「今日は日葵ちゃんを妊娠させる日だっけ? 頑張れよ」
「お赤飯はご近所さんに配っておいたわ」
「この両親は私が警察に通報しておくから、安心して」
「恭弥。どうして氷室家はこうなんだ?」
「俺が知るか」
日葵とのデート当日。家族に見送られ家を出て、待ち合わせ場所である駅前に向かう。家が近いから迎えに行こうかと言ったんだけど、「待ち合わせの方が、その、デートっぽいから……」と日葵からの提案でそうなった。もう好意隠す気ないよねあの子。
夏が終わり、秋が段々近づいてきているこの季節。一番過ごしやすくて好きだ。まぁ日葵がいればどんな季節も好きなんだけど、強いて言うなら今くらいが一番好き。でもそれよりも日葵がもっと好き! きゃっ、言っちゃった!
道行く人も、俺がカッコいい真顔イケメンフェイスの裏でこんなことを考えているとは思うまい。そう考えればなぜだか人より優位に立った気分に浸れる。ほんとうになぜ?
そんなこんなで駅前についた。休日ということもあってか人でごった返しており、日葵を見つけるのは至難の技、ヒアリを見つけるのは無理。ふふ。
余計な思考に邪魔をされたが、俺からすれば日葵を見つけるなんて造作もないこと。あんなに可愛い女の子、俺が見落とすはずがない。ほら、そうこうしている間にもう見つけた。前髪をちょこちょこいじりながら、少し頬を赤くして俺を待っている、胸元がかなり開いていて脚がむき出しになるほどのショーパンの日葵が。
「千里。どういうことだ?」
『だからごめんって言ったじゃん』
「俺が納得できるだけの説明をしてくれ。なんで日葵がらしくもなくエッチオブザイヤーを受賞してるんだ? 俺はあまり気が長くない。簡潔に頼む」
『姉さん』
「だろうなチクショウ」
千里が昨日謝ってきた。そして日葵の今の格好。これだけの要素があれば、聖さんが日葵に何かを吹き込んだと思うのが一番自然だ。日葵は肌を出すのが恥ずかしいと思うタイプ。そりゃ夏は多少出すけど、春とか秋とかは全然肌を出さない。そのおかげで俺が今まで生きながらえてきたみたいなところもある。
「千里。もしだ、もしだぞ? 日葵があの格好で俺におねだりなんかしてこようもんなら俺は手を出さない自信がない。聖さんはその責任取ってくれんのか?」
『どういう風にとってほしい? って言ってるけど』
「言いにくいけどセックスかな」
『言いにくいとは思えないほどスラスラ言ったね。死んでいいよ』
「やだぷー」
しょうもない挑発をしてから電話を切る。よし、色んな緊張がほぐれた。やっぱり持つべきものは親友だぜ。
別に、パフォーマンスでブチギレたけど日葵の格好が嫌ってわけじゃない。そりゃあもちろん他の男にいやらしい目で見られるのは我慢ならないどころか一人一人目を潰してやりたいくらいの気持ちにはなるがその程度で、日葵自身があの服を着てきたならそれはもう日葵の意思だ。それにどうこう言う権利なんて俺にはない。
ただ、日葵は慣れない格好をしていて不安だろう。だから平静を装って、おかしくないぞと日葵に伝えてあげる必要がある。俺は日葵に近づいて、元気よく声をかけた。
「とってもエッチですね」
すごく間違えた。
クソ、俺の正直者!!!!! あまりにもエッチすぎるから伝えちゃったじゃねぇか!! 見ろ、日葵が固まって顔真っ赤になってんじゃねぇか!! え、可愛い。結婚した。
開口一番セクハラされた日葵は、口をぱくぱくと動かして何かを言おうとしていた。恥ずかしさのあまり音を失ったかと心配していると、かすかに声が聞こえてくる。
「……ぃ」
「?」
日葵の言葉を聞き逃すのは万死に値するため、耳を傾ける。すると日葵はぐいっと俺を引き寄せて、俺の耳に天使の囁きをおみまいした。
「そういう風に見てくれるの、うれしい」
言って、日葵は俺から離れて顔を真っ赤にしてぎこちなく笑う。明らかに無理をしている。いつもなら慌てて支離滅裂な言葉を吐くのにそれをぐっと抑えて、最強の武器を手に攻め込んできている。ダメだ、勝てない。負ける。人類最終兵器か? 男だけの国があれば日葵を投入すれば一瞬で平和になるぞ。日葵を取りあって争いが起こるかと思いきや、日葵を頂点にした国家が出来上がるぞ。
……いやでも、この攻めも聖さんに言われたものなんじゃないか? 顔が真っ赤なまま元に戻らないし、無理しすぎ感がすごい。それなのに俯かず俺をじっと見てくるし、今日日葵は俺を殺す気なのかもしれない。
日葵が頑張ってくれるのは嬉しい。けど、頑張りすぎても申し訳ない。そっちに夢中になってデートを楽しめないっていうのは嫌だから、どうにかしてリラックスしてもらわないと。
「日葵、肩の力抜け。あんまり無理しなくていいぞ」
「無理、するよ」
日葵がきゅっと俺の服の端を指でつまんだ。
「恭弥との、デートだもん」
あぁ、さようなら。父さん、母さん、薫、恭華。
俺、死にます。
エッチ・ザ・セックス。私が日葵を見た率直な感想はズバリそれだった。
「あんたがものすごく不安だからついてきてほしいって言ってきたからなによと思ったら、私へのご褒美?」
「恭弥へのでしょ」
「うぐぅ」
「あ、ごめん」
千里がいつもの調子で言ってきた言葉に失恋のダメージを刺激された。こいつ、生かしちゃおけねぇ。
昨日。「あー、明日恭弥と日葵のデートかー」としょんぼりしていると、千里から連絡がきた。『このままだと僕が殺される可能性があるから、デートの尾行を一緒にしてほしい』と。殺されるのはいつものことだから別にいいんじゃない? と思ったんだけど、まぁ、その、えっと、親友のデートだし。気になるものは気になるし。野暮だとは思ったのよ? でも、ほら。事件が起きるかもしれないし、ね?
「というか、ほんとにごめんね。よく考えれば朝日さんに尾行をお願いするってとんでもないことだよね」
「一つも気にしてないって言ったら嘘になるけど、別にいいわよ。それでもいいって思って今の位置を選んだんだから」
「それでも本当にごめん。配慮が足りなかった」
「……じゃあ、電車賃出しなさいよ。それで許してあげるわ」
千里はかなり頑固だから、妥協点を探してあげないと折れてくれない。人によってはめんどくさいやつだって思うかもしれない。でも、私は美徳だと思う。
日葵の格好の影響か歩き方がおかしい恭弥と、恭弥の服の端をつまんでいるぎゃんかわエッチモンスター日葵の後ろをこっそりついていく。普段の恭弥なら気づかれそうなものだけど、よっぽど余裕がないのか気づかれる様子はない。
「……」
「どうしたの? あんた」
「親友の僕が近くにいるんだから、ちょっとくらいは気づいてくれてもいいのに」
「それ、私のセリフなんだけど。軽率に私より可愛いのやめてくれない?」
完全に嫉妬している。小さくむくれて面白くなさそうな顔をしている千里は死ぬほど可愛い。その道のお姉さまなら今すぐとっ捕まえてディープキスをしてしまいたくなるほど。ちなみにその道のお兄様でも同様。
このまま可愛い千里と堪能するのも悪くないけど、少しくらいはフォローしてあげないといけない。親友のことに関してとなると面倒くさくなるメスの頬をちょんっとつついて、
「それくらい夢中になっちゃうのよ、好きな子が隣にいるとね。わかってやんなさい」
「……あぶな。薫ちゃんがいなかったら好きになるところだった」
「別にいいのよ? 乗り換えても」
「冗談」
千里は私につつかれた頬を抑えながら、眩しそうに恭弥を見た。
「僕は恭弥ほどいい男じゃないから」
「メスだものね」
「いや、そういうことじゃなくて」
あれ? 何かいいこと言った気がしたんだけどなぁ。と首を傾げる千里に笑いながら、背中をバシン! と叩く。
私が否定したのは『男』っていう部分だけっていうことに気づいてるんだろうか、このメスは。きっと今日も『殺されるかもしれない』っていうのは口実で、親友の恋路がどうなるか気になって仕方がなかっただけでしょうし。
「あんたってほんと馬鹿よね」
「恭弥を好きになった人に言われたくないな」
「それあんたもじゃない」
あ、そっか。じゃあ、お揃いだ。と言って微笑みかけてくる千里が妙にカッコよく見えてあきれ果てた私は、「見せる相手間違てんじゃないわよカス」と言って薫ちゃんに『千里に言い寄られたんだけど……』とメッセージを送ってやった。地獄を見ろ。
『千里ちゃんはそんなことしないと思う』と返ってきた。ムカついた。