「悪い、待ったか?」
「待ちまくったわよ。お詫びとして死になさい」
「デート開始時に死亡って聞いたことあんのか?」
クソみたいなカードゲームの効果じゃねぇんだから。
あの後。薫によしよしされ、目が泳ぎまくっている恭華にすら慰められ、「まぁ一番つれぇのは光莉だしな」となんとか立ち直り、迎えたデート当日。待ち合わせ場所に行くと睨みを利かせた光莉に死刑を告げられた。こんなのってねぇよ……。
「で、どこ行くんだ? 何も聞いてねぇぞ俺」
ただ動きやすい服装と靴できてくれと言われた俺は、もしや決闘を行うんじゃないかと身構えてここまできた。さっき死になさいって言われたしほんとにそうかもしれない。クソ、こいつ。今の俺ならあっさり死を受け入れるだろうと踏んでのことか? え!? 踏んでくれるんですか!!!??
「踏まないわよ」
どうやら踏んでくれないらしい。俺は落胆した。
「色々考えたのよね。あんたときゃっきゃうふふって、なんかちょっと微妙っていうか……したいけど、私たちにとっての百点じゃないのよね」
「光莉がそういうこと言う度に俺の心が削られていくことを覚えておいてくれ」
「ごめん。でも今日ぐらい許して。だめ?」
両腕で大きな丸を作って歯を見せて笑ってやると、光莉がめちゃくちゃ睨んで舌打ちしてきた。覇を見せてんじゃねぇよ。
「だから、どうせならいっぱい勝負しようと思って」
「ついにきたか……」
「どう見ても人を殴るための棒を取り出してるのは触れない方がいい?」
「武器くらいはハンデとして許してくれ」
「言っとくけど殺し合いじゃないわよ」
なんだ、違うのか。今日デートだって伝えたら恭華がパニックになって「とりあえずこれ持っていけ!」って護身用の警棒(棘付き)を渡してくれたから、使うのは今この時だと思ったのに。
流石にデートともなると光莉はバイオレンスにならないらしい。今日の格好も前見たストリートヤクザみたいな格好じゃなくて、オレンジのブラウスに白いパンツと大人しめだ。おっぱいは暴れん坊だ。
「ほら、ここのすぐ近くにスポーツアミューズメント施設あるじゃない? 結構大きいやつ」
「『結構大きい』だけ言ってくれないか?」
ぶん殴られた。全然バイオレンスじゃねぇか。俺を騙しやがったな?
「テニスとかバスケとかバッティングセンターとか色々入ってるところ。そこで勝負して、勝った方の言うことをなんでも聞くっていうのはどう?」
「はい! 質問です! なんでもってその、うふふ!」
「キショいわねゴミカス。四肢引きちぎられたいの?」
「なんで出会って数分でそんなにぽんぽんひどいことが言えるんだ?」
「なんで出会って数分でそんなに恥を晒せるの?」
言い負かされた俺は、せめて表面上だけでも負けていないと主張するため「やれやれ」と肩を竦めた。俺と光莉以外に誰かいれば俺の負けを濃厚にさせるだけの行動だが、ここにいるのは俺と光莉だけ。つまり俺の負けを決定づけることは誰にもできない。どういう理論?
俺が人生を賭してでも挑まなければならない超難問に頭を痛めていると、腕に柔らかいものが触れた。見てみると、光莉が腕を組んできている。
「おい。光莉が腕を組んできているってことは、光莉が腕を組んできているってことか?」
「そうよ。賢いわね」
「えへへ……じゃねぇよ。何してんの? 男は狼なんだよ? 今ここで『なんでも』を実行してやってもいいんだぞコラ」
「私に勝てたらね」
「しゅぽぽー!!!!」
俺に触れている光莉の体温が高いというのは夏だからだろうなぁ、と適当に自分の中で誤魔化して、俺たちは目的地へ向かった。
「そういえばさ。俺流れるように『なんでも』を受け入れたけど、俺が勝てる道理なんて見つかんねぇんだけど」
「私、勝てない勝負はしない主義なの」
「弱い者いじめして楽しいか!」
テニスコート。3セットマッチでものの見事に1セットも取らず大敗を喫した俺は、そもそも俺がスポーツにおいて光莉に勝てるわけがないという大宇宙の真理に辿り着いた。
だってさ。いくら光莉が化け物だとはいえ多少男の俺が有利だと思うじゃん? それなのにさ。光莉のサーブを警戒するフリしておっぱい見てたら、ドパァン!!! って何かを破壊する音みたいなのが聞こえたと思ったら、もう背後にボールがあって、コートをよく見てみたら丸い焦げた跡があったんだぜ? 信じられるか?
ちなみに俺がサーブしようとしたら光莉が眼光でビビらせてきて、全部へなちょこサーブになった。めちゃくちゃ調教されてんじゃねぇか俺。
「男に二言はないわよ」
「うふん。私女よ?」
「そう……」
「憐みの目で見るのはやめろ」
指の上でラケットをくるくる回しながら憐みの目を向けてくる光莉。サーブでの破壊音が聞こえたからかネットの向こうにはギャラリーができており、今も黄色い声援が向けられている。光莉に。ぐやじい!!!!!
「よっしゃじゃあ次はバッティングといこうじゃねぇか!!」
光莉の手を掴んでギャラリーをかき分けて、屋上へ向かう。俺くらいになれば一度案内板を見ればどこに何があるか瞬時に記憶できる。それは嘘。いつか千里と行こうと思って事前に調べていただけだ。
「勝負に使うマシンはこいつだ!」
全方向の変化球があり、球速差による緩急はお手の物。タッチパネルでの操作で球速、コース、変化球を決めることができ、つまり『頭脳』でも勝負できるってことだ。
「光莉が打つ時は俺が球種とコースを選んで、俺が打つ時は光莉が決める。球数は27! 前に飛ばせた数が多い方の勝ちでどうだ!」
「……」
「光莉?」
なんか静かだな、と思って光莉を見てみると、耳まで真っ赤にして俯いていた。なんでだと思ってちら、と目線を下に向けてみると、手。
「……お前、腕組んできたじゃん」
「……自分からするのは、その、心の準備、できてからやってるし」
そっと手を離すと、弱弱しくぺちんと殴られた。なんだこいつ。手握られるだけでこんなに真っ赤になるの? 可愛すぎねぇかちょっと。こんな子が『なんでも』していいって言うのどんだけ勇気と決意がいるんだよ。あ、いや、それは絶対に勝てるからそんなに勇気とかいらねぇか。
光莉は数秒間離された右手をじっと見た後、首をぶんぶん振ってケージの中へと入っていく。
「私が先攻でいくわよ! じゃんじゃんかかってきなさい!」
「よし」
「何であんたもバット持ってんのよ」
「つい……」
「私からすぐにバイオレンスを連想するのはやめなさい」
光莉がかかってきなさいって言うからついデスマッチするのかと思って……。
「つかお前、ヘルメット。ほれ」
気が動転していたのか、ヘルメットも被らずバッターボックスに立った光莉にヘルメットを被せてやると、光莉はヘルメットを片手で抑えて俯きながら「ありがと」とぼそっと呟いた。ふふ、わかってるぜ。そうやって可愛い行動して俺を動揺させて勝ちをもぎ取る気だろ? そんな手に引っかかるような俺じゃない!
まぁ相手は女の子だし、最初はど真ん中に緩い球でいいだろ。
快音。バァン! とボールがパネルにぶち当たる音。鳴り響くポップなBGMと『ホームラン!』というご機嫌な機械音声。
「あんたね、ど真ん中って舐めてるの? 勝負よこれ、勝負」
「だって光莉が可愛くて無意識に甘くなっちゃったんだもんよ……」
「かわっ……」
んん! と光莉が咳払い。
「その手には乗せられないわよ。どうせ私を動揺させて勝ちをもぎ取ろうって気なんでしょ! そんな手には引っかからないわよ!」
ど真ん中に緩い球。風を切る豪快なスイング。ぼすんとバックネットに当たり、ころころ転がるボール。
「……」
「……」
「……」
「……その、すまん」
「うっさいわね!! 早く次やりなさいよ次!」
顔を真っ赤にして助っ人外国人のようにバットをぶんぶん振る光莉を見て、こいつやっぱ俺に似てんなぁと思いながら、容赦なく内角高め、胸元に豪速球を投げてやった。
当てられた。もう終わりだ。
勝負が一通り終わり、フードコート。
テニス、バッティング、バスケ、フットサルなどなど。時間の許す限り勝負を繰り返し、嘘みたいに全敗した。なんだよこいつ。この世に生まれ落とされし神? そうじゃないと説明つかねぇんだけど。フットサルの時なんて稲光を背負う11人の一員かと思ったんだけど。
「流石になけなしのプライドがズタボロにされた」
「悪いわね。私がすごくて」
「まぁ? 俺が負けてあげたみたいなところもあるし?」
「はいはい。ありがとねー」
にやにやしながら俺の頭を撫でてくる光莉。クソっ、もう何言ってもみじめになるだけじゃねぇか……! 生まれてから今までで一番の屈辱だぜ……!
「それで、約束よね? 負けた方が勝った方の言うことを『なんでも』聞くって」
「どうか命だけは」
「バカね。それなら勝負しないわよ」
「いつでも殺せるからってか?」
「そんなこと聞かないでよ、恥ずかしい……」
頬を赤くして上目遣いで俺を見てくる光莉にデコピンをお見舞いしておいた。「冗談じゃない。もう」とまったく効いた様子もない光莉に恐れおののきつつ、心の準備をしておく。何言われるかわかったもんじゃねぇからな。もしかしたら「薫ちゃんをちょうだい」って言われるかもしんねぇし。
「じゃあ今から二つ言うわね」
「おい。一つじゃねぇの?」
「誰も一つなんて言ってないじゃない。むしろ二つで済ませてあげてることに感謝してほしいわ」
「この犯罪者め!」
「あんたもどうせ私に勝ってたら『一つって言ってねぇよな?』って言うつもりだったんでしょ?」
図星だったので黙っておくことにした。また俺は光莉に負けてしまった。強すぎねぇかこの女。
「まず一つ目ね」
光莉が俺の目を見て、何かを伝えようとしてくる。まさか、二つってことは薫と恭華を……? 今すぐ逃がさないと。俺のせいですまねぇ……!
「付き合った女の子のこと、絶対大事にすること」
微笑みながら、光莉が優しく告げる。
「二つ目。もし、もしね? あんたがこっぴどくフラれて、一人になっちゃったら。その時、もう一回私、頑張ってもいいかな? ……それまでは、親友でいさせて」
「お前」
『言うこと聞く』ってやつなのに、なんで俺に聞いてきてんだよ、なんて流石の俺でも言葉にできなかった。光莉が泣きそうな顔で言っていて、光莉の思ってることがわかってしまうから。
「……ありがとな、光莉。こんな俺を好きになってくれて」
「私が好きになっちゃったんだから、謝んなくていいわよ。バカね」
俺は、言わなきゃならない。逃げ続けていたものに、今決着をつけないといけない。
「これからよろしく、親友」
「えぇ。よろしくね、親友」