春乃ちゃん。薫に会いに来たみたいよ。ほんと、兄妹揃ってモテモテなんだから」
「モテモテと言えば、恭華は向こうで男に言い寄られたりしなかったか?」
「お父さん。メリケンサックつけてるように見えるのは気のせいか?」
「俺が拳を振るうか振るわないかは恭華次第だ」
「いなかったよ。そもそも同年代すらほとんどいなかったし」
「そうか。こっちで学校に行って言い寄られたりしたら俺に言えよ。砕くから」
今お父さんに学校のことは話さないということが確定した。お母さんに言っても多分お父さんに伝わるだろうから家で学校の話はしない。した瞬間に死者が出る。
自分で言うのもなんだけど、私はめちゃくちゃ顔がいいしスタイルもいい。この両親の娘だから当然と言えば当然。そして、容姿が良ければ男子はいくらでも寄ってくる。つまり私の意思に男子数名の命がかかっている。重すぎだろ。田舎に戻ろうかな?
「あぁ、部屋は恭弥の部屋を使ってくれ。双子だしいいだろ」
「うん。結構急に押し掛けちゃったし、ごめんな」
「謝るなよ」
「お父さん。何恭華に謝らせてるの? 殺すわよ」
「恭華。絶対に謝らないでくれ」
私が背負う命が増えた瞬間である。なんかあれだ。離れ離れだった期間が長かったからか、愛が重い気がする。お父さんは普通にしてくれてるけど、お母さんがちょっと暴走気味だ。胸もデカいし。胸がデカいのは関係ない。
「じゃあ、部屋使わせてもらうよ」
「あぁ。好きに過ごしてくれよ」
「ここはあなたの家なんだからね」
ちょっと照れ臭くなりつつ頷いて、階段を上がる。まったく、いい両親だ。氷室家が薫を除いて全員クズだとしても、根っこは温かい。人をダメにする家系だな。そりゃ日葵たちも恭弥に惚れるわけだ。ほぼクスリと一緒だし。中毒性高いタイプの。
その子たちの、そして恭弥のサポートを私はしなくてはいけない。千里には苦労をかけた。『氷室』の恋のサポートなんて東大入試より難しいに違いない。それにいくらメスだとはいえ男だし、立ち回りにくさもあっただろう。いい親友を持ったな、恭弥は。
それに、いい子たちに好きになってもらった。正直誰が嫁になっても将来は明るいだろう。
兄の勝ち確人生に笑いながら、恭弥の部屋のドアを開ける。
クローゼットの前で死闘を繰り広げる光莉と春乃、どちらに加勢しようか迷っている日葵がいた。
ドアを閉めた。どうやら、数秒前の私の考えを改める必要があるらしい。
「恭華ねーさん?」
恭弥の部屋で繰り広げられている地獄をどうしようと頭を悩ませていると、世界が愛すべき声が私の脳内を犯しつくし、一度フルーチェのようにぐちゃぐちゃにされてから綺麗に成形された。
声の方を向くと、そこには。
目を丸くして、とてつもなく可愛らしくびっくりしている薫がいた。可愛い。ヤバ。この子が私の妹? 遺伝子の勝利?
「薫」
「え、なんで。夏休み明けじゃなかったの?」
「巻いた。我慢できなくてな。今日からこっちに住むことになった」
「……そっか」
薫が頬を紅潮させてくしゃりと笑った。おい。おいおいおい。恭弥はこんなに可愛い妹と毎日一緒に暮らしていたのか? ふざけんな。十数年無駄にしたじゃねぇか。こんな可愛い妹と一緒に暮らせないなんて死んでるのと一緒だろ。つまり私はまだ生まれたて? これは薫に面倒見てもらうしかない。ばぶばぶ。
「巫女装束じゃないんだね」
「流石にアレでこっちにくるほど非常識じゃない。この部屋の中にいるクレイジーガールズに常識を合わせるなら、巫女装束でもよかったかもしれないけど」
「きて早々ごめんね。さっきまで私の部屋にみんないたんだけど、光莉さんが『あんまり気にしないでほしいんだけど、私恭弥の服で布団を作って寝ようと思うの』って言って私の部屋から飛び出しちゃって」
なるほど。クレイジーが光莉で、クレイジー(仮)が日葵で、常識人が春乃だったか。多分あの構図、光莉が恭弥のクローゼットを狙っていて、春乃がそれを止めて、日葵がどっちにつこうか悩んでいる、ってところだろうし。この家の中に犯罪者がいるのか……。
「いや、まぁ祖父母があれだから慣れてる。放置しててもいいけど、これから私が使う部屋を荒らされるのも癪だからちょっと止めてくるわ」
「え」
「?」
薫がまた驚いた顔で私を見ていた。なんでびっくりしてるんだろう。まさか私が綺麗すぎてびっくりしたとか? わかる。私綺麗だもんな。でも薫の方が綺麗だし、可愛し天使だよ。ちゅっちゅ。
「私と一緒の部屋じゃないんだ……」
そんなふざけた私の脳内を、薫の可愛らしい一言がぶち壊してきた。脳が破壊された。私の幸せ中枢が「もう死んでもいいくらいの幸せは得たな」と私を死へと誘おうとしている。私も同意見だ。でもここで死ぬと薫が悲しむから絶対に死なない。
え? しゅんとしてるじゃん薫。私と一緒の部屋がよかったってこと? 可愛杉田玄白日本地図完成じゃん。興奮のあまりその地図で日本一周させる気か? また私が出て行ったら泣くぞ、両親。薫の悪女!
ちょっと拗ねてしまった薫の頭を撫でる。恭弥は『薫の頭を撫でるとほぼ確実に叩かれるから、積極的に撫でることにしてるんだ』とヤバイことを言っていたが、薫はおとなしく撫でられている。やっぱり性別の違いだろうか。まぁいくら兄と言えど男だし、あんなにデレデレしてたら気持ち悪いしな。私が恭弥から薫のような扱いを受けたらと思うとゾッとする。
「まぁ、住む家は一緒なんだ。部屋が違ってもいつでも会える。一緒にいようと思ったらいつでも一緒にいられる。多分、お父さんとお母さんは薫が受験生だから気を遣ったんだろ」
「恭華ねーさんが一緒でも勉強できるもん」
「私が我慢できない」
「兄貴の部屋遠慮なく使ってね」
納得されてしまった。ったく、便利だな氷室家の血ってやつは。非常識が常識としてまかり通ってしまう。
薫とあとで一緒にお風呂入ろうねーと言ってから、ドアの前に立つ。さて、あのバカどもを制裁してやろう。恭弥がいないからって恭弥の私物であれこれしようとする不届きものには、妹である私からガツンと言ってやらなければならない。
ドアを開ける。恭弥のパンツを被った光莉が春乃にキャメルクラッチされていて、日葵は二人の目を盗んでクローゼットにそろそろと歩き出していた。
「……一体何してるんだ?」
「え!? 恭華!? もしかして私に下着を渡すために遠路はるばる!!???」
「恭華。ちょっとこの大犯罪者オトすから待っててな」
「がっ……」
光莉が倒れた。春乃は汗をかき、襟元をパタパタしている。は? エッロ。
「日葵。クローゼットに向かってるけどどういうつもりだ?」
「えっ!! えっと、その、ひ、光莉がっ! 光莉が漁っちゃったから、綺麗にしようと思って!」
「ひ、日葵は……日葵は、本当に綺麗にしようと思ってるだけなの、信じて、あげて……」
「おい変態。お前が庇うともっと怪しくなるってことを自覚しておけ」
「今変態って言ってくださいましたか?」
こいつ本当に氷室じゃないのか? なんでここまで頭がおかしいんだ? 実は血が入ってるだろ。お父さんが他の女に手を出したんだろ。じゃないとここまで頭がおかしい説明がつかない。復活超早いし。
光莉は立ち上がってパンツを元に戻し、日葵は私の後ろから薫に見られていることに気づき、「ち、違うの! 違うの薫ちゃん!」と必死になっている。可愛い。春乃は私に「あ、そうや。おかえり、って言うたらええんかな?」とイケメンスマイル。惚れました。私の一生をあなたにあげるので、あなたの一生を私に下さい。
「さて、私の邪魔をした恭華が私に脱ぎたてパンティをくれるって話だったわよね?」
「あげないけど」
「光莉。大口開けて驚いてるとこ悪いけど、光莉が一方的におかしいで」
バカを放置して部屋の隅に荷物を置く。可愛い女の子が三人もいるからか、部屋が華の香り。天国かここは。
「はぁ、みんなして私がおかしい私が悪いって。じゃあいいわよ。ふん。私だけ恭華と仲良しこよしになって、これから恭弥のあれこれ伝えてもらえるようにするから」
「「恭華」」
「ひぇ」
光莉の一言で、全員がおかしくなってしまった。思わず恭弥に助けを求めるが、全然返事がない。
「薫!」
「仲良くするのはいいけど、恭華ねーさんは今日私と一緒にお風呂入るんだからね」
みんなほっこりした。可愛さは世界を救う。