明晰夢、というのを知っているだろうか。自分で夢だと自覚しながら見ている夢、さらに自分で夢のコントロールすらできてしまうなんていうものすごいやつだ。俺は基本的に夢を見ないし、夢を見ないっていうことは熟睡できているっていう証拠だからつまり俺は睡眠ですら天才だということ。
そんな俺が、今夢を見ている。
「? どうしたの、恭弥」
通っている高校の教室、目の前には千里。いや、正確には千里じゃないのかもしれない。
顔はまったく変わっちゃいないが、明らかに違うところがある。胸。そう、胸がある。しかもスカート何て履いている。女だ。女になっている。メスじゃなく女。
夢は、その人の願望の表れだっていう話もある。っていうことは女の千里とうふふふふしたいっていう願望が俺にあるってことか? バカ言え。千里は男で、俺の親友。確かにいい匂いするし柔らかいしめちゃくちゃ可愛いしどう考えても生まれてくる性別間違えてるけど、男だから千里なんだ。女になってほしいなんて一ミリたりとも思ったことはない。
でもこの夢見続けようと思う。別に俺の顔を覗き込んできょとんとしている千里(女)が激カワパラダイスだったからとかそういうのじゃない。
「いや、なんでも」
「……恭弥がそう言うなら」
ふにゃりと安心したように笑う千里。思わず求婚してしまいそうになったので自分の内ももを思い切りつねる。なんてことだ。日葵に対してはまったく好意を示すことができないのに、千里が女になっただけですぐ求婚しちゃいそうになるなんて。
いやまて、これは夢だぞ? 求婚してもいいんじゃないか。どうせ夢だし、現実に戻って千里と顔を合わせても気まずいことなんてまったくない。だって現実でも何度か求婚しそうになったことあるし。いつも通りだ。
「千里。俺と結婚──」
「あ、起きた?」
目が覚めた。そして頬に感じるこの温かさと柔らかさは千里のもの。まさか膝枕なんじゃないかと思ったが、肩枕だったようだ。残念なんてことはない。だってメスだけど男だし。残念というなら、
「もうすぐでお前とセックスできそうだったのに!! 犯され体質みてぇな見た目しやがってこのクサレゲボめ!!!!!」
「聞き捨てならないことが多すぎるんだけど」
肩枕をしてもらったままだったからか、千里の声がめちゃくちゃ近くで聞こえる。びっくりした。耳に蜂蜜流し込まれたのかと思った。聴覚で甘さを感じた。このままでは脳がトロトロにされてしまうのでそっと離れて周りを見る。
どこかの散歩道のようだった。旅行客がちらほらといて、名前のわからない花がたくさん咲いている。自然が多いからか、夏だっていうのになんとなく涼しい感じもした。
「いつ寝たんだ、俺」
「散歩してて、ちょっと休もうってベンチに座ったらいきなりね」
「なるほどな。それで周りのカップルや夫婦から微笑ましい目で見られてるわけだ」
「さっきお姉さんたちからも『あのカップルかわいい!』ってきゃっきゃされてたよ。どう責任取ってくれるの?」
「結婚しよう」
「腹を切れ」
どうやら俺が寝ている間に江戸の世になってしまったらしい。切腹ってめちゃくちゃ辛いよな。介錯してくれる人がいたらすぐに死ねるけど、いなかったら痛いまま苦しんで死ななきゃいけないし、もちろん俺を介錯してくれる人なんているわけがない。クズだし。
アホな思考をどこかへと飛ばして、伸びをしながら大あくび。閉じていた目を開けると、夢と同じように千里が俺を覗き込んでいた。
「なんだ? 顔がいいぞお前」
「うるさいよ。大丈夫? もしかして、その、色々考えすぎて精神的に疲れちゃってるのかなって思って」
千里が、眉尻を下げて本気で俺を心配してくれていた。こいつ、ムーブが完璧にヒロインすぎねぇか? なんか俺の脚に手ぇ置いてるし。なんだこの手。いやらしすぎだろ。やんのかコラ。
しかし、精神的に、ねぇ。確かに、言われてみればめちゃくちゃ考えてたかもしれない。だってアレだぜ? この世のどこを探してももう見つからないような素敵な女の子たち三人に好きになってもらってて、考えない男が世界のどこにいるんだ? 最近頭の中がごちゃごちゃになっててよくわかんなくなることが多々あるし、もしかしたら本当に精神的な疲労があったのかもしれない。
ただ。
「んなことねぇよ」
立ち上がって、二、三歩歩く。そして振り向いて笑ってみせた。
「女の子に好きになってもらってて、幸せ以外の言葉見つけられるか? お前」
「……恭弥がそう言うなら」
ふにゃりと笑って、千里も立ち上がる。俺の隣にくるのを待ってから、二人で歩き出した。
「この散歩道の木ね。桜の木らしいよ」
「へぇ。春にきてたら立派なもん見れただろうになぁ」
道と道を挟むように川が流れ、まるでアーチを作るように桜の木が整列している。桜が散る頃には、川の色が桜色になることだろう。
「次、春にここへ来るときには隣にいるのが女の子だといいね」
「なんで?」
「なんでって」
「そりゃあそん時まで決着ついてるといいけどさ。決着ついてても、俺はまたここに千里ときたい」
風が吹いて、俺たちの背中を押す。木の葉が舞って、葉が一片千里の髪に落ちる。それを取って、太陽に透かした。
「千里は親友だからな。彼女だけじゃなくて、同じ位大事にしたい」
「……そういうの、なんで女の子に言えないかなぁ」
「男にだけ言えることも、女の子にだけ言えることも、どっちもあんだろ」
「じゃあ、僕は男でよかったよ」
「あぁ、俺も千里が男でよかった」
なんとなく葉を持ったまま、千里と並んで散歩道を歩く。風で揺れる木々と川のせせらぎが心地よい音楽を奏で、俺たちの今を彩ってくれている気がした。
「なんで千里ちゃんのことが好きなのか?」
「あぁ。ちょっと気になってな」
お風呂。薫とお風呂。もう人生に悔いはないと言ってもいいくらい幸せ。今全世界でお風呂にいる人間の中で一番幸せな自信がある。いや、幸せだ。
向かい合うようにして湯船につかり、千里の名前を出した瞬間ほんのり頬が赤くなった薫を見つめる。カワユス。恭弥の部屋であれこれしていた化け物どもとは大違いだ。いや、あの子たちもあれはあれで可愛いところはあるに違いないが、ちょっと頭のネジが外れている。一人に至っては元々ネジがはめ込まれていなかったんじゃないかってくらいぶっ飛んでるし。
あの子たちに恭弥についてのあれこれを聞こうと思っていたが、今の私じゃ手に負えないので薫と親愛を深めることにした。だって無理だろあれ。あの子たちの相手を一斉にしろなんて一休さんでも投げ出すぞ。
「それ、兄貴にも聞かれたなぁ」
「まぁ、あいつにとっちゃ大事な妹のことで、大事な親友のことだからな。そりゃ気になるだろ」
「うん。それに、兄貴には安心してほしいから、そういうのはちゃんと答えたいし」
キスしていい?
「ん-と、ね。兄貴の親友だから」
「ブラコン」
「ふふ、仕方ないよ。あんなに愛してくれてたら、こっちだって同じくらい……は言いすぎかもだけど、大事だって思っちゃうよ」
あーあ。あーあ! 私が薫とずっと一緒に暮らしてたらなぁ!! 私もめっちゃくちゃ愛してくれたんだろうなぁ!! クソッタレ! 全世界妹選手権堂々一位の薫と私が離れ離れだったなんて信じられない!!!
「あ、えっとね。恭華ねーさんのことも大事だよ。離れ離れだったけど、なんかね、恭華ねーさんと一緒にいると、胸のあたりがあったかくなるんだ」
「今薫を嫁にはやらないことが私の中で決まった」
「千里ちゃんなら、ちゃんと恭華ねーさんを納得させてくれるから。今はそれでもいいよ」
千里が帰ってきたら殺してやろうと思う。私の可愛い可愛い妹をたぶらかしやがって……どっちかというと恭弥をたぶらかしている気もするけど、っていうかぶっちゃけ旅行から帰ってきたら二人が付き合ってるんじゃないかって危惧してるところもあるけど。
確かに千里はいいやつだけどさ。こんなにいい子が好きになっちゃうくらいいいやつか? あいつ。
いいやつだな。だって恭弥の親友だし。
「あ、そういうことか。恭弥の親友ならいいやつに決まってるしな」
「うん。兄貴の親友やれるのって、ずば抜けていい人くらいだしね。兄貴、嫌な人は名前も覚えないし。高校に入ってから兄貴から聞く名前、十人もいないんじゃないかな?」
ちょくちょく連絡を取り合ってたから知っている。日葵に光莉に春乃に、つづちゃんに井原、そして千里。学校関係だとこれくらいか。交友範囲狭すぎないかあいつ。将来が心配になってくる。
「でも、あいつら異常に仲いいよな。きっと今頃二人でいちゃいちゃしてるぞ」
「ふふ、いいんじゃない? たまには男同士でゆっくりしなきゃ、息が詰まっちゃうし」
薫に近づいて、抱き着いて髪をわしゃわしゃと撫でる。とんでもなくいい子だこの子は。世界の宝。いや、銀河の宝。この子が泣いた時は国をあげて原因を撲滅しなければならない。つまり私か恭弥が総理大臣にならなければならない。今私の夢が決まった。まずは手始めに選挙ポスターを作ろうと思う。
「わ、もう、なに?」
「はは。いや、薫は可愛くていい子だなぁと思ってな」
「恭華ねーさんも、可愛くて綺麗でいい人だよ」
にへー、と笑う薫が可愛すぎて私は失神した。